95.思い出の弓矢と、再び封印される魔導具。
「う~~んっ」
「むぅーーーっ」
「んーーーぅ」
「ぬぅ~~~っ」
店舗の作業スペースで、互いに唸りあう声が静かな店内に響き渡って行く。
むろん、お互い目の前の事に意識が集中しているので気にならないのだけど、ふとした事で集中力が途切れるという事は間々ある話し。
そしてお互いがそのタイミングが合う事は、……稀かもしれないけどね。
「コッフェルさん、まだ悩んでいるんですか?
とりあえず試験用のだけ回してくださいよ」
「うるせえ、もう少しで良い案が浮かびそうなんだよ。
だいたい嬢ちゃんこそ、何悩んでんだって……珍しい物で悩んでいるな」
私の目の前に佇む物を見て、コッフェルさんは意外そうな顔をする。
目の前にあるそれは、コッフェルさんの作業待ちと言うか案待ちの私が、時間潰しに置いた物で、この店にあっても意外ではあってもおかしくはない品物。
そしてこの店は、魔物を相手にする方達専用の魔導具屋さん。
要は武器屋さんみたいな物。
もっとも魔導具屋さんと言うと、普通はこういった店を差すので、私の言い方の方がおかしいのかもしれない。
そして私は魔導具師を名乗ってはいても駆け出しの上、そう言った危ない魔導具を作るのではなく、生活魔導具を作りたいと普段から言っているので、それを知っているコッフェルさんからしたら、目の前にある物が異常と言えば異常なのだろう。
武具:練習用弓矢
「子供の頃から使っている弓矢です。
最近は色々と物騒で、これで対処出来な事態にも遭遇しているので、何とか出来ないかと」
「……これで何とかなってきた辺りで、俺からすれば驚きなんだがな。
どう見たって子供用の玩具だろうが」
「その理屈が、私達魔導士に当て嵌まると思います?」
「言いたい事は分かるが、物事には限度と言う物があると思うがな」
「ええ、その限度が来たので、此れを何とかしようと悩んでいるんです」
「……随分と遅せえ限度があったものだ。
大体そんな物に頼らんでも、魔法があるだろうが」
まったくコッフェルさんは風情の無い事を言う。
狩猟なんですから、弓矢で仕留めたいと思うのが人情じゃないですか。
え? それで狩れる獲物をって、それじゃあお金にならないじゃないですか。
金になるだけ狩れば良いって、面倒臭いじゃないですか。
そんなの楽しめません。
だいたいやっても良いですけど、多分それやると一帯の野生動物がいなくなっちゃいますよ。
私が何のために、何時も一、二時間で引き揚げていると思うですか。
え? やれる訳がないって、たぶん、やれますよ。
半径十数キロは獲物の位置が分かりますから、ええ、魔法で。
……コッフェルさんの使えない魔法ですか?
……普通は一、二キロくらいまでで、王都の専門の魔法使いでも十キロ行くか行かないかですか。
じゃあ私もそれくらいと言う事ですね。
魔力ですか?
今も成長中と言うか、この一、二年は凄く伸びていますね。
「……猟師が失業しないためには、その方が賢明だな」
「自然環境は大切にしたいです」
「……そういう問題か?」
「そういう問題ですよ」
「……まぁいい、それで嬢ちゃんとしては、これをどうしたいんだ?
俺は一応専門家だぞ」
「……そう言えばそうでした」
「おいっ!」
「すいません、本気で忘れてました」
「なおのこと悪いわっ!」
ええ、流石に今回ばかりは、私が悪いと思っています。
でも言い訳させてもらうのなら、ここ最近、ず~~っと携帯竈の事ばかりだったし、今日もそのために此処に来ていたから、少しばかり忘れていたって仕方ないと思いません?
あのう、なんでそんな疲れた顔を、……私のせいですか。
はい、心からごめんなさい。
流石に矜持を傷つけてしまいましたよね。
「まあいい、俺も力になって貰っているからな、その手の相談には乗るぞ」
そう言っていただけたので、素直に甘えさせていただきます。
とりあえず本体は、弓の弦は素材を見直して弾性の強化をして、レールも軽いアルミ板で強化と同時に抵抗をなるべく無くす方向で、この辺りは問題は特にないんですが……。
問題は、矢の本体なんですよね。
赤色角熊や深緑王河蟹クラスになると、強化したぐらいでは簡単に弾かれてしまうので、火球魔法を炸裂させず貫通力重視で鏃の先端に付加するんですけど、……ええ、矢と本体が持たなくて一度で使い捨てですし、深緑王河蟹みたいに水属性の魔物になると、火属性の魔法そのものが効きにくいですから。
「……前提条件がおかしいのは、お嬢ちゃんがヘンテコという事で置いておくとして」
「が~~っん! またヘンテコ言われたっ!」
「ヘンテコなのはヘンテコだ。そこは黙って受け入れろ。
とりあえず弓自体を、もっと普通のにしたら自然と威力も上がるだろうが。
まぁそれで、赤色角熊や深緑王河蟹に通用するとは思えんがな」
「そんなの可愛く無いじゃ無いですか。
だいたい私の体格で普通の弓矢だと大き過ぎて邪魔です」
「……そういえば嬢ちゃん子供だったな。忘れていたわ」
「酷いっ!
こんなかよわい女の子を捉まえて言う事ですかっ」
「かよわい女の子は、普通は魔物どころか熊や大鹿を相手にしねえと思うが」
「魔法を使わなければ、何処に出しても恥ずかしくないか弱さです」
「……確かにそうなんだが、嬢ちゃんの場合、当て嵌まらねえ気しかしねえな」
「うぇ〜ん、コッフェルさんが虐める」
はい、嘘泣きです。
と言うか泣いてすらいません。
ええ、ポーズだけです。
こう言うところが、かよわくないと。
いえいえ、力のない女の子は、生き残るために色々な技を身につける物なんですよ。
かよわく見える女の子も、保護欲を唆る言動も、そう言った物です。
えっ、私の歳でそう言う事を言うなって。
コッフェルさん、まだそう言う夢見てるんですか?
いえいえ、別に良いんですよ。
嘘から始まる真実もありますから。
ええ、そう言う事も出来るのも女の子ですから。
無論、私、以外の話ですよ。
まぁ、脱線は此処までにしておいて……。
「お父様に戴いた弓矢なので、なるべく此れを使いたいんです。
多少の変化は仕方ないんですけど、私にとって数少ない絆の跡ですから」
「……はぁ、普通なら命を預ける相棒だから、馬鹿な感傷は止めとけと怒鳴れるような事なんだが、嬢ちゃんにとっては、あくまで趣味の狩猟だからな」
ええ、趣味の狩猟兼資金稼ぎ程度の物です。
命と使命を背負う討伐の方と一緒にしないでください。
本当に必死な人達に失礼です。
「ああ、もういい。
そう言う事を考えてたら、嬢ちゃんの相手は出来んから止めだ。
なら矢を変えるしかあるめえ。
通常の獲物はともかくとして、魔物用の矢を用意するしかな」
そう言ってコッフェルさんが、奥の棚をゴソゴソしてから戻って来て、私の前に置いたのは、……赤い石の塊?
「こいつは紅結岩石だ。
溶岩の中を泳ぐ魔魚の鱗だが、火属性の素材なのはもちろん、耐火性能を飛躍的に上げる。
コイツの粉を矢尻や軸に混ぜてやれば、嬢ちゃんの魔法にも耐えるだろうよ」
そんな説明の後、更に机に置いたのは鷹のような鋭い爪らしきもの。
「こっちは群青半獅半鷲の爪だ。
風属性で鋭い風の刃を先端に発生させる事が出来る。
普通は槍の先端に混ぜて相手に突き刺してから発動させるんだが、その時に槍ごと自壊しちまうんだが、それは碌に魔力制御を出来ない人間が使った場合だ。
流し込む魔力に方向性が無いから、そのまま破裂しちまうが、きちんと制御してやれば自壊はしねえはずだ」
「はず、ですか?」
「命がけの戦闘中には、そこまで冷静に細やかな魔力制御なんぞ、そこらの騎士や兵士どもじゃ出来やしねえ。
まぁ趣味の範疇であり嬢ちゃんなら、制御しきれるだろうさ」
その後、普段私が使う矢から最適な分量を割り出し、魔導具としての付加の仕方などを丁寧に教えてくれるのだけど。
すいませんお値段の話をお願いします、これ、かなり希少な材料ですよね?
紅結岩石は火山帯の溶岩を泳ぐ魔魚から採れる鉱石ですし、群青半獅半鷲も小型で数こそは居るものの、渓谷に集団で巣を作るため危険だと、教えて貰った本にも書いてありましたよ。
しかも五本分の材料ですから、今の私に払える金額だといいんですけど。
「いらねえ、と言いてえが、無料より怖ぇものはねえと言うからな、嬢ちゃんとしては不安になるだろう。
なら、嬢ちゃんが、そいつで狩った初めての獲物でも貰おうか」
「ええと、それで良いんですか?」
「嬢ちゃんがそれを必要とするような相手だ。
むしろ俺の方が儲けがあるぐれえだろうな」
うーん、確かに矢を駄目にしたり、矢が効かないような相手と言うと、結構な高額の値段で買い取ってくれる獲物ばかりだけど、いつまた出会えるか分からない相手でもあるため、それで本当に良いのかと思ってしまう。
でもこれ以上、私が何かを言っても、きっとコッフェルさんの事だから、これ以上は引かない事も分かってしまう。
なら此処は素直に甘えさせてもらうとして…、先程の説明を聞いていて思いついた事があったので、もう少しだけ甘えさせてもらう事にする。
「はぁ? もう少し欲しいって、嬢ちゃんの腕なら十分だろう」
「付加の練習がてらに試したい事があって」
「そう言う事なら構わんが」
私はそう言って、こっそりと収納の鞄から取り出した幾つかの物の中から、お尻に輪っかの付いた円錐状の重りを取り出す。
コッフェルさんから鏃の三倍ほどもある重りと、少量の魔法銀に合わせた量の群青半獅半鷲の爪の粉を貰い、教わった通りに魔物の素材を鉄と魔法銀の合金に付加加工を始める。
先ずは合金部分に粉を混ぜ込み、此処からが素材の魔力付加の本番。
付加を始めた群青半獅半鷲の爪の粉からは、何か揺らぎのような物を感じるけど、それに逆らわずに、寧ろ合わせるように魔力を操作していく。
うんリズムかな。
揺らぎのリズム。
それに私の魔力を波のように合わせてやり、魔力のリズムを私も取る。
群青半獅半鷲の爪の粉と私の魔力とで、魔力の音楽を奏でる。
うん、何か久しぶりの感触かも知れない。
ガイルさんに治癒魔法を掛けた時にした様な、固有波長を合わせるのとは少し違う。
これは私がもっと幼い頃に感じた感触。
自分の魔力に翻弄されていた頃の感触。
不愉快な魔力の波に、自分の意識と僅かな魔力を合わせる感触に。
あの時とは比べ物にならない弱い感触だけど、間違いなくあの感覚に似ている。
だから、この魔力の付加はできる。
私はアレを乗り越えたからこそ、今こうして此処にいられるのだから。
そうして確かな感触を確認した後には、綺麗な青空のような輪っか付きの重りが出来上がっていた。
「ふぅ、成功かな?」
「……早ええな」
この素材を更に形状変化させて小さな魔法石を包みこむ事で、この魔法石がこの魔導具の核となり、安定化の処理を施せば魔導具の完成。
無論、魔法陣は直前に焼きつけ済みだけど、魔法石と魔法銀を含んだ分大きくなってしまった。
出来上がった魔導具に、さっそく魔力を流してやると重りの先端から鋭い風の刃が発生しているのか、重りの先端の部分が鋭い形で白く濁って見える。
しかも手で持っている部分から痺れるような感触が伝わって来る事から、魔法石に刻んだ魔法の一つが正常に作動しているのが分かる。
重りの輪っかを指で掴みながら、手頃の木の板に触れさせる前から一瞬で穴が開く。
その様子から、少なくとも木の板では試験素材としては不足していると判断し、収納の魔法の方から鉄塊を取り出して近づけてやると、削れはするけど流石に先程のようにはならない。
その事に安心して重りの先端を鉄塊に押し当ててやると、なんの抵抗もなく鉄塊の中に埋まってゆく。
大した魔力も込めていないばかりか、なんの強化も勢いもなくてこの威力。
さすがコッフェルさんお勧めの素材なだけある。
「この威力、オメエさん何をやった?」
「ちょっと、群青半獅半鷲の爪の効果を、魔法石で後押ししてみました」
素材の付加の時に魔力を合わせて分かったのだけど、この爪の効果である風の刃は、超高速で発っせられ続ける風の刃、いわゆる超振動ブレード。
刃の本体が風の刃と言うだけで、原理そのものは変わらない。
槍の先に付けても槍そのものが自壊するのは、その力に方向性を持っていないためだろう。
なら魔法石で力の方向性を与えた上で同じ振動数を発してやれば、共振効果で威力が更に増幅すると考えたんだけど、どうやら成功みたい。
後はこの新たに出来た魔導具の重りを、元の魔力伝達用コードの先端に結びつけてやれば、厨二武器の魔導具の完成。
ええ、かつて封印した鋼線の魔導具です。
面白そうな素材が手に入ったので試したくなりました。
収納の魔法から先程より大きな鉄塊を店の隅に置いて、鋼線の魔導具(改)を操作してやる。
きゅきゅっ。
狙った通り、一瞬にしてなんの抵抗もなく鉄塊に二つの穴が開く。
先端の重りに魔法銀が加わった事と、重りの形状が相応しい形状になった事もあり、鋼線の魔導具は、以前とは比べ物にならない程に向上した操作性に我ながら驚く。
こちらの意思に従って、ジグザクに飛ばしてやる事も、三次元に縦横無尽に駆けさせる事も可能。
あっ、コッフェルさんも驚きですか?
え? これ使えば良いんじゃ無いかって、こんな物騒な武器使いたくありません。
思いつきだけで作った武器ですし、実用を想定した物じゃありません。
それに鞭みたいで、私のイメージが崩れるじゃ無いですか。
私そんなイケイケじゃ無いですからね。
意味が分からないって、別に意味が分からなくてもいいです。
とりあえず満足したので、これは再び封印です。
勿体ないって、別にコッフェルさんなら自分で作れると思いますよ。
色々教わりましたから、やり方はお教えします。
ええ、あとは御自由にです。




