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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
42/976

42.光が誘う輪舞に、職人は心躍らせ怒鳴る。




「あーー、ウチの馬鹿息子が色々と済まなかったな」


 とりあえずお互いが落ち着いたころを見計らって、ダントンさんが謝ってくれるけど、別にダントンさんは少しも悪くないので、謝ってもらっても仕方ないと思うのだけど、そこはそこ、親としての責任と愛情なのだと思うと、そう無下にはできない。

 硝子細工の工房の隅に設けられた打合せスペースらしき所に、私と共に腰掛けているダントンさんに、謝罪を受け入れ、お互いにもう気にしない物とするよう申し入れる。

 ちなみに元凶であるガイルさんには、工房の反対側の作業スペースの所に座ってもらっている。

 申し訳ないと思うけど、まだ近くに座られるのは色々と落ち着かない。

 あと私と一緒に来た商会の人が、何時でも止めに入れるように彼の側で待機していたりするのだけど、流石にそこまでしなくてもと思いつつも、これ以上は話を蒸し返されたくないし、とっとと忘れたいので此方から話を変える。


「できれば試作品でも良いので、なにか見せてもらえると」

「ああ、そうだったな。

 そう言えば、それを見せに来たんだったな。

 おい、さっさとテメエの未熟な作品を持ってこいっ」


 ダントンさんは、私に気を使って、此方の話に乗ってくれる。

 ちなみに先程彼が作っていた作品は、先程の騒ぎで床に落ちてしまい、哀れな末路を辿ってしまっていた。


「そこで止まれ!

 それ以上、テメエをお嬢さんに近づける訳にはいかねえ」


 ダントンさんの言葉に、商会の人がガイルさんから作品の入った箱を受け取り運んでくれるのだけど……。


「……えーと、そこまで警戒しなくても」

「いきなりお嬢さんの手を握る馬鹿には、あれでも甘いくらいだ。

 できれば鎖と首輪で繋いでおきてえぐらいだが、生憎とそんな物の在庫はなくてな。

 次にお嬢さんが来る時までには、きっちり用意をしておく」


 じ、冗談ですよね?

 と言うか商会の人も頷かないでください。

 あと頼みますから、冗談だと言ってください。

 ……えっ? まず作品を見てやってくれと。

 いえ見ますけど、さっきのは冗談と言ってくださいね。

 何故かこれ以上突っ込むと話を蒸し返す事になりそうなので、おとなしく箱の中の作品に目を落とす事にする。


「……綺麗」


 素直にそう思う。

 グラスやカップだけでなく、お皿や瓶や花瓶など様々な作品達。

 これ等を見ると、先日私が作った物がど素人の作品だと言われても仕方ないと納得できるし、そもそも比較すること事態が畏れ多い。

 透明な物は、どこまでも澄んでいるのに、そこにある確かな存在感。

 乳白色の混ざった物は、どこまで計算されてどこまで自然なのかと思うほどバランスよく混ざり合っている。

 そして、僅かに色付けされた物も透明な部分から光を取り込み、更に光を取り込んだ色が散乱している。

 凄い、これが職人の腕なんだと思う。


「凄いですよ。

 これでも、まだ商品にならないんですか? 今すぐにでも売れそうなんですが」

「だそうだ。

 よかったな、テメエの性癖が作品に出なくてよ」

「いや、だからそういう気は」

「黙れ、今のテメエに何かを言う権利はねえ。

 舌、引っこ抜くぞ」


 再び流れる気まずい雰囲気に、思わず固まってしまう。

 そしてそんな私を察してか。


「確かに、これでも十分売り物にはなる」

「それじゃあ」

「でも、それにはまだ早い」

「どう言う事です?」

「簡単な事だ。

 まだ貴族様達に売れるレベルじゃねえ。

 子爵レベルまでならともかく、中位や上位の貴族には売れねえな。

 この程度じゃ、まだ格が足りねえ。

 お嬢さんが言いたい事は分かるが、それじゃあ駄目だ。

 この手の芸術性が出る商品の価値と流行は、貴族が決めるものだ。

 そして庶民は、そういった貴族達が求める物に夢を見て欲しがる。

 逆に言やあ、小金持ちレベルで売れる商品は、広がるのに時間が掛かる。

 その時間が、俺等の作品の価値を下げる。

 要は真似をする連中が出てくる」

「つまり、そう簡単に真似できないレベルにまで技術を磨き、力を溜めておく必要があると」

「そうだ。

 その溜めておいた力の差が、更にそんな連中を追随させないための力になる。

 俺達には敵わない、そう思わせる必要がな」


 なるほど、確かに言われてみればそうだ。

 ダントンさんが言っているのは、いわばブランド力。

 そしてそのブランド力が、作品の価値を高め、職人さん達やその家族を守る力になる。


「すみません、私の考えが浅はかでした」

「いや、納得してくれたのなら別に謝ってもらう様な事じゃねえ。

 此方としては、此方の意図を汲んでくれる相手だって事だ。

 感謝はしても責める言われなんぞ欠片もねえ」


 この人は言葉や態度は粗野で乱暴だけど、言っている事そのものは、とても丁寧だと思うし、こうして私の至らないところを教えてくれている。

 凶悪な相貌や、乱暴な言葉遣いと粗野な態度で、色々と損はしていると思うけど、逆に分かる人達からは、信頼されやすいのだと言うのも分かる。


「つまり時間と金が許す限り、力を溜めれば溜めるほど良いと」

「極端な話そんなところだ。

 商機と言う物もあるから、一概には言えねえがな。

 あと、そこまでの贅沢を言う時間と金はねえな」


 そう言う事なら、ネタを一つぐらいは提供できるかもしれない。

 私はガイルさんの作品の入った箱の中から、目に付いた一つを取り出し。


「これは、一度作ったガラス細工に顔料で色を付けてから、もう一度焼いて定着させたものですよね」

「そうみたいだな」

「これを逆に最初から顔料を混ぜて溶かせば、色のついたガラスができるのでは?」

「できるだろうな。

 だがそれだと硝子細工特有の透明感が出にくい。

 悪くはないが、最初から出回らせるもんじゃねえな」

「ええ、分かってます。

 そう言うのはもっと市場が育ってからと言うのは。

 ですからそれを材料にして、纏わせるんです」


 硝子細工の特徴はその透明さ。

 色付き硝子その物はまだ早いと言うのも分かる。

 だから試作で色付けされた作品も、あくまで透明度を強調させるための物。

 でもだからこそ透明さと色ガラスが映える硝子細工もある。

 私はその事を、前世の記憶と知識で知っている。

 だから……。


「拙いですがやって見せますね」

「駄目ですよ、お嬢様。

 旦那様にユゥーリィお嬢様を炉の前に立たせないように承っています。

 お嬢様には、そう言えば旦那様が何を言いたいのか分かるはず、とも聞いております」


 人がやる気になった時に、今までずっと黙っていた商会の人が静止の声を上げる。

 そしてその内容に、あの時の醜態を思い出して少し顔が熱くなる。

 なるのだけど……、此処の工房は以前の鍛冶場ほど熱くはないし、炉の入口以外はレンガの壁で切り分けられているから、前回のような事にはならないと思う反面、お父様の忠告やこの人の立場を考えれば、流石に無視する訳にもいかないよね。


「なにか案があるら言ってくれ。

 此奴にやらせる」


 ダントンさんもそう言ってくれるので、私がやるよりも確実だろうから、とりあえず此処でやりたい事を口と図で説明し、待つ事数十分。


 グラスの上部と下部を残した部分以外に、色ガラスが外側に施された物が出来上がる。

 その出来にあんな説明で、一度で綺麗に水平且つ段差やムラ無く色ガラスを纏わせるガイルさんの腕前に、私は素直に称賛の声をあげる。

 お姉様に失礼で、幼女愛好家の変態さんかもしれないけど、腕は確かなんだと一通り感激したのだけど、ダントンさんからしたら、特段思うところはないみたい。


「言われた通り作らせたが庶民向けだな。しかも面白みがない」

「いえ、今はこれでいいんです」


 私はそう言って、今度はこれを持ってダントンさんの工房に案内してもらう。

 工房の一角、以前も見たけど、そこでは他の何人かの職人さん達が黙々と作業をしている光景が目に映るのを横目に、空いている作業机からケガキ針を借りて、今作って貰ったばかりのグラスに、頭の中に描いた通りにケガキ針を奔らせる。

 硬いので薄っすらとしか後は残らないけど、ダントンさんならこれで十分。

 何十本にもなるダイヤ状に走らせた線に添うように、ヤスリを鋭角に入れる事をダントンさんにお願いする。


 切子硝子。


 私が頼んだのは、その中でも最も基本的な模様。

 初心者向けながらも、本当に綺麗に作るにはかなりの腕を要する模様。

 まっすぐに見える線も、実際には微妙に反っているから、余計に難しい。

 だけどダントンさんは、足踏みミシンのような回転式の石ヤスリの縁を使って、何の迷いも無いかのように、みるみると削り上げていく。

 それにしても流石は工房長と言うべきか、ダントンさん何も言わなくても、線の端は段差をつけずに絶妙な角度で元の高さへと戻し、それを全ての線で同じ間隔でやって見せている。

 まさに魅せる技術だと思う。

 そしてほんの十分もしない内に出来上がったのは、見事な切子硝子。


「……こうも化けるとはな」

「流石はダントンさんです。

 初めてですのに、見事な腕前ですね。

 それでこう言う物なら、貴族向けの商品になりえる物だと思うのですが」

「コギットの爺さんに専用の道具を注文しねえとな。

 此奴用の職人も増やせないか、旦那に聞いておく必要もあるな」


 多分それが、ダントンさんなりの返事なんだと思う。

 なにより楽しくて仕方ないと言う目が、言葉なんて聞かなくてもそう語っているのが分かる。

 だから、もう一つだけ。

 収納の鞄からこっそりと取り出した輝結晶を、切子硝子のグラスの中に入れて輝かせる。

 この距離なら魔力伝達用の紐を使わなくても、私なら光らせられる。


「っつ!」


 まさに光と切子硝子が生み出す輪舞(ロンド)

 簡易的なランプシェードと化したグラスを眺めながら、魔力操作で敢えて輝結晶の放つ光に揺らぎを与え。

 ダントンさんが魅入ったところで、更に魔力操作で光石特有の色の変化をゆっくりと時間を掛けて演出して見せる。

 きっとシャンデリアを作る上でも役に立つと思い、こうやって魅せて見たのだけど。


「やってくれたなっ。この野郎ーーーっ!」


 なぜか怒鳴られました。

 しかも凶悪な風貌を更に歪めて。

 目も血走らせているから、夜中にいきなり目の前に立たれたら、小さな子供なら漏らしてしまうか、失神するのではないかと思うのだけど。


「だぁーーっ! 今日はもう帰ってくれっ!

 こんなの見せられて黙っていられるかっ!

 何徹してでも凄えのを作ってやるっ!」


 ぷちっ!


「徹夜は絶対にダメですっ!」


 ええ、やっちゃいました。

 コギットさんに続いてダントンさん相手に。

 ううっ、こんなつもりはないのに。

 平穏な生活をしていたいのに。

 どうして、こうなっちゃうんだろう。

 いえ、元凶は私だとは、分ってはいるんですけどね。







2020/03/29 名称間違いを修正

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