92.試作品はぶち壊すためにあるのです。
「良い物を発見しました」
「……挨拶を飛ばしていきなりだな」
「では、コッフェルさん四日ぶりです。
そう言う訳で、早速、組み直しましょう」
「……順序を飛ばす事には変わらねえんだな」
「そんな、私とコッフェルさんの熱い仲じゃないですか」
「どんな仲だっ!」
「え? だって熱い仕事仲間ですよね。
一緒に作業に熱中した仲かと」
「……オメエな」
「そう言う訳で、これに組み込んでみましょう」
コッフェルさんの堪忍袋の緒が切れる前に、とっとと話を進めてしまいます。
腕輪の収納の魔法から取り出したのは、金属の塊。
コッフェルさんにも見覚えのある形状の物です。
ええ、コッフェルさんと共に、熱い時を過ごした時に作った魔導具の携帯竈の外側のカバーですからね。
多少は肉厚になっている部分もありますが、それが改良点の一つです。
え? 誤解を招く表現を止めろ?
おかしな事を言ってませんよね?
そんな事より、まずは持ってみてください。
「……鋁か」
「ええ、紹介してもらった商会の倉庫の片隅にあったので、作ってみました」
この世界では存在しないと思っていたアルミニウムだけど、あまり広く知られていないだけで、しっかりと存在していました。
ただ、鉄より強度はなく、銅みたいに加工し易い訳でもなく、耐摩耗性も無くて熱にも弱いため、使い道があまりない金属として、屑鉄以下の値段で転がってたのには吃驚でした。
ええ、買い占めです。
在庫の全ての大樽二十杯分をゲットです。
この金属の価値を知っている私としては見逃せないお宝です。
おかげで、先日の赤色角熊の臨時収入もあっという間に半分失っちゃいました。
「確かにこれなら軽いな」
「強度を出すために、敢えて肉厚にしてある所もありますが、それでも約半分の重さになります」
「考えてみりゃあ天板も此れでも構わんか。
ただ、問題なのが、此奴は現場の人間からすると、信頼のない金属だと言う事だ」
幾ら軽くても、剣はもちろん、盾や鎧にするには脆すぎるため、騎士や傭兵さん達にとって、アルミは信頼のない金属であり、軽いという事もあって、信頼のない人間を指す言葉でもあるとの事。
なるほど、そういう事もあって、あんな安値なんですね。
「でもそれって、戦う上での話ですよね?
重ければ荷馬車に乗せられる数にも限界がありますし、持って歩く分には軽い方が、体力の消耗も減るはず。
それに、荷馬車を使わず持ち歩ける重さと大きさになれば、温かい料理を食べやすくもなるはずです。
つまり行軍に必要な経費や手間が減る上に、士気が上がる環境が得られる訳です。
しかも鉄より安いので、単価を多少は下げれます」
この世界におけるアルミを使う上でのデメリットは分かりました。
なら現場側のメリットと、事務側のメリットと共に上げます。
信頼は大切です。
でもそれは根拠のある信頼ならばの話しです。
向き不向きも考えない妄言と、確実にある実利を比較すれば、答えなど簡単に出ます。
むろん、この考え方は金勘定重視で、現場を顧みない考えになりかねない危険な考え方だとは思いますよ。
だから、もしこれを推し進めるのであれば、前提条件があります。
「良い物を作りましょう。
それで黙らせてあげれば良いんです」
「ふん、言われんでもそのつもりだ。
……だが、相手がそれで納得するかだ」
「むろん、その辺りには考えがあります」
なんにしろ、完成度を高めないと話になりません。
そう言う訳で、どんどん試作品を作っちゃいましょう。
え? なんでそんなに作る必要があるかですか?
むろん気が付いたところを改善して行くためもありますけど。
こうするからです。
がごんっ
「おまっ! 何してんだっ!」
ええ、試作品を落っことしてみました。
むろん態とですよ。
「ああ、結構、壊れましたね」
「あったりめええだ。なに考えてるっ!」
「え? だって行軍中なら、これくらいあり得るじゃないですか。
それに荷馬車で運ぶったって、結構な振動がありますよね?
戦う人達だって疲れ切っていたら、どうしても雑な扱いになると思います。
そんな誰でも分かるような使用環境なのに、これくらいの事で此処まで壊れる物に、信頼が出ると思いますか?」
「……ぐっ」
私でも、乱暴だと思いますよ。
でも、これは必要な事なんです。
対衝撃・振動試験。
前世ではこの手の商品開発では、当たり前に行われる試験。
別に前世の慣例でやっている訳ではありません。
もしこれが、今まで使っていた薪に取って代るのであれば、最低でも薪と同等の信頼性がないといけません。
もし、この商品が運搬途中で壊れたら、温かい食事を取れないばかりか、碌に食事にありつけない事になります。
そして最悪なのが、その状況によって生み出される疲労と空腹が、戦っている人達を殺す事になるんです。
今まで扱っていた戦闘用の魔導具は確実に一回機能すれば良いですが、この魔導具は最低でも戦っている皆さんが、戻ってくるまで機能し続けなければいけない物なんです。
だから、こんな程度の事で壊れてはいけないんです。
そんな私の言葉と想いに、コッフェルさんは深く溜息をついてから……。
「はぁ〜〜〜、……まったく、その通りだな。
嬢ちゃんが言っている事は、俺が今までやってきた事と何ら変わりねえ。
俺が魔導具師として絶対譲れねえ事だ。
ただ、やり方や視点が違うだけでな」
「ありがとうございます」
「……ふん、俺の台詞だと言いてえが、そんな物は互いに魔導具を完成させてからだ」
「はい」
私とコッフェルさんは、店の床に散らばった試作品の魔導具を一つ一つ確認します。
あっ、簡単にメモをしながらでお願いします。
時間が掛かっても良いので気が付く度にメモを…、ええ当然、次の試作品では気がついた事は直しますが、何回か試験をやった時に、再び出てきたり、不要な改良だったりと見直す事が出てくるかもしれませんから。
魔導具を開発していて、そう言う覚えはないですか?
ありがとございます、後でお互いに見せ合いましょう。
ええ、情報の共有です。
「やっぱり稼働部は弱くなりますね」
「重量のある接合部分もな」
「箱も歪みが酷いです」
「こうも箱の側面が捲れ上がると、手を切る可能性もあるな」
「鋁を使えば、軽いので自重による衝撃は減らせるとは思います」
「ふむ、とりあえずこのまま直して、鋁の箱で試してみるか。違いを見てみてえしな」
「そうですね。
その上で、改善すべき箇所を一つ一つ上げてゆきましょう」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
そんな毎日を、数日間繰り返したある日。
「ん、なんですか?」
「いえ、今日は行かなかったんだなと思って」
「行ってきましたよ山に」
「みてえだな」
「……そして叔父さんは当たり前のように、家に来ているし」
「仕事の話のついでだ」
夕食中だと言うのに、またもや一戦かと思う様な軽い言い合いを始める二人を他所に、私は鍋をつついて舌鼓を打ちます。
う〜〜〜ん、美味しい。
蟹の身がジューシーなのはもちろんの事、身と殻から出る香りと甘みのある出汁が絶品です。
本日のメインは蟹鍋料理。
シンプルに塩と香草のみの味付けだけど、具材から出る旨味でこれ以上の調味料など不要と言わんばかりの美味しさです。
一応は好みで山柚を用意してありますが、皆さんあまり使っていません。
ええ、臭みなんて欠片もないからで、むしろそのままでもフルーティな香りがあるくらいですからね。
新鮮だと言うのもありますが、すぐに臭みが出るほど脆弱な生命力をしていないだけなのかもしれませんけど。
魔物:深緑王河蟹
ここ数日コッフェルさんの所に通っていたのもあって忙しかったけど、偶には息抜きがてらの山歩きと言う名の狩猟。
ひとしきり春先の山菜や薬草を採取した後、空間レーダーに引っ掛かったので、何がいるのかなと川に寄ったら、出てきちゃいました。
体高二メートルを越す沢蟹です。
鉄をも切断する凶悪な鋏を持つ蟹です。
肉厚で毛が多いから、イメージ的には巨大な毛蟹でしたけどね。
しかも口からウォーターカッターの様な高速水流を吐き出す魔物で、その威力は私より大きな岩をも真っ二つです。
しかも強化した程度の弓矢では、何らダメージを与えられない硬い鎧の持ち主です。
おまけに水属性の魔物なので【火】属性魔法が効き難いときてます。
『……仕方ないか』
弓矢による狩猟は諦めて、魔法で狩る事にするか。
風情はないけど、こうして出会ってしまったものは仕方がないしね。
右へ左へと横歩きをしながらも、意外と高速で迫ってくる深緑王河蟹。そんな相手と間合いを開けながらも、右掌からコップ魔法の要領で水魔法で水を出現させる。
いつもならかなり絞った魔力を使っているけど、今回は右掌に漂っている魔力をその儘に放った水魔法は、大きめのお風呂数十杯分ほど。
それを出現と同時に、力場魔法で思いっきり圧縮してピンポン球サイズにまで小さくしてから深緑王河蟹へと魔力の紐で投げつけてやる。
ビッ!
あとは魔物の力場に触れて弱くなった部分に穴が開き、そこから高圧縮された水が解放を求めて勢いよく吹き出す。
深海数千メートルなみまでに圧力を受けた高圧な水は、そのまま深緑王河蟹の口の上あたりを一瞬で貫いたため、おそらくは何が起きたか分からずに絶命したと思う。
と言う事が昼間にあり、こうして御夕飯として食卓に上がっている訳ですけど。
「……やっぱり魔法での狩りって、風情がないと思いません?」
私の今日の狩りの話にライラさんは絶句し、コッフェルさんは大きく溜息を吐いて、そんなの私だけだと冷たい事を言う。
その狩りの成果を、先程から美味しそうに食べていて酷くないですか?
酷くないと断言ですか、漢らしいですライラさん。
あっ嘘です、ライラさんは女性らしくて綺麗で優しいお姉様です。
「だいたい単独で深緑王河蟹を狩るのも、その身を食べようとするのも、オメエさんぐらいだろうな」
「そうよね。
普通は食べようとは思わないわよね」
「食べてるじゃないですか」
「ああ食べてるな」
「食べてるわよ」
「開き直られましたっ!」
さっきから美味しそうに食べてる二人に突っ込んだのだけど、開き直られてしまいます。
なにか最近、いい様に返される様になってきた気が…。
まあ、楽しいから良いですけですど。
ちなみに、こちらの世界では、海老は食べても蟹は食べないのが一般的らしく、コッフェルさんに教えてもらった業者さんにも、甲羅以外は引き取りはゴミ扱いだったので、全部収納の魔法の中に入れちゃいました。
ええ、こんなに美味しいのに。もったいないです。
「蟹なんてと最初は引いたけど、ゆうちゃんが作るから、きっと美味しいと思って挑戦したけど正解だったわね」
「こんな酒の進む味とはな。
クソッ、何度も機会があったと言うのにもってえねえ事をしたなぁ」
ちなみに蟹にワインは合わないので、二人は本日は芋から作ったお酒を結構なハイペースで呑んでいるけど、大丈夫なのかなぁと思ってしまう。
そう言いながらも、片手間に焼きガニを先ずは塩で出してみる。
あっ、いけますか。おかわりが欲しいと。
ではその前に、さっと湯通しした蟹を氷水で締めて、こちらは山柚でどうぞ。
プリプリした食感が美味しと。
香りも良いですよね。
じゃあもう四本づつ作っちゃいますね。
えっ私ですか?
残念ながら、私はもうお腹がいっぱいになってしまったので。
「くぅ〜、もってえねえなあ、こんなに美味いのに」
「そうよね、こう言う時は本当に気の毒な体質だと思ってしまうわね。美味しいのに」
「く、くやしくないもん」
はい強がりです。
本当はもっと食べたいのに仕方がないじゃないですか。
もうお腹がいっぱいで、食べられない物は食べられないんですから。
せめて二人が美味しそうにしている姿を見て、食べた気になります。
そう言う訳で、どんどん食べちゃって良いですからね。
なんなら今日獲って来た分、全部食べても良いですから。
「そんなに喰えるかっ!」
「無理に決まってるでしょう!」
ですよね。
なにせ体高二メートルの蟹の身ですからね。




