67.パジャマパーティーをしましょう。二人だけだけど。
「そう言う訳でお泊り会をしましょう」
「いいわよ」
「……突っ込みなしですか?」
「突っ込まれたいの?」
「何か物足りないというか」
「随分と屈折したわね」
「エリシィーのせいで、こんな身体に」
「人のせいにしないでよ、もう」
やっと突っ込みをもらったところで、まじめな話に移る。
こう言うのは、やはりノリだと思うからね。
ええ、だから無駄に疲れたとか言わないように。
このために、しばらく封印していたフレーズなんだから。
思い立った経緯は、単純にシンフェリアの屋敷が私以外が不在になる事から。
別に私をおいて、一家総出で夜逃げと言う訳ではないですよ。
シンフェリア家の貴族後見人であるフェルガルド伯爵家で、今年最後の伯爵家主催の夜会を利用した新商品の発表の場がある。
それにお父様夫妻を始め、次期当主であるお兄様夫妻と、その子供のアルティアがその社交界に参加。
私は夏初めの一件があるので、お留守番が決定済み。
ええ、馬鹿な人間がまた私を担ぎ上げようとしないために、社交界という公式の場において、私以外のシンフェリア家の全員がいると言う状況が必要なんです。
私以外の全員で、これからのシンフェリアを支えてゆくというアピールと、そこに参加した貴族達が、それを認識し受け入れる事がね。
私はいずれシンフェリア家を出る人間だし、そもそも社交界に興味がないので問題なし。
まぁ、着飾った綺麗なお姉様方の姿を見れないとは惜しいとは思うものの、また窮屈なドレスとコルセットやヒールなどで武装する事を思うと、断然お留守番を選ぶ事に何ら躊躇はないです。
無理にそんなものに参加するくらいなら、前々から一度やってみたかったお泊り会を開催したいと思う訳です。
「子供だけでお泊り会?」
「大丈夫、セイジおばさんとリリィナおばさんも、お父様達が帰ってくるまで屋敷に泊まる事になっているし、なんなら小母さんも泊まって貰っても問題ないけど」
「お母さんは流石に無理かな。
夜中に急患が来る事もあるから」
そうか、そう言う事もあるよね。
夜中の急患に対して、神父様や修道士の方を起こしに行ったり、治療の準備や時には補助に入ったりと意外に忙しいらしい。
彼女自身も時折手伝う事もある、と以前に言っていたからね。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「意外に質素なのね」
お泊り会の当日。
夕刻に来てくれた彼女を出迎え、さっそくの夕食なのだけど、その内容に少しだけ驚いたような彼女の言葉に首を傾げる。
確かに豪華ではないけど、質素と言うほどでもない……、と思うも、いつかのグットウィル家で出た夕食の事を思うと、かなり質素かもしれない。
この世界と言うか、我が家の倹約の食事にすっかり慣れたとはいえ、それでもウチの領民からしたら、だいぶマシな料理のはず、……たぶん。
「最近は、これでも良くなってきた方かな」
「神父様の話だと、だいぶ繁盛しているような事を聞いていたから、勝手に思い込んでいただけで、ごめんなさい」
「光石関係ではね。
でもその利益は新たな利益を生むために使われるから、手元に残るのはそうはないかな」
「ふーん、そう言う物なのね。
これでも、普通に考えれば贅沢だものね、……パン以外は」
非常に同意できる。
硬くて味気がない黒パンの件はともかくとしてだけど。
エリシィーの言うとおり、確かに光石関係の利益は出ているけど、現状では運転資金はもちろんの事、工房の増設や商品開発費に回ってしまう。
それなりに潤ってくるには、まだ数年は掛かるだろうし、まずは魔物が出た時の対策用の貯蓄に回されてしまう。
ちなみに、ここ数年の食事の改善理由には、私の山歩きの成果が起因していたりするけど、そこは敢えて言わない。
言わなくても、その恩恵を得ている彼女のお腹周り……ゴホンッ、彼女の身体の成長が成果を物語っているから。
「……今、何か変な事を考えなかった?」
「……イエ、キノセイデス」
一瞬だけ行ってしまった彼女のお腹周りへの視線に、気が付かれたかと焦った。
いえ、一時期よりだいぶ改善されたようでなによりだけど、別にあれくらいは十分可愛いと思うのだけど、むしろ包容力があって抱き心地が……。
うん止めよう、彼女の視線が痛くなってきた。
そして食事が終われば、基本的にセイジおばさんとリリィナおばさんは本日のお仕事は終了。
彼女達は休憩用の部屋で本日はお泊り。
え? お茶とかですか。
夜飲んでもお手洗いが近くなるし、必要なら私は自分で煎れれちゃうと言うか、魔法があるのでその方が早い。
その事を二人は知っているので、私達を放置。
本当の所は子供達だけのお喋り時間と、温かく見守ってくれる方針、と言う名の職務放棄。
つまり誰も私を邪魔する者はいない夜。
別に二人っきりだからと言って変な事をする気はないですよ。
変な事は企んではいますけど。
「と言う訳でお外に出かけましょう」
「……流石に反対するわ。
夜は危ないとか言う以前にバレたら後が面倒だもの」
「大丈夫、バレないし危なくないから」
むろん、夜の町や山に遊びに行く訳ではないし、リズドの街に行くつもりもない。
基本的に夜は私達の子供が、出歩いていい時間帯でない事には変わらないからね。
移動そのものも空間移動の魔法を使うので危険はない。
一応は布団に毛布で作ったダミーの膨らみを仕込んでおいて、強引に移動を開始。
「で、此処は?」
「私の秘密の工房」
廃坑跡を使った秘密基地。
廃坑とはとても思えない綺麗な壁や地面は、魔法で何とかしちゃいました。
【土】属性魔法で岩を削り、土は平らに押し固めてあるし、埃っぽくないように掃除もしてあるので、廃坑跡と言っても私が使っている場所は綺麗なもの。
前もってエリシィーに見られてはまずい物は、一応は片づけてあるので問題もなし。
此処からは外も見えないから、此処が何処なのか彼女には分からないだろうしね。
もともと此処には大した物はないけど、ある物がある。
「家族にバレたくない作業や、汚れそうな作業をする時に使っているだけだけどね」
「ふーん、此処を見せたかったの?」
「まさか、此処に来たのは別の目的」
ここの奥にある部屋。
扉代わりの衝立風の岩壁の先には小さな小部屋。
目的はその奥。
「じゃーん」
「なにこれ? 石が敷き詰めてあるから枯れ池とは違うし」
その通り、部屋中を敷き詰められた石畳の中に、同じく石が敷き詰められた大きな凹みに繋がった小さな石の箱。 そして天井はかなり高めの部屋。
でも、そこへ……。
「じゃじゃーん」
ばしゃんっ!!
水魔法で生れ出た大量の水が降り注ぎ、一瞬で大小の凹みを埋めてゆく。
さらに……。
「此れで仕上げ」
更にに火属性魔法で、温められた水から湯気が立ちだす。
魔法であっと言う間にお風呂の完成。
石でできた床石や浴槽も温めてあるので、簡単には冷えないようにしてあります。
「……凄いって事は分かるんだけど、結局この部屋って」
もちろん、お風呂の文化が無いこの世界の住人であるエリシィーには、意味が分からないだろう。
でも水浴や蒸し風呂はあるため、ある程度は想像はつくと思うんだけど、理解が出来ないかもしれない。
そう言う訳で、エリシィーの理解が追いつく前にどんどん進んじゃいます。
ええ、前の小部屋に戻って脱衣。
え? 恥ずかしい? 女同士なんだから気にしない気にしない。
ほら私から先に脱いじゃうから。
ぽぽぽーんとは流石に脱げないので、それなりに丁寧に。
ええ、服は石壁をくり抜いて作った棚にある籠に。
むろんタオルなどは事前に置くなどして、抜かりは在りません。
そのまま慌てふためく手を引っ張って、ドボン!
「きゃっ!」
「んぅ~〜〜♪」
ええ、彼女の意見はこの際、無視。
別にお風呂に入るぐらい問題ないでしょう。
どうせ、この後は同じベッドで健全的に寝るつもりだったのだし。
「あ~~~~気持ちいい♪」
「もう、なんなのよ。これはっ!」
「ん~~~、お風呂。
水を使うのを水浴、水の代わりにお湯を使うのを湯浴と言います」
うん、なんか少しだけお怒り状態のエリシィー。
でも本気で怒っていない事は、声色からなんとなく見当がつく。
付き合いもそろそろ長いからね。
とにかく湯船に体を揺らめかせながら、高い天井を仰ぎ見る。
「だってぇ〜、こうしてお湯の中に体を揺らめかせるのって、気持ち良いもん♪
ん〜〜、だから一緒に味わいたいなぁ〜って、ずっと思ってたから」
私の魔法の事は、もう彼女にはバラしちゃったから、なんら遠慮をする必要はない。
ただ流石に、昼間っから彼女を此処に連れてくる訳にはいかないので、断念していただけで、今回のお留守番が良い機会だっただけ。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」
なんか深い深い溜息を吐かれちゃいました。
そこまで呆れれなくても。
「もういいわ。
なんか落ち着かないけど、気持ち良いといえば気持ち良いかもしれないし」
「慣れると病みつきになるんだよね〜」
「ユゥーリィって前から思っていたけど、男の子みたいよね、行動や考え方が」
「ん〜〜、そうかも」
なにせ中身は男ですから、その感想は当然と言えば当然なのだと思う。
「そのくせ、もの凄く女の子している時もあるし」
それはエリシィーの気のせいだと思う。
もしくはお母様達の淑女教育のたまものか。
「ふぅ〜、でも確かに気持ち良いかも」
「でしょ〜」
ぷかぷかと二人して、身体を湯船に任せる。
任せるんだけど、視線を感じる。
だから視線の主に顔を向けると……、何故か逸らされてしまった。
「怒ってる?」
「別に〜、ユゥーリィの突拍子もない行動にはもう慣れたし」
「ごめ〜ん」
「反省の色がない謝り方だけど、まぁ良いわ」
「ありがとう、そう言うエリシィーは大好きかな」
「調子の良い」
「うん」
自覚があるので、そこは認める。
うん、また視線を感じる。
やっぱり何か言いたい事でもあるのかと、もう一度顔を向けると、また顔を逸らされてしまう。
「うん? なに?」
「……もう、なんか私ばかり馬鹿みたい」
うん、意味が分からない。
きっと私の行動に呆れ果てて、どう言おうか迷っているのかもしれない。
次からはちゃんと言ってから誘おう。
ただ最初は驚かせたかったので特別。
まだ怒っているのなら、後できちんと謝ろう。
「ユゥーリィの肌って綺麗よね」
「そう? エリシィーだって綺麗だと思うけど」
「だって日焼けしているし、……それに私は汚れてるから」
「そのためのお風呂だし、日焼けはやりすぎなければ健康的で良いんじゃないかな。
私は気を付けないと、日焼けじゃなく火傷になっちゃうから」
いくら魔法と自作の日焼け止めである程度は防いでいると言っても、夏でも外では長袖だし、なるべく帽子も被らないといけない。
今度、魔導具でその辺りを、なんとか出来ないか考えるのも良いかな。
ああ、そこ、暗くならない。
私は十分に人生を謳歌しているから、暗くなられても困るから。
「でも良いなぁ、ちゃんと成長していて。
将来はお姉様ほどではなくても、しっかりと成長しそうだし、エリシィー可愛いさも相俟って、男の視線を集めてるんじゃない?」
「すこーーーーーーっしも、嬉しくない言葉をどうもっ」
「うわっ、そんな心底嫌そうにしなくても」
「無茶苦茶、嫌っ!
男のそう言う視線が一番嫌いだものっ」
うわぁ、潔癖だ。
そして完璧だ、何がとは言わないけど。
とりあえず、彼女にとっては本気で不愉快だったみたいなので謝罪。
そんなに気にしてないから良いって?
でも次は怒るからと、はい気を付けます。
「ユゥーリィだって、将来、男好きしそうな身体になりそうね。
とか言われたら嫌でしょ」
ぞぞぞぞぞっぞっ!
彼女の言葉の意味に、身体が震える。
温かいはずのお湯が、一瞬で氷水に変わった様な気がした。
はい、本気で反省します。
反省しますけど、例えが酷すぎる。
「見てよ、もう鳥肌が全身に出たじゃない。
私が悪かったけど、エリシィーの例えも酷すぎ」
「はいはい分かったから、しゃがんで温まりましょうね。
それにしても、ユゥーリィって、まだだったんだ」
「どこ見て言ってるのっ!」
じゃぼんっ!
全身を鳥肌が襲ったエリシィーの言葉に、全身でもって異議を申し出ていたのを、別の彼女の言葉によって、慌てて湯船の中に身体を沈める。
いくら親しき仲でも、人のデリカシーゾーンを目にして、それはあんまりだと思うのですが。
「ほらほら謝るから怒らないの、ぎゅ〜と抱きしめてあげるから」
「んっ、なら許すって、私も単純だなぁ」
「私もそう思う」
「酷い」
でも、なんとなく安心しちゃうんだよな。
ちなみに邪な思いは欠片もありません。
いくら中身が男でも一応は女の子同士ですから。
そもそも例え前世でも、エリシィーぐらいの歳の子の裸を見て興奮するほど飢えていなかったし、単純に対象外だったからね。
無論、いくらその気がなくても、前世の姿でこうやって一緒にお風呂に入っていたら、間違いなく事案なんだけどね。
そんな訳で素直に、女の子同士のスキンシップを楽しんでいるだけです。
「私の夢の一つは、将来お風呂付きの家を買って、毎日お風呂に入れるようにする事かなぁ」
「毎日お湯でって、水や薪代だけ考えても贅沢な夢ね」
「魔法を使えば無料」
「そう言えばそうね。
でも前にも言ったけど、ユゥーリィって本当にくだらない事にばかり魔法を使うよね。
魔法の無駄遣い以外の何者でもない気が」
「そうかなぁ?」
「少なくとも世間一般では」
無駄じゃないけどなぁ、こうして気持ち良いし、お風呂は健康に良いし、清潔さも保たれる。
もっとも世の中の魔法使い事情を考えれば、無駄遣い呼ばわりされても仕方ないかもしれないけど。
使えるのに使わない方がもったいない、と言う考え方もあると思う。
「ん〜、この石鹸と言うの良いかも」
「今度、作り方教えるよ、簡単だから。
ほらこっちに背中向けて、髪の毛洗ってあげるから」
「子供じゃないんだけど」
「私がやりたいから良いの」
「はいはい、何それ?」
「髪用の石鹸、後で別のを付けるから」
前世で男の記憶と経験を持つ私だけど、今日は女の子ライフを満喫。
お風呂の後に髪を乾かしてから、魔法で自室まで一気に帰宅。
その後、髪とお肌のお手入れをしてから、くだらないお喋りをしながら就寝。
うん、一つのベッドに二人だけど、互いにまだ子供だと言う事もあって、全然窮屈さは感じない。
むしろ互いの体温と息遣いから、心地良さを感じるほど。
それに、エリシィーの良い香りも、お姉様とは別の感じでなにか安心するし。
うん、やっぱり今日は色々あって興奮したのか、すぐに目蓋が重くなってくる。
この時間をもったいないと思うものの、こうしてこの優しい時間に包まれて眠りにつくのも魅力的に思えてしまう。
ごそごそ。
ん? たぶん寝ていたんだけど、何か衣擦れの音と身体を覆う布団の動く感触に、うっすらと意識が浮上するけど。
トイレかな? まぁいいや寝よ。
すぐに、心地良い眠りへと引き戻されてゆく。
ただ、遠くなってゆく意識の中で……。
「……ユゥーリィ、好きよ」
「……ん、私も好き」
うん、親友だもん。
そんな、やりとりをした様な気がした。




