51.私の男装も、結構、様になってきたでしょ。
辺境都市リズド。
コンフォード侯爵家が統治する領地であり、その主要な街として発展したこの都市は、国で有数の都市と言える。
あくまで有数であり、此処より大きな都市は幾つもあるらしいけどね。
少なくともシンフェルドの町は当然ながらとして、お姉様の嫁いだグットウィル家の所有する街とは比べ物にならないぐらいに栄え、賑やかな街である。
もっとも、賑やかであっても人の住む街である以上、一歩路地裏に入ればそれ相応に閑静な住宅街や、知っている人だけが知っている隠れ家的なお店もあったりする。
そして私が時折お世話になっている本屋も、その隠れ家的なお店の一つ。
「ウチの店は娯楽系が中心だからね。
客層も絞っているし」
ライラさんはそんな事を言いながら、いつも通り新作の受け取りの受領書にサインをしてくれる。
私が何時来ても、店が空いているような事を言ったからなんだけど。
なんでも表通りに店を置かないのは、お客の出入りが目立たなせないためであり、貴婦人が出入りしても変な噂を立てられない程度に安全な通りを狙っての事。
お店が空いているのは、たまたま私がそういう時間帯や隙間に来ていると言うのもあるけど、ある程度の身分の人達は、大抵は代理の人間が纏めて買ってゆく事が多く、その時に何を勧めるかは、店主のライラさんの腕前に掛かるのだとか。
そんな事を偶にはお茶でも飲んで行きなさい、と誘われて聞いていたりする。
きっと私が来る直前に出ていった馬車の客の相手を終えたばかりで、一息入れたい処だったのだろう。
そんな事を言っている内に、ポットの中の茶葉が泳ぎ終わったのか、慣れた手付きで陶器のカップに注いでくれる。
「はい、ゆうちゃん。まだ熱いから気を付けてね」
「そこまで子供じゃないで…す…か……ら」
ごく普通の当たり前の言葉。
その言葉にごく普通に返していたつもりで、途中から違和感に気が付く。
今、この人はなんて言った?
「やっぱりねぇ~」
「え~……と、その」
【ゆう】は前世の私の名前でありながら、書いている本のペンネームでもある。
そして、男装している私は、此処では別の名前を使っていた。
あまり使う事も呼ばれる事もなかったけど。
「別に詮索する気はないけど、少しだけおせっかいをと思って」
「何時からバレてました?」
「わりと最初の方から」
が~んっ!
ショックです。
我ながら巧く変装できていると思ったのに。
「大丈夫よ~。
まだ、あまり気が付かれていないと思うから。
ただね、そろそろ誤魔化せなくなってきているから」
えーと、残念ながら相変わらず約束された勝利の胸はその兆候は見せておらず、……そのう微々たる前進しかね。
あと、背もあまり伸びていないから、そこまで気にしてなかったのだけど。
「幾ら髪を隠して男の子の服を着ても、ゆうちゃんは顔が綺麗だからね。
本気で隠すつもりなら、少しは汚さないと」
いえいえ、私より可愛くて綺麗な子なんて、幾らでもいると思います、ってそういう事じゃないって事は分かっていますよ。
ノリとツッコミの精神です。
確かに顔を汚すという発想はなかったな。
喉仏とかは気を付けてはいたけど、参考になるので今度やってみよう。
「なにより、やっぱり匂いが違うのよ、男の子と女の子ではね。
ゆうちゃんの身体から香る匂いが、初めて会った頃に比べて、すっかりと女の娘になってきているの。
自分では気が付かないでしょうけどね。
これは判る人間からしたら、匂香程度では誤魔化せないから気を付けて」
確かに自分の体臭って自分では分からない物だけど、それは分かる話でもある。
私がお姉様達やエリシィーの香りを良い匂いと思うように、自分の身体もそうなってきているのだと。
だから気をつけなさいと。
バレていないと思って油断してたら、変な場所に連れ込まれ兼ねないと。
ライラさんは年上の人間らしく私に注意してくれる。
態々嫌な役割を演じてまで。
「それでこっちが本題なんだけど。
ゆうちゃんが、書籍ギルドに著者として登録している名前は、あのままで良いのよね?」
「ええ、流石にそっちはそのままです」
「そう、こっちまで偽っていたら流石に色々と問題が出てくるけど。偽っていないなら問題ないわ」
本を出す上で、書籍ギルドに登録する名前が二種類ある。
一つは著者名。これは本名でも良いけどペンネームでも構わないので私がペンネームを使っている。
だけど技術書などの真面目な書物は本名で、娯楽性の高い書物の類はペンネームの事が多い傾向らしい。
そしてもう一つの方は、金銭のやり取りが出てくるため、本名の登録が義務付けられている。
本人証明書とかが無くても登録はできるけど、違反が発覚した場合は、著者権は全てギルドに没収される。
つまり今後、既に出した本に関しては、お金を受け取れる権利が無くなるだけでなく、ギルドからの信頼も失い、新に書籍を出す手段そのものが無くなる。
他にもケースバイケースで色々罰則があったりするけど、基本的に厳しい罰則があると説明を受けている。
「ギルドの方から少し問い合わせがあってね。
貴女の本当の方の名前が二重登録になっているかもしれないから、少し話を聞きたいと思って今日は声を掛けたの、騙すようで御免なさいね」
二重登録?
身に覚えがない以上、同姓同名なのかもしれない。
そう訝っていると、ライラさんはカウンターの中から一冊の本を取り出して私の前に置く。
うん、タイトル的にまったく身に覚えはないです。
それが顔に出ていたのだろう、ライラさんは本を捲って最後のページを開き、そこには……。
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著 者:ユゥーリィ・ノベル・シンフェリア
監修及び代筆者:ミレニア・ウル・グットウィル
代 理 写 本 者:コードウェル
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ええ、おもいっきり私の関係者です。
改めて本の中身を見て見ると、綺麗に纏め直されてはいるけど、確かに書いた覚えのあるものばかりで、まぁ簡単に言うならば、お化粧の入門書かな。
なかなかお化粧が巧くならないお姉様向けに、イラスト込みで詳細な手順や方法や諸注意をね。
あと幾つかのパターンや、求められる状況に応じた化粧の仕方などを数十通り。
他にも普段のお手入れ方法までを、ごく簡単にね。
子爵家の次期当主の下に嫁がれたお姉様が、どのような場面でも恥を掻かないように、素人向けから少し慣れて来た人向けの内容まで、お姉様の結婚の時までにたくさん書いたし、結婚後もお姉様宛に送った手紙の中にもそれなりに書いていた。
後から思えば、妹にお化粧を教わるのは、お姉様的に屈辱だったのではないかと反省はしているのだけど。
こうして本を書いているところを見ると、杞憂だったのかもしれない。
「代筆者は、お姉様ですね。
お姉様のために書いた物が、綺麗に纏められているようです」
「なるほどね。
なら特に問題はなさそうだけど、そう言う事情なら無い話ではないから、一応は別扱いにしておけるわ」
「お願いいたします」
ライラさんの申し出にありがたく思う。
実際、同じ登録者が幾つもあったら管理が面倒になるはずなのに、そこはそこ、色々な事情の人間がいるから問題ないとの事。
「ウチのギルドは他のギルト団体と違って完全に独立しているから、著者と登録者の関係が漏れる事はないわ。
教会や国だって、表向きには入り込めない事になっているからね」
なんでも上位貴族や王族の中には趣味で本を書く人もいたりするので、その辺りの守秘義務は徹底しているらしい。
例えば何処かの上位貴族が、ポエムを書くのが趣味が高じて本に出した場合や、趣味や皮肉を込めて社会に対しての評論本を書く王族だとか。
中には時期や名前を伏せた暴露本まで。
流石に行き過ぎた書物は発禁扱いになるけど、基本的にそう言った貴族を守るために、著者の正体が公になったり外部に漏れる事はないと言う事らしい。
ある意味、上位貴族が誰に憚れる事無く、やりたい放題やれるストレスの発散の場だからと言うのはライラさんの言だけど、言いたい事は分かる。
現代で言う、匿名のブログのような存在だろうからね。
そう言った上位貴族は、本その物を出す事が目的だったり、自分の書いた本がどれだけ世間に注目をされているかが目的であるため、基本的に著作権料に興味が無い。
むしろそこで得られる著作権料など、彼等からしたらお小遣いにもならない端た金らしいので、そのままギルドに寄付される事が大多数だとか。
「……それは機密厳守にもなりますよね」
「そうよ。彼等からしたら大した金額ではなくても、世間一般ではそれなりの金額だし塵も積もればってね」
あと敵に回したくない、と言うのもあるだろうな。
「そう言う訳で、貴女の事を知っているのは私だけ。
私もギルドが怖いから、ギルドの規約に反する事はしたくないわ。
それで話は戻るんだけど、この本は貴女が書いた物が元になっていると言う事で良いのよね?」
「え、ええ」
「なら、個人的なお願いがあるんだけど」
凄い勢いで両手を握って迫り来るライラさんに、思わず引いてしまう。
「一度、私に化粧をしてみて欲しいのよね。
実際に、やっているところを見て学びたいのよ。
あと、ついでに私に向いている化粧の仕方も分かるかもしれないし」
どう見ても最後のが目的ですよね? とは流石に言葉にはできなかった。
ただ、その勢いに押されるように、頷く事しか。
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デート向けの勝負メイクを所望されたので、応援するつもりで頑張ってみたのだけど。
ええ、怒られました。
一通り感動した後で、何故かお説教を受ける羽目に。
「これだけ出来るのに、何で普段からしていないのよっ!
もったいないじゃないっ!」
解せぬ。
2020-04-04 誤字訂正




