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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
299/977

299.ただ、純粋に守りたいと思える相手。





【アドルシス・カルミ】視点:




 俺の名前はアドル、アドルシス・カルミ。

 カルミ子爵家の四男として生を受けて、まぁ色々とあって二年前から知り合いだったユゥーリィの家臣としての道を突如として歩む事になった。

 予定していた将来設計や準備が無駄になってしまったが、彼女の家臣としての道もそう悪いものではない。

 機密に関してはかなり厳しいが、それ以外は彼女の性格らしく緩めで、待遇も最高のものと言える。

 それに新興貴族なだけあって、頭を下げるべき先輩等がおらず気が楽だ。

 でも逆に言うと、そう言った先輩から学べる機会がないとも言える。

 その辺りは彼女が懇意にしている、コンフォードの領主様が手を尽くしてくださり、彼女の屋敷の警備の人間として、引退した護衛騎士の方々が俺等を鍛え導いてくれるので大変にありがたいかぎり。

 その代わり、教官達の指導は、本気で泣きたくなる程厳しいけどね。

 だけど厳しくても耐えられる。

 必要な事だって分かっているし、もう彼女にあんな顔をさせたくないからな。

 主人であるユゥーリィは、ハッキリ言って護衛など必要ないほど強い。

 元々魔導士と言うのは、一人で鍛えられた兵士二十人分相当の戦力を持つと言われている。

 でも、彼女は一人で戦災級の魔物を相手に、鼻唄気分て狩って来れる様な常識が通用しない人間。


 なら、守らなくて良いかと言えば違う。

 あの子は、魔物を相手に戦えても、人間を相手に戦える様な子じゃないからだ。

 それはあの子の鍛練の相手をする様になった頃から分かっていた事。

 だけど決定的だったのは、彼女が襲われている現場を、遠目ながらも目撃してしまった時の事だ。

 襲撃者である幼い子供に、何度も何度も刺される姿。

 血が吹き出ていない事から、結界で防いでいるのは分かってはいたけど、見ていて気が気でない光景。

 駆けつけようとする俺とギモルが目撃したのは、そんな幼い子供を今にも泣き出しそうな顔で抱きしめる姿。

 鋭い刃物を腹に何度も突きつけられながらも、優しく抱きしめる姿。

 おそらく何かしたのだろう、突然としてぐったりと意識をなくした幼い子供をそのまま抱き上げた後は、俺の知る彼女からは想像だにしない程苛烈な行動だった。

 何度も何度も、幼い子供にそれをさせた父親らしい男を地面に叩きつける姿。

 痛みと衝撃のみで怪我をさせる事のない魔導具の武具でもって、何度も何度も男が泣こうが叫ぼうが容赦無く叩きつける。

 心の奥底から、後悔の言葉を口にするまで何度でも。


『泣いてたな、彼女』

『ああ』


 ギモルの言葉に、親友の言葉に含まれた意味に俺は素直に頷く。

 彼女は圧倒的な強さを見せながらも、鬼気迫る表情で泣いていた。

 幼い子供に刺されながらも、優しく抱きしめる姿と共に、忘れられない光景だった。

 だからこそユゥーリィの家臣となり、彼女を護衛すると言う家からの命令に素直に頷けた。

 魔物からは守れなくとも、同じ人間からあの子を守りたいと。


『今月、三回目だよな、これで』

『また、信徒か?』

『まあな』


 そして彼女の家臣になって思い知ったのが、彼女を取り巻く環境の異常さ。

 普通、下位の貴族の当主が狙われるなどと言うのは、十年に一度あるかないかだ。

 中位や高位の貴族であれば、年に数回あると言うのも分からない話ではない。

 でも彼女は子爵で、こうも頻繁に襲撃を受けるなど、普通は考えられない。

 ただこれもある時期を境に、無くなったので安堵の息を吐いたけど、油断は出来ない。

 彼女を狙っているのは、狂った信者達だけでない。

 命を狙う様な過激な事はしなくとも、嫌がらせをする人間は逆に増えている。

 本当に、下らない小さな痛がらせを、正体を知られない様に、チクチクと。

 教官達曰く、ユゥーリィの成功を妬んでいる連中の嫌がらせらしいとの事。

 しかも内容がセコ過ぎるため、罪に問えない程度という所が嫌らしい。

 ただ、ユゥーリィの後ろ盾の家の方々が、地道に証拠集めをして脅したらしく、今は落ち着いでいるけど、今後もないとは言えない。

 そんな日々を過ごしているある日。


『私達は別の店に行くから、コッフェルさんとこの地図の店に行って楽しんできて。

 後でお店の感想聞くから、これ、お仕事ね』


 そんな言葉と共に、コッフェル様とセバスさん、そしてギモルと俺で王都の街に放り出されたんだけど。


「しゃあねぇ行くか、……行くぞ坊主ども」

「甘味の店という事ですが、コッフェル様は甘い物は?」

「嫌いじゃねえな、目の前にあれば口にする程度だ。

 特にあの嬢ちゃんと付き合う様になってからは、食べる機会も増えた」

「まぁ俺も子供の頃から姉妹によく付き合わされるてたから、嫌いではないし偶には良いか」


 まぁ俺も嫌いではない。

 ユゥーリィがよく作ってくれる甘味は、美味しいからな。

 ただまぁ、セレナ達みたいに色々食べたいとは思わないけど。

 それに、なんというか物足りないんだよな。

 量もだけど、肉みたいにガツンと来ない所が。


「おう、此処みてえだな。

 確かにこりゃあ、店の名前を知らなくても、分かりやすい店だな」

「これはまた随分と思い切った名前ですな」

「「………」」


 甘味【男が甘いものを食べて何が悪いっ】


 思い切ったと言うか、そのまんまと言うか、そう言う問題かと突っ込みたくなるけど、きっと突っ込んだら負けなんだろうなと言いたくなる店名に、ある意味ユゥーリィらしいと言える。

 店は一階部分が何故か異様に高く、店舗の床が道を歩く人間の肩ぐらいの高さにあるようだ。

 贅沢にも色水晶が嵌め込まれた窓のせいで、店の外からは店内はよく見えない。


「まだ開店前みてえだが、まぁ人が待っているんだ、すぐに開くだろうぜ」


 入口すらも、風除けを兼ねた看板が正面にあるため、出入りする所が見えない。……が、店の外にガタイのいい男が数人待っているのが分かる。

 そして、この巨大な看板を兼ねた防風壁にデカデカと書いてある店名を見ると、並んでいても開き直れる心境になるから不思議だ。




「ほほう、こうきたか」

「なるほど、店名に嘘偽りは無しですな」

「あっ、俺、ユゥーリィが作る奴よりコッチの方が好きだなあ」


 ギモルの言葉に、少しばかり呆れる。

 コイツがユゥーリィに好意を抱いているのは誰の目にも明らかなのに、よくもそう言う事が言えるなと思う。

 もっとも、ユゥーリィ自身、全然相手にしていないけどな。

 彼女は男女分け隔てなく付き合うから、勘違いする男が学習院にも結構いるらしく、そう言うところも彼女の危うい部分でもある。


「嬢ちゃんの作るのも悪くねえが」

「おそらく方向性が違うのでしょうな。

 お嬢様が作られるのは、食後やお茶の際に軽く食べたいと言う物。

 これは、しっかりと食事の様に食べたい方に向けてでしょう」


 確かにユゥーリィが作る物より、どっしりと重い上に、味も甘味も濃厚。

 これ一つで満足できる味だ。

 だけど、食後の甘みとして食べるのであればともかく、大の男がこんな店に来て一つで足りる訳がなく、もう二つほど頼んでしまう。

 だが、満足ゆく味だ。

 採譜に書かれた金額を見る限り、味が濃厚な分かなり高めだが、また来ようと思わせられる味と言える。

 お店の中はやや薄暗いが、逆にそれが落ち着くし、贅沢にはめ込まれた色水晶のおかげで、店の外からは店内は見えなかったが、店内からは外はよく見えるから不思議だ。

 しかも床がかなり高いため、店の外の人間と視線が合う事もなく、俯瞰の風景を見下ろせるのもいい。

 敢えて濃く淹れてある紅茶を口の中に流し込み、コッフェル様が奢りだと言って支払いを済ませようとすると、店長らしい年配の男が客に見せるのとは違う笑みを見せ。


「コッフェル様で、宜しいでしょうか?」

「ああ、そうだか、おめえさんは?」

「会長より、支払いは不要と言付かっております。

 この店は、ユゥーリィ様のお店ですので」

「ちっ、んな事だろうと思ったぜ。

 奢らせもしねえとは、あのボケ娘め」


 話を聞くに、この店で出す甘味は全てユゥーリィの指示通りの物だとか。

 婦人や令嬢達が食べるような甘味では満足できない、男性のための甘味の店として先月開店したとの事。

 値段は高いが、また食べに来たいと言う男性陣が、一定数いれば経営は成り立つのだと。


「ユゥーリィの作る物は最高だと言う事だな」


 調子の事を言うギモルに、本気で頭が痛くなる。

 お前な、そんなんだから、ラキアに怒られてばかりなんだぞ。





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