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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
90/976

90.天ぷらと鍋とワイン。





「………」

「………」

「………」


 重い空気が一方的に部屋に充満し、私もコッフェルさんも一言も発せれません。

 そしてもはや重い空気というか、すでに威圧と化した空気を発しているのは、私が大変お世話になっている居候先の書店の主人(あるじ)であるライラさん。


「さて、こんなに遅くなった理由を、まず聞きましょうか」


 平坦だけど静かな怒りを含んだ声に、私の身体は思わずビクリと反応します。

 ええ、怖いです。

 そして心配を掛けてしまって申し訳ないと思います。

 作業と話に夢中になっていて、気が付いたら陽などとっくに暮れていた訳で。

 しかもその後、赤色角熊(レッド・ベア)の件もあって、コッフェルさんの知り合いの店に紹介がてらに届けに行ったために余計に遅くなり、今の事態を余計に招く事になった訳です。

 はい反省しています。

 私みたいな子供が出歩いて良い時間ではないですよね。

 変質者? 誘拐? 大丈夫です。

 そういう手合いは容赦なく吹き飛ばしますし、そもそも私みたいな子供に、…いえ、なんでもないです。

 そういう問題じゃないですよね。

 分かりましたから、そんな眦を上げて怒らなくても。

 いえ、上げさせているのは私だと分かっています。


「あぁ…、ライラ、今回は・」

「叔父さん、私は、今、ゆうちゃんと話しているの、少し黙っていてくださらないかしら。

 送り届けて下さった事には感謝していますが、叔父さんにも少し話があるので、詳しい事はその時にでも」

「ぉっ、……ぉぅ……」


 コッフェルさん、ご愁傷様です。

 そして、まだお説教は続くのですか?

 え? 反省が足りなさそうだから、まだしっかりと。

 ううぅ……。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 そうして私とコッフェルさんが、ライラさんのお話から解放されたのは、帰ってきてから一時間以上経っていたりする。

 取り敢えず今日の食事当番は私なので、急いで料理をする。

 ええ私の都合で心配させた挙句に遅くなってしまったのですから、これ以上迷惑を掛ける訳にはいきませんから。

 あっ、コッフェルさんも食べていってくださいね。

 どうせ帰っても塩辛い摘みとお酒で誤魔化すつもりでしょ。

 ちゃんとした食事をしないと疲労が回復しませんよ。

 そんな訳で、急いで採ってきた山菜をアク抜きしたり、水に漬けて置いたりするうちに副菜を調理して。

 今日のメインは遅くなってしまったので簡単な時短料理。

 鍋に水を張って、茸類と白菜をはじめとする野菜に、軽くアク抜きした山菜、湯が湧いてきたら鶏肉を入れてから、トマトとレモンを入れて蓋をしておく。

 後で平打ちしたパスタを入れるために、以前に打って置いた物を収納の魔法の中から取り出して皿に盛り付け。

 その間に天ぷらの用意。

 衣は薄力粉に馬鈴薯から作った澱粉を水と卵で溶いただけではなく、魔法で空気中から集めた二酸化炭素を圧縮して衣に溶かし込む。

 要は炭酸です。

 これを混ぜると、簡単にサクサクの衣になるんですよね。

 美味しい天ぷらを揚げる技術がないので、小手先の技で細工です。


「これですか? 油で軽く煮込んだ料理です。

 美味しいらしいですよ、お酒にも合うみたいですし」


 油を鍋一杯に入れた時点で、驚いたライラさんが聞いてくる。

 どうやらこの世界ではまだ、油は炒める時に使うものでフライや天ぷらという概念がないらしいので、物珍しいのでしょう。

 天ぷらならフライやカツ程に手間は掛かりませんから。

 醤油がないため塩と、紅茶の葉を使った茶塩で戴く予定。

 意外に山椒や胡椒も合うんですよね。

 生活が安定したら、いつか醤油や味噌も作ってみたいなと思いつつ、吹き上がった鍋にパスタを投入して仕上げ。

 その間に蕗の薹を始めとした山菜や野菜を、じゃんじゃん揚げちゃいましょう。

 あっ、揚った物から先に食べ始めちゃっても良いですよ。

 スープパスタ鍋も今そっち持っていきます。

 どうせ私は食べる量が少ないので、すぐに食べ終わっちゃういますから。


「こいつは赤より、辛口の白の方が合うな」

「あまり置いてないわよ。赤の方が好きだから」

「甘くない赤があるなら、そっちでも良いが」

「置いてあると思う?」

「お子様め」

「さっきの話の続きしましょうか?」

「俺が悪かったから、蒸し返すな、飯が不味くなる」


 うん、何か鍔迫り合いをしているけど、本当に険悪って訳ではなさそう。

 むしろ家族ならではの遠慮の無い会話にも聞こえる。

 最後の揚げ物を終えたので、魔法で油の温度を下げてから、布で濾してから陶器の器に入れて封をしておく。


「お疲れ様、ゆうちゃん。

 まったく心配した分お腹が空いちゃったわよ」

「すみません」

「そういう訳で、これで太ったら責任持って、運動に付き合いなさい」

「私は毎日しているんですけど」

「声を掛けてね」

「明日の朝は起こせと言う事ですね」

「よろしく〜♪」


 と言っても冬も終わりに近いと言っても、まだまだ寒い冬の朝。

 十中八九、寒い、眠い、止めると言う返事が返ってきそう。

 そしてその癖して、後で私のせいで太ったと拗ねるから困るのだけど、何か良い手は無いだろうか?

 そう考えていると、コッフェルさんが此方の考えを見抜いた様に。


「コイツを起こすのに良い方法を教えてやろうか?」

「え? 良い方法があるんですか?」


 身内ならではの方法だろうか。

 そう期待して顔を向けるのですが。


「ママーとか言っておっぱいでも吸ってやれば一発だぞ、たぶん、おわっ!」

「はぁぁぁぁーーーっ、こんなのが身内だと思うと泣けてくるわ」


 ふぅ……、期待した私が馬鹿でした。

 というか、ライラさん流石にフォークを投げるのは危ないからよしましょう。

 ほら、壁に突き刺さってますよ。

 ええ、気持ちは分かります、今のは冗談でも無いと思うのは私も一緒です。

 ライラさんは私みたいな大きな子供がいる様な歳では無いし、私にしたってそこまで子供じゃ無いですから。


「怖ぇな、冗談一つも言えやしねえな」

「くだらな過ぎる事を言うからよ。

 ほら、ゆうちゃんも引いちゃっているじゃ無い」


 いいえ、呆れているだけです。

 あと中身が男の私がやるのは洒落にならないので、冗談でも止めて欲しいと思っているだけです。

 女同士の気やすさで一緒のお布団なんてなった日には、私が持ちませんから。


「本当にこんなスケベ親父と一緒にいて大丈夫だった?」

「あのう、流石にそれは失礼かと。

 真面目に魔導具師としての色々教わっていただけですから」

「おめえな、少し大叔父を信じる気持ちはねえのか?

 幾ら何でも、こんな乳臭いチビっ子に手を出す訳がねえだろっ」

「そうよね。幾らゆうちゃんが可愛いと言っても、そこまでは落ちてないわよね。

 そもそも役に立たないだろうし」


 ライラさんの言葉に、取り敢えず二人が血の繋がりがあるのだと確認はできました。

 もしかすると、二人とも酔っ払っているだけかもしれないけど、そういう時こそ地が出ると言いますしね。

 そう言う訳で、そろそろ話題を変えましょう。

 あまりその先の話は聞きたく無いですから。

 ええ、私のトラウマを刺激しますから止めてください。




「ふぅ、ごちそうさん。美味かった。

 ライラも早くこれぐれえ出来る様になると良いな」

「言われなくても勉強中よ。

 ……追いつけるかは別だけどね」

「……違えねぇな」

「いえ、私はだいぶ魔法で横着していますから、それにライラさんの料理も物凄く上達していますよ」

「まぁ嬢ちゃんがそう言うなら信じるが、逆に言えば、物凄く上手くなる余地があったと言う事だよな」

「ぐぅっ」


 コッフェルさんもそんなライラさんを虐めなくても、あと、余り物で申し訳ないんですが、少し天ぷらをお包みしますね。

 ええ、パンと一緒に軽くトーストして、バターと胡椒やマスタードを塗ったパンに挟むと美味しいと思いますから。


「ふむ、面倒臭えが悪くねえな、例の魔導具の実験にもなる」

「そうですよね。実際に使って見るのが一番の早道だと思います」

「ある程度形になったら、先方に話をして使用してもらうのが手っ取り早いか。

 問題は、十年経っちまっているから忘れちまってるかも知れんが、いらねえ様なもんでもねえしな」


 それは、もう忘れているのでは?

 それくらいの期間はあり得る話と、凄い気が長い話なんですね。

 十年前と言ったら、私が二歳の時ですよ。

 え? 私、十二ですよ。 ……十歳になってないと思ったと。

 ライラさん、私幾つに見えます?

 ちゃんと十二に見えると、でも、ちゃんと目を見て答えて下さいね。

 本当は幾つに……九、十歳と、…ええ、辛い事を言わせました。

 ですので声を殺して、肩を震わすのは止めましょう

 それとコッフェルさん、いい加減に声を出して笑うの止めましょうか。

 私、暴力は嫌いですけど、やる時は年寄り相手でも平気で殴れますよ。

 試してみますか?






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