71.娘の葛藤と、父の悔恨と祈り。似合いませんよ。
---------- 第二章 〜少女期編〜 始り ----------
ぴちょん。
高い天井から滴り落ちた水滴が、水面を揺らしながら音を立てる。
その水面に身を任せるように揺らめかせていた身体を、時折思い出したかのように、水面の中へと顔ごと沈める。
息をするのも面倒くさいと思える程なのに、それでも身体は呼吸を求めて再び身体を浮上させる。
「……こうして水でなくお湯に浸かっているあたり、自分の冷静さが恨めしいわね」
お父様に謝罪と、今までの事への感謝の言葉を述べた後、私は部屋に戻るなり、収納の鞄に入れられる物は入れて、一人で屋敷を飛び出した。
その後、真っ先に向かったのは領外ではなく、教会のエリシィーの所。
別に彼女を約束通り連れ出そうとした訳ではない。
あの約束は、互いが成人した時の話。
今の私と彼女では、叶える訳にはいかない約束だから。
私はともかく、彼女はまだ子供で、そして彼女の好きな母親もいる。
とても私の身勝手な事情に、一方的に巻き込んで良い相手ではない。
だから、謝罪の言葉と別れの言葉を、一方的に告げてきた。
彼女の顔を真面に見る勇気もなく、言葉も聞かずに一方的に……。
そうして逃げるようにして別れ、こうして廃坑跡の秘密の工房に身を潜めている。
「夜に出歩く危険性は分かっている。
例え私が魔法使いでも、危険な事には違いない」
自分で自分を言い聞かせるような独白。
それはなに一つ間違ってはいない事実で、それだけに自分が腹立たしくなる。
そんな事を冷静に考えれるのならば、なぜあの時、朝まで考えさせてくださいと言ってから、返事を出さなかったのかと。
もしかすると今頃、皆んなが大騒ぎしているかもしれない。
危険な夜の森に、皆んなが探しに出ているかもしれない。
怪我人が出るかもしれないし、野生動物に襲われるかもしれない。
私のせいで……。
じゃぼん。
嫌な考えを振り払うように、もう一度湯の中に身を沈める。
さっきから何度も繰り返している。
まるで何かを隠すかのように…、誤魔化すかのように……。
「冷静になれ。
お父様が、シンフェリア家を捨てた私のために、動く訳にはいかない」
そう、貴族であり、領主であるお父様が、領民を動かすのはその領地や領民のためであるべき事。
すでにシンフェリア家の人間で無くなり、領民でもない私のために領主としての力を振るう事は許されない事、……たとえそれが領主であろうとも。
いいえ、領主だからこそ、そのような事はやってはいけないのだ。
だから、私は魔法を発動させる。
空間レーダーの魔法なら、此処からでもシンフェリアの町周辺は全て捉えられる。
「……よかった。静かなものね」
魔法での探索結果が齎したものは、私の被害妄想と言える程の考えすぎと言う結果。
そう安堵すると共に、同時に再び溢れてくる……。
じゃぼん。
此処は素直にお父様の冷静な判断を喜び、そして尊敬すべき所。
悲しむべき事じゃない、これは全て私の自分勝手な選択が招いた事なんだから。
そう、私はシンフェリア家を出た。
この選択に後悔はない。
でも、未練は無いかと言えば、そんな物は……、あるに決まっている。
むしろ、無い訳がない。
でも何方もは選べない。
そして、その事でお父様を恨む気は少しもない。
「お父様には、本当に感謝と謝罪の言葉しかない」
結局、お父様は最後の最後まで、貴族であり、当主であり、領主だった。
そして私の大好きなお父様でもあった。
お父様は選ばせてくれた。
問答無用に思えても、選ばせてくれた。
それがお父様の父親としての最後で最大の譲歩だったのだと。
『儂はお前に出て行けと言うしかなくなる』
あれはお父様の制止の声であり、私への選択肢。
『お父様、その話は断れませんか』
そう問うた私への答えとして。
貴族として、貴族後見人であるフェルガルド伯爵家の要請を、断る事はできないとした上で、答えてくれたお父様の答え。
もし、それでもそれを選べるのであれば、ウチの事は気にするなと言う意図と想いを乗せた親としての譲れる最大限の私への贈り物。
たとえ子供であろうとも、魔法使いである私ならば、なんとか生きてくれると信じての言葉だと。
そう分かったからこそ、私は残った迷いを振り捨てて選ぶ事ができた。
結局、最後の最後で私の背中を押してくれたのは、お父様自身の言葉と想い。
「なら、いつまでもウジウジとしてられない」
今回の一件で、フェルガルド伯爵家に泥を塗った事で、シンフェリア家にはそれなりに負い目を負う事になってしまったかもしれない。
でも、お父様が気にするなと言う以上、気にするのはお父様に対して失礼な事。
なら私はこれから生き残る事を考えないといけない。
考えないといけない。………でもそれは明日からにしよう。
今夜はこれ以上考えても、きっと碌な考えにならないに決まっている。
せめて一晩、心と体を休めてから。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【 領主視点 】アルドシア・ノベル・シンフェリア
読み終えた手紙を机の上に置き、一息つく。
「……今回は予測通りにいったか」
末娘が屋敷を出てしまってから半月。
チラチラと雪が降り始めているが、例年に比べて遅い雪のおかげで、色々と動く事が出来たため、領内の騒動も一段落ついてきた。
正直、娘の話は屋敷では禁句扱いだ。
妻が娘の行動にかなり怒り心頭で、そして悲しんでいるからな。
息子も、かなり動揺はしていた、自分のせいでは無いかとな。
息子の嫁は……内心はホッとしているかもしれんが、表に出すような真似はない。
孫のアルティアだけが素直に、娘の出奔を悲しんでいる。
コンコン、コンコン。
「入れ」
誰かなど聞かなくとも、雑な叩き方で分かる。
「邪魔をする」
「俺もだ」
そう思っていたら、ダントンだけでなくコギットもいるとはな。
「なんだ、二人揃って。
儂に陳情でも申しに来たか?」
娘の出奔によって、一番影響が出たのは、娘と関わり合いの深かった工房だ。
娘自身は気がついていなかったようだが、二人の工房には娘へ信望者が多い。
一番、恩恵を受けていただけにな。
無論、他の工房も同様だ、光石関係を取り扱っている工房だけでなく、鉱山労働者や、商会内にも娘の信望者はそれなりにいる。
だからこそ、娘を次期当主へと担ぎ上げようとする、馬鹿な騒動が起きかけたのだがな。
「ふん、巫山戯た事を言うな。
今更、そんな事をしてなんになる」
「まぁ、そう言う名目で顔を出してはいるがな、言うだけだ適当に聞き流してくれ」
あきらかにやる気のなさそうに言う二人に、思わず苦笑が浮かぶ。
文字通り、陳情の申し上げる振りに来たのだろう。
それでとりあえず収まるのなら、若い連中に付き合ってやるという程度の事だと、前もって言ってくれる辺りは、正直ありがたい。
ありがたいが……。
「今頃にか?」
「ああ、あたりめえだろ」
「そろそろ、答えが出ている頃だろうと思ってな」
長い付き合いだけあって、お見通しか。
「他聞をはばかる話だ、漏らすなよ」
「ふん、ったりめえだ。
ガキの頃からの付き合いだ、それくらいは心得てらー」
「だろうな」
一度深く溜息をついてから、娘の…、ユゥーリィの出奔の経緯を二人に話す。
そして、話を聞き終えた二人の反応は予想通りで。
「胸っ糞悪い話だなっ!」
「あぁーーっ、くそっ!
……はぁ、……そりゃあ言えねえわな」
娘を想って怒ってくれる二人に感謝もするが、その矛先に儂に向けてくれない事に苛立ちを覚える。
せめて責められたのなら、どれだけ楽だった事やら。
「ありえねえ程の良縁の縁談。
はっ、使い潰す気満々っじゃねえか」
「歳の差くらいはある話だが、お嬢さんの年齢を相手にはないな。
どうやら、あの噂は本当だったか、反吐が出る」
フェルガルド伯爵家からの縁談の真相は二人が言った通り。
娘の才能に目を付けたフェルガルド伯爵が、自分達のために望んだ縁談。
当然ながら、幾ら伯爵家の次男であろうとも、その正妻の座に男爵家の次女はありえない話。
名目はともかくとして、実情は妻として認められない立場となり、娘の才能を絞り出すための立場。
だが、フェルガルド伯爵家の意図はどうあれ、娘がその力を発揮できる場であり、それを娘が受け入れるのであれば、それはそれで幸せな環境ではある。
問題は次男のギルバード殿には、良くない無い噂がある事。
そしてそれが故に、二十半ば近くにもなって妻の一人もいないのだとも。
「それで、アルド、てめえは、それをお嬢さんに勧めたのか」
「ダントン控えぬかっ」
「ちっ、くそっ」
「お館様とて言わざるを得ぬ。
それが当主の務めであり、貴族社会と言うものだからな」
「うるせぇ!
くそっ、そんな事は分かってるんだよ!」
ああ、娘は、ユゥーリィは此処まで皆に愛されていたのかと思うと嬉しくなる。
だが、それでも儂は言わねばならなかった。
そうでなければ、シンフェリア家は貴族ではいられない。
家族を、領民を、仲間を路頭に迷わす事になりかねない。
「ああ、言ったさ。
娘が受け入れるのならば、それもまた貴族の宿命だからな」
ドゴンッ!!
「はぁー、はぁー、はぁー」
「……ダントン」
「うるせえ!
爺い、後で代わりの奴を持ってきてくれ。
請求は割増で構わねえ」
両腕を振り下ろすと共に粉砕した机。
仮にも領主の執務室でやるべき事では無いが、彼自身そうでもしなければ、とても冷静でいられないのだろう。
「やれやれ、此処半月で二つ目か」
「ああぁ? どう言う事だ?」
「ふん、乱暴者には教えてやらん」
コギットめ、余計な事を。
「それでお館様よ、伯爵家は何と言ってきた?」
「今回の話は最初からなかった。
そう言う事らしい」
「おおかた体裁を気にしたんだろうぜ。
結婚を申し込んだら、相手に逃げられましたなんて、伯爵家からしたらみっともなくて言えねえからな」
全くもってその通りだが、間違ってもそんな事は、外では言ってもらいたく無いものだ。
もっとも乱暴ではあっても、それくらいの分別は利く男だから、その辺りは心配はしていない。
「他には?」
「ない。今のところそれだけだ」
「本当か? あとでネチネチ言ってきそうだな」
「まぁ、その心配はない訳では無いが、まず無いだろう。
あくまで今回はなかった事だ。
そしてシンフェリア家はそれ相応の報いを受けている。
フェルガルド伯爵家からしたら、それ以上を望めば、他の寄子に不安を煽る事になるからな」
「お嬢さんを失った。
報いの代価にしては、あまりにも高すぎるな」
ああ、高すぎる。
だが、いずれ訪れた未来でもある。
早過ぎただけでな。
「少なくとも表向きは、今まで通りを約束してくれた。
だから不安を煽るような真似は控えてくれ」
「あったりめえだ」
「分かった。
ところで一つ尋ねたいのだが、お嬢さんの行方は何も知らぬのか?」
「ああ、知らぬ。
情報も敢えて集めていない」
「って、てめえ、それでも親かっ!」
「ダントン控えよっ。
お館様とて集めたくても、集める訳にはいかんのだ。
せめて何か手かがりらしい事を知っていればと思っての質問だ。
これは俺の失態だな」
ダントンの言葉が胸に深く突き刺さるが、それで少し楽になってしまう自分に腹が立つのだから、儂もいい加減に疲れているのかもしれんな。
娘を出奔させてしまった事が、これだけ堪えるとは想像だにしなかった。
だが……、だからこそ罰にふさわしいのだろう。
「っち、これでお嬢さんは平民か、これならウチの馬鹿息子。
ああ駄目だ、あの馬鹿には勿体なさ過ぎてありえねえな」
「それには俺も同意見だな」
「うるせえっ!ウチの馬鹿を馬鹿にして良いのは、ウチの人間だけだ!」
ああ、こう言う奴だからこそ、儂はこいつを信じられる。
口は悪く乱暴者だが、絶対にブレないモノを持っている。
おまけに意外に頭もキレる。
「いや、貴族名簿からの籍は抜いていない、シンフェリア家からは抜いたがな」
「そりゃおめえ」
「まったく、そう言う所は、お嬢さんと親娘だと思うところだな。
普通は、そう言うありえねえ考え方はせんぞ」
ああ、今頃は役所も困っているだろうな。
普通は同時に抜けるのが通例。
それを片方だけと言うのはまずありえない。
だが、法的には可能だ。
その辺りを間違えられないように、書類に見間違えの無いように何度も見直し、説明できる使いの者と共に手続きに出したからな。
娘に何かあった時、その方が何かとやりやすいし、いざとなれば娘の助けになりえる。
まあ、たぶん不要な手続になるだろうがな。
「なるほどな。ではそろそろお邪魔をする前に、年寄りの独り言だ。
俺はな、お嬢さんが、こうなる日を予想していたんじゃねえかと思っている。
そして、そのための準備をしてきたのではねえかとな。
お嬢さんが置いていった帳面を見る限りそうとしか思えねえし、思い返せば思い当たる事が多すぎる。
どう見たって、自分がいなくなる事を前提に仕事をしていたとしかな」
「……確かに言われてみればそうだが、考えすぎじゃねえのか?
お嬢さんはまだ十二なったばかりだぞ、いくら何でもそう言う事を考えるのは早すぎるだろ」
「早すぎか、……どうだろうな。
お嬢さんは俺等とやりあえるほど聡明だ、歳不相応にな。
他にも色々あるが、決定的なのが、お嬢さんが魔法使いだと言う事だ。
しかも魔導具師でもある。
なのに残していった物は何だ?
殆どが魔導具でありながら、技術と材料さえあれば、誰にでも作れるものばかりだ。
あきらかに自分がいなくても、作れる事を前提に作られたものばかりだ。
その上、あの帳面の内容だ。
おめえが言う、十二の小娘が考えつく事じゃねえ」
「そ、それは」
「正直、お嬢さんが魔法使いのなり損ないと言う噂も、俺は怪しいと思っている。
だがまあいい、そんな物はお嬢さんの持つ魅力その物とは、何ら関係ねえ事だ。
俺が言いてえのは、俺が気がつく事ぐらい、親であるお館様が本当に気がついていないのかって事だ。
お館様よ。おめえ、ワザとお嬢さんを出奔させただろっ」
ドガッ!
がごんだごん
扉が吹き飛び、廊下の向こうの壁にぶち当たって、床に倒れようとするが、その前に二つに割れて床に落下する。
「言いてえ事はそれだけだ。
扉は後でウチの若えのに付け替えさせる、今より良い奴にな」
騒がしい二人はそれで出てゆくが、しばらくして、セイジとリリィナが顔を覗かせる。
二人には、今は片付けはしなくても良いとだけ指示を与えて、椅子に深く座り直す。
正直、少し堪えている。
無論、二人が怒鳴ってくれたおかげで、自責の念で潰されそうだった部分は少しばかり楽になったがな。
まぁコギットの奴は半分、儂を案じての事だろうが、半分は本気だろう。
改めて娘のユゥーリィが、如何にあの二人に可愛がられていたか。
そして、それがユゥーリィの齎した技術以外のところで、築かれた繋がりと言う事に親として誇りと思うと共に、寂しさを覚える。
正直、フェルガルド伯爵家に関しては、あまり心配していない。
我が家が高すぎる代償を払った事もあるが、今のシンフェリア家には、利用できる価値があるからな、数十年は大丈夫だろう。
向こうの腹の中はともかくとして、世間的にはこちらが貸しを作ったという立場だ。
問題は息子の代になってからだろうが、それは息子のアルフィーに奮起してもらうとするさ。
それくらいは、出来てもらわねばならぬからな。
「……聡明か」
確かに、ユゥーリィは聡明だ。
いや聡明すぎた。
妻もその事に不安を覚えていた時期もあったし、息子の嫁のマリヤも気味悪がっていた事もあった。
娘は、娘の言う書物から得た知識にしては、知りすぎていた。
経験を伴わなければ知り得ない知識を……。
正直、儂も異質に感じていた事もあったぐらいだ。
だが、それでもあの子はユゥーリィであり、愛しい娘だった。
一生懸命に家族になろうと、家族を愛し愛されようとしていた。
病に苦しんでいるはずなのに、笑顔を一生懸命に振りまこうとしていた。
最初に応えて見せたのは、もともと仲の良かったミレニアだった。
そして、その二人の姿が次第に家族へとうつっていった、……無論、儂にもな。
ああ、多少変わった所があろうが、愛しい娘である事には違いなかったさ。
だから儂も彼女の家族たろうとする想いが本気だと分かってからは、惜しみなく力を貸した。
教会を通して、話し相手になる友達を用意もさせたし、教会へ行儀見習いをしたいと言われた時も、どう見てもそれ以外が目的だと分かってはいたが賛成した。
流石に狩猟用の弓が欲しいと言われた時には躊躇したが、次第に健康になってゆく娘の姿を重ねれば甘くもなろう。
そして、その頃には、王都の司祭に娘は成人する事はできない、と言われた事を忘れる事にした。
年々、咲き乱れてゆく花のように、娘は多くの才能を開花させていった。
その前には魔法など、些細な事に過ぎないと思えるほどに。
人を思いやりながらも、感情論ではなく理で持って進めていくかと思えば。
その感情を爆発させながらも、必死に相手を説得する。
たとえ自分がどう見られようと関係なく、力の限り相手を導く。
その周りにいる者達ごとな。
そのくせして自分を過小評価し、相手を心から褒めたて、自然と相手を鼓舞する事を忘れない。
一緒に仕事をしていて楽しいと思わせる、そんな魅力を娘は持っていた。
だがその些細に過ぎないと思われる魔法も、娘は異質だった。
見た事も聞いた事もない魔法の使い方をする。
本人は書物から得た知識で、こうできたら便利だと思って身につけた、と言ってはいたが、それでもあのような使い方をする者は王都でも見た事がないと、長年王都にいた神父でさえそう語っていた。
そして、大した威力を出せないと言いつつも、その力が齎した結果はあきらかに人を隔絶していた。
儂が知っている娘の魔法の一つ一つは、確かに大した事はない威力の魔法に見えた。
だが創意工夫で補っていると言う山歩きの結果は、熟練の猟師でさえ舌を巻く程の収穫。
得た獲物を見る限りは娘の説明通り、弓でもって止めを刺してはいるようだと報告も上がっている。
やがて、魔法使いの成り損ないという噂とは裏腹に、結果だけをみれば、とてもそうは思えないと言う者が出始めた頃に、光石関係での新商品の数々とその開発能力。
そして、そこに隠された娘の真意に気がついた時、馬鹿が馬鹿な事を言い出してきた頃に、国が見逃す事ができないような物まで開発した。
どう見ても、ミレニアの手紙を気にした内容の開発。
やり方はどうあれ、結局はあの子の芯にあるのは、やはり昔からのあの子なのだと
「……正直、危惧はしていた」
娘の出奔に関しては……、コギットの言う通り、そうなる予感はあった。
だからこそ、その選択肢を儂は敢えて示した。
もしも娘がそれを望むのであれば、それが親としてしてやれる最後の事だと。
たとえ他人から見たら薄情に見えようともな。
まだ、その方がマシだとさえ思えたからだ。
今回の縁談話、フェルガルド伯爵家の真意はともかく、問題は相手となるギルバード殿。
その能力や人格に関しては、それなりに定評もあるし、部下や領民へ配慮できる人物だとも言われている。
何回か話した事もあるが、その感触そのもので言えば悪くはない。
だが……、正直、良くない噂もあり、儂自身、眉を潜めている部分があった。
最初にそう思ったのは、ミレニアの結婚式の後の披露宴での事。
娘に何度か話しかけていた。
別のそれそのものは、特段おかしな事ではない。
寄親の次男と寄子の次女が挨拶を交わしている、それだけの事だ。
問題は娘の手の甲にキスをする行為。
ああ、おかしくはない。
貴族社会ではよく見かける光景であり、挨拶がわりにする行為でもある。
ただし、他の誰にもしていないにも拘わらずに、娘にだけに行ったのでなければだ。
半月後、娘を行儀見習いに上げないかと言う話がでた。
男爵家の娘が伯爵家などで下女として勤めるのは、よくある話だし普通の事だろう。
ただ、娘の歳では些か早すぎる話だ。
伯爵家の息女のための話し相手というのなら話は分かるが、我が家では格が足りないし、既に用意されていると聞いている。
儂は確信した、あの良くない噂は真実なのだとな。
だから儂は娘の病気を理由に断った。
これもまた全くおかしくない理由だからな。
そして、今回の話だ。
将来、歳を経て大人になった娘に興味を失い、妻として不遇な扱いを受けると分かっていて、どうして心から送り出せると言うのか。
それならば己が選んだ道を送り出す方が、まだ希望がある。
たとえ魔法使いのなり損ないであろうとも、あれだけの事ができる娘だ。
その娘の力と想いを信じた方が、よほど娘にとっての幸せを掴むのではないかと信じられる。
だからこそ、儂は非情な判断を娘に、…ユゥーリィに迫った。
結果は今さら言うまでもないがな。
正直言えば、コギットの奴が言外に言っていた通り、何とかなる話もありもした。
だが、それは息子であるアルフィードを次期当主から外す事になる手段だし、それは娘の望まない手段でもある。
他にも、本当の意味でユゥーリィのためになる縁談話もあったさ。
娘が成人後にグッドウェル子爵家の長男の第二夫人としての話もな。
まず間違いなくミレニアの齎した話であろうな、妹を溺愛していたが故に、そして妹が結婚を望まないと知っていたからこそ、隠蓑としての縁談話。
だがその縁談話も……。
『何の冗談です?
お姉様の幸せな結婚生活を邪魔をするような話など、ありえないんですけど』
ユゥーリィは、笑いながらそう言ってのけた。
理由や経緯はどうあれ、ミレニアの周りの人間はそう見ない。
それを察しての娘の言葉は、まさに確信を得ていた。
そしてそれがユゥーリィと言う名の娘の本質でもあった。
自分の愛する者達の幸せのためならば、そこに自分の幸せは含まない。
それだけが、儂が本当の意味で心配するあの子の部分と言える。
ああ、もう儂に出来るのは、娘が己が手で幸せを掴む事を祈るのみなのが、非常に歯痒い。
そしてその事実が辛い、…何もしてやれる事が出来ない自分がな。
せめて、儂に出来るのは神に祈り、娘の親友であったあの子を、守ってあげる事ぐらいだろう。




