50.やったからには責任を取ってください。
今年の夏も終わり、秋らしい空気が漂い始めてきた頃、お父様が王都から戻られた。
疲れたご様子に、本当に申し訳ないと思う。
そして私の謹慎処分は解けたものの、基本的には商会の関係からは手を引かされる事になった。
商品の開発も、領内の帳簿関係も全て。
でもそれは、以前の生活に戻っただけの事だとも言える。
商品の開発も、正直に言えば光石関係に関しては既にネタを出し尽くした状態だし、思いつく限りの商品としての使用用途やアイディア等は既に、ジャンルを問わずにコギットさんの工房に置いてきた。
要はもう私などいなくても良い状態であり、既に私の手を離れているのだから、なんら不具合はないはず。
コギットさんやダントンさん達とは、もう一緒に仕事はできないけど、別に会いに行く事そのものは禁止されていない。
その辺りはお父様なりの思いやりであり、優しさなのだと感じられる。
少しだけ寂しいとは思うけどね。
あと帳簿や在庫関連は、マリヤお義姉様の手に移っただけ。
元々はマリヤお義姉様が覚えるべき仕事だったのを、一時的に私が代行していたに過ぎないのだから、本来はこれが正しい状態と言える。
最初からそのつもりであったから、引き継ぎが出来るように、色々と準備はしてはあったので、さしたる問題はでない。
数字に弱いマリヤお義姉様からしたら、大変だろうけどね。
「でも、全部思い通りと言う訳では無いんですよね」
肝心の問題の一件に関して国の判断は、ある程度までは予想通りの結果。
光水晶と、それを使用した投光器の製法を国に献上した事になっていたけどね。
むろん献上した以上は、今後、この地での製造は禁止となる訳だけど、これが私の目論見とは大違いな結果。
ええ、献上です。
没収とかではありません。
そして、この献上による貢献を持って、シンフェリア家の次代陞爵が勲じられてしまった。
アルフィーお兄様良かったですね。子爵ですよ子爵。
まぁこんな田舎では爵位が上がっても、実際にはさして影響はないですけど、貴族社会においては大きな違いですし、商会での商売のやりやすさも変わってくるらしい。
そう言う意味では、教会はちゃんとお仕事をしてくれたようだ。
まさにごく一部以外では誰も損がないやり方であり、特に教会にとって損がない結果とも言える。
教会からしたら、教会を通して売る物の生産地が男爵領よりも子爵領の方が売りやすいし、信頼度も上がるでしょうからね。
『はははっ……』
だけど次期当主で陞爵が決まった話を、お兄様は乾いた笑い声を上げながら、口元を轢かせていた。
でも私からしたら、教会はやり過ぎてくれたと言える。
そして、これが完全に私の読み違いだったと言える部分でもある。
平和な時代に於いての陞爵など、軽々出来るような事ではないと思っていたのだけど、何を思ってか教会がヤッてくれたのだと思う。
ええ、王宮の連中ではなくね。
そんな訳でアルフィーお兄様を一生懸命に立てるのだけど、……うん芳しくない。
別にお兄様を油断させようと言うつもりはないですよ。
ミレニアお姉様同様に、アルフィーお兄様達にも幸せになって貰いたいと思っているのですから、今さら序列を崩す気など欠片もないですから。
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「と言う訳で、なんとかなりませんか?」
「……これはユゥーリィ様、またもや突然ですね。
せめて順序立ててお話しいただければ、お力になれる事もあると思いますが」
「神父様、そこは分りましたと言って下されれば」
「金額の書かれていない証文に、名前を書くような真似はできませぬとしか」
「……そう返されると、私が酷い人間に思われるじゃないですか」
「まぁ冗談ですが」
「神父様も冗談を言われる事があるのですね」
「偶には言ってみるのも悪くないかと思いまして」
私が困る顔を見たかっただけでは?
そう思ってしまうが、ここは心の内に留めておくとして、お兄様の誤解をなんとかならないか。
と言うか、教会がやり過ぎたんだから責任を取れと、遠回しにやんわりと言ってみる。
「無理ですな」
「酷いっ!」
「教会の上層部からすれば、ユゥーリィ様が当主になられた方が、今後の都合が良いと考えるのは当然かと」
「……迷惑な」
「一応、私めはユゥーリィ様の御希望通りに、進言はしておいたのですが」
「逆に捉えたと」
「こうなる気はしていましたが、結果を見るに、やはりそうなのでしょうな。
そもそも、ユゥーリィ様ほどの実績を残しておられる方ならば、普通は当主になりたいと思うもので、逆に当主になりたくないと言う方は、まずおられません。
ですので教会からすれば、ユゥーリィ様に恩を売ったとさえ思っているでしょう」
本気で酷い話だ。
人の願いを勝手に歪曲するだなんて、それでも神に使える身かと怒鳴りたくもなる。
その相手は目の前の教会の人間ではなく、王都の教会にいる妖怪爺い共だけど。
「だいたい実績で言うのであれば、アルフィーお兄様の方がよっほどあります」
「そうですな。
アルフィード様は領民とも仲が良く、御当主に導かれながらも、領民を上手く導いておられるし、信頼関係も長い年月を掛けて築いております。
最近は商会の方も次期当主として彼方此方の地に足を運び、精力的に顔を繋いでおりました。
そう言った実績そのもので言うのであれば、アルフィード様のそれは、私めも認める事ですし、領主としての器もありましょう」
「……意外ですね。
お兄様をそこまで認められておられるとは」
「私めはあくまで教会の人間であり、この地を見守る者でもあります。
この地を導かれる方を、公正な目で見るのは私めの大切な役目の一つであります」
うん、感心するのは早かった。
やはり神父様は何処までもいっても、教会の人間なのだと実感させられる。
「話を戻しますが、アルフィード様が行われている事は、次期当主としては当たり前の事であり、実績として見做され難い物でもあります」
「一番大切な事だと私は思っているのですが」
「見解の相違ですな。
ユゥーリィ様のおっしゃる考えも確かに真理でしょう。
ですが、人は富む事に幸せを感じるのも、また真理。
アルフィード様は、そう言う意味では、まだ何も実績がないのです」
「そうなのかもしれません。
ですがこれから先、このシンフェリア領は今よりも大きく成長するはずです」
「そうでしょうな、私もその見解には賛同いたします。
ですが、ユゥーリィ様なら、更なる恵をこの地にお与えする事ができるのでは?
そもそも貴女様が言うこの地の成長は、いったい誰のおかげかと」
「工房で働かれる皆さんです。
そしてその工房の皆さんを支える人達。
いいえ、この地に住む多くの人達が頑張った結果が今を導いているんです。
少なくとも彼等がいなかったら、今の成功はあり得ません」
ぱちぱちぱちっ。
笑みを浮かべて手を叩く神父様の姿に苛立ちを覚える。
どう見ても馬鹿にしているからだ。
「ユゥーリィ様には、神に使えし者としての才能も在られるようで。
ええ、確かに仰られる通りでしょう。
なんら間違った答えではありません。
ですが、そんな事は何処の地でもやられている事です。
では何が違うのでしょうね、他の土地とこの地との差は。
そして本当は、分かられておられるのでしょう。
只、それを認めたくないだけで」
ええ、神父様が言いたい事は分かっている。
でも、こうなるには、まだ早すぎた。
「ユゥーリィ様、今の状況を生み出してしまった根本的な原因をお教えしましょう。
貴女様の欠点は、御自分を過小評価している上に、御自身の魅力をご理解されていない所ですよ。
もっとも、それは今のユゥーリィ様にとってどうでも良い事でしょうし、御理解される気がないのであれば、これ以上は何を言ってもお互いに無駄な時間を過ごすだけの事。
なら話は最初に戻しまして、ユゥーリィ様の御希望は了解いたしました。
教会そのものとしてはともかく、私めとしてはユゥーリィ様に多くの借りがあります。
その借りをお返しするつもりで、誠心誠意を持って貴女様の御希望に添うよう力を尽くさせて戴きましょう。
私めもこの地を見守る者として、無益な争い事で血と涙を流させたくはありませんので」
結局、多大な精神疲労を払ってまで得たのは、これ以上は掻き回さない事を個人的に約束すると言った程度のこと。
まぁ人を神輿として担ぎ出されないだけまだマシと言える。
少なくとも、ああ言う状態で言った約束であるなら、多分守るフリぐらいはしてくれるはず。
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「それで、今日も、またいきなりね」
「ん〜〜〜、ちょっと色々と重くなって」
「この所、色々あったものね。今日ぐらいは甘やかしてあげる」
「うん、ありがとう。
エリシィーは天使だぁ〜」
母娘の使う部屋にある彼女のベッドの上で、ごく普通に小さな子供のようにエリシィーに甘えてみせる。
彼女の膝枕に顔を埋めて、ゆっくりと何度も深呼吸をしながら彼女の何処か甘い香りを嗅ぎ、何処かの生臭坊主の匂いを少しでも身体と脳裏から追い出してやる。
布越しに伝わる彼女の温もりで、何処か冷たくなった心を必死に温める。
猫のよう丸まる。
そう、今の私は猫です。
ただ膝の上で身体を丸めて、その温もりで安らぐ一匹の猫。
ご希望ならニャ~と鳴いてみせますよ。
そんな幻想を、ほんの数分だけ見させてもらう。
ええ、残念ながら数分が限界。
それを過ぎると膝枕の主がキレる。
あまえ過ぎーーってね。
そうでないと私自身、これが癖になってしまいそうで怖くもあるけど。
ちなみに逆のパターンの時もキレられる。
あまやかさせ過ぎーーってね。
我が親友ながら、理不尽だと思いません?
「そう言えばユゥーリィがこの部屋に来たのって、久しぶりじゃない?」
「うーん、そうかもね。
確か前来たのは……上置棚の時以来だから、つまり数ヶ月ぶりだね」
「使い心地は、今のところ問題ないみたいね」
「うん、最初の頃に色々調整し直してもらったからね」
「あれにはコギットさんも感謝してたわよ」
「ぶつぶつ文句を言っていたようにしか聞こえなかったけど」
「文句を言いながら喜ぶ性格の人なの」
「変な人」
「腕は超一流よ。
それに無愛想だけど、とても優しい人だし」
「そうなんだ。
ユゥーリィは大切にされていたんだね」
「うん」
はっきりとそう言える。
今でも顔を合わせれば、それ相応に心配されている。
相変わらず無愛想で言葉は悪いけどね。
「あっ、そうだ。
ユゥーリィにも読んで欲しい本があるの。
最近のお気に入りの作家さんの本」
「ふーん、エリシィーのお勧めか。
一応は気になるかな」
「お勧め、お勧め」
そう言って、エリシィーが照明付上置棚から取り出したのは……。
「……これ?」
「そう。
話も面白いし、すっごく、わくわくドキドキできる本よ」
「……腐化しちゃったか…」
「なにそれ?」
「なんでもない。
ただ見覚えのある本だったから」
エリシィーが持ってきた本。
写本者が、自分用に所有するための印である文字が、表紙に大きく描かれたその本に描かれたタイトルは、よ〜っく知っているタイトルだったとだけ。
とりあえず、エリシィーにこの本の仕事を持ってきた奴に言いたい。
純粋なエリシィーに、こんな仕事を持ってくるなーーーっ!




