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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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64.硝子工房と迷惑な贈り物。





「あぁぁ……、やっちゃった。

 ……また失敗か」


 目の前で起きた惨状に、思わず天を仰ぎたくなる。

 もっとも、目の前では一見しただけでは、何も悲嘆の声を上げるような物は何もないので、側から見たら私が奇声を上げているようにしか見えなかったかもしれない。

 魔導具師が変人扱いされるのは、こういった所から来ているのかもしれないと思いつつも、実際に変人扱いされているかは不明なので何とも言えない。

 なにせ、書物を読んだ感想と、リズドの街にいる一人の魔導具師からくる単純な偏見だから。

 とにかく、また一枚駄目にしてしまった事に、申し訳なさに気が重くなる。


 加工しているのはガラスの板を使った魔導具。

 頑丈さで言えば、水晶の方が良いのだけど、それだと値段が高くなりすぎる。

 純度が高く屈折がない水晶は、この世界ではかなり高価な部類。

 さして大きくないとは言え、A四サイズ程の大きさはそれなりにする。

 その点、ガラス板は此方の世界では、まだ表向きには出回ってはいない新素材とは言え、安価に透明度が高く、屈折率や歪みの少ない物ができる。


 問題は、板の厚み。

 これ以上厚いと使い辛くなるし、これ以上薄いと割れやすく、しかも危険になる。

 先ほどから私が奇声を上げさせられているのは、この厚みが原因。

 いくら厚めのガラス板と言っても、魔法陣を描くには薄すぎる。

 米粒に般若心境を書く程の繊細さは流石に求められてはいないけど、されど簡単に描けるほど厚くもない。


「……少し頭を冷やして、考え直してみよ」


 既に駄目にしたガラス板は七枚。

 金額に換算すると………無いから、尚の事辛い。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 遡るほど五日前、ダントンさんが開いている水晶工房に行った時。

 正確には、水晶工房に併設されている硝子工房。

 コギットさんの時と同じで申し訳ない思いのまま訪ねたのだけど、生憎と急遽シャンデリアの件で呼ばれたらしく不在。

 その事を教えてくださったお父様の商会のお偉いさんの一人、ドリノアさんと硝子工房のガイルさんにお仕事というか、個人的な制作依頼をしたのだけど。


「急ぎではなく、本当にゆっくりで構いませんので、取り敢えず十枚程お願いしたいのです。

 無論、お値段は正規のものでお願いいたします」


 コギットさんの工房の件があったので、前もって丁寧に此方の意図がハッキリ伝わるように、言ったはずなのですが。


「十枚なら明日にでも屋敷の方へ持っていかせます」


 ゆっくりでいいですって、言いましたよね。

 肯いていましたよね。

 しかも……。


「むろん、お値段はいりません」


 ええ、此方の意図を全否定です。


「と言っても、ユゥーリィさんはそれではお困りになるでしょうし、今後、遠慮なさってしまうかもしれませんので、材料費だけと言う事でどうでしょうか?」

「できれば技術料や手数料を含め、そちらに利益の出るお値段でお願いします」

「そんな事をすれば、私は親父に殴り殺されます。

 ユゥーリィさんは、私を親父に殴り殺させたいので?」


 そんな訳がある訳ないじゃ無いですか!

 そりゃあ、ガイルさんはお姉様を馬鹿にしたような事を言いましたよ。

 でもそれはお姉様を想っていた上での暴走と分かっていますし、あの時の事は私は少しも気にしていません。

 それに対外的にも、ガイルさんのガラス細工がこの冬に発表される事が決まった今、無罪判決目前です。

 そう言う訳でドリノアさん、そろそろこの監視網止めませんか?

 流石に狭い工房に五人も入っていると、妙な圧迫感があります。

 ある意味、凄い光景ですよ。

 私みたいな女の子を、四人の大人が逃さないように囲んでいるみたいですし。

 ……次は女性職員も連れてくるって、そう言う問題では。

 前科があるから仕方ないって、別に私は襲われた訳では無いですからね。

 いきなり両手を掴まれて求婚されただけです。

 目の前に顔がいきなりあったのは、流石に怖かったですけど。

 えっ、有罪って、ほぼ無罪判決直前ですよね!?

 分かりました、分かりましたから、上告なしでお願いします。


「……分かりました。

 材料費だけで構いませんから、せめて転売価格でお願いします」


 うん、何か色々と違う気がするけど、ここで駄々を捏ねると、ガイルさんが頑張って得た無罪判決を再審理されかねない。

 私としてはそっちの方が申し訳ないので、涙を飲んで要求を受け入れる事にする。


「もちろん、材料費はきちんと正規のを要求いたします。

 その代わり、今後も必要な時は遠慮なく頼ってください」

「ええ、もう勝手にしてください。

 絶対に、これ顧客と工房の会話の内容じゃ無いですよね?」

「いえいえ、きちんとした売買契約の内容ですよ。

 双方遺恨を残さずに、今後も良い付き合いをしていこうと言う内容です。

 違いますか?」

「なら私の最初の要求は?」

「私も命は惜しいですので」


 ええ、ニッコリとそう言われたら、頷くしかないじゃないですか。

 せめて私の悪あがきぐらい、もう少し聞いて欲しかった。


「さて言質も取りましたし、お値段のお話をしましょう」

「何かいきなり物騒な単語が出たのですが!?」

「ただの確認ですのでお気になさらずに」

「なります」

「御要望のガラス板十枚ですが」

「わぁ、無視ですか」

「やはり、無料という事になります」

「真面目な話をよろしくお願いしますっ!」


 素で突っ込みましたよ。

 ええ、声を上げて。

 いくら何でも、無料は無い話。

 しかもさっき材料費は取ると言ったばかりじゃ無いですか。


「そうですね、私よりもドリノアさんお願いできるでしょうか。

 当工房で、ユゥーリィ様の個人的な依頼を受けた場合の金額として、無論、親父や私の要望を配慮した場合ですが」

「うむ、そうですね。

 自分もダントン工房長より、ユゥーリィお嬢様への対応の要望は聞いておりますので、公平に判断させて戴きます。

 お嬢様それでよろしいでしょうか?」

「えーと、お父様の商会の方に仲介に入られる時点で、私に選択の余地が無くなるのではないかと」

「どうやら、よろしいようで」


 ちっともよろしくは無いけど、よろしいと言う答えにしかならない。

 少なくとも、材料費を含めて無料と言うのはおかしすぎるので、少なくとも今の状況よりはマシになるはず。

 できれば、正規のお値段でお願いしたいです。


「ダントン工房長より、ユゥーリィお嬢様の個人的な依頼物に関しては、技術料等を含む利益無しで受けると旦那様に前もって御相談があり、旦那様もそれを了解いたしました」


 くっ、なんて根回しのいい。

 お父様も、何でそんなおかしな話を受けるのかな。

 無料(ただ)より高い物はないと言う言葉を知らないんですか?


「そうなると、材料費だけとなりますが。

 現在、水晶屑の正規の価格という物はありません。

 お嬢様が話を持ち出さなければ、只の瓦礫の山で値段などありません。

 何せゴミですから」

「あっ、いえっそれは前までの話で」

「少なくとも現状では市場価格は無いどころか、お金を払って廃棄しているほど」

「でも、今は価値がありますよね」

「いえ、ありません。

 少なくとも世間ではないです

 おかげさまで、タダ当然で屑を買い集められております」

 

 その言葉で何をしているのかは簡単に想像つく。

 シンフェリア領の水晶工房では、白水晶がメインで、色水晶はほぼない。

 そこで同じく色水晶の水晶屑を、お金を貰って搔き集めているのだと思う。

 彼方此方で安い金額で水晶屑の処分と言う名目で引き受けて、このシンフェリア領迄の人足代の足しにしている。

 でもそんな事をやれば、後々恨みややっかみを買いかねない。


「ちなみにそれは」

「御提出された案通り、フェルガルド伯爵様の商会を通しておりますので問題はないかと。

 そのかわりと言うのもおかしいですが、フェルガルド伯爵様の別邸迄を含めて、ダントン工房長の作品の数々が各部屋を彩る事になりましたが。

 この程度の出費など、お嬢様が心配されたような危惧を引き受けてくださると思うのならば安いものです」


 つまり、国中の水晶屑を買い集める事で、硝子細工の価値を高め、更には余所の開発を遅らせられる。

 しかも、当分は無料(ただ)当然で手に入れた原料で作品を作れるのに対して、余所では価格が上昇した水晶屑で作らなければならない。

 自分で考えておきながらも実際にやられると、かなり悪どい事をやっているように聞こえてしまうから不思議だ。

 ええ、今、言われた事の全部、私の案です。

 あの夏の日にコギットさんの所に置いてきた帳面には、新商品の案や意匠だけではなく、そう言った戦略も少しだけ案の一つとして書き残しておいたもの。

 ただ、このやり方には一つ欠点があって、幾ら水晶屑が無料(ただ)当然であろうとも、人足代だけでも馬鹿にならない事。

 どうやらお父様、新商品の今までの利益の大半を、そちらに回したようです。

 なかなか大胆な判断です。


「……詰みですか」

「ええ、詰みです。

 ついでに申し上げておきますが、お嬢様が必要な物さえ遠慮なさると、凄い事になりかねないので、遠慮をされるのは、お止めになった方が良いかと」

「……物凄い嫌な予感がするのですけど」

「ダントン工房長、以前にお嬢様の部屋の照明の件でお断りをされて以来、若い貴族の女性向きの意匠の勉強に余念がないようで。

 商会としては客層が増える商品の開発に繋がるので、黙認しておりますが」


 ダントンさん、以前に私の部屋に小型のシャンデリアを付けようとした事があったので断りました。

 しかも相談ではなく、いきなり現物を持ってです。

 せっかくのお心遣いなので、お兄様夫妻の部屋にどうかと投げましたけど。

 だいたい私みたいな半ボッチの一人部屋に、豪華なシャンデリアって痛すぎます。

 そもそも私の場合、魔法があるので照明の必要すらないです。


「……贈り物って、相手の喜ぶ物を贈るのが基本だと思うのですが」

「ダントン工房長、そう奥様に諭されて、大人しくしているようですが、その機会すら奪われるなると」

「……部屋が使われない物で埋まっても困りますから、素直に頼る事にします」

「それが賢明かと」






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