60.私の初めてを受け取ってください。もちろん魔導具の話ですよ。
「……同調、開始」
はい冗談です。
でも、半分は冗談ではないですよ。
目の前にある二つ首飾り。
コギットさんの手によって、魔法石は台座に固定されて装飾品のように輝いている。
その二つに、ある魔法陣を刻む。まったく同時に同じ魔法を。
それが作ろうとしている魔導具において大切な事。
刻むのは基本的に三つの魔法陣。
一つは魔力吸収の魔法。
もう一つは【時空】と【風】を使った空間レーダー魔法。
最後の一つは【時空】のマーキングの魔法の変形
最初のはともかく、残りの二つは私が普段使う物に比べて、かなり能力を落とした上に、更に能力そのものを制限してある。
意図的な低スペック化は、機能を特定した事で安定化と小型化を図ったため。
そして魔法石だけでなく、固定台座を魔法石化させて魔法陣を刻む事によって、此処まで小さな物に三つもの魔法を組み込む事が出来る。
本当は、もう一つ状態維持も組み込みたかったけど、今の私ではまだ無理。
かと言って、これ以上首飾りが大きくなると邪魔になってしまうので、断念したんだけど。
それ等の作業として、材料の首飾りに魔力を同調。
魔法石と魔法石化した台座の魔導具としての魔力構成の読み取り。
材質の差による構成魔力の違いを把握。
そこへ予め刻んでおいた魔法陣に、本当の魔法陣を図案化した紙を当てて魔法を刻む事で、唯の首飾りを魔導具へと変更及び変質させ。
最後に互いに違う魔法陣に同調させ、補強と安定化を図る。
と、似てなくはない訳で。
こうなると厨二心が騒いで、思わず乗ってしまっただけです、はい。
「うん、上手くいった」
遊び心を他所に、汗でびっしょりになる程に集中した作業は、会心の出来でもって二つの首飾りの魔導具を同時に完成させた。
両手で包み込むように首飾りの周りを暗くすると、僅かに輝いているのが分かる。
無論、意識して魔力を流さないとそれは起きない。
だけど、それは光石を光らせる程度の魔力。
その僅かな輝きは、一本の線の輝き。
互いに互いを指し合う二つの首飾り。
簡単に言うと迷子にならないための首飾りです。
この間、エリシィーとリズドの街に行った時に感じたのだけど、知らない街のせいかエリシィーが不安になったみたい。
不意にいなくなって、エリシィーを困らせたりする悪戯をしてしまわないか不安になったのか、私の腕を絡めとってたりしていたしね。
以前に屋敷の敷地内でやっちゃたからね、自業自得なんだけど。
そんな訳で、彼女の安心を支えるためと、もし逸れた時のためにと思って作ったのがこの首飾り。
能力的には、互いの首飾りが互いの方向を指し合うだけの物。
ええ、コレを用意したと言う事は、もちろんまた遊びに行くつもりですよ。
秘密にしないといけないので、それ程頻繁に遊びに行く事は無いだろうけど、私がこの屋敷を出て行く事になるその時までは、まだまだ時間があるから、彼女と遊びに行くくらいはさせてもらうつもり。
あの街なら、彼女も教会やこの町との柵を気にせずに遊べるだろうしね。
そう言えば、これが初めてなのかもしれない。
誰かのために作った魔導具らしい魔導具と言うのは。
なら、せっかくだから名前を付けよう。
う-ん、決めた。
魔導具:絆の首飾り
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「そう言う訳でエリシィーに受け取って欲しい」
「……そろそろ、その出だしを変えない?
最近、飽きてきたんだけど」
「酷っ! じゃあまた別のネタで飽きた頃に」
「マンネリとも言うわね」
「エリシィーが虐める」
「虐めてないわよ。
弄めているだけで」
「うわぁ〜、凄く良い笑顔で、凄い事を言われた気が」
「うん楽しいもの♪」
いつも通りのノリの彼女に少しだけホッとする。
冗談はさておいて、真面目な話で首飾りを取り出し。
「……綺麗だけど、その」
「私がエリシィーに受け取ってもらいたいの」
「……高いんじゃないの?」
「うーん、掛かったのは二つで銅板貨二枚分てところ」
嘘は言っていない。
コギットさんに払った銅板貨二十枚の内の十八枚が腕輪分くらいで、材料費はともかくとして、単純に価値比率を当て嵌めると、それくらいになるだけの話。
まぁそれでも安いと思うかもしれないけれど、そこにはちゃんと理由があって、この首飾りは純銀製に見えるけれど、色味が黄色み掛かっている所から判るように、実は銅等との合金だからそこまで高価ではないの。
銀だけだと高価になってしまうし、純銀では特殊な加工をしないかぎり硬度が無いから、安価に済むのは合金でお願いしたんですよね。
そこに私の分の技術料などを入れないのは、コギットさんと同じと言う事で。
「基本材料費だけだし、本体部分は自分で採ってきた奴だから、お金はそんなに掛かってないの」
「本当に?」
「じゃあこの長い髪に賭けて。
きっと切ったら頭が軽くなって動きやすいと思うし」
「女の髪をそんな簡単に使わないの。
あと賭けた物に価値を失くすような事言わないでよ。
せっかくそんなに綺麗なのに、勿体ない」
綺麗……か。
うん、嬉しくなる。
この変な視線を浴びる白い髪を綺麗と言ってくれたのは、お姉様を入れて二人目。
身内以外では彼女が初めてかも知れない。
「ちなみに、この本体部分なんだけど、宝石じゃないから」
「えっ、そうなの?
こんなに綺麗に見えるのに。
もしかして、硝子とか言うアレ?
神父様が教会に見本用で送るために作らせてた、水晶画の」
「残念、それとも違う。
これって元は魔石だから」
「……つまり魔物の内臓」
そっかー、そう捉えちゃうか。
うん、彼女の言う事には違いないよね。
心臓の近くにできる結石とは言え、内臓と言えば内臓だし。
でもそう考えると、動物の内臓を相手に贈る。
どんな嫌がらせよっ!
想像したくはないけど、ある意味見慣れているから、脳裏に鮮明に浮かんじゃうよ!
怪奇すぎっ! 怖すぎっ!
ゔっ、そうなると此の贈り物は、かなりの嫌がらせ?
「ふふっ冗談よ。
動物の角や爪を使った装飾品と思えば、全然おかしくはないわ」
「そう言って貰えると助かるけど、……本気で嫌とかじゃない?」
「全然。
これだけ綺麗なら逆に言われなければ、絶対に分からないわよ。
でも、魔石と言う事は、コレって魔法石よね?
こんな宝石みたいにもなるのね」
不思議がるのも仕方ないかも知れない。
基本的に魔法石イコール戦闘用魔導具の意識が強い此の世界で、そもそも魔法石を装飾品に見せ様とする発想がまずない。
しかも宝石のカッティング技術もまだまだ拙いから、彼女が驚くのも仕方ないと思う。
ただ、この魔導具、装飾品として使うにはある欠点があって。
「一応、魔導具の類で仕組み上、いつも肌に付けている必要があるんだけどね」
「ふーん、じゃあ普段は見えないんだ」
魔法を維持するために、魔力を吸収するために肌への接触が必要。
無論、魔力持ちの人なら、服の上からでも可能ではあるけど、エリシィーは魔力持ちではない。
ある程度、胸元を開けるような服装なら、装飾品としての役目を果たす事はできるけど、基本的に私も彼女もその手の服は着ないし、そもそもそう言う服装が似合う年齢でもない。
ああ言うのは、もう少し色気が出る年齢になった方が似合うからね。
「肌に触れてなくても三、四日ぐらいは保つと思うけど、一度でも魔力が切れてしまうと、ただの灰色の石塊になっちゃうから」
「身につけていれば、ず〜と保つんだ」
「たぶんね」
「じゃあ問題ないかな」
そうそう、肝心な事を言い忘れてた。
この魔導具を作った経緯とその性能をゆっくりと説明すると。
「……そっかー、そう捉えちゃうのか。
うん、分かってたけど」
何故か親近感と既視感を覚える反応をされてしまう。
「だけど、これってユゥーリィが私の居場所を何時でも知りたいって事よね?
しかも四六時中」
「……なにそれっ、恐っ!
贈っておいてなんだけど、そう言う意味じゃないからねっ!
ただ出掛けた先で逸れた時のためだから!」
「……やっぱり、気が付いてなかったのね。
ユゥーリィのそう言うところ、本当に危ないんだから。
これって、逆もまた然りって事よ。
もし私が教会にコレを渡したら、どうするつもりだったのよ」
「そこはエリシィーを信じて」
「……そう言うところだけ、真っ直ぐみて言うのは狡いと思うんだけど」
言われてみれば、そう言う危険性もあったのは確かだけど。
そう言う危険性も込みで、彼女を信じるって決めた以上は迷う気はない。
ただ、エリシィー側が機能も込みで気持ち悪いと言うのなら、それはそれで仕方ないこと。
だから、拒絶の意を示すかのように、背を向けられても仕方ないと思う。
「ん、付けてくれないの?」
「いいの?」
「うん、もちろんユゥーリィの気持ち受け止めてあげる。
だから貴女の手で付けて欲しいなぁ」
うん、なんと言うか、そう言う風に言われると恥ずかしい。
互いにまだ子供だけど、思わず変な風に聞こえてしまう。
だからかな、少しだけ胸がドキドキしてしまう。
何故か身体が温かくなってしまう。
長い綺麗な髪を自らの避けて、頸を日に晒した状態で待つ彼女の首に。
私は緊張した手で、彼女に首飾りを贈る。
「次はユゥーリィの番ね。
ほら後ろを向いて」
そう言って、今度は私の手から受け取った首飾りを、同じように私の首へと贈ってくれる。
「同じ物をお互いにする。
なんか思ったより気恥ずかしいね」
うん、素直な感想。
自分でやっておいてなんだけど、すごく気恥ずかしい。
ましてや、相手がこんな子供相手だと言うのに、それでも気恥ずかしさを覚えてしまう。
でもそれ以上に心地良い嬉しさが込み上げてしまうのだから、仕方がない。
「【絆の首飾り】の魔導具ね。
ユゥーリィって意外に夢見の子だったのね」
「そ、そうかな?」
「別におかしくはないし、良い名前だと思うわ。
これで、私とユゥーリィは魔導具で繋がっているって事だし」
「改めてそう言う事言われると、恥ずかしいんだけど」
うん、きっと少し頬が紅潮していると思う。
でもそれは、そう言う気恥ずかしい事を言った彼女も同じなのか、少し頬が赤くなっている。
そう思うと自分一人が気恥ずかしい訳ではないと、少しだけ楽になるから不思議だし、そんな私に彼女は、不意に笑みを私に浮かべ……。
「でもこれ、チョーカーとかだったら、首輪と鎖でユゥーリィを繋いでいるようなものよね?」
「その発想が怖いよっ!」
なんで、此処でそう言う怖い事を言うのかな。
私の感動を返せと突っ込みたくなる。




