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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
31/977

31.魔法銀と無愛想で素敵なお爺様。





「これが、魔法銀(ミスリル)


 目の前の作業机にある置かれた数々の材料の中で、真っ先に目がいったのが、それで、よくゲームや漫画の世界に出ててくる空想の金属ではあるけど、この世界では実在する金属として存在していた。

 本で存在を知って以来、気になってはいたけど、銀より高い貴金属だけあって遠慮をしていたものの、今回は必要そうだったので、お父様に無理を言って揃えてもらった材料の一つ。

 ちなみにこの魔法銀(ミスリル)、銀より柔らかい金属のため、ゲームの世界の様にミスリル製の武器(・・・・・・・・)とかには出来ないみたい。

 一応、何処かのダンジョンの奥の宝箱とか、何処かの魔王が溜め込んでいるとかではなく、なんでも地脈付近にある銀鉱床から産出されるらしい。

 あと、ついさっき聞かされたのだけど、銀を粒状に細かくした物を魔物の血の中に一年近く漬けておくと魔法銀(ミスリル)になるとか。

 ちなみにコレが何方かは敢えて聞いていない。

 何故、その説明を今されたのかを考えたくはないからね。


「なるほど、本に書いてあった通りの物のようね」

「お嬢さん、これで何をやるつもりだ?」

「ん〜、今はまだ何とも言えないわ。

 色々と試してからでないとね」


 作業机の反対側で椅子に腰掛けているコギットさんは、此処の工房の職人で引退間近のお爺さん。

 もう体力的にキツイので、工房長を子供に譲って楽隠居する予定だったところをお父様に掴まって、私のお守りを頼まれた哀れなお爺さんです。

 ええ、だって私も色々やる事と言うか、やりたい事があるので、此処にそうそう篭りっぱなしにはなれないし、何より技術がない。

 要は私が気が向いたり試したい事があった時に来て、いきなり問答無用に付き合わされる訳だから、可哀想以外の何者でも無いと思う。

 だって自分のペースでお仕事が出来ないんだもの。

 まぁ、振り回す元凶の私が言うのも何だけどね。


「とりあえずこうして触れてみると、魔法銀が魔力を流しやすいと言うか、魔力回路の延長に使えるのは分かったわ」

「ま、魔力回路? ですか?」

「ああ、気にしないで、私なりの言い回しだから。

 簡単に言うと魔力を流すための神経系みたいなものよ」

「……えー……と、神…経…、ですか」


 うん……、こちらの世界の普通の人は、神経系とか言われてもピンと来ないよね。


「……魔力が凄く流しやすいと言う事で」

「だから魔法使いがよく使っているだけでなく、鉄に混ぜて剣を作ったりしていると聞くな」

「……剣にですか?」

「ああ、魔力持ちが、重い剣を扱いやすくするために、好んで使うとな」


 へぇ、それは知らなかった。

 ちなみに魔力持ちと言うのは、私の様に魔法使いのなり損ないではなく、魔力はあるけど魔法を顕現できない人達や、種火魔法程度にしか使えない人達の事。


「お館様のも、そうだったはず」

「えっ?そうなんだ。

 それは知らなかった、後で見せてもらおう」

「……お嬢さん、言いたくは無いが、剣は剣だ。

 危険な物だから、お館様もお嬢さんがそう言うと思って黙っていたのでは」

「じゃあ、許可を得てから触れてみるだけで」


 コギットさんの言う事ももっともなので、少し軽い気持ちで言いすぎた事を反省。

 それはともかくとして、私は作業机の上の魔法銀に再び目を戻し、小さじ一杯分の魔法銀の粒を取り分ける。

 魔法銀に指先をそっと当てて……。


 じわぁぁ〜。


 そんな音が聞こえるかの様に、粒状のなっていた魔法銀は湿り気を持ち始め、互いにくっ付き始めてゆく。


「おぉ〜」

「よしっ!」


 実はこの魔法銀、アルベルトさんの著書の本に書かれていたけど、魔導具師としての資質があるかどうかの検査材代わりもなるらしい。

 見ての通り資質のある人間の魔力を溶けろと念じながら流すと、こうして熱も発せずに融解し始める。

 この魔法銀を取り寄せてもらったのも、実は半分はこの目的のため。

 魔導具師としての資質の一つが、物質に魔力干渉を掛けて形状変化を促したり、薬品や幾つかの素材を組み合わせて性質変化を促したり出来るんだけど、魔法を封じ込めたりするのは、その発展形の一つの形でしか無い。

 もっともこの世界では何方かと言うとそちらがメインで、形状変化や性質変化はその工程の一つでしか無いと言う認識らしいけどね。

 今の私には、そんな先の事はどうでも良いので。


「うねうねと気持ち悪いな」

「うわっ!」

「おいっ」


 粘土を伸ばす様に魔力操作で、魔法銀を伸ばそうとしていたのだけど。

 コギットさんの言う通り、気持ちの悪い動きをした挙句に、なんとかしようとしたら何故か爆ぜてしまった。


「意外に難しいわね」

「いったい何をしたかったんだ?」

「ん〜、これを紐状にしようと思ったんだけど、見ての通り巧くいかなくて」

「そんなの溶かして伸ばせば良いだけだろうに」

「そうなんだけどね。

 魔法で出来る技術があるなら、挑戦して伸ばしたいなと思って」

「ふん、で、どれくらいの太さが欲しいんだ?」

「とりあえず串ぐらいの太さと長さがあれば、試したい事は試せるかな」


 フンッ、と何処か不機嫌そうに鼻を鳴らして、コギットさんは小さな坩堝に、私が散らかした魔法銀を入れてから、備え付けの小さな窯に向う。


「ねぇ、コギットさん」

「なんだ」

「この魔法銀、少しだけ持ち帰らせてもらっても良いかな?

 持ち帰って練習したいから」

「もともとお嬢さんのために用意された物だ。

 いちいち儂に断わらんでも誰も文句は言わん」


 そうなのかもしれないけど、私としてはやっぱり商会の物と言う意識が強い。

 だから私としては、あまり好き勝手な事をしたく無い訳で。


「ありがとうございます」


 だからお礼はしっかりと言う。

 自己満足かもしれないけど、こう言う事は大切だからね。

 やがてトンカントンカン聞こえてきたと思ったら。


「これで良いか?

 まだ熱いかもしれんから、手では触るてくれるなよ」


 コギットさん、無愛想で気難しそうな顔をしているけど、要所要所で気を使った事を言ってくれるから、根はとても優しい人なのかもしれない。

 とりあえず、コギットさんが持ってきた魔法銀の紐状の物は幅が五ミリぐらいで長さが四十センチほど。

 いわゆるバーベキュー用の金串ぐらいのサイズ。

 確かにこれも串と言えば串だよね。

 間違えてはいない。

 意思疎通が足りなかっただけと言う事で、今回はこれでも試験は可能なので、敢えて指摘はしないでおこう。

 とりあえず串の先端にスカートのポケットから出した輝石を紐の先端に乗せ、反対側を指先が触れない程度の距離で、熱く無い事を確認してからそっと触れ。


「……っ、凄えなっ」


 光石とは比べ物にならない明るさに、コギットさんは簡単の声を上げてくれる。

 うん、それはそれで嬉しいんだけど、私としては輝石が明るく光る事は当然の事なので、別の事に驚いて欲しかった。


「なるほど、コレなら手で持つ必要はなくなるな」

「あっ、分かってくれてた」

「当たり前だ!

 いや、明るさに驚くには驚かされたがな」


 気が付いた事に驚いた事を怒鳴られてしまった。

 うん、その気はなくても馬鹿にした様な物だから、怒るのも当然だよね、反省。


「お嬢さんがやりたい事は分かった。

 で、まずはどうする?」

「商品化に成功したと考えた場合。

 やっぱり最初は知名度を上げるためにも、富裕層が購入対象になると思うの」

「だろうな、それにどうしても高価になる」

「その場合、ドレッサーデスクか書類机がまず候補に上がるんだけど」

「ならドレッサーだろう」

「あっ、やっぱりそう思うんだ」

「女を黙らせるには、その手の物に限る」 


 その考え方は、どうかと思うんだけど。

 せめて、いつも家を守っている奥さん達を労うためとか、……すみません、半分以上納得しちゃってます。


「だが、問題はある」

「そうよね、手で持たなくても良くなったとは言え、どこかで肌に触れていないといけないから」

「いや、そっちもそうだが、値段が高くなりすぎる」

「そうなの?」


 魔法銀が銀より高いと言っても、そこまで高い訳ではなかった気がしたけど。

 試作用のドレッサーも書類机も頼んであるから、その内、出来上がってくるだろうけど、裕福層でも買えない様な金額になるなら考えなおさないといけない。

 ちなみにどれくらいになりそうかと聞いたら、流石にそれはと言う金額だった。


「いや、その金額おかしいからっ!」

「だから高くなりすぎると言ったんだ」

「だから、それがおかしいの。

 なんでそんな金額になるのよ?」


 理由を聞いたら納得。

 標準的なドレッサーに、この仕掛けを机の端まで仕掛けた場合の、魔法銀の量がおかしすぎた。

 私の予想の数十倍以上の量だよ、そりゃあ値段もおかしくもなる。


「もっと細くて良いから」

「細くするにも限界がある。

 それに繋ぐ手間も増えるし、強度にも問題が出て折れて千切れるだけだ」


 はい、またもやコミュニケーション不足と技術不足でした。

 どうやらこの世界、まだ金属加工技術が繊細さ方面に、それほど発達していませんでした。

 王侯貴族ようの金糸や銀糸を作るのにも、薄く伸ばした金や銀の板を小刀で細く切って、繋ぎ目を圧着しているとか。

 そりゃあ細くするのも限界が早いはずです。

 とりあえず伸用ローラーを図に書いて説明し、少しずつ細くしていって、最後に強度を出すために普通の糸か、同じ様に作った強度のある金属糸を絡めて行くやり方。

 延ばすのは社会科見学で学んだ程度の知識で、糸を絡めるのは妹が子供の頃に使っていた手回しリリアン編み機を参考にした物。

 現代の技術からしたら子供騙し程度ではあるけど、それでもこの方法ならば魔法銀の量は極力減らせるはず。


「確かにそれならば、細く出来るかもしれんが」

「他にも何か?

 いえこの際どんどん言ってください」

「俺の予想では、そこまで細くするためには、この道具をかなり用意する必要がある。

 おまけに場所も此処では少し手狭になるし、こっちのカラクリも、少し時間が掛かりそうだ」

「……えーと、お父様に一度掛け合ってみます」


 他にも色々と準備してもらっているのに、これ以上要求するのは、物凄く申し訳ないと思うのだけど、此処は必要な費用と場所という事でなんとか。


「いや、それは俺からお館様に頼むとしよう。

 お嬢さんが頼むには、少しばかり頼みづらいだろうしな」

「す、すみません。

 考えなしに勝手な事ばかり言って」

「ふん、こういう時のための年寄りだ、気にする必要はない。

 それにな、少しばかり面白くなってきたと言うのもある」


 そう言って、コギットさんは窯の火を落としながら、今日は終いだと一方的に言い放ち。

 準備が出来たら使いを出すと言って、とっとと私を工房から追い出す。

 きっと邪魔なのだろうな。

 私が説明した道具を作るための設計図を起こすのに。

 無愛想だけど、本当に優しい人だと思う。

 そして自分の仕事に自信と誇りを持っているのだと。

 だから家路の途中で私は感謝する。

 子供の私の言う事をきちんと正面から受けて、真剣にアドバイスしてくれるコギットさんを。

 そんなコギットさんを紹介してくれたお父様を。

 だから届けたい、例え聞こえなくても感謝の想いを。

 その想いを言葉と声に変えて。




「ありがとう」





2020/03/18 誤字脱字修正及び語尾修正

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