53.彼女は私にとって元気の源です。ええ、親友ですから。
結局、家に居辛いと言っても、家族そのものと顔を合わせれる時間は、意外に少ない。
なにせ辺境の男爵家であるシンフェリア家では、基本的には皆んな屋敷の外に働きに出て行ってしまう。
しかも唯でさえ秋の収穫で忙しいのに、照明付きのドレッサー、照明付き書類机、ついでに卓上照明も市販を開始したばかりで、その忙しさに拍車をかけている。
シャンデリアに関しては、フェルガルド伯爵家の屋敷に設置するため、既に綿密な打ち合わせが行われており、秋の収穫が終わると共に設置しに行くらしい。
そしてそこで大々的にシャンデリアをお披露目すると共に、硝子細工もお披露目するとの事。
うん、ガイルさん、ダントンさんの合格が貰えるぐらい頑張ったみたいです。
そんな状態なので、既に我が家にも照明類は導入されており、書類仕事などは夜に各部屋でやってしまっている事が多いため、ますます顔を合わす機会が減っている状態。
一応は神父様は約束通りに動いてくださっているみたいで、毎月のミサの時でも、お兄様を次期当主として扱い、その場では私を軽んじて見せるなど、お兄様の精神安定に力を尽くしてくれている。
そんな訳で今日も日課を終え、魔法の研究をし、昼前から魔法の練習も兼ねて狩りに行き、リズドの街で収益を確認。
その後はライラさんの所に寄り道してから、獲物の一部を教会にお納めに来たんだけど……。
「ユゥーリィから、他の女の匂いがする」
「……何処の昼ドラのセリフですか」
「ひるどら?」
「そこは気にしなくて良いから」
「気になるわよ。
どんな女に引っかかっているのか」
「そっちなの」
「どっちの事なのよ」
相変わらずエリシィーはノリが良くて自然と楽しくなる。
うん、少し怖い出だしだったけど。
「それで、どんな人なの?」
「まだ続いていたっ!」
「ふ〜ん、誤魔化す気なんだ〜」
何か今日のエリシィー怖いです。
ジト目される事は多々あるけど、何か雰囲気がね、今までとは全然違うような気が…。
「正直に言えば、私、怒らないわよ。
それとも私とは遊びだったの」
エリシィーとは最初から遊び友達であり、親友だと思うんだけどとは言えなかった。
ええ、何か言ったら地雷を踏む気がしたからです。
気がしたんだけど、それは新たに踏み込む足で、既に足元にある地雷を踏み抜いている状態な気がするのは気のせいだろうか?
「な、何の事か」
「赤い髪の女よね」
「っ!」
何でそれをと思うも、とりあえず、それが誰の事かは一瞬で分かった。
リズドの街の本屋の女店主であるライラさん。今日会った赤い髪の人と言うと、家族以外ではあの人しかいない訳でで。
「しかも、こ〜〜んな髪が絡みつく間柄と」
そう言ってヒョイと伸ばした彼女の手が、私の横を通り過ぎたと思ったら、引き戻した手の指先には……赤い髪の毛が一本。
間違いなくライラさんの髪の色で、お母様の赤い髪とは別の色合いなので、お母様のだと誤魔化せそうもない。
たぶん、何かの拍子で付いたのだと思うけど。心当たりは……揶揄われがてらに強めのハグをされた時ぐらいか。
でも、だからと言って、それを正直に言う必要はない訳で……。
「たぶん風で飛んできたのが絡み付いただけかと」
「ふ〜〜ん、本当に?」
「……エエ、ホントウニ」
すみません、真っ直ぐ見つめてくるエリシィーの目に耐えきれずに、つい目を逸らしてしまいます。
でも、やましい気持ちがないのは本当ですよ。
ええ、本当です。
ただ屋敷での暗い雰囲気の癒しを求めて、会う頻度が増えただけです。
五百キロ以上離れた街ですから、実家での事を忘れて本気で気楽にいられるんです。
それに、殆どが三十分もせずに店を出てしまうので、少し仲が良いだけのただの知り合いです。
まぁ年上のお姉さん、良いなぁと思わないでもないですけど。
「それで、今度はそう言う内容の本を読んでるんだ」
「ええ、昨日の読み終わった所」
「エリシィー、悪趣味」
「写本しながらだと、読むのが遅くなるのが欠点よね」
あっ誤魔化したと思いつつも、敢えて突っ込まない。
ええ、突っ込みませんよ。
突っ込み返されるのが怖いですから。
「それにしても今日も山に行ってきたんだ。
最近は頻繁ね」
「……色々とあってね。
ぁぁ……この場合は、無さすぎるのかもしれないけど」
正直、溜息が出そうになるけど、ここは耐えるしかない。
そう思っていると、何故かエリシィーに手を引っ張られ、部屋に連れ込まれる。
「ほらほら、いらっしゃい」
そう言って、いつぞやのように、ベッドに腰掛けてお誘いしてくる。
ええ、別に変な意味ではないですよ、ごく普通のスキンシップです。
でもそんなに辛そうな顔をしていたのかと思いつつも、ここは素直に彼女に甘えさせてもらう。
うん、やっぱりエリシィーに、こうして抱きしめられるのは心地いい。
特に此処半年は、色々成長しているので余計に気持ちいい。
「………」
今度は狩りは狩りでもキノコ狩りにしよう。
流石にお肉が続き過ぎた気がする。
ぐりぐりぐり
「痛い痛い」
「なにか変な事を考えなかった?」
「キノセイデス」
うん、これくらいの膨よかさは別に気にしなくても良いのにと思うのだけど、彼女としては気になる事柄らしい。
ちなみに私の方は、全然そんな事はない。
そもそも食べれる量が少ない上に、魔法を使っているとは言え、山駆けをしているからその心配は今のところない。
むしろ太っても良いから成長して欲しいくらい。
勿論、主に身長の事ですよ。
「〜〜♪」
「ユゥーリィは甘えん坊ね」
「そうかも、迷惑だったら言ってね」
「別に良いんじゃないの。
今のユゥーリィは甘えれる相手いないもの」
「それはエリシィーも一緒では」
「私はお母さんに甘えれるし、今のユゥーリィ程、孤立していないもの」
「そっか、そう見えちゃうのか」
「ええ、だから偶にはこうして甘やかしてあげるわ。
甘やかさせ過ぎない程度にね」
「……ん、ありがとう」
本当に感謝の言葉しかない。
たとえエリシィーの意思でなく教会の意思だとしても、今は素直に感謝するし、此処に彼女の意思も含まれていると信じているから。
だから後少しだけ。
「だいぶエリシィーから元気を貰ったかな。
うん、エリシィーは元気の源です」
「そう言う事ばっかり言って調子が良いわね」
「やっぱり私はこうでないと」
「そうね、その方がユゥーリィらしいわ。
それにしても元気と一緒に、コッチの方も貰ってくれればいいのに」
そう言って、彼女は腰回りに手を当てている。
うん、やっぱり気にしていたか。
そして私も差し入れし過ぎたかと反省。
「それに比べて私は……」
うん虚しくなる。
絶壁と言う訳ではないけど、お母様とお姉様を見ているとね。
「ユゥーリィだってちゃんと成長しているわよ」
「実感がないんだけど」
「少なくとも、私の十歳頃くらいには」
中身はともかくとして、一応は同い歳のはずなんですが。
「……それ何の慰めにもなってないんだけど」
「拗ねないの拗ねないの」
そう言って、再び抱きしめてくるエリシィー。
今度は半分おふざけの抱擁。
でも嫌いじゃないので素直に抱き返します。
ええ、親愛のハグですあって、変な意味はないです。
「ねえユゥーリィ。
私ね、前にユゥーリィが言ってくれた言葉、もの凄く嬉しかった」
「ん?」
「だから、ちゃんと私も言葉で返しておくね。
私にとってもユゥーリィは一番の親友よ。
家族以外の中で一番大切な人」
彼女の語りかけるような言葉に、私は自然と心と身体が緩む。
その言葉がとても嬉しくて、大切で、涙が出そうになる。
たとえ、それが彼女の意思でない可能性があったとしても、私はそれでもその言葉を信じると心に決める。
もしそうなら、そうだけの事だと。
心の中で教会に向けて中指を突き立てながら、そう言って見せる。
私自身が、それでも彼女の言葉を信じると決めたのだから。
「ええ、私もエリシィーが一番の親友。
そして家族以外の中で一番大切な人よ」
それは間違いない私の真実。
純粋に大切だと思う人であり、親友だと思うから。




