44.中身がおじさんでも、甘えたいと思う事もあります。
「そう言う訳で、私は癒しを求めて来ました」
「……ユゥーリィのそう言う所には慣れたけど、また突然ね」
教会の裏にある広場で、エリシィーに詰め寄ってみます。
日当りの良いこの場所は、私達だけではなく色々な人達の憩いの場。
ただし、きちんと手入れがされていればとなる。
そして、手入れの内容の殆どは草毟り。
一応、此処は教会の敷地になるので、手入れは信徒のボランティアの方々以外では、教会の関係者である修道士の方やエリシィー母娘のお仕事。
そして見れば分かるけど。
「残念ね。
ただいまお仕事中なので、ユゥーリィを甘やかしてあげれません」
なんて友達甲斐のない事を言うのか。
と、それは冗談としておいて。
ふふふっ~ん♪
それはつまりお仕事がなければ、甘やかしてしてくれると言う事。
言質は取ったから、あとで駄目なんて言わせないからね。
「それとも魔法でパパっと」
「できないし、やらない」
むろん、乱暴な手を使えばできない訳ではない。
そこまで彼女を甘やかす気もないし、エリシィーだってそこまで求めていない。
彼女自身、自分の仕事だと理解しているし、そのおかげで教会に居られると言う自覚もある子だもの。
だから普通に手伝うだけ。
この場所の一番の特等席である大きな樹の下辺りを、勝手に草毟りするだけ。
勿論、多少は魔法を使うけどね。
緑の絨毯になるように植生されているヒメリュウのような草、その緑の絨毯のそこかしこから生える雑草。
その一本一本の根元の土に、土起こしの魔法である耕起魔法を極小範囲で掛ける。
【土】属性魔法と『時空』属性魔法を使った地中レーダーで草の根がどう張っているかは分かるので、それに沿って耕起魔法を掛けたため、指先で軽く引っ張るだけで深い根っこから抜けてくれる。
小石と紐を使った草刈り機を再現した草刈魔法もあるけど、こう言う場面ではあまり使えないし、雑草は根っこごと抜かないと、すぐにまた生えて来てしまう。
魔法は使ってはいるけど、エリシィーと一緒で一本一本丁寧に抜いてゆく地道な作業。
使っている魔法としては小規模な生活魔法。
無くても普通に手でやれる作業で、抵抗なく抜ける分だけ楽かもと言う程度。
あくまで、そのスタイルで行きます。
結局は、それが一番早道だと思うから。
そもそも、いっきに草刈が出来る様な大規模魔法なんて凄く危ないし、植えてある植物も駄目にしてしまう。
せっかくの皆の憩いの広場だから、そんな場所を駄目にする真似なんてできない。
安全第一が優先で、少しずつでも確実に、これが大事です。
時間を掛けて木の周辺十メートル四方、こんな所かな。
見ればエリシィーも似たような範囲を終えている。
私が来る前にやっていた分も含めてだけど。
「此れで良いわよね」
「……はぁ、どこまで飢えているのよ」
私がやった分をやる時間だけ、エリシィーの時間を私に寄越しなさい。
そう、等価交換。
お互いに必要以上に甘やかさない。
私もエリシィーも計算尽くで打算な所はあるけど、でもそれが普通だと思う。
互いに互いが必要だと思うから、一緒に居られる。
むろん、そんな事など関係なしに一緒にいる事の方が多いけどね。
でも、互いに一方的なのは良くない。
それを人は依存と言うし、そんな関係は長く続かない。
エリシィーは親友であって、家族ではない。
親友であるなら、親友にふさわしい関係がある。
決して依存であってはいけなのだから。
むろん一方的に恩を売りつける関係、そんな関係は私も彼女も求めてはいない。
「しょうがないなぁ」
「そうそう、しょうがない」
そう言って、特等席である木の根元に二人して腰掛ける。
大樹が生む木陰。そしてその枝葉からの木漏れ日。
うん、天気も良いし。甘え日和♪
「聞いてよ。もう」
とすっと軽い衝撃が草の絨毯に伸ばした太腿の上に掛かる。
長いスカート越しに伝わる柔らかい感触と温もりと、心地良いと言える程度のエリシィーの頭の重み。
その感覚に……。
「……ねぇ、逆じゃない?」
「え~、ユゥーリィは私に甘えられるのは嫌?」
「ん~、嫌じゃない」
ええ嫌じゃないです。
彼女だって私と同じ十一歳。
やれる事が増えてきた半面、色々と苦労も増えてきたはず。
そんな親友に、こうして甘えられるのは嫌かと言われたら嫌ではないし、どんとこいとさえ思ってしまう。
だから、そのまま膝枕をしている彼女の茶色い髪を指で梳く。
頭を優しく撫で、時折その柔らかい頬を突いてあげる。
ええ、こうして愚痴を聞いてあげてるのだから、それくらいさせなさい。
うん、本来の目的とは逆だけど悪くない。
もやもやしていた心の中が、落ち着いて温かい物に変わってゆくのが分かる。
これぞエリシィーパワー、ホットスポットなのかも。
もしかするとエリシィーは魔性の女になる素質があるのかも。
「なんか変な事を考えてない?」
「イエイエ、ソンナコトナイデスヨ」
「ふ~ん、怪しいなぁ」
「キノセイ、キノセイ」
「まぁいいか。うーん心地良い」
「ぐりぐりしないでよ」
スカート越しとはいえ人の太腿に顔を埋めて何を堪能しているのか。
くすぐったいので、そこそこにしてくださいね。
後で同じ事をやるから、そのつもりで。
「良い匂い」
「こら、何を嗅いでいるのよ」
「ん~、だって良い匂いだもん」
流石に、それは女同士でも恥ずかしくなる。
この世界と言うか、少なくとも私が知っている限りは、お風呂の習慣はない。
基本的に水浴びしたり、水を含んだ布巾で身体を拭くだけ。
リズドの街には蒸し風呂屋さんがあったりしたけど、それだけで私の知るお風呂では無い。
私は魔法が使えるようになってからは、水ではなくお湯で拭いているし、ここ数年は石鹼を自作して使っている。
もともと前世では妹の健康上の問題でオーガニック製品には強かったし、その関係の研究職に就いていたので、これぐらいの物は簡単に作れる。
だから彼女が言っているのは石鹼の香りなのだと思うけど、気恥ずかしい事には違いない。
「後で同じ事されるって判ってる?」
「別にユゥーリィ相手なら問題なし」
「いいのかぁ」
「うん、いいの。
そう言う訳でもう少しこうしていたい」
「……もう勝手にして」
こう開き直られると、私も開き直るしかない。
自分一人が気恥ずかしがっても疲れるだけだもん。
そんな他愛のない会話の中で語られる彼女の愚痴に、彼女は彼女でたくさんの気苦労を背負っているのだなと、なんとなく連帯感を感じてしまう。
だから優しくできる。
彼女の辛い所を受け止めてあげたいと思える。
やがて……。
「ああー、すっきりした。
やっぱりこういうのって偶には必要よね」
「確かに、小母さんには言いにくいよね」
「うん、甘えすぎて負担になりたくないもの。
じゃあ今度はユゥーリィの番」
そう言って今度は立場を反転して。
うん、エリシィーの太腿の感触が心地よい。
女の子特有の甘い香りが気持ちいい。
布越しに伝わってくる彼女のぬくもりに、心が落ち着く。
「ん、何か話さないの?」
「うん、これだけで十分。
エリシィーの身体、気持ち良いもん」
「言い方」
「何の事かなぁ」
我ながら親父くさい言い方だったと思うけど、実際に中身がオジサンだから仕方がない。
別に如何わしい気持ちは欠片もないですよ。
純粋にエリシィーの膝枕の心地良さを堪能しているだけです。
……黙ってられると恥ずかしくなるから何か話せと。
え~~~っ、私は別にこのままでも問題ないけど。
むしろこのまま、この感触を堪能したい。
……話す事が無いなら止めると?
エリシィーのいけず。
しょうがないので、何か雑談を。
そうだエリシィーの好きそうなコイバナで。
「この間、求婚されちゃった」
「えっ!」
ごすっ。
いきなり立ち上がった彼女によって、私の頭は哀れにも地面に落とされる。
うん、痛かったです。
「どこの変態よ、そいつ!」
求婚しただけで、いきなり変態疑惑ですか。
「いや、実際は私自身じゃなくミレニアお姉様の面影を追っての暴走なの。
だから対象は私であって、私じゃないようなものよ」
「なお悪いわよ!
それ以前に、ユゥーリィみたいな小さな子に求婚なんておかしすぎっ!」
小さな子って、一応はエリシィーと同い年のはずだけど、と言いたくはなったけど、彼女も含めて小さな子供である事には違いないか。
「相手は!?」
「いや、その、流石にそれは」
「じゃあ、どれくらいの年の奴?」
「ダルダックお兄様ぐらいかな」
「完っ璧に変態ね」
ガイルさん、変態確定だそうです。
とりあえず暴走と言う意味では、今のエリシィーも十分に暴走状態な訳で。
「どうどう、エリシィー落ち着いて」
「私は馬かっ!」
「うん、馬じゃなくて、可愛いエリシィーだって分かっているから落ち着こう。ねっ」
「……もう、ユゥーリィは、すぐにそうやって人をおちょくるんだから。
それで、その後どうなったの?」
「思わずブン殴っちゃって、自己嫌悪中」
「なるほどね、でも言っておくわ。
ユゥーリィは少しも悪くないからね。
相手は、当然の報いを受けただけよ」
エリシィーがそう言ってくれて、少しだけ心が晴れる。
「でも、私、魔法を使っちゃったから」
「あ~~~、それでか。
珍しく引きずって落ち込んでいるのね、納得が言ったわ。
でもしょうがないんじゃない、ユゥーリィって魔法使わなきゃ見た目通りか弱いし、私でも組み伏せれる自信があるわよ」
「ゔっ……」
「ユゥーリィは優しいわね」
「そう? お姉様やエリシィー程じゃないと思っているけど」
それは本当の事。
だって私って、基本的に自分中心だもん。
魔法だって、生活だって、こっそりと色々やっている事だって、全部自分の都合。
今日だって自分の都合に、こうしてエリシィーを巻き込んでいる。
なのに私は、彼女やお姉様みたいに皆に優しくできていない。
商会の人達との揉め事だって、極論を言えば私が嫌だからだもの。
言葉を交わし、それなりに気心が知れてきた人達が、前世の私のようになってしまう事が。
「まぁいいわ。
それで、その変態は?」
「私に殴られた後、その人のお父さんによってズタボロに」
「なら安心ね。
もしそうでなかったら、人をかき集めて山狩りでもしていたわ」
なにやら怖い事を言い出す。
きっと私を安心させようとする冗談なのだろう。
ぱふっ。
不意にエリシィーの手によって、包み込まれるように抱きしめられる。
顔全体に彼女のぬくもりが伝わってくる。
「ユゥーリィ、怖かったんでしょう。
相手にもだろうけど、自分が相手を傷つけすぎたんじゃないかって。
それと、相手を傷つける事で自分が傷つく事が怖かったんでしょう。」
「……」
「大丈夫だから。
ユゥーリィはちゃんと手加減できたんでしょう?
そうでなきゃ、もっと落ち込んでいるだろうし、大事にもなっていると思う。
だからユゥーリィは大丈夫。
ちゃんと出来ているから」
「……」
「それと何度でも言うけど、そんな奴は殴って当然だから気にしちゃ駄目」
ゆっくりと優しい言葉が、彼女の想いと共に私の中へと流れ込んできてくれる。
その事に私は、ぎゅ~~~っと彼女を抱きしめる。
彼女の温もりを確かめるように、柔らかい彼女の体に頭を埋める。
私が何を怖がっているか、ちゃんと分かってくれている。
ほんの数秒だったけど、もの凄く勇気をもらった気がする。
ついでに、また大きくなっているなとも実感。
これに追い付ける日が来るのだろうか、と少しだけ不安になってしまう。
でも、それ以上に……。
ぽふっ。
私はエリシィーから身体を離し、そして少しだけ上に飛び上がって彼女の頭を両腕で包み込む。
彼女を私の胸に埋めるようにしてから、優しく頭を撫でて今度は私がエリシィーを励ます。
エリシィーが、たくさん頑張っている事を。
母親思いなところや、遠くにいるお父さんを思いやっている事とか。
写本のお仕事だって、小母さんを少しでも楽にしたいと思っての事だと言う事も。
辛い出来事があっても、教会に来る皆に一生懸命に愛想笑いを浮かべて耐えている事も。
そしてエリシィーの優しさでどれだけ私が救われたかを。
彼女の一杯良い所を、私は彼女を抱きしめながら優しく語り掛ける。
私がされたように、せめてその何分かの一でもいいから、それを返したい。
彼女が少しでも心から笑えるように。
「……ユゥーリィ、ついに着けたんだ」
私の感動を返せ。




