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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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57.魔法使いの成り損ないの一日(中編)





「ふぅ〜………」


 深く息を吐きながら、あらためて深呼吸をして息を整える。

 軽く汗ばむ身体をもう一度拭きたいと思いつつも、改めて考えると随分と早く練習メニューをこなせる様になったと感慨に浸る。

 最初の頃は読書と魔力制御の練習だけで、全身汗だくになって一日が終わっていたのに、今では魔力制御の練習メニューが増えているだけでなく、淑女教育と体力強化が加わっているのに昼前には終わってしまっている。

 しかも時折エリシィーと話しながらなのにね。

 その事が少しだけ嬉しくなる。

 似た様な毎日の繰り返しに感じていたものの、コツコツと積み上げて来た物が、こうして自分を前に前進させている事に。


「ごちそうさま」


 日課の後は、早めのお茶と言う名のお昼。

 相変わらず、腹持ちのする全粒粉を使ったシュガーレスクッキーを昼食がわり。

 その事にエリシィーが少し意外そうな顔をした。

 ……貴族ってもう少し贅沢していると思ったと。

 うん、ウチは貴族と言ってもね。

 ……え? 神父様の方がしっかりと食べている?

 それは生臭坊主だから仕方ないと言うと、確かにと深く納得しているけど、そこは納得する事じゃなくて冗談と笑うところでは?


 かちゃ。


 飲み終えた茶器を洗浄魔法で洗って後片付けも終えたのは良いけど、この後はどうしようか?

 いつもなら、この後は魔法の研究か山へ行くかとかだけど、魔法使いの成り損ないとなっている私にとって、どちらもあまりエリシィーに見せられない内容の物が多い。

 多いんだけど……、なんか嫌だ。

 駄目だと分かってはいるんだけど、彼女にあからさまな嘘を吐くのが、何か凄く嫌だ。

 うん、子供っぽいとは思ってはいるんだけど、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 だから覚悟を決めようと思う。

 いつかは彼女には、絶対に話しておかないといけない事だから。

 この間までは逆に思えていたのに、今は不思議とそう思えてしまう。


「ねえエリシィー」

「なあに?」

「この後、山に行くんだけど」

「………山に入るのは駄目と言われてはいるけど、ユゥーリィが狩りしている姿も見て見たいかな」

「そっかー」

「駄目?」

「別に、ただ内緒にしておいて欲しいかな」

「もちろん、バレたらお母さんに怒られるもの」

「私の家族はもちろん、教会にもね」

「……え?」


 一瞬、戸惑う彼女の声に、私は再度同じ事を言う。

 今から行く先の一切を、胸の内に留めるのならと。

 彼女が本当に何をしに来たのか、私は判らない。

 でも、こういう言い方は嫌だけど、エリシィーは教会側の人間だ。

 もしかすると、お父様達からの監視の目という可能性は否定できない。

 私の側にいる事に、彼女の意思は関与していない可能性は十二分に有り得る話。

 それでも私は彼女の言葉を信じたい。

 私を親友だと言う彼女の言葉を。

 例えそれが原因で失うとしても信じたい。

 彼女が親友だと信じる自分を。

 だから……。


「う、うん。ユゥーリィがそこまで言うのなら約束する」


 こう言う時の約束の言葉なんて物は、当てにできない。

 前世の記憶で、そんな事は痛いほど分かっているはずなのに、それでも私はその言葉を信じると言う自分を信じる事にする。

 たとえ裏切られても、それで彼女を恨みたくないから。

 そう言う事も含めて、自分の意思と想いで決めたのだから。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「………え?」


 町を外れた人気のない場所で、十を数える間だけ目を瞑ってもらった彼女の手を引いて数えた数だけ歩いた後、目を開いた彼女に待っていたのは、見た事もない光景。

 木々の間から見える周りの山の形もそうだけど、植物相も何処か違う光景に彼女が戸惑うのは当然の事。

 此処は私達の住む場所から、五百キロ以上も離れた山の中だからね。

 木々どころか空気が違うもの。


「さて、狩りを始める前に悪いけど、籠の中に入って背負われてくれるかな。

 たぶん、エリシィーでは付いて来れないから」


 そう言って半ば強制的に背負い籠の中に入ってもらう。

 籠が壊れないかとか、私が持てるかとか心配する彼女に、猪より重かったとは知らなかったと言ったら嫌な顔をして黙ってくれる。

 ええ、時折、私が狩って持って行くから知っているもんね。

 猪って大人の男の人くらいの体重があるから、そんな物と比べられたくない気持ちも分かる。

 頭と内臓を落としてあるから、実際はもっと軽いけど、そこは敢えて黙っておく。

 でも、それで大人しく背負われてくれるなら、喜んで誹りの言葉も受ける。

 だって此処から先は少し危ないからね。

 私の側が一番安全だと言える。


「さてと獲物は……いた」


 空間レーダーの魔法を使って、早速発見。

 距離にして一キロもないので、一気に山肌を駆ける。

 無論、身体強化の魔法の恩恵と、足元を安定させるブロック魔法のおかげ。

 馬が駆ける様な速度でも、私自身は軽い速足程度の運動。

 その速度で走る筋力も、背中のエリシィーを含めた背負い籠の重さを無くす事も、そして安定して走れる道も、全て魔法が肩代わりしてくれている。

 そして数分もしない内に視界に入る二頭の鹿。

 いつかの熊に遭遇した時の反省から、狩り中は絶えず片手にボウガンを下げている為、射程範囲に入った後の動作は早い。

 駆ける足を魔法のブロックを使って、速度を強引に一気に殺すのと同時に姿勢を支え、ボウガンを二連射。

 この間、僅か二秒程。

 ブロック魔法は生きているモノに触れていると、数秒程しか保たないので、それまでに終わらせなければいけない。

 慣れたもので、ボウガンを向けながら弓を引いて矢を番えるのも、同時に弦の強化と矢に魔力の紐をつけるのも、その一連の作業の中で出来る様になっている。

 野生動物はカンが良いので、勝負は一気につけた方がいい。

 無論、只管獲物が警戒を解くのを待つ方法もあるけど、今回はその必要はない。

 多少の狙いは、矢を放ってからでも軌道修正が効く、なんて狩猟チート能力だと我ながらに思う。

 でも、これが出来るのと出来ないのとでは大きく違う。

 ただの猟人と、それが出来る魔法使いの狩りの質の差とも言える。


「まずまずの大きさかな」

「………」

「エリシィー、大丈夫? 酔ってない?」

「………うん、その驚き過ぎて、……なんて言っていいのか」

「そう、なら問題ないわね」


 獲物はいつもなら収納の鞄に入れておくけど、流石にあれは色々問題があるので、自分で収納の魔法で、空間に穴を開けて獲物を放り込む。

 空間の穴を邪魔にならない程度に小さくして、魔法が途切れてしまわない様にだけ気をつけて、次の獲物を探す。

 そんな事を何度繰り返しただろうか。

 時間としては半刻程の狩り。

 でも、短時間としての収穫としては、かなりの量と言える。

 間違いなく熟練の猟人でも、一日で獲れる量ではないだろうね。

 得た獲物を纏めて下処理を済ます。

 纏めた方が効率が良く、時間も短縮できるし、何より血の匂いをあまり彼方此方にさせるのは、余計なモノを呼び込みかねないからね。

 下処理を終えた獲物を再び収納の魔法の中に仕舞ってから、エリシィーの入った籠を背負って山の中を駆ける。

 馬が駆けるような速度で十分も走れば見えてきる街道近くで、彼女を降ろしてから普通に街道を歩いてゆくのだけど……。


「此処から少し歩くと街があるから」

「うん、その、……まだ色々と追いつかないんだけど」


 まだ混乱する彼女に、私は言葉を紡ぐ。

 私はあの町では、魔法使いの成り損ないでないといけない事を。

 お父様もお母様も大好きで大切だから。

 もちろんアルフィーお兄様も大好きだし、マリヤお義姉様も大切な家族。

 無論、離れて住む事になってしまったけど、ミレニアお姉様もダルダックオお兄様も大好きな家族。

 その家族を守りたいから、私は魔法使いの成り損ないでいたいのだと。

 でも私の病気は、魔法使いでいなければ生きていけない病気なのだとも。

 私の身体が年齢の割に小さいのも、筋力や体力が無いのも、その病気の後遺症だろうと言う事も。


「………」


 私の隠していた秘密をエリシィーに語る。

 暗くならない様に笑いながら。

 たくさんの嫌な事を我慢したり、諦めたりしなけでばならなかったりだけど、こうして生きていられるし、何よりエリシィーと親友になれたと、心から笑って見せれる。

 少なくとも彼女がいてくれたから、潰されずに済んだと思う事が何度かあったから。

 中身は遥かに年上のはずなのに、情けないと思うも、私にとって彼女と知り合い親友になれた事は、自信を持って誇りだと言えるから。


「……そっか、ユゥーリィ()色々と背負っていたんだ」


 ユゥーリィ()ではなく、ユゥーリィ()か。

 そのたった僅かな違いが、彼女自身の立場を語っている。

 たとえそうだとしても、私の想いは変わらない。

 私にとって、エリシィーは大切な親友なのだから。


「はぁぁーーーーー、………本当に驚きっぱなしよ」

「うん、ごめんね、黙ってて」

「別にいいわよ、仕方のない事だって分かるもの。

 大丈夫、誰にも言わないから。

 神父様や教会にも、領主様達にも、もちろんお母さんにもね」

「ごめんね」

 

 彼女にとって、それは裏切り行為のはず。

 本当か嘘かはどうでも良い、少なくともそう言わせたのは私なのだから。

 だからもう一度だけ謝罪の言葉を口にする。

 そして少しだけ静寂な時間が過ぎ去った後。


「……でも、やっぱりそうなんだね。

 ユゥーリィ、屋敷を出るつもりなんでしょう?」

「………うん」


 正直、そう思うと泣きたくなるし、胸が張り裂けそうになる。

 それでも、いつかはそうなると覚悟を決めてきた。

 方法は違えど、ミレニアお姉様が行動でもって示してくれた。


「私は家族の幸せを守りたいから、どんな形にせよ、いつかは屋敷を出る事になるわ」


 たぶん、私は成人する十五歳になると共に、屋敷を出されるだろう。

 お父様はアルフィーお兄様達を守るために、必ずその選択をする。

 別にその選択そのものに文句を言う気はないし、私もその選択には賛成だ。

 ただ、どこかの教会がやり過ぎたのと、私がそれを読みきれなかったおかげで、お兄様を立てた状態で、屋敷に残ると言う選択肢は潰えてしまった。

 光石を使った商品で領地の収益を上げておけば、お父様達に育ててもらった恩を少しでも返せる事ができる。

 もし私が屋敷に残れなかったとしても、残した技術でもって恩を返せるようにして置きたかった。

 なのにその道が潰えた以上、私に残された未来は決まっている。

 お兄様を追い落とすか、屋敷を出るかしかない。

 無論、前者はあり得ない。

 お兄様を不幸にしたくないし、もし私が当主になってお兄様を保護したとしても、お兄様夫妻にとって、それは望まない未来でしかない事は分かりきった事。

 少なくとも以前の様な関係には戻れないし、今もそうなり掛けている。


「……やだよそんなの。

 ……せっかく本当に仲良くなれたと思ったら、そんな別れ話」

「……うん、ごめん。

 でも、黙ったままと言うのも嫌だったから」

「……そうだね。

 そんな事されたら、絶対、ユゥーリィの事を許せなくなっていたと思う」

「……ア、アブナカッタ」


 うん、本気で危なかった。

 だって、最初はそのつもりだったのだから。

 最後にしんみりするのが嫌がったから。

 うん、防げて良かった。


「……今からでも妬けちゃうな。

 ユゥーリィも、ミレニアさんみたいに、何処かにお嫁に行っちゃうんだと思うと」

「無いから!」

「へ? ……それって、え?」


 つい反射的に答えてしまったけど、それだけは無いと言える。

 ええ、ハッキリと無いとね。

 いくら諭されようと、ミレニアお姉様に行動でもって示されようと、男のところに嫁ぐなんて無理っ!

 たとえ偽装結婚でも嫌なものは嫌だっ!

 いくら現世が女で生まれようとも、前世の男の記憶を持つ私にとっては、とても無理な話。

 ええ、お嫁に行くくらいなら、独女を目指します。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「はい二人分」

「はいよ。あれ、今日は二人なんだね?」

「ええ、従姉妹のお姉ちゃんが遊びに来たついでに、一緒に来たいと言ったので」

「そうか、二人とも可愛いから変な奴には気をつけてな」


 なんやかんやと、そんな事を話している中にリズドの街に到着。

 子供二人分の入街税である銅板貨一枚分を支払ってから門をくぐるのだけど、この街では歩きの子供一人につき銅貨五枚で、前世で言う五百円ぐらい。

 ロバならば銅板貨二枚と、此方は前世で言う二千円。

 馬からは一気に高くなって銀貨。

 馬車はサイズや台数によって細かく分けられているのだけど、エリシィーの分は私が黙って支払う。

 彼女は用意していないだろうし、シンフェリア領では入街税がいる様な町は無く、単純に人に掛かる税金は居住人数に対する税金だけだからね。

 そこに土地の税金や収入に対する税金などが掛かるのだけど、それは今は関係ないので、そんな話は横にポイポイしちゃう。

 最も彼女は領外の出身者(・・・・・・)だから、その事は知っているかもしれないけど、今日、そんな物が必要になるとは知らなかったはず。

 そんな訳で後で返す必要はないからね。

 今日はデートみたいなものだから、男が出すものさ〜。

 実際には女同士だし、自分で先程やっといてなんだけど、誰が見ても私の方が年下に見えてしまうから、返したくなる気持ちも分かるけど。


「おう、今日も良いのが獲れたのかい?」

「まぁまあの獲物だとは思いますけど、今回もお願いします」


 馴染みのお肉屋さん。

 その店内の奥で、今日の獲物を取り出す。

 むろん、収納の魔法で開けた虚空の穴からですよ。

 ええ、此処の店長さんには、以前に魔石の事で私が魔法使いとバレてから、遠慮をするのを止めました。

 中の物が二度と取り出せなくなると言う危険性と、使用中は絶えず意識をしていないといけないと言う不便さはあるものの、収納の魔法自体は、使い手がいない訳ではないので、地元と違って使って見せても大丈夫だったりする。

 実際に使っている人も、こうして荷物を短時間に運ぶ時に使っているらしいからね。


「また一匹狩ってくるなんて、本当に凄えなお嬢ちゃんはっ!」

「と言っても、ペンペン鳥はまだ七匹目ですけどね」

「いやいや、十分すぎるだろっ。

 ウチはそれ以上に儲けさせてもらっているから、幾らでもと言いたいがな」


 ええ、無論、男装の件もバラしてあります。

 そんな訳で本日の収穫は、銀板貨二枚に銀貨八枚。

 この街で普通になら貯金をしても一月は余裕で、質素な生活なら二ヶ月半は過ごせる金額です。

 ペンペン鳥の魔石だけは、私が確保したので、その分は安くはなってはいるものの、それでも銀板貨一枚と銀貨二枚の高額な取引価格。

 そんな訳で、エリシィーの分くらいは払わせてくださいね。

 あとついでに、例のお店には私が持っていきます。

 ええ、無料(ただ)見をしに行きます。

 

「次は届け物に行くから」


 例の店とは、あの魔導具屋さんの事。

 基本的には入店料がいるけど、ええ言い負かせましたよ。

 頼まれている物を届けに来たのに、金を取るのはおかしいとね。

 勿論、屁理屈です。

 商品を色々と見ているから、その理屈が当て嵌まらないので屁理屈ですが、それが何か?

 知った事じゃありません。


「そう言う訳で彼女は私の連れだし、魔法の事は分からないから払いませんよ」

「……勝手にしてくれや。

 っち、また魔石抜きか」

「あれ、以前にあんな小さな魔石は、使い物にならないとか言ってませんでした?」

「ああ、だから幾つか纏めて、使える大きさにするのさ。

 もっとも、繊細なで熟練した魔力の操作が必要だがな」

「なるほど〜、凄いですね。

 流石はこんな立派なお店を持つ魔導具師さんです。

 とても勉強になります。

 と言っても、私では扱えないでしょうね。

 ついこの間も灰と石塊にしちゃいましたし」

「まぁ、そうだろうな。

 せいぜい頑張りな。ははははっ」


 正確には扱えないではなく、扱わないだけどね。

 あの大きさの魔石を幾つも纏めた、大出力の魔法石を扱う様な予定はないし、持っている構想の中にも……ない訳ではないけど、まだまだ私自身が未熟なので、当分は使う予定はない。

 その後は、二、三の魔導具を見せてもらって退店。


「……ユゥーリィ、ちゃっかりしてるわね」

「そう?」

「だって、情報を引き出してたじゃない」

「向こうが勝手に教えてくれているだけですよ。

 もっとも、ああ言う形で教えてくれているだけの可能性もあるけどね」

「えーー、そうかな?

 教えるなら、もっと普通に教えてくれると思うけど」


 彼女の言いたい事も分かる。

 だから私も、ああ言う形で聞いているのだけど、後者の可能性もあり得る話。

 アルベルトさん曰く、魔導具師は変人の集まり。

 なら、その可能性も現実味を帯びる。

 だから、一つ一つ慎重に検証すれば良いだけ。

 駄目なら駄目で、それが検証結果であり、新たな情報になるのだから。






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