30.どうやら私モテているようです。でも相手にしません。
「はい、エリシィー、今回の分」
「……うわぁ、今回も赤が一杯」
「でも減ったよ」
「減った気がしないよ」
暖かな日差しが差す中、シンフェリアの屋敷の庭の一角にある東屋で、屋敷にある本を読みに来たエリシィーに、忘れない内にと渡した紙に、彼女は悲壮な声をあげる。
冬前から始めている彼女とのお手紙のやり取りではあるけど、内容的に交換日記に近いもの。
でも、実際にやっている事は添削に近いかな。
手紙はエリシィーの読み書きの練習を兼ねているので、単語のスペルや文法の違うところや、使うべき言葉や表現が間違っているところを、容赦なく朱字で訂正を入れている。
こう言う事は、甘やかしたら駄目だから仕方がない。
そのせいもあってか、最初の頃に比べて、確実に進歩しているのは本当の事。
ただ……。
「慣れて来た分、甘えが文字に出てきているから目立つだけ」
「……神父様も、同じ様な事を言われたし」
「なら、素直に受け取りましょう」
「はーい、がんばりまーす。
最近、少し読める様になってきたから、楽しくなってきたし」
エリシィーは私と違って、とても素直な良い子。
本人が頑張ると言った事は、本当に頑張る子だと言う事を私は知っている。
それに読むのが楽しくなってきたと言うのは、向上心が芽生えていると言う事だから、良い兆候でもある。
「でも、読む本は限りがあるのが残念かな」
「ん〜、なら小遣い稼ぎをしながら、本が読めて、読み書きの練習が出来る事があるけど挑戦してみる?
教会のお仕事もあるだろうから、少し忙しくなるけど」
「え? そんな都合の良いお仕事があるの?」
「うん、エリシィーぐらい読み書きできる様になってきたら、可能性はあるかな」
私が言っているのは、写本のお仕事。
写本のお仕事は、極論を言えば作業自体はお絵かきと一緒で、文字など読めなくても、正確に書かれている文字を真似て写せれば、それで成り立ってしまう。
この世界には、まだ印刷技術は世間には出回っていない為、基本的に本は著者が只管に同じ内容を描き続けるか、写本を依頼して数を揃える事になる。
でも、それでは需要が追いつかない本も存在するし、著者がそれだけの数を揃えられなかったりする。
そこで存在するのが海賊版の写本である。
前世では著作権違反で御用になるのだけど、この世界では、……実は御用になる。
こっちの世界には書籍ギルドがあって、本の流通や海賊版である写本を管理している。
と言うか利益の独占かな。
アルベルトさんの本が置いてあった辺境都市リズドの本屋でもそうだけど、原書と写本では当然ながら値段が違う。
だけど違うと言っても、それでもかなり高額だと言える金額だ。
当然、そこには理由があって、著作権の保護と言うのもあるけど、書籍の価値の保持を名目にした写本によるマージンの独占。
原書の数が揃えれない以上は、海賊版が増えるのは仕方ない事。
だけど、その価値を最低限保つためには海賊版も、ある程度の価値を持たせなければならない。
かと言って放置すれば、人の書いた本を写して売るだけのボロい商売が成り立ってしまう。
そこで書籍ギルドの登場。
「つまり、著者に払われる著作権料と、写本を管理しているギルド手数料を支払われた本との差額が、写本代として支払われると」
「そう言う事。
写本代は、本自身の価値や需要度によって変動するけど、色々な本を読むと言う点では悪くないお仕事。
写本の内容は、ある程度の要望は聞いてくれるらしいけど、絶対ではないし需要度の高い本が優先になってしまうらしいけどね」
写本のお仕事はさっきも言った様に本を読めなくてもできる仕事だけど、本を読める人がやったほうが楽しいに決まっているし、作業も確実性が増す。
実際、そう言う人ばかりの世界らしい。
それに前にも言ったけど、この世界の識字率は単語程度ならともかく、本を読めるレベルになると途端に低くなる上、そう言う人達は大抵別の職種に就いていたり、そもそも働かなくても良い人達。
すなわち、写本をする作業者は慢性的な人手不足。
シンフェリア家の商会や、出入りしている行商人に頼んでおけば、こんな田舎でも写本の依頼を持って来てくれるはず。
それなりに手数料を取られてしまうけどね。
「神父様に頼むと言う手もあるけど」
「……聖書の写本を只管やらされそうな気が」
「うん、私もそんな気がする。
じゃあ私の方で頼んでおくね」
「うん、お願い」
ちなみに私が写本の件で詳しいのは、リズドの別の本屋さんで教えてもらったからで、まだ十一歳の私が、家に秘密にしてお金を稼ごうとすると、どうしても手段が限られてくる。
しかもシンフェリアの冬の大半は雪に覆われてしまうのもあって、外出も減ってしまう。
そこで考えたのは、正体を隠したままでも出来る本を書く事。
前世の記憶を頼りに売れそうな本を、この世界風に手直しして売る、と言う著作権に喧嘩を売る様な行為。
でも残念ながら、この世界に前世の著作権は存在しないので問題はなし。
対象は若い女性層をターゲットにした物語を書いており、逆に男性層をターゲットにすると、元が男の私だけに、求められているものが分かり過ぎて色々と問題が出てきてしまうから、そこは自重しました。
そう言う訳で自重した内容については突っ込まない様に。
ちなみに本は原稿を書き上げさえすれば、例の廃坑を再利用させてもらっている作業場で、シルクスクリーンを使った印刷技術と魔法を合わせれば、半日も掛からずに百冊ほど印刷と製本ができる。
幸いな事に前世で人気作品のパクリ小説は、今のところそれなりに売れているみたい。
先日、頼んでおいた本屋に顔を出した時に、写本をして良いかと相談を受けたくらいには、この世界でも需要がある内容だったようだ。
そう言う訳で、その際に写本について詳しく尋ねておいたため、詳しいだけです。
「ちなみに、書籍ギルドってあくどく儲けているみたいだから、丁寧で仕事の早い写本者は結構優遇してくれるみたいよ」
「あくどく?」
「うん、著者が亡くなっていたり、長期に渡って連絡不能の場合は、そのままギルドの収入になるからね。
たとえ、それが数百年前の本でもね」
「……ある意味、凄いギルドだね」
「うん、だから違反者には容赦ないらしいから、エリシィーも気をつけてね」
「しないしない、そんな話されたら絶対にしないってば」
とりあえず、それでその話は終わり。
エリシィーは書庫から持ってきた本に集中しだすので、私は少し手持ちぶたさ。
そんな訳で、エリシィーの邪魔にならない程度に彼女の髪を弄りはじめる。
目指すは小さな三つ編みを使ったブレイズヘア。
あまりやり過ぎない方が、私的には好みかな♪
ちなみに私の本日の髪型は、聖杯を求めた某騎士王様がよくしていたアップ系のシニヨンヘア。
面倒だけど、動きやすくて良いんだよね。
「今度も恋愛物か。
エリシィー本当に好きね」
「えー、だって面白いもん。
ユゥーリィはあまり読まないよね、こう言うの」
うん、夢見る女の子って感じで無邪気に可愛いと思う。
まぁ無邪気と言うのは、まぁ言わぬが花だけど、それでもこう言う子は素直に見守ってあげたいと言う気持ちになる。
あっ、ちなみ前世の私を含めて幼女趣味はないです。
前世では歳の離れた妹、しかも色々と難儀な体質だった為、年下の女の子は守るものと言う意識が骨の髄まで出来上がっている。
そう言う訳で、中身が年上の中年男性の身としては、素直な純粋な思いです。
「子供の頃はともかく、ここ数年はさっぱり」
「知識系のものばかりよね」
ここ数年と言うのは当然、【相沢ゆう】が目覚めてからの事で、一応、本を執筆する上で、参考のためにこの冬に何冊かは読み直しているけど、ほぼ流し読み。
その手の本は【ユゥーリィ】がほぼ読み尽くしていたから、それでだいたい内容は思い出す事が出来るからね。
今日も手持ちぶたさに始めているエリシィーの髪弄りも、区切りが付いたら読書に戻るつもりで【オルフィーナ大陸南部における植生とその生態】を書庫から持ってきている。
「でも恋愛物と言えば、エリシィーもリアルで体験中?」
「なによそれ?」
「え、だってこの間教会の裏で、少し年上の男の子と楽しそうに話してたの見かけたし」
数日前だったかな。
お父様に頼んでおいた物の一部が届いたから、その物色の帰り道で見かけた光景。
もう少しで夕刻になると言う事もあってか、二人が雰囲気良く見えたので、声を掛けずにそのまま帰って来たのだけど
なにやら凄い嫌そうな、それでいて呆れた様な顔をされる。
別にガッチリ覗き見していた訳じゃないから、そんな顔をしなくてもと思っていると。
「それ、完全な見当違いだから。
あいつ、エルって言うんだけど、目的は私じゃなく貴女よ。
紹介してくれってさ」
「はいっ?」
「正直、なに考えてるのよって感じだったわ。
私と々平民のくせに、貴族であり領主様の娘であるユゥーリィに、そう言う意味で紹介出来る訳がないじゃない」
何か色々と突っ込みどころのある彼女の言葉に、私としては驚くばかりなのですが。
「だいたい、人に頼むって言う根性が気に喰わないのに、断ったら私だけでなくお母さんの事まで言い出して。
あーっ今、思い出しても腹が立つわ!」
「それは……、情状酌量の余地がないわね」
うん、私も家族の事を馬鹿にされたら怒ると思うもの。
自分の思い通りにいかないからって、それはなにを考えているのかと言われても文句は言えない。
「まぁ、ああ言う手合いには慣れたけどね」
「神父様に一度相談しては?」
「心配してくれるのは嬉しけど、そっちはどうでも良いの。
面と向かって言うような馬鹿は滅多にいないし、そう言う人達からは神父様だけでなく、色々な人が庇ってくれているから。
そう言う意味では皆んなには感謝の言葉しかないわ。
日頃の事は脇に置いておいてだけど」
「そう、良かった」
「良くないわよっ!
最近増えてきたのよ。
ユゥーリィを紹介して欲しいって言う男の人」
「……その話、私、初めて聞くんだけど、そもそもなんで私なんかを」
本当、そう言うのは本気で勘弁してほしい。
だいたいモテるのがエリシィーなら分かる。
明るいし、人当たりも良いし、色々苦労してきたらか気が回る上に優しい。
外見にしたって顔立ちも溌剌していて可愛いし、髪も綺麗だもの。
おまけに胸もこの一年でしっかりと抜かれたため、如何にも女の子女の子している。
それに比べて、私は背も胸も少ししか育っていない。
お母様とお姉様同様の約束された勝利の胸の兆しは、とんと見ないから、もしかすると何処かに置き忘れてきたのかもしれないわね。
冗談はさておき、エリシィーの言う事に、まったく心当たりがない訳ではない。
「はぁ……、仮にも貴族で、領主の娘と言う訳か。
……本当に面倒だわ」
しかも教会に余命宣告されている、とは流石に教会関係者の彼女の前では言えないので言わないけど。
彼等からすれば、私は病気持ちのため嫁ぎ先が見つからない可能性が高い人間。
だから立身出世を望む彼等からすれば、可能性に挑戦しているだけだろう。
シンフェリア家と言う、貴族や領主と身内と言う立場にね。
しかも私が病気で亡くなっても、それを最初から知っていて受け入れたのだから、という理由で得た縁をお兄様の代までは使える。
まぁ、そんなところでしょうね。
例えそうでなくても、私にそんな気は欠片も無い。
なにせ、見た目はともかくとして、中身は男です。
ぶっちゃけ、男の子より女の子が良いです。
例え観賞用でもね。
そう言う訳だから、本当にそう言う話は勘弁してもらいたい。




