91.故郷へのお手紙、私、剥かれちゃいました。
軟銅線を軸にした魔法銀の糸を二十本を撚って編み込んだワイヤーを、耐火性があって強度もある魔羊毛の毛糸で、二重に保護した強化型の魔力伝達用コードを百メートルで、試作の物も買い取ると。
ちなみに魔羊毛と言うのは魔物の血を引いた羊の羊毛で、丈夫な上に耐火性のある毛糸や布を作る事が出来るんですよね。
普通は魔物の血に耐えられないのだけど、偶々なのか突然変異なのか、耐えた個体がいて、それが増えた結果ではあるらしいんだけど、どちらにしろ希少で高価な糸である事には違いない訳で、……自分で書いておいて何だけど、いったい幾ら掛かるのだろうかと怖くなる。
幾ら、従来の魔力伝達用コードがあるからと言って、此処まで仕様が変わると、一から開発し直すのも同じですからね。
コッフェルさんは初期投資に金板貨数枚分くらいは、掛かっても構わないと言っていたし、前金で金板貨一枚を渡してくるあたり、色々と金銭感覚が狂いそうで怖い。
コッフェルさんの言う通り。強化型の魔力伝達用コードの製造が上手くいけば定期購入を考えている旨も伝えておくけど、不安なら断ってくれても構わない旨も手紙に書いておく。
コッフェルさん曰く、魔力伝達用コードはかなり使えるらしい。
強化型の魔力伝達用コードでも、流せる魔力はとても攻撃魔法を使える程の量では無いから、導火線代わりに使ってみたいのだとか。
魔物用の罠のタイミングをとりやすくなるだろうから、囮として生き餌代わりの先駆けの尖兵が生き残る可能性が高くなるだろうと。
そんな話に改めてこの世界が、そう言う世界なのだと実感させられる。
「コギットさん受けてくれると良いけど」
書いているのは、コギットさんへのお仕事の依頼。
知り合いの魔導具師に頼まれての依頼で、仕様と使用目的、金額の目安等を、私信を含めて書いている。
此方の工房で似た様な物を作れない事もないと思うと言ったら、コッフェルさん曰く、魔力伝達用コードは、既に貴族の中で話題になっている商品に使われているので、軍閥系、武官系の貴族と取引のあるコッフェルさんとしては、色々と拙いらしい。
基本的に貴族間で認められたこの手の物は、表向きには二十年は保護するとの事。
要は特許みたいな物で、だいたいこの手の物の開発は、貴族が運営する商会や工房がするので、お互いに利権を侵害しないでおきましょうと言う事らしい。
まぁ、水面下では結構やりたい放題らしいけどね。
ダントンさんも模倣する工房を警戒していたし。
そしてコッフェルさんは、意外にもそう言う事は守る派らしい。
だから高くても、こう言う時にはキチンと高い金を払うし、魔導具が高いのは、こう言う開発費を貯めておくためでもあるらしい。
「ゆうちゃ~ん、もう出かけられそう?」
「すみません、もう少しだけ」
手紙を書き終えた頃、ライラさんが声を掛けてきたので、慌てて幾つかの手紙に封をして、預かっている前金と共にに箱の中に入れて封緘をする。
後は流石に部屋着を兼ねた作業着だと拙いのでお着替え。
そのついでに髪を梳いて髪をセットし直す。
引いたカードは、左右に小さな三つ編みを作るだけの簡単ヘア。
ええ、髪型のカードは今も続けていて、もう習慣と言うより癖ですね。
それに最近は力場魔法で髪をセットしているので、そんなに面倒ではないです。
うにょうにょと別の生き物の様に動かす髪をみて、ライラさんに蛇みたいだと言われた時は流石にその表現は止めて欲しいと願いましたけど。
ええ、蛇は嫌いです。
世の中、可愛いという人もいますけど、私は苦手です。
白蛇は神の使い? いえいえ、蛇は蛇です。
とにかく簡単に身嗜みを確認してから、下に降りてライラさんに合流。
「お待たせしました」
「そう、じゃああまり伯母さんを待たせるのも悪いから、さっさと行きましょうか」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
そうして訪れたのは書籍ギルド、コンフォード領支部。
広い庭付きの立派な屋敷です。
それでもって水晶板の窓ガラスがたくさん使われています。
シンフェリア領産の水晶だったなら、ありがたい限りの使い方です。
初めて訪れる書籍ギルドの支部に、やはり著者のいない本であくどく儲けているのだなぁと思いつつ、受付の人に丁寧に案内されて向かったのは支部長室。
うん、本当に支部長だったのだと、あらためて感慨深くなる。
「ユゥーリィさん、ようこそ。
まずは、つまらないお仕事の話を、さっさと済ませてしまいましょうか」
「すみません。ギルドに関係ないお話なのに」
「別に構わないわよ、もともとユゥーリィさんとはそう言う契約だし、此方としてもその方が都合がい良いのよ。
それに叔父が魔導士ギルドや、他の商会を通さないでくれてありがたかったわ。
あの人、意外にそういう気遣いや筋は通してくれるから、私も時折助けられているの」
「あの、これをお願いいたします。
一応、封緘はしていますが大金が入っていますので」
「ええ、少し高いけど専用の人を頼むから安心して、何かあってもユゥーリィさんの責任にはならないから。
それにしても本当にあの人と仕事をしているのね。
あの人って、一人で全部やるタイプの人だから、最初は信じられなかったのよ」
「いえ、私は少しだけお手伝いしただけです。
この依頼も、私はただの仲介役に過ぎません」
そう、既存の技術を利用した特注品を発注するだけ。
あと、一応は魔導具師同士のお仕事の話なので、詳しい事は御勘弁お願いします。
ええ、コッフェルさんから聞き出す分には、私は問題ありませんけど。
言質って、一体何を聞き出すか知りませんけど、お仕事での話ですよね?
いえ、別に後ろめたい事なんて、何もないですよ。
「あと、これ頼まれていた物です」
そう言って肩掛け鞄から再び取り出したのは、スケッチ帳から切り離した紙の束。
少し前に、ラフェルさんの知り合いの子用に、幾つかの服の意匠を頼まれたのだけど、本当に私で良かったのかと思う。
お世話になっているライラさんの介添えもあって、断り難かったのもあるけど、そう言うのって普通は専門の人に任せませんか?
私くらいの背丈の子だと聞いてはいますけど、言われた通り思いっきり趣味に走った意匠ばかりですよ。
……あっ、駄目なのは駄目だしするから大丈夫と。
そう言いながらも、どんどん机の上に重ねてゆかれていくのは、駄目だしされた意匠図。
弾き出されたのは、やりすぎた奴や、露出の多い奴、ついでに緩すぎる物ばかり。
キチッと系が好みなのかな?
そうしてラフェルさんの手に残された意匠図は、数枚ほど。
「そっちも悪くはないけど、今回の目的にはこれくらいかな」
どうやらコンセプトに合わなかっただけらしく、ある程度の格式のある服が良かったらしい。
そうならそうと初めから言って欲しかったような。
ならこれで本日の予定は終了。
確かこの後は、昼食じゃなくて、美味しいケーキ屋さんでティーブレイクタイム。
女性三人のお喋り会と言う名の愚痴会です。
ライラさんの私生活における、駄目なところとか暴露して良いですか?
えっ、むろん冗談ですから、少しも笑ってない目をした笑顔を向けなくても。
そう言う訳でラフェルさん、駄目出しされたので、今回は駄目ですよ。
あれ? 馬車で出掛けるんですか?
こんなに天気が良いから歩いてもいい気がしますが。
なるほど、格式のあるお店なんですね。
でも、馬車でお茶を飲みにいくなんて、貴族御用達のお菓子屋さんかな?
ちなみに、この街はコンフォード領ではあるけど、王国有数の衛星都市でもあるため多くの貴族が住んでいる。
もっとも貴族と言っても、領地の持たない法衣貴族が殆どだけど、別に領地が無いからと言って地位が低い訳ではなく、領地が無いからこそ役職に力を注げる面もある。
口の悪い人達曰く、国に飼い慣らされた貴族らしいです。
悪い事や、必要以上に欲をかかなければ、安定して裕福な暮らしができる身分でもあるんですけどね。
そうして滅多に足を運んだ事のない貴族が住む地区の一角、そこで足を止める馬車にあらためて嵌め込まれた水晶窓から外を眺めると、そこにはおしゃれな喫茶店もお菓子屋さんもなく。
「……洋服店?」
「さぁ降りましょう。
グレットが困ってるわよ」
グレットと呼ばれた御者の方が馬車のドアを開けて、私達が降りるのを待っている。待っているんだけど、何か嫌な予感が……、え、いいから降りろって、はい降りますからお尻を押さないでください。
「あの、此処は?」
「あら、言わなかったっけ、貴女くらいの知り合いの子の服だって」
ええ、聞いてますよ。
でも普通その場合は、頼まれた私は含みませんよね?
私は普通じゃないから大丈夫って酷くないですか?
ああ冗談ですか、ではそのまま冗談と言う事で、馬車に戻りましょう。
駄目と。
いえ、私、服は別に欲しくないですから、今ので十分です。
ええ、多少は痛んでますけど、キチンと直して着ていますので大丈夫です。
大体、その意匠は私以外向けの服であって、自分が着る事を想定していません。
え? 今着ている服ですか?
両親が作らせたり、ウチのお手伝いさんの人が作ってくれたりした物ですよ。
私が選ぶとすると、どんな服かですか?
それは日焼けしない程度に、動きやすくて楽な服一択です。
「……ライラの言う通りね」
「でしょう。この子自分に興味がないのよ。
髪型だって毎日変えて、一見女の子らしくてお洒落に見えるけど、実家に言われた通り毎日変えているだけで、その選択もカードで適当に選んでるだけなのよ」
「ご両親の苦肉の策なのね」
「人の事は気にするくせに、自分の事で興味があるのって、食べ物と魔法関連くらいじゃないかしら?」
酷い言い掛かりである。
ちゃんと装飾品とかは、それなりに凝った物を身につけていますよ。
派手すぎない物を基準にですが。
腕輪は、コギットさんが目立ちすぎない程度に豪華な仕上げに。
耳飾りは、小さいので目立たないだろうという事もあって、技術習得を目的にしたため、つい趣味に走りました。
そう言う訳で、きちんと身につける物にも気を使ってますよ。
「こらこら逃げないの、自分で描いた意匠でしょ」
「ですから、何度も言いますが、それは私以外を前提とした物です。
そんな可愛いのは私には似合いません」
「あら、別に子供子供していないし、格好可愛いと思うわよ」
「ただ、今度ユゥーリィさんは行く所は、これくらいには格のある服じゃないと」
「ゔっ」
「そう言う事よ。ギルドが後盾になっている以上、恥を掻かせれないでしょ。
貴女にもギルドにも」
はい分かりました、そう言う事なら観念します。
観念しますから、せめて衣装のリテイクを。
あっ、時間がないから駄目ですか、いえ時間まだありますよね。
ラフェルさん達の時間が問題と、……なら、自分で作りますから。
「ええい、往生際が悪いわね、中に入っちゃいましょう」
「そうね最初からこうすれば良かったわ」
あっ、そんな強引に人の腕を掴まなくても、歩けますから。
あっ、どうもこんな誘拐されているような格好ですけど、誘拐ではないですので、ええ一応は客のつもりです。
店の奥で採寸と、それはいいのですが、何で下着姿に?
えっ下着も? 上だけで良いと言っても恥ずかしいんですけど。
ライラさん、そんな両手を持ち上げられたら、丸見えになっちゃいますから。
と言うか、服の採寸にここまで必要ないですよね。
ああ、この際に下着も作ると、なるほど納得です。
うっ、メジャーが敏感なところに当たって、微妙に擽ったいんですが。
敏感って、そりゃあ敏感ですよ。
服に擦れると痛痒いから、胸当てをしている訳ですから。
あと人の脇の下を見て羨ましそうにしないでください。
まだ子供だから無いだけです。
そのうちライラさんみたいに悩む日も来ますから、……大きなお世話って、自分で振ったんじゃんないですか、酷い。




