93.ぶち壊した後には、新たな再生があるんですよ。
「はぁ、確かに結構な数はありますよ」
「それを少し分けてもらいてえ」
夕食後の片付けが終わった後、コッフェルさんが言って来たのは、私が持っている小さめの魔石。
白角兎の魔石と交換で、結構な数を今は持っています。
と言っても個人としてならともかく、魔導具師としては知れている数ですけどね。
白角兎の魔石は土属性を内蔵する魔石のため貴重性が高く、同じ大きさの無属性の魔石の二、三倍の価値があるらしい。
そんな魔石をごく普通の小さな魔石と交換したため、交換レートは白角兎の魔石一個に対し、ペンペン鳥のクラスの小さな魔石二十個ほどと、私にとっては好条件で交換できたわけだけど。
そのせいかどうかはともかく、どうやらこの街における小さな魔石が、一時的に枯渇状態みたいらしいです。
「でも珍しいですよね。
コッフェルさんが小さな魔石を欲しがるだなんて」
「嬢ちゃんの案を基に再設計したら、こうした方がより効率が良いと思ってな」
そう言って机上に広げた紙には、携帯竈の中心部である魔法石の設計図。
以前は、火力の違う魔法石を五個配置してあったけど、中ぐらいの魔法石を中心に小さな魔法石を五個をその周りに配置してある。
「供給魔力を調整する魔法石と、供給された魔力に応じて火を発生させる魔法石ですか」
「流石だな、説明せんでも分かるとは」
感心してくれるのは良いけど、中心に火と書かれて、周りの魔法石に番号が振ってあったら、誰でも分かると思うんだけど。
それはともかくとして、これならば軽量化もできるし、火力の中心もズレずに済むし、使う魔法石も中型五個から、中型一個と小型五個へとなるからコスト的にも安くなる。
でも、魔石は一個一個は微妙に大きさや能力が違うため、その辺りの調整が必要となるけど、個体差なので無視も出来る。
「魔石を五個に分けた方が早くないですか?
その方が安定しますし、元が同じ魔石からの方が共振効果も得られますし」
使い捨ての武器として使われる事の多い魔石では、あまり意識しない事らしいけど。
一つの魔石を分けて複数の魔法石を作った場合、互いに引かれあったり、連鎖反応を引き起こせたり出来る。エリシィーに送った【絆の首飾り】も実はこの効果を利用している部分もある。
今回の場合は、近くにある事で、互いに補完しあう事で能力を僅かに引き上げる効果を狙っての事。
「そういう手もあるが、結構、大変だしな」
「どうせコッフェルさんの事ですから、交換用の魔石は持ってこられたんですよね?
ならやっちゃいましょう」
「やっちゃいましょうって、そんな簡単に」
「何方にしろ、比較対象に一個は作った方が良いですよね?」
コッフェルさんが眉を顰めながらも、懐から出してくれた中型の魔石の内二つを受け取る。
右手では五つに分けて魔法石化と同時に魔法陣を汲むための下処理、もう一方の左手ではそのまま一つの魔法石として同様の下処理をする。
こうして同時に処理してやる事で、疑似的な共振反応を引き起こす事ができる。
完成した魔法石は形状変化によって、小さい雫型のペアシェイプカッティングされた物と、中心となる薄く平らなペンタグラムカッティングを施された物。
せっかくなので、こうしてやった方が、全体に薄くできるし固定もしやすい。
雫型の方は、コッフェルさんに教えて貰った遣り方で、早速色を変えてみました。
まだ加減が分からないので、狙った色とまでは流石にいきませんでしたけど、今回はこれで問題ないと思います。
「ゆうちゃん綺麗じゃない。
耳飾りの時も思ったけど、こうしてみると宝石と同じよね」
「どうせ作るなら可愛い方が良いじゃないですか」
「そうよね。叔父さんもどうせ作るなら、こうしてみたら?」
「使い捨ての武器に、そんな無駄を求めてどうするってんだ。
まったく、本当にあっさり作りやがるだけでなく、さらに改良まで」
何か頭が痛そうに手を当てているコッフェルさんですけど、更に懐から四個の魔法石を出しているところを見ると問題はないみたい。
ええ、同じ処理で良い訳ですね?
合計で携帯竈数台分の魔法石の元を作った後、あらためてこの配置と形状における改良点を話し合いをする。
「……なるほどな、確かに角があった方が固定はしやすいか」
「別に私の趣味だけでやった訳じゃないですよ。
雫型も魔力路となる金具と包む様にしてやれば固定しやすいですから」
「平らにしたのも、全体を薄くするだけでなく、効率よく火を配置しやすくなるな」
「固定金具も平らになりますから、衝撃にも強くなりますし、重心が下がる分安定もします。
出来れば固定金具を一体化したいですが、魔力路を別にしないといけませんから」
「それなら良い手がある」
そのあと一時間ほどかけて、部品のユニット化に伴う設計の変更や、万が一の時の故障時に部品の交換のしやすさなどを話し合う。
ある程度話しが纏まったところで、基幹部分の構造設計が一からやり直しになったため、改めて図面を起こし直していると、ずっと此方を見ているコッフェルさんの視線に気が付き。
何か用なのかと、軽く首を傾げて視線を返すと。
「いや、やっぱり勿体ねえと思ってな」
「なにがです?」
「此れだけ出来るのに、敢えて苦難の道を選ぼうってんだからな」
コッフェルさんが言っているのは、私が魔導士や武具を作る一般的な魔導具師ではなく、生活魔導具を作る道を選んでいる事。
別に魔導具に拘る気はないけど、せっかく前世の知識もあって魔法も使えるのなら、皆の生活が豊かになるような物を作ったり売ったりしたい。
私にとって当たり前の事だけど、この世界の魔法使いや魔導具師にとっては、堕落に映るらしい。
そんな事をやる暇があるのならば、魔物の脅威を取り除いた方が、よほど人々の生活を豊かにする近道だ。
コッフェルさんは、直接そう言う事は言わないけど、遠回しにそういった考えが主流だとは教えてくれていたし、アルベルトさんの日誌や故郷の神父様の話からも、そう感じられた。
「別に逃げているだけかもしれませんよ、そう言う殺伐とした世界から」
「他の連中はそう言うだろうな。
だが、お前さんはそういうつもりは、ねえんだろ?
どう見ても楽しそうにしてるしな」
「ええ、楽しいですよ。
やっぱり私には、人の生死に関わる事をやるには重すぎます。
今やっている此れだって、人の生死が関わっていると分かってはいますけど、そう言う意識はあまりしていません」
故郷の事を思うと寂しいし、今も会いたい人達がいて、それを思うと胸が締め付けられる。
でも、故郷の頃と違って、何ら縛られる事もない生活をしてもいる。
実力を隠す事もなく、魔法の練習や魔導具の開発をしたり…。
偶の気晴らしに、山へ趣味の狩猟に行ったり…。
美味しい物を作って食べてたり…。
それなりに充実した毎日を過ごしているのは確か。
ただ……、胸にぽっかりと穴が開いているだけでね。
「ふーん、じゃあ今は何を考えて手を動かしてるんだ?」
「たいした事じゃないですよ」
私は、そう言う世界から逃げているのかもしれないけど、応援したい気持ちが無い訳ではない。
重い荷物を持って長い距離の移動。
暑い日も、寒い日も、関係なく人々の命と生活を守るために。
魔物と死闘を繰り広げ、仲間の死と怪我を乗り越えて帰ってくる。
そして、またそれを繰り返す過酷な生活。
そんな人達の苦悩の上で、私達の生活は支えられている。
だから、戦ってくれている人達に、せめて温かい食事を届けたい、食べさせてあげたい。
それだけです。
「……なるほどな、嬢ちゃんらしい」
「自己満足かもしれませんけどね」
「構わねえじゃねえのか、それも大事だし必要なものだ」




