46.紛争勃発! いえ、熊がじゃれあっているだけです。
だいぶ暑くなってきたと思わせる頃、我が家恒例の葡萄と桃の食い倒れ旅行が先日開催された。
今年も結局、お父様達は呑み倒れ旅行と化していたけど、そこは流石に親としてのメンツを保つためか、屋敷に帰れる程度には控えてはくれた事には、お父様を誇りたい。
今年からミレニアお姉様が、グットウィル家にお嫁入りしてしまって参加できなくなってしまったため、寂しいと思う気持ちを甥っ子のアルティアにぶつけるかの様に構い倒しました。
エリシィーと共に。
ええ、強制参加です。
名目は神父様にもお裾分けするために、エリシィーが現地まで私達に同行して受け取りに行くと言う事で。
むろん、お父様とお母様には前もって了解済みです。
アルティアも可愛くて綺麗なお姉さんに構われて嬉しかったと思われ、帰路に就く前に深い眠りの中へ落ちちゃいましたよ。
ええ屋敷に帰るまでぐっすりと。
こう言う時の小さな子供の寝顔って、本当に天使だと思う。
そして持ち帰った桃でタルトを作って、お裾分けをとコギットさんの工房に足を運んだところで。
「ああっ、テメエどう言うつもりだ」
「それは俺のセリフだろう」
「いいか小僧。
今回、テメエの所は、俺の所から仕事を受けた下請けだ。
なら当然ながら、ウチの意向に従うのが筋だろうが」
「爺い、オメエのその目は節穴か。
どう見たって俺の所の方が作業量が多いし、誰が見たって俺の所の物が一番目につく部分だろうが。
だいたい組み上げたのは俺の所だ。
なら俺の所でやるのが筋ってもんだろうが、ボケたか爺い」
「はっ、肝心な部分がねえのに、よくもそんな事を言えるな。
肝心の心臓部は俺のところが握っているし、最後の仕上げも俺のところだ。
餓鬼のお守りも出来ねえ小僧は黙ってろ」
「なにぃっ!やるか爺い」
「受けてやろうじゃねえかっ!」
山賊の親分とヤクザの親分がメンチを切り合っていました。
二人とも興奮しすぎて私の存在に気がついていない様で、このままでは今にも紛争が勃発しそうです。一大事です。
ならば仕方ないですね。
力場魔法で薄くて大きめの球を二重に作り、その中の小さい方を球に開けた小さな穴から抜き出します。
ええ、狩りの時によく使いましたが、球の中を真空にする血抜きの結界魔法です。
別にこれで、お二人の頭に登った血を抜き取ると言う訳ではないですよ。
こんなバスケットボール程の球でそんな事をした日には、二人とも失血死してしまいます。
もっともそれ以前に魔力の固有波長の影響で、生きている物には刺さりにくいですけどね。
力場魔法で作った球は、一種の結界の魔法。
そして今の球状の結界の中は真空状態。
では此処で一瞬で結界を解いたらどうなるか。
バンッ!!
答えはこの通り、真空の状態の場所に一瞬にして空気が流れ込み、空気と空気が激しくぶつかり合う事で生じた衝撃は、大きな破裂音を生み出し、辺り一面へと響き渡る。
つまり一種の音響爆弾です。
そして当然ながら近くにいたお二人は、音の波という衝撃にやられ、その場に座り込んでしまいます。
ええ、三半規管をやられますから、とても立ってなどいられません。
強烈な音波ですから、身体その物を突き抜けますので、あの距離では耳栓をしていたとしても無意味です
むろん私は、自分で結界をもう数枚張っていたので、平然と立っていますよ。
自分の放った魔法に、自分がやられるだなんて馬鹿な真似をする訳ないじゃないですか。
そんなのは子供の頃に凝りましたからね。
一応、手加減はしてありますから、意識が放心する程度だし、数分もすれば自分から立ち上がれるはずです。
「さて、コギットさん、ダントンさん、事情を説明してくれますか?」
「「………」」
そう言えば、一時的に意識が白濁する場合もあるんでしたっけ。
仕方ないので大きな作業机の上に、お裾分けの桃のタルトを用意します。
むろんダントンさんの分もありますよ。
もともと多めに持って来ましたから、人が増えても問題はありません。
特に作業中と言う訳でもなかった机は綺麗になっていたので、布巾で拭いてランチョンマットを敷いて、木の皿に移した桃のタルトとフォークを三人分。
そして持ってきたポットから、冷めた紅茶を魔法で温め直したところで。
「ああ、酷え目にあった」
「……まったくだ」
やっと状況を把握できたお二人が、頭を振りながら文句を垂れます。
ええ、文句くらいは黙って聞きますよ。
「で、お嬢さん、さっきのはなんてえ魔法だ?」
「空気を抜いた玉を作って、解放しただけですよ」
「……さらっと、とんでもない事を言われたような」
「別にお二人なら抜ける様な空気量です。
実際に道具さえあれば、お二人にも再現できる程度の事ですよ
そもそもそう言う道具を、さらって作れちゃう所が、お二人の凄い所だと思います」
これぐらいの大きさの玉ですよと、身振りで説明してみせる。
現象そのものは、耳元で思いっきり手を叩いたのと似た様な事だと、誤魔化しておく。
うん噓は言っていない。
それよりも、タルトに埃を被ぶってしまう前に食べちゃいましょう。
「……」
「……」
「あれ? お口に合いませんでした?」
「いや、そう言う訳じゃねえ」
「ああ、うめえにはうめえな。
甘ったるくないのが良い」
とりあえず、美味しいと言う感想が聞けたので良しとする。
甘ったるくないのは、コギットさんがあまり甘いのが得意そうではないので、砂糖は控えめにして素材の甘味で勝負したからなんですけどね。
「それで、なんで言い争っていたんです?」
「……」
「……」
何故か黙り込むお二人、……怪しい。
私に言えない事なのでしょうか?
でもお二人がこうして、此処で激しい打ち合わせをされていると言う事は、多分、私も関係している商品の事だと思うんですよね。
もっとも私が知らないだけで、他にも多く仕事の上でお付き合いしている可能性も否定できないので何とも言えません。
お二人の職人の腕を考えれば、それが当然だとも思えますし。
「まぁ、いいです。
お仕事上、私に言えない事もあるでしょうから、それはそれで置いておきます。
ただ実力行使のお話し合いは、程々にお願いしますね」
「「……お嬢さんがそれを言うか?」」
何故か二人同時に突っ込まれてしまいます。
別に私実力行使に出た事は、……ガイルさんの件だけのはずですよ。
ああ、そう言えばダントンさんがガイルさんをズタボロにするのを止めるのに、身体に思いっきりしがみ付いた事がありましたが、結局はあの時のダントンさんは、私がしがみ付いていようがいまいが関係なしに、ガイルさんを叩きのめしていましたので実力行使になっていないですよね。
先程の魔法は、その件を踏まえて考えた魔法です
ええ、もちろん先程のは実力行使と言いません。
思いっきり手を叩いて、大きな音を出しただけの様な物です。
手の代わりに空気の壁ですけどね。
そんな訳で話を変えましょう。
「そう言えばダントンさん、お願いしていた試作品ですがそろそろでしょうか?」
「ああ、もう組み立ては終わってる。
その件もあって一度こっちに顔を出した訳だが」
「……おいっ」
コギットさんの声に、ダントンさんは舌打ちをしながら、話しを止めてしまう。
んー……、私お二人を怒らせたのでしょうか?
ならば謝罪をしないといけないですが、理由は……先程の件くらい?
以前のあれこれやらかした件だったら今更ですし、お二人ともいつまでも根に持つご気性ではないですし。
「すいません。私が何かお二人に失・」
「「違えよっ」」
またもや、お二人同時に突っ込まれました。
しかも今度は最後まで言わせて貰えないのも一緒です。
それにしても、こうして二回も言葉が揃うところを見ると、実はお二人とも凄く仲が良いのではないかと思ってしまう。
とにかくお二人が違うと言うなら、違うと言う事にしておかないと、それこそお二人を意地にさせてしまいかねない。
なら、ここもなかった事にして話を進めてしまいましょう。
「じゃあ、すぐに試作品が出来上がりますね。
コギットさん、せっかくなので、この作業場に設置しましょう。
コギットさんは此処で作業をする事が多いですし、手元が明るいに越した事はないでしょうから」
「ふん、決まったな」
「くそっ」
「……」
何故かドヤ顔をするコギットさんに、面白くなさそうな顔で顔を背けるダントンさんの様子に、私はなんとなく何を言い争っていたのか想像がついてしまった。
きっと、最初の点灯を何方でやるのかを揉めていたのだと。
ぁぁ……、なんと言うか、衝突寸前まで言い争っていた内容の割に中身が、……その子供っぽい理由だと思ってしまう。
しまうんだけど、納得もしてしまう。
男ってそう言う生き物だって言うのは、私にも経験がありますからね。
ええ、もちろん前世での経験ですが、妹や元彼女とかに散々呆れられながらも馬鹿をやった記憶が。
だから、それを口にしようとは思いません。
ええ、たとえ子供っぽいと今世で思ってしまっても、それを口にすればお二人の自尊心に傷をつけると、実体験で分かっていますから。
しょうがないのでフォローしておきます。
「此処なら、何が不具合があってもすぐに対応出来るでしょうから。
それに、ダントンさんも初点灯には付き合って戴けるんですよね?」
「あたりまえだ」
「なら、きっとそれを見ての改善点を、次の作品に生かしてくれるでしょうから、それを水晶工房の方でいつでも確認できる様にしましょう。
品質確認上、一度は光らせて商品の微調整をされるでしょうから、一番設置の早い此処での試用経験を生かした輝結晶を、そちらに設置した方が良いと思います。
基本的には使い回しになってしまいますが……」
「……ちっ、そう言えばそうだったな」
「……初点灯は譲ってやるか」
言葉はともかく、納得してくれたのなら良いです。
子供っぽい負け惜しみだなとは思っていませんよ。
しょうがないなぁと思っているだけです。
あと、大きな子供だと。
2020-04-02 誤字脱字修正




