300.魔法の盾と甘味店へのお誘い。
【魔物討伐騎士王都師団、鍛錬場】
「遠くから見てましたけど、指示を出しながら剣を振るう姿が、随分と板に付いてきましたね」
「いやぁ、本当は指示する人間が、あんなに前に出てはいけないんだけど、ついね」
「敢えて、指揮する者としての視界と思考を狭めて、同様の指示が出来るようにしているみたいです。
無論、通常の指揮を取るやり方も並行にしながらですが」
なるほど、ヴィーはヴィーで指揮官としてより高みを目指している訳けですね。
ヴォルフィード公爵家の人間として、一小隊長で終わる訳には行きませんものね。
きっと、ヴィーとジッタは、此れからどんどん成長してゆく。
騎士としても、指揮官としても、人間として、男として……、素敵になっていくんだろうなと確信できる。
嬉しそうに持論を話し、どう考えれば、どう鍛えてゆけば見方が変わって見えてくる物があるだろうと、楽しげな表情を眺めながら、あぁ、あの時、間に合って良かったと心から思える。
「そう言えば、ユゥーリィ、甘い物が好きだったよね?」
「ええ、好きですよ」
「最近、評判お店があるんだけど、一緒に行かない?」
「騎士団のおつぼ…お姉様方にも評判の店ですので、味の方も間違い無いみたいですよ」
ジッタ、今の聞かれたら、また弄られますよ。
他にも、男性隊員にも人気の店があるとか。
……うん、もしかすると、私の店かもしれない。
あの二つのお店は開店して、すでに二ヶ月経つけど、あの手のお店はまず一年。
そして、それからが勝負ですからね。
なので名前を確認すると案の定だったので、せっかくのお誘いだけど、自分の店だからだと言って、丁寧にお断りをする。
だいたい自分の店にヴィー達と言っても落ち着かないと思う。
自分の店だと、経営者としての顔になってしまうからね。
「残念だけど、そう言う事なら仕方ないな。
でもまぁ良かったよ、ユゥーリィの店と知らずにユゥーリィを連れていって、恥を掻かずに済んだからね」
「確かに、お金を出そうとしたら、誘った相手の店で料金は不要ですと言われたら、ヴィー様、立場が無いですからね」
「ふふっ」
ジッタの言葉に、ついその光景が脳裏に浮かび笑ってしまう。
だって、きっとヴィーは、一瞬呆然とした顔をするに決まっているもの。
うん、ちょっと断った事を残念に思う。
ヴィーの間抜けな顔を見る機会を失ってしまった訳ですからね。
「ジッタ、あとで覚えてろよ」
「なんの事でしょうか」
「もういい、話を変える。
母上が、ユゥーリィ化粧品の店の新製品を褒めてたよ。
広めなくても勝手に広まって行くって」
「当家の女性陣は大体あの店の製品を使ってますね。
特に化粧水と日焼け止めは、もう手放せないって」
ヴィーの言う通り、ミレニアお姉様が嫁いだグットウィル家で作った香油も芳香蒸留水を元に作った新製品も、今のところ売り上げは順調で、グットウィル家からは追加の蒸留器の魔導具の注文が入っているほど。
向こうは向こうで、私が使っている物とは違う用途やレシピの製品を開発して、彼方此方に売り込みをしているらしい。
その際に、納品先の一つとして、私の店の名前を挙げているのも、助けになっているらしいと手紙には書いてあった。
店の名前を使う事は許可は出してないけど、禁止もしていないので、流石は抜け目がないなと感心している。
そしてジッタの言う通り、会員の方も順調に伸びていて今や凄い事に。
他の化粧関係の店も、真似をしようとしたらしいけど、如何せんアレらの商品は魔導具の小瓶あってこそ成り立つもの。
当初、準備不足のまま開店させられた時は、多忙になる上、商品が痛むのも速いので、忙しい割には、それほど利益が出る商品にはならなかったんですよね。
「一応は次の製品も開発中ですけど、これは高位の方向けの物ではないので、こちらは期待はしないでくださいね」
「いやいや、あの店の製品で期待するなって、謙遜だろ」
「いえ、本当に高位の方に向けた商品ではないので。
ちょこっとだけ言っちゃうと、手抜き用の化粧品ですので、高位の方には」
「…あぁ、それは確かに」
高位の貴族の方達からしたら、如何に手間暇掛けたかと言う所に価値観を見出している部分があるので、手抜き関係は評判があまり良くない。
そう言う訳で、幾つもの手間を掛けるのを一つで済ませてしまう、BBとCCは完全に下位貴族か富裕層向けの商品。
まぁこれは使い道の応用範囲が広いですから、高位の方でも買われる可能性はありますけどね。
「ではそろそろ恒例のを行きますか?」
「いや少しも勝てる気がしないんだけど」
「せめてもう少しハンデを」
「良いですよ。
この砂時計が落ちるまで、私は一切攻撃しないと言うのはどうです?」
「懐かしいね。唯一勝負になったやつか」
「さて、同じ条件でも今度はどうなることか」
残念ながら、まったく同じじゃないんですよね。
あの時と違って、今は魔導具を使って良いままになっている事を忘れていますよ。
新しい防御用の魔導具のいい実験になります。
アドル達では、二人ほど強くありませんからね。
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【団長室】
「あの二人だけでなく、ウチの女性隊員達全員を相手にして、一切攻撃を寄せ付けないとは、恐ろしい魔導具を作った物だな。
あいつら、流石に落ち込んでいたぞ」
「恐ろしいって、ただ盾の魔導具ですよ」
「ふっ、盾か。
ワシには翼のように見えたぞ」
ガスチーニ様も大袈裟な。
この魔導具の基本は、以前にも此処でみせた力場魔法による剣や盾を使って使っていた物と変わらない。
ただ、力場魔法による操作はとにかく遅い。
私でも小さな子供のキャッチボールの玉ぐらいの速度しか出ないし、大半の魔導士はもう少し遅い。
おまけのこの世界、身体強化持ちの人間がそれなりにいるから、前世のアニメやゲームのようにな、超人の様な動きをされてしまう。
この辺りが、この世界の魔導士が、体術を身につける理由の一つになっていたりする。
相手に魔法が届く前に別の人間の攻撃を受けてしまうし、隙をつかない限り避わされてしまいやすいですからね。
でも特殊な処理と魔法石の紅血設定を行う事で、ある程度の大きさの物までは、使える速さで力場魔法で動かせる方法を発見
以前にジュリに稲刈り用に渡した魔導具:除草円月輪もこの魔導具の試作品の一つ。
「ある程度重みのある金属と結界を使う魔物の素材、そこに魔法石に紅血設定等を施した小型の盾です」
「我等が使う魔導具の盾とは別物に見えるがな」
「そこはそこ、魔導士専用ですから」
魔導具:結界浮遊楯
見た目的には、かなり幅の広い刃の無いショートソード。
柄にあたる部分に魔法石が嵌め込まれており、結界と相性の良い白牛猛鬼の角と骨を芯材にしているため、私の体表を覆う結界に近い結界を小さく張る事ができる。
芯材を覆うようにある魔法銀と鋼の重い合金があるからこその強度に加え、それが十二本もある。
基本的に私の背中に浮かせて、必要な分だけ手前に持ってくるのが基本的な使い方。
応用的な使い方として、三本使ってちょっとした面の結界を張ることもできるし、四本を一組にして使用する事で、ピラミット型の強固な結界を張る事も可能。
離れた人間を、そうやって素早く守る事が出来たりもする。
もっとも、紅血設定を施した魔法石があると言っても、操作範囲は五十メートル程が限界だけどね。
「魔導士用か、儂にはお主専用に見えるがな。
並みの魔導士では数本が限界であろう?」
「数本は可能ですよ」
ただ、この魔導具の欠点は、意外に魔力を消費するのと、操作が難しい所。
ジュリに渡した簡易版でも、ジュリは六つを操るので精一杯で、他の魔法を使う事を前提にしたら、現状では二つまでが現実的だった。
おまけに魔法石が弱点なので、金属部分を覆う結界と魔法石を覆う結界を一々切り替えなければいけない。
両方で出来るようにすると、どうしても狙った威力の結界を発生させる事が出来なかったため、弱点を残したままになってしまったのだけど、この辺りも今後の課題の一つ。
「君なら、もっといけるのでは無いかね?」
「これ以上は邪魔ですね。
視界を塞ぎかねません」
とりあえず、実験を手伝ってくださったお姉様方には【花の蜜】の、ヴィー達には【男の甘味】の店の無料券と言うか、私が一筆書いた手紙を渡しておいた。
是非とも、美味しい甘味で疲労を回復してほしい。
『あ〜ん、太っちゃう』
『筋肉よ筋肉に変えれば良いだけよね』
『これ以上筋肉つけると旦那がね』
『でも食べに行かないという選択肢はないわよね』
『いっちゃう? いっちゃう?』
と、困ったような事を言いながら、目と表情は喜んでいたようなので良かったとは思う。
ヴィー達は……まぁ面倒なので放っておくとして。
「こちらが前回の報告を元に、更なる改良を施した試作品になります」
「うむ、こと細やかな改良には本当に助かる」
「いえ、より良い製品を作るには必要な事ですから。
それに現状の製法での耐久試験も兼ねていますので、そちらの意味でも使ってもらわないと、此方の研究が進みません」
砂漠クラゲの足を素材にした防水布。
正確には水の流れに方向性を持たせた布で、施工の仕方で透水布にも防水布にもなる魔導具の布。
それ等から作った幌や外套など幾つもの製品の実用試験を、ガスチーニ様が率いる討伐騎士団でお願いしているため、こうして定期的に情報交換をしている訳です。
そんな訳で、私は私でガスチーニ様から受け取った報告書に目を通し。
「あぁ、やっぱり寝袋台は穴が空いちゃいましたかぁ」
「防水布を二重にした袋に、水の魔法石で水を詰めるのは、地面からの冷気も防げた上に中々快適ではあったが、やはり地面に直接引くとな。
それに場所によっては鎧や帯剣したまま寝る事になるから、どうしても引っ掛けてしまうようだ。
あと、やはり貴重な水を、そう言った事に使うのはと言う意見も多い」
思いつきで色々と作っているだけなので、やっぱり現状に合わない物も多い訳で、こういう失敗品や受け入れられない物も少なくはない。
成否はどうあれ、この様な実用試験を快く受け入れてくださるガスチーニ様や、実験台にされる師団の方々には感謝の言葉しかない。
「その反面、馬車用にと作った座面布は評判はいいな」
「彼方の家と揉め事にならないようにお願いしますね」
「その辺りは向こうも分かっていよう、巧くやるさ」
防水布で作った袋の中に、砂漠クラゲの本体を素材とした高分子吸収材。
それを詰め込んだ座面布は、以前に水で作って見たのだけど、やはり水だけに腐敗してしまう欠点があった。
でも水の代わりに、ある特定の油を吸わす事で、その欠点を解消。
強度的な問題は残ってはいるけど、携帯ではなく常設の物であれば、そこは更に別の物で包めば良いだけの話なので、幾らでも対策方法はある。
「座面布を馬の鞍にも使えないか、工夫をしたいのですが」
「口の固い馬具職人を紹介しよう」
「感謝いたします」
防水布に関しては、国王陛下からガスチーニ侯爵家が独占しても良い許可が出ているため、防水布が必要とされ続けるか、ガスチーニ侯爵家が無くならない限り利益を生み出し続ける事ができる。
そのためガスチーニ家は利益が出る限り、一定の利益を私や私の子孫に払い続ける事になっているのだけど、……私が子供を産むなんて事はありえないので、私一代限りか養子を取った場合の話になる。
どちらにしろ、ある程度の収入が入り続けるのは、私としては安心材料の一つ。
「水の魔法石に関しては?」
「良い評判しかないな。
元々あった既存の技術を、安価に大量生産を出来るようにした物でしかないからな。
しかも使い勝手も段違いに良いとなれば、今のところは不満など出ようもないな」
「慣れてしまえば、自然と不満は出てくる物です。
そう言った意見は、逐次拾っておいてください。
無視するかしないかは、私の方で判断いたしますので」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
定例の打ち合わせも終わり、十四歳の若い身体にも関わらず、気疲れか首を廻しながら、ジュリを引き連れて、王城の外に向かっていると見覚えのある顔が近づいてくる。
「今日もヴィーの奴の所に?」
「サリュード王子、お久しぶりですが、会いに行ったのはヴィーやジッタだけではないですよ」
「そうか。
だが、ヴィーの奴は強くなっていたろう?」
「ええ、明らかに此方の眼を意識した攻撃の組み立て方でしたし、盾の魔法に対抗するためなのか、小剣を使っての連撃などは驚きました」
「だろうな。あの野郎、人とルーを練習台に頑張っていたからな」
なるほど、ここ最近のヴィーの動きが、そのままでは読みにくかったのはそのせいか。
ちなみにサリュード残念変態M王子とは、昨年の冬前の王都での舞踏会で一応は和解。
お世話になっている陛下とジル様の取りなしであれば、受けない訳にはいかないし、私自身ももう気にしてはいない、……忘れないけどね。
ただ、最初の頃の件を忘れてあげれば、それなりにこの残念王子、話しやすい相手なんですよね。
相手に配慮しながらも、ちゃんと自分の意見を通せるような話し方になっているし、空気を読むのも上手くなっている。
なにより、もともと面倒見の良い性格だったらしく、その辺りは私としては好感が持てる。
今、王子が話したように、従兄弟の弟分に惜しみなく力を貸してあげる所とかね。
「そのルメザヴィア様を、ユゥーリィ様が攻撃に移る前に一方的に降参させていましたけどね」
だからジュリ、そう言う王子が頑張って力を貸してあげているんだよってアピールを台無しにしないの、可哀想だから。
「はぁ? 攻撃に移る前にって……、攻撃魔法を使ったとかじゃない例の巫山戯た制限での模擬戦だよな?」
「あれって、普通は魔導士の体術の鍛錬のためのもので、まず魔導士は勝てない制限の模擬戦なんですけどね」
それに、サリュード残念M変態王子とルーが困惑する事になるじゃない。
とりあえず、新しい盾の魔導具を開発したから、一方的に攻撃してもらって性能実験の相手になって戴いただけと説明。
本来はもっと複数を相手にした場合や、強力な魔物に何時遭遇しても、即座に対応できるため保険として作った物なので、能力的にたかが数人の人間を相手に使用するような代物ではない。
魔物相手には何度か有効性を実証できたけど、今回の模擬戦で対人で使うには色々と問題もある事が発覚したからね。
「こう言っては失礼ですが貴女様に、盾の魔導具が必要とは思えませんが」
「私が使う盾の魔法は応用性があって、尚且つ強力だと言う事は自負していますが、やはり即応性が乏しいと言うのは盾の魔法全般に言える事なので、強力な相手となると必要と感じました」
力の強い結界や、結界に属性を持たせるのは、慣れていても僅かに時間を要してしまい、例えそれがほんの一、二秒だとしても、その一、二秒が命取りになりかねない。
私が常時結界を体表に這わせているのは、その弱点をなくすためでもある。
ただ、体表に這わせた状態では衝撃までは防げないため、通常の防御として立ての魔法であるブロック魔法と併用するのが好ましいの。
「どんな相手に戦っているんだと突っ込みたくなるな」
「別に戦ってませんよ、一方的に逃げてきただけです。
流石に、九尾や天狐を相手に、準備もなしに真面に戦おうとは思いません」
「「……」」
逃げ切れるだけでもおかしいって、酷くありません?
……普通は逃げ切れるものじゃなく、軍隊を率いていようと遭遇イコール死そのものって。
そりゃあ軍隊なんて集団で言ったら良い的ですからね、あのクラスの魔物には逆に被害を大きくするだけです。
むしろ見つけて攻撃してくださいと言っているものでは?
……そう言う意味ではないと。
とにかく逃げ切れた訳ですから良いじゃないですか。
それで、今日はどうしたんです?
「いや、最初にあった頃に、甘味の店の事を言っていたろ、今度こそ良い店があるから、ユゥーリィ達が来ていると聞いて、声を掛けようと思ってな」
「二店程、今話題のお店がありまして、先日私が前もって顔を出した所、何方も大変に素晴らしいお店でしたので、この後よろしければ」
なんだろう。
先程も似たような展開を経験したような気がしたのだけど……。
とりあえず、護衛の者を城門の所の待機室に待たせている事を理由に、丁寧にお断りをする。
お詫びと言って、私が開いたばかりの甘味のお店の、無料券…では王子相手に失礼なので、裏メニューを出してもらえるよう、店名と共に一筆を入れた物を従者のルーにお渡しする。
かなり複雑な顔をされたけど、そこまでは知った事ではないです。
できれば今度会った時に、裏メニューの感想を聞けたら良いなとだけ言って、王子達とお別れをする。




