77.魔導具師ふたり。
「あれ? 今日は私の番だったと思うけど」
「いえ、料理じゃなく試したい事があるので、その準備です」
「ふーん、確かに美味しそうには見えないわね」
台所で何かをやっている私に、訝しげに尋ねてきたライラさんに、料理でない事は説明しておきます。
そもそも目の前の物は、あまり食べたくないです。
今やっているのは材料をペーストにした物を、この後、蒸留したお酒を更に蒸留したエタノールで成分を抽出。
陽が高くなる頃を見計らって、実験。
先ほど作ったのは反応液で、これにブラックライトを当ててやれば、うっすらと光って見えたりする。
無論この世界にはブラックライトなんてありません。
でもブラックライトというのは紫外線なので、プリズム効果で紫外線を当ててやれば、暗い木の箱の中にある反応液は薄らと光るはず。
ちなみにプリズムも集光もブロック魔法で代用、本当わざわざ器具を揃えなくても良いですから便利です。
目的は、紫外線防止の魔法及び魔導具の開発です。
結界の魔法で多少は防いでくれはするのですが、もう少し効率の良い方法がないかと、冬前から模索していましたが、開発のネックとして紫外線波長の特定方法でした。
でも、何とかこの世界でもできる方法を、思い出す事ができたので早速実験。
「ちゃんと光ってますね」
木の箱の中を隙間から覗き込みながら確認。
まずは反応液と魔法で作ったプリズム効果を確かめてからでないと、本格的な実験はできない。
問題はここからで、いつも体を覆う様にして使っている薄い結界の魔法を、集光口にかけてみると、……先ほどより少しだけ弱く光っているのが分かる。
つまり、これが今までの対紫外線効果と。
まずは結界の調整として、強度や厚さを変えたり、複層にしてみたりと……。
「多少の変化はあるけど、それだけ…か」
層と層の間に砂粒状の結界を挟んだのが、一番効果があったけど、視界も歪むから駄目だし。
ちなみに紫外線通すなーーっ! と念じてみたけど当然ながら、なんの変化もなかった。
一見、想像力任せのこの世界の魔法だけど、その辺りはやはり理論体系があるみたい。
そもそも出来るかどうかも分からないから、そのための実験なんだけどね。
なんにしろ、今日は時間切れかな、だいぶ陽が傾いてきてしまった。
「この時期は、この手の実験を行える時間帯が短いのが欠点かな」
あくる日も天気が良かったので実験再開。
昨夜、空気中のオゾンを掻き集めて、層を作るという手も考えたけど、オゾンは毒性もあるので、万が一事故があったら危険なので断念。
その代わり、今日は、複合魔法を試してみる事にした。
【火】と【土】は問題外なので最初から除外。
【水】属性は、あまり効果はないうえに、視界に影響するので断念。ただ、結界に属性効果を付加できる事が分かったので、実験そのものは無駄ではなかった。
【風】属性は、予想通りと言うか、なんら変化がなし。
【聖】属性は、本命だったのだけど、残念ながら結界への属性付加すらできなかった。
今のところ、かなり使い道が限定される属性なんだよね。
残るのは【時空】と【闇】なんだけど、【闇】属性は【時空】寄りなのでなんとも。
「……できちゃったけど、良いのかな?」
答えは【闇】属性魔法でした。
どういう理屈か分からないけど、【影】の時と違ってハッキリと【闇】属性を使っている感覚が分かる。
【無】属性の結界魔法に【闇】属性魔法をある一定の波を与えてやると、ほぼ紫外線が消されるのか、反応液が光っているのが分からない程になる。
厨二的思考で言えば、おそらく闇に紫外線が吸収されている、と言った所なのだろうと思う。
ただ、紫外線を全く浴びないのは、体内ホルモンやビタミンの一部が生成されなくなるなどの問題があるので、とりあえず半分くらいの明るさになる様に、更に試行錯誤してみる。
何事も、ほどほどが一番と言うしね。
問題は、魔導具の土台部分の製作かな。
家にいた頃と違って、その手のツテがない。
これだけ大きな街だから、それなりに装飾店とかはあるけど、お店でお願いするとかなり高額になるだろうし、今後の事を考えると何処か工房を紹介してもらえると良いんだけど、それこそツテが……。
「そんな訳で、どなたか紹介してくださるお知り合いとかいませんか?」
「……いきなりだわね。
と言うか最初から説明して欲しいんだけど」
流石はライラさん、大人の反応です。
つまらないです、座布団を取り上げです。
冗談はともかくとして、どこか魔導具のための小物を、製作してくれる工房を紹介して欲しい旨を伝えると。
「その手の事なら爺いの所で良いんじゃない?
私も付いて行ってあげるから、明日の朝の内に行きましょう。
なんか言ったら伯母さんも呼ぶと言えば、グダグダ言わないでしょ」
そう言えば忘れていましたが、この街の魔導具師店の一つの店主で魔導具師でもあるお爺さんは、ライラさんの大叔父でした。
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「はぁ? そんなもん、いちいち人に頼まんでも自分で作れば良いじゃねえか。
まったくっ、珍しく姪っ子が訪ねてきたと思えば、こんなくだらん用事だったとわな」
はい、いきなりグダグダと言われました。
しかも、問答無用な内容です。
「ちょっと、コッフェル爺。
幾らなんでも、そんな言い方はないでしょうが。
なんだったら伯母さんに頼んでも良いんだけど」
「ちっ、すぐにあの婆あを呼べば済むと思いやがって。
そう言う意味じゃねえ、そこの嬢ちゃんは一応は顔見知りだが、仮にも魔導具師を目指しているって言うのなら、出来て当然の事だから言っているんだ。
まぁ、子供のお遊びで何処にも弟子入りせずにいるから、そんな事も分かんねえんだろうがな」
ゔっ……、二の句も継げない。
魔導具師どころか魔法の基礎すらも、私は書物と独学で得た事だから、こう言った人から人へと教わる系の知識に関しては、ほぼ皆無。
そもそもアルベルトさんの書いた本にも、何処かに弟子入りするのが一番手っ取り早いと書いてあったし、家に置いてあった書物にも似た様な事が書いてあった。
「じゃあ、教えてあげたら良いじゃない」
「それこそごめんだ、そんな面倒な事、なぜ俺がせなきゃいかんのだ」
ただ、此処にきた意味はあったと思う。
だって、コッフェルさんは教えてくれた。
自分ですれば良いと。そんな事だと。
そしてコッフェルさんは、細工師でも鍛冶師でもないし、ぱっと見で店舗兼住居にそれらしい大きめの煙突はなかった。
そして何よりコッフェルさんは魔導具師。
ならば、答えは一つ。
「形状変化の魔法」
「なんだ知ってるじゃねえか。まあ繊細な魔力制御ができねえと無理だからな。
小せえ魔石を石塊にしてしまう程度の腕じゃ、とてもできねえ芸当だ」
どうやら正解の様だ。
わざわざ教えていただき、本当にありがたい。
と言うか以前言った、失敗談の事を覚えていた事に吃驚です。
「ご指導、有り難うございます。
まずは挑戦してみます」
「ゆうちゃん良いの?
この爺い適当な事を言ってるだけかもよ」
「いえ、私が気がつかなかっただけで、それなりに根拠はありますから、多分間違っていません。
それに形状変化の魔法は魔法銀で散々練習してますから、その応用だと思いますから」
「はぁ〜〜っ!?
魔法銀で形状変化が出来て、出来ねえ訳ねえだろ!
テメエ等、揃って俺をからかいに来てんのかっ。
あとライラ、誰が爺いだ、目の前ぐらいではちゃんと呼べっ」
何やら怒り出すんだけど、それより気になる事がある。
「……もしかして、形状変化って簡単なんですか?
私、魔法銀でしかやった事がなかったので」
「それがありえねえんだよ。
魔法銀ってのは魔力の通りは良いが、扱い難い素材の代表格なんだよ。
それが出来て、鉄や銅の形状変化が出来ねえ訳がねえだろう」
「……」
ある考えが脳裏に浮かぶ。
それを確かめるために、一度コッフェルさん達に背を向けてから、コッフェルさん達からは見えない様に収納の鞄から魔法銀を取り出して。
「これくらいの形状変化なら、一応は出来ますが」
そう言って、魔法銀を鏡状にしたり、網戸みたいに細かい格子状にして見せたり、最後に毛の一本一本までを再現したリアルな犬の形にして見せた。
その様子を見ていたコッフェルさんは、何故か目元を痙攣らせて。
「テメエ等、やっぱり揶揄いに来てんだなっ。
これだけ出来て、出来ねえ訳ねえだろっ!」
はい怒鳴られました。
そして騙されました。
ええ、アルベルトさんの書いた、魔導具師入門の本の内容にです。
「すみません、魔法銀での形状変化が基礎だと思っていたので、
それに、魔力の通しやすい物にしか、形状変化が出来ないと思い込んでいたので知りませんでした」
自分で言ってから気がついたけど、確かにあの本には魔法銀や魔石のような魔力の通りやすい物の形状変化の事は書いてあったけど、他が出来ないとは書いていなかった事に、そして、散々書かれていた魔導具師達の性格の悪さに。
ええ、アルベルトさん、貴方も立派な変人です。
変人を極めています。
「また訳の分からねえ事を、普通は魔力の通りやすい物は、形状変化の魔法が効き難い物なんだよ。
嬢ちゃんの言っている事は逆じゃねえか。
全くどんな修行すれば、その年でそれだけ極めれるってんだか」
「あっ、やっぱりこの子って凄いんだ?」
「あの年で、あれだけの形状変化は聞いた事はねえな。
悔しいが俺より巧え」
正直、ショックすぎて、周りが何を言っているのか分かりません。
確かに私の思い込みですよ。
でもあの本絶対に、そう思い込む様に書いてあったじゃないですか。
ええ、今、頭の中で何回も本の中を見直して確認しました。
何十回も読んでいますから、ハッキリと思い出せます。
だって悔しいじゃないですか。
もし分かっていたなら、此れまでどれだけ魔導具の製作が、早く進んでいたかと思うと。
「アルベルトさんのバカーーーーーーーッ!!」
ええ、これくらい叫ばせてください。
場所なんて関係ありません。




