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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第二章 〜少女期編〜
82/976

82.木箱の重さは故郷の重さ。





 トサッ。

 トサッ。

 トサッ。


 静かにそっと置かれる幾つもの木箱。

 その光景に、私は正直言って信じられない気持ちで一杯だった。

 だって、ありえないと思ったから。

 だけどその思いとは裏腹に、木箱に押された焼印は、間違いなく見覚えのある物で懐かしい物。

 実に二ヶ月半ぶりに目にする印。


「お約束の品です。

 取り敢えず百セット分と予備が幾つか入っているはずなので、後でご確認ください。

 魔導具としてお約束の数をお納め後、特に商品に問題がない様でしたら、追加の発注をする事になると思いますので、その時はまた宜しくお願いいたします」

「は、はぁ……、その、よく手に入りましたね」

「ええ、正直、難航すると思っていたのですが、特に問題なくというか、此処まで早く納入されるとは、流石に思いませんでした」


 焼印は、何度見てもお父様が経営する商会の商会紋。


「此方を担当者が託された様で。

 無論、此れ等の納入先が何処かなのかは、一切漏らさないように厳命させてありますし、経由する街にも気をつけさせましたので、ご安心ください」


 言葉と共に渡されたのは一通の手紙。

 宛先の名前は書かれず、見覚えのある筆跡でただ『お嬢さんへ』とだけ。

 その封筒を開け、恐る恐る中の手紙を広げると、そこには。


『この、どうしようもない御転婆め、せめて挨拶ぐらいして行けってんだ。

 と言いたいが、お嬢さんがそれ所じゃなかったのは俺等も分かっているし、一番辛いのはお嬢さんや、お館様達だと言う事もな。

 ただ、こうして何処かで生きていて、何とかしていると分かっただけで俺は嬉しいから、挨拶がなかった件に関しては許してやる。

 それと、お嬢さんから直々の商談はともかく、こうして何処かの商会を通してなら、いくらでも受けてやる。

 お館様も商会も、見て見ぬ振りをしてくれる様だ。

 と言うか、これでグダグダ言ったら、俺もダントンの奴も本気で拳で語り合う気でいるしな。

 まぁ殴り合うと言うのは、半分は冗談だがな。

 だから、俺等の力が必要な時は、何も気兼ねすることはない。

 流石に、此方に居た時の様な金額には出来んが、お嬢さんにとっては、その方が遠慮せずに頼みやすいだろう。

 だから何の気兼ねはいらんぞ。

 俺等が何処ぞの商会を通して受けるお嬢さんの依頼が、お嬢さんの生きる糧になるのなら、俺はその仕事を受けるのが誇らしいとさえ思える。

 無論、ダントンの奴もそう思っているし、ガイルの糞餓鬼や他の工房の奴等もそうだ。

 俺等の送る製品が、お嬢さんお力になっているとな。

 そう言う訳で毎月とは言わん、無理はしない程度で小さくても構わないから半年に一度で何かを発注してくれると嬉しい、こう言っては何だがお嬢さんの生存確認になるしな。

 じゃあ、酒でも飲んでお嬢さんの依頼を待っている。

          口煩い爺いのコギットより』


 限界だった。

 膝の力が抜け、地面に座り込みながら、流れる涙すら抑える事もできず、ただ、ただ静かに嗚咽を漏らす事しか。

 滲む視界の中で、シンフェリアにいる皆んなの顔が次々と浮かんでは消える。

 楽しかった思い出も、嫌な思いでも、それでも皆んなで生きてきた思い出が走馬灯の様に流れてゆく。

 嬉しかった思い出が…。

 悲しかった思い出も……。

 悔しい思いや嫌な思いも……。

 皆んな皆んな、欠かす事のできない大切な思い出。

 私がこうして生きていられるのも、その大切な思い出を過ごした皆んながいたからこそ。

 分かっている、全て私が自らの意思で捨ててきたもの。

 私の我が儘で、捨ててきた大切なもの。

 仕方がないって分かっている。

 それでも溢れる気持ちが抑えきれない。

 何で、私、此処にいるんだろうって。

 何で、私、皆んなの処にいないんだろうって。

 親も、家族も、仲間も、皆んなを捨てて此処にいる。

 大切な親友までも、約束を破って此処にいる。

 その事が物凄く悲しくて、そして切なくて、胸が張り裂けそうで。

 どうしたらいいか分からなくて。

 ただ叫ぶしかで出来ない自分が悔しくて。

 こんな優しい手紙をもらう資格なんて無いって分かっているのに、それが嬉しくて。

 その事が申し訳なくて、もう本当に訳が分からなくて。

 ただ縋るしかなくて、でもそんな弱さが許せなくて、自分で自分を必死に抱きしめて誤魔化す事しかできない。

 そんな余裕のある無駄が、私は更に私を許せなくて。

 ただ、ただ、悔しさに拳を地面に叩きつけるしかくて。

 赤子の様に泣き叫ぶしか無くて。

 意味も分からないままに、……私の意識は暗転した。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 「……」


 目を覚まし、重い目蓋を開けると、まだ明るさが残っているのが分かる。

 ふらつく身体を起こして、狭い寝室を出て下に降りてゆくと、ライラさんとラフェルさんが心配そうな顔で、もう大丈夫なのかと聞いてくるので。


「すみません、突然取り乱してしまって。

 あと、介抱してくださり、ありがとうございます」

「仕方ないわ、ずっと気を張っていたんですもの」

「……やっぱりそうだったんですかね?

 自覚は無かったんですけど」

「そういうものよ、大人も子供も関係なしにね」


 ライラさんお言葉に、それが気遣いだと分かっていても、少しだけ心が楽になる。

 気遣いであろうが何だろうが、相手を想う心が確かにそこにあるからだろう。

 それが分かるから、素直に感謝の思いも湧く。


「少しは落ち着いた?」

「正直、まだ頭の中が色々とグシャグシャしています。

 ……ただ、思いっきり泣いたせいか、少しだけスッキリもしています」

「ふふっ、そう言うものよ。

 なら、先に教会に行きましょうか」

「え?」

「その怪我、治してもらわないと」


 ライラさんの心配げに眉を潜めた顔と視線に、私は視線を追うと。

 そこには当て木と包帯がされた右手が。


「……結構、酷いですね」


 言われてみて初めて、怪我をしている事に気が付き。

 その事でズキズキとした痛みが伝わってくる。

 先程まで全然気がつかなかったのに、不思議だ。

 たぶん脳が心が潰れない様に、心の痛みを麻痺するついでに、肉体の痛みも麻痺させてしまっていたのだろう。


「何本か折れているみたいだから。

 今、伯母さんが馬車を呼びに行ったから、今のうちに出かける準備をね」

「これくらいなら、大丈夫です」


 心配するライラさんを他所に、私は意識を集中させ、包帯と当て木を外して右手に治癒魔法を唱える。


治癒魔法(ヒール)


 掛け声そのものには意味はなく、ただのイメージの補完であり、祈りのための言葉。

 魔法は掛け声が無くてもできるが、治癒魔法だけは祈りながら唱えた方が、経験上、何故か発動効果の手応えが高い。

 時間を巻き戻すかの様に戻ってゆく右手を、そして何度か握ったり開いたりして感触を確かめる私の様子に、ライラさんは呆然と口を上げながら。


「……治癒魔法まで使えるなんて、本当に何者よって感じね」


 何者も何も、私は私としか言いようがないのですが。

 なんにしろラフェルさんを呼び戻さないとと思っていると、ライラさんが私に此処で待つように言ってから部屋を出てゆく。

 再び静けさが戻ってきた部屋で、私は腰掛けてから、天を仰ぐ様にして目を瞑る。

 閉じた目蓋の中で、生まれ育った故郷が浮かんでは消えてゆく。

 でも、今考えるべき事は故郷を懐かしく想う事じゃない。

 それでも、二人が戻ってくる僅かな時間。

 ほんの少しだけ、故郷の温もりを。

 約束を破って置いてきた親友の温もりを思い出す事くらいは、許してほしい。






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