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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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36.漢の友情と女の涙。





「魔法の手か。

 旦那のところのお嬢さんは、ずいぶんと嬉しい事を言ってくれるな」


 お父様に煉水晶細工で使うであろう道具を説明していると、横合から掛けられる声に顔を上げる。

 そこには山賊、……もとい、色々な意味で漢くさい男性が凶悪な笑顔で、たぶん普通に笑っているんだろうけど、とにかく凄みのある笑顔で私を見下ろしている。


「おいダントン、お前はいきなり女性に近づくなと言っているだろう。

 娘が怖がって泣いたらどうするんだ」


 ダントンと呼ばれた男性は、お父様の注意に鼻で笑いながら受け流していることから、どうやら言われ慣れているのだろう。

 見た感じ、お父様と似たような年代からして、古い付き合いなのだと思う。

 そして、やっぱり凶悪な笑顔は地なのだろうと理解するとともに、お父様の言葉にも納得。

 たぶん夜中に、突然こんな顔の方が目の前に現れたら、気の弱い子なら泣いてしまうかもしれないと思う相貌だもの。

 でも、よくよく見ると、個性的ではあっても、身体に纏う雰囲気は顔ほどは凶悪ではない。

 むしろ何か自信に溢れた物を感じるから、多分、かなり腕の良い職人なのだと。


「お父様大丈夫ですから。

 ダントン様、お初目にお目に掛かります。

 シンフェリア家の次女、ユゥーリィと言います。以後お見知りおきください」

「ダントンだ。

 一応は此処の責任者をしている。

 それと様付けは止してくれ。そんな柄じゃねえ」

「こいつ、こんな厳つい顔で粗暴な奴だが、どんなに酒に酔っていても、女子供には乱暴した事がない奴だから、出来れば怖がらずに普通に接してやってほしい」

「お父様のその説明の方が酷いと思いますが」

「ちなみに、さっきお前が感動していた水晶細工の殆どがこいつの作品だ」

「えっ!?」


 お父様に言葉に正真正銘驚く。

 工房を見学させてもらった時に見せて貰った作品の展示品の数々。

 それは置物だったり、高価な生活用品だったり、装飾品だったり、ジャンルは様々だったけど、どれもこれも繊細でかつ大胆な作品。

 あれらの殆どが、この大きくてゴツゴツとした手が生み出したなんて、まさに魔法の手というのに相応しい手です。


「ぉ、ぁぁ、お嬢ちゃん」

「あっ、すみません。つい、素敵な手なんだと」


 思わずダントンさんの手を取って、その丸太を繋ぎ合わせたような太い手と指の感触を確かめてしまった。


「なぁ旦那」

「言ってやるなダントン。

 娘は少々天然なところがあってな」

「なにか酷い事を言われている気がするのですが?」


 やや困り顔のダントンさんと、呆れたように溜息を吐くお父様に、私としては面白いはずもない。

 それでも、素敵な作品を生み出す職人さんに会えた事の感動の方が上回っているので、この際聞かなかった事にしよう。


「上のミレニアのお嬢さんも良い子だったが、下の子も噂なんて当てにならねえぐらい良い子じゃねえか」

「自慢の娘だ、当たり前だ」

「まぁ、少しばかり変わっていると言う点では、噂通りかも知れんがな」

「おいっ」


 どんな噂か是非とも聞いてみたい気がするけど、きっとお父様が止めるので此処は諦めよう。

 無駄な事は、なるべくしたくないもの。


「身体が弱いと聞いてはいるが、今日は大丈夫なのか?」

「はい、お心遣いありがとうございます。

 最近は体調が良い日の方が多いので、こうして素敵な作品を作っている所を観に来れて感激しているところです」


 一応、今日は貴族の御令嬢という立場もあるので、丁寧に答えてみる。

 お父様、そこで笑っていないでください。

 私だって自分で違和感を感じているんですから。


「感激のあまり鍛冶場にまで足を踏み入れて、作業をしたと聞いたが」

「………えーと、……その、……ぉ、お仕事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「いや、かまわねぇ。

 怪我がないのならなによりだし、旦那が付いていたのなら俺からは言う事はない」


 うん、やはり現場の責任者として、私のような女子供が、危険な作業場に顔を出すのは、面白くはないよね。

 お父様の許可を得たと言っても、それは頭越しの指示と同じ事。


「すまんなダントン、少し試したい事があってな」

「ああ、話は聞いている。

 それで、それがそうか?」


 そう言ってダントンさんは、お父様から水晶屑から作り出したワイングラスを受け取り。


「雑な作りだな、ど素人の作品だ」

「ゔっ」


 プロの情け容赦ない感想に、呻き声が出る。

 ええ、どうせ素人ですよ。

 でも仕方がないじゃないですか、ぶっつけ本番なんですから。

 それにしては上手くいった方だと自負していたんですよ。

 それを容赦なくぶった切らなくても。


「……だが、これは面白い。

 磨けば水晶細工に負けない物に化けかねん」

「お前もそう思うか?」

「ああ。

 旦那、これをウチの下の息子にやらせても構わねえか?」

「儂としては嬉しい限りだが、構わないのか?」

「アイツ、口には言わねえが、俺や長男とは違う事をやりたがっていたからな。

 丁度良い機会だろう。

 これで物に出来ねえようなら、それまでの奴と言うだけの事だ」

「そんな事を言っておいて、物に出来ると信じているんだろ」

「ふん、誰がアイツの手解きしたと思っているんだ。

 自分の道は自分で切り開くくらいの技術と根性は叩き込んである。

 それが出来ないって言うのなら、アイツが甘えているだけだ」


 お父様とダントンさんのそんなやりとりに、私は良いなと思ってしまう。

 上下関係は存在してはいても、互いに信頼している友人同士の会話という感じが羨ましく思う。

 もし私が今世でも男に生まれていたら、こんな友人関係を結べてた男友達が出来たのだろうかと羨望してしまう。

 別にエリシィーとの友情関係に何ら不満はない。

 でも男同士の友情と、女同士の友情とはやはり違っている訳で。

 ええ、だから決して、老け専ネタが脳裏の片隅に浮かんだ事は気のせいです。

 書きません、プロットも組みません、身内をネタになんて失礼な真似はしません。

 やるならもっと若い子でやります。

 ごほん……、やりませんからね。


「お父様、やはり水晶細工では誤解を招きかねませんし、差別化を図るためにも呼び名を変えた方が良いと思うのですが」

「ふむ、確かにそうだな。

 ユゥーリィはどんな名前が良いと思う」


 えーと、私が決めてしまって良いんでしょうか。

 そう思いつつも脳裏に浮かぶ名前は一つしかないわけで。


「……硝子細工」

「ふむガラスか。

 クリスタルと比較しても悪くない名前だ。

 ダントンはどう思う?」

「ああ、良いんじゃねえか、悪くはない。

 てっきり旦那の事だから、娘の名前でも付けるかと思った」

「それだけは、やめてくださいっ!」


 ダントンさんの言葉に反射的に声が出てしまう。

 それはどんな羞恥プレイだと思う。

 いえ、昔の偉い人が街や橋の名前に、自分の家族や愛する人の名前を付ける事は良くあったという話は聞くけど、それが自分の身に降り掛かるとなったら、これほど恥ずかしい事はないとさえ思えてしまう。

 想像してみてもらえば分かると思う。


 ユゥーリィ細工。


 そんな言葉が街に溢れるだなんて、身の毛もよだつ思いになる。

 それだけじゃなく、ユゥーリィ細工割れちゃったとか、ユゥーリィ細工の失敗品とか。

 まるで私自身が欠陥品のように思えてしまうので、全力で止めてほしいです。

 と言うか、全力で止めます。

 そんな訳でお父様、その手があったかなんて顔をしないでください。

 いいですね、絶対にそんな真似をしては駄目ですよ。

 そんな事をしたら、一ヶ月は口を聞いてあげませんからね。

 きっとミレニアお姉様も同じ事を言うと思いますからね。

 何ならお手紙で聞いてみましょうか?

 きっと孫が無事に生まれても、顔を見せないと言われますよ。

 私、ちゃんと注意しましたから、聞いていなかったなんて言い訳は通用しませんからね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 後日、商品名ではなく新事業の商会名として、勝手に人の名前を使おうとしていた事が発覚したため、私はお母様に泣きついてお父様にその野望を断念させました。

 ええ、その野望を阻止するためなら、女の涙くらい喜んで使います。

 超局所的水魔法で、いくらでも涙に見せ掛けた水を出せますから。

 なんなら滝のように出せますよ。

 二度とこの手が使えなくなるので、実際にはやりませんけど。






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