297.以前に、執事喫茶でバイトした経験ありますよ。
秋が過ぎ去って、十四歳の誕生日を、皆が祝ってくれたのは本当に嬉しかった。
私としては、普通にいつもの日々を過ごすつもりだったのに、ジュリとエリシィーが中心になってコッソリと準備をしてくれていたみたい。
食料品関係を私がほとんど持っているのに、どうしたのかと思ったら、警備の方達用の離れの屋敷にある糧食箱や、ライラさんやコッフェルさんが色々と協力してくれたりと、私の知り合いを巻き込んで用意をしてくれたようだ。
『……でも、この服はちょっと』
誕生日プレゼントと言って、我が家のメンバーがお金を出し合ってプレゼントしてくれたのは、私が昔から遊びで妄想のエリシィー用に書き溜めていた意匠図から、私用に起されたゴスロリドレス。
黒と赤ベースでヒラヒラとレースたっぷりに、赤い色のリボンを私の白い髪に絡ますように飾られ。言われるままに化粧も施したけど……見た目はともかくとして、中身が四十半ばのオッサンかと思うと、もう萎える訳で。
幾ら周りが似合うと言ってくれても、こればかりは性分なので仕方がない。
でも、気持ちは嬉しかったのでOK。
うんうん、私が着て喜んでくれるのは良いけど、ジュリにエリシィー、そしてセレナとラキア、貴女達の誕生日に似たような服を贈るから、覚悟しておいてね♪
ええ、私、着るのはともかく、着てもらうのは好きですから。
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「美味しい〜、本当に芋なの?」
「これで焼いただけって」
「ありえないわよね〜」
「今年も一段と美味しいですわね」
そして冬となると、色々と美味しい季節でもあるんですよね。
秋に採れた芋や南瓜や栗などの熟成も終わり、もう焼くだけで美味しい。
無論、ただ焼くと言っても石焼や壺焼きの様に工夫していますけどね。
それを、温暖石から生成した人工紅炎石を用いたコタツ型の暖房器具の中に入って食べるとね、幸せなんですよね。
夏にジル様と話していた人工紅炎石を用いた品として……。
魔導具:魔導温暖炬燵
魔導具:魔導温暖床板
魔導具:魔導温暖座布団
魔導具:魔導温暖敷布
魔導具:魔導懐炉
魔導具:魔導鎧下地
とりあえず、これだけの暖房器具を作ってみましたよ。
いずれも家の皆んなには大人気だけど、全て温度はやや低めに設定してある事に、最初は不満が出たものの、使っている内に長い時間使っている分には、それが丁度ど良い温度だと納得して貰えたので良かった。
温度は純粋に不純物との配合率の問題で、その場で調整できないのが欠点ですからね。
他にもこの世界のこの地域の冬と言えば、白角兎の恋の季節で、今年も狩りましたよ。
若干手加減して、売る回数は分けましたけど。
でも趣味の狩猟や山歩きはそれくらいで、冬は狩猟の採取もお休みの季節のため、私は基本的に引き篭りに徹している。
毎朝の鍛錬に、魔物の繁殖のお世話、陛下への定期報告に、入浴施設の打ち合わせと工事など、部屋を出る事はあっても、引き篭りです。
活動的な引き篭り、新しい引き篭りのスタイルを作り出しました。
「またユゥーリィが、変なノリになっている」
「まぁ何時もの事ですわね」
ぐっ、……二人とも酷い。
そんな訳で、冷たかった空気が緩みだし、王宮と後宮の改装も終えた頃、また一つ問題が発生した。
いつぞや陛下が勝手のやらかしてくれたように、今度は私の後ろ盾になってくださっている方々がやらかしてくれましたよ。
まだ試用中だと言うのに、試用も含めて引き継ぐと言う形で、強引に暖房器具を持っていかれた事とかもそうですが。
今、問題しているのは、そう言うレベルで済む問題ではないので困っている訳です。
「お久しぶりでございます、シンフェリア様」
「ええ、お久しぶりです、その後、右腕の方は宜しいので?」
「はい、もう以前と同じように使えておりまする」
その事がどうにも感情に出てしまい、固く突き放した口調になる。
セルニバス・ルーズベルト。
シンフォニア王国が建国の頃からあるとされる、古き血筋の五公爵七侯爵の一つであるルーシャルド侯爵家、その前当主であるレーギル様の付き人というか、ルーシャルド
侯爵家の執事長であった方。
「こちらが孫のプシュケで御座います。
挨拶をなさい」
「プシュケ・ルーズベルトと申します。
どうか、これから宜しくお願いいたします、主人」
長くゆったりとウェーブの掛かった銀髪を揺らしながら、私を主人と呼んだ少女の左腕は、見覚えのある魔導具が取り付けられている。
年齢は私より一つ上の十五歳とは聞いてはいる。
ええ、前もって送られてきた手紙でね。
「プシュケ様、私はまだ貴方達の主人になると決めた訳ではありませんよ。
そう呼ぶのは些か失礼では無いでしょうか」
「失礼いたしました、シンフェリア様」
ふぅ……、溜息が出る。
はっきり言って雇用の強要だ。
人の生活域に勝手に知らない人間を送り込むなど、図々しいにも程がある。
しかも、屋敷内において発言権の強い執事としてだ。
ある意味、人の家の序列に口を出す行為とさえ言える事で、本来であれば例え高位貴族の方達であろうとも、大変失礼な事であり軽蔑されるべき事。
ただし、普通であればの話。
「今回の急なお話、不快に思う気持ちは理解いたしますが、このままではシンフェリア家が困る事になると御理解して戴けたらと思います。
私共はそのためにこの命・」
「ルーズベルト様、私は、別にこの家を私の代かぎりで潰しても構わないと思っていますし、元々欲しくて戴いた爵位ではありませんので、いつでも陛下にお返しする事に躊躇いなどありません」
そして私の家は普通では無い。
今、私が言ったように、私自身、爵位に何ら拘っていない。
陛下達に脅されて、子爵の位にいるだけの話だ。
貴族としている内は、貴族としての義務は背負う覚悟はあるけど、今、述べたように貴族としてやる気がないから、何事も最小限。
かつて目指していたのは、誰にも貴族として覚えられていないステルス貴族。
だけど、エリシィーに再会した事で問題も出てしまった。
私とジュリと違い、普通の子である彼女が、私を狙う馬鹿が彼女を巻き込もうとした事もあって、幾つか私から動かざるを得なくなってしまった。
また、それとは別件で、私は学友であったアドル達を家臣として雇用しないといけなくなり、私に関わる人数が増えた事で、この屋敷に引っ越さなければならなくなった。
当然、貴族としての屋敷を持てば、それに伴った品格を求められる訳で……、新興貴族である私の家には、そんな物などある訳がない。
以前にドルク様に、貴族後見人であるコンフォード家を、正式に客として迎えるには足りない物だらけで無理だと指摘された事がある程。
「そのままで、宜しいと本気でお考えと?」
「私は、それで良いと思っています」
でも、ドルク様の心遣いのおかげで、屋敷を建てた時の義理は果たせたので、逆に言うと、貴族後見人であるアーカイブ家の人間を、貴族として体裁の整っていない我が家にお招きする事は、今後必要ないとも言える。
だいたい子爵家の私が、侯爵家を客として正式に迎えるなんて事自体が普通はない。
逆はあってもね。
なにせ相手は高位貴族である侯爵家、下級貴族でしかない私に用があるのならば呼び出せば済む話だもの。
……でも。
『ユゥーリィが馬鹿にされなくなら、良いと思う』
『普通は当主、従者、執事、屋敷が揃って初めて貴族と見做されますから、あるのが普通だと思いますわよ』
『ウチはいなかったけど』
『男爵家は、従者が執事を兼任している方が多いですわね』
『本当の貴族は子爵からと言うからな』
『いた方が屋敷の管理もして貰えるんじゃないか?』
『だらだらだからね、ここ』
『引き締まるんじゃないかな、今は楽だけどそれだけじゃ拙いのも分かるし』
ウチの子達が、受け入れる気満々なのよね。
私への風評なんて放っておけば良いのに、私が馬鹿にされるのが嫌だなんて。
「ですが、あの方々のお心遣いを無為にする訳にもいけません」
言っていて正直どうでも良いと思いつつも、無視する訳にもいかないのも分かっているから、あくまで言葉の上では重きを置いておく。
真意は其処にはないと、意味を載せて。
「セルニバス・ルーズベルト、貴方を当家の執事として雇用いたします。
そしてプシュケ・ルーズベルト、貴女を執事見習いとして雇用いたします。
ただし、貴方方が今までいたルーシャルド侯爵家のやり方は、一切通用しないと覚えておいてください。
当家のやり方に従えない場合は、例えあの方々の推薦であろうとも、放り出します。
多くの機密を持つ当家から放り出される事の意味、聞いていないとは言わせませんので、その事をよく肝に銘じておいてください」
だから、雇用はする。
家族として見るかは彼等次第。
そして彼等が私を本当の主人とし、家族として見てくれるかは私次第。
……はぁ、面倒臭い。
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【プシュケ・ルーズベルト】視点:
私は、プシュケ、プシュケ・ルーズベルト。
ルーズベルト家の長女。
もっとも貴族ではなく、代々ルーシャルド侯爵家の執事として仕える一族の娘。
兄妹は、兄が三人と妹が一人いて、四人とも誇りある執事として目指している。
実際、兄三人は幼き頃より執事として、同じくまだ幼い己が主人と信頼を深めながら順調に執事として成長し、両親も兄三人は優秀だと評価している。
妹も侯爵家の娘付きの侍従として教育を受けている。
ええ侍女ではなく、執事と同様の権限を持つ侍従として。
そして、私は、……実は誰もいない。
兄と妹の手伝いという中途半端な立場。
『すまぬ、すまんっ』
覚えているのは、ルーシャルド家前当主であるレーギルドア様が、涙ながらに謝る声。
それ以外は、覚えていない。
お医者様曰く、辛すぎて記憶の彼方に封じてしまったのだと言う事らしいけど、覚えていないものはしょうがない。
ただ、言えるのは私は左腕がないと言う事だけ。
両親や、兄達は不便だと言うけど、それが当たり前になっている私からしたら、そう言う目で見られる方が辛かった。
むしろ、妹に使えない姉として馬鹿にされる方がマシと言えるほど。
でも妹が私にぶつける言葉が悔しいから、私は頑張ったよ。
特に勉学関係は、兄達にも負けない。
読み書き計算は当然の事ながら、家を管理したりお客様を迎えるために必要な事は、全て頭に入っているので、相手が王族の方でもない限り男爵から、ルーシャルド家と同格の侯爵家や教会の枢機卿まで、全て対応可能だと自負している。
他にも、主人が外交しても困らないように、周辺国の言語は習得済み。
『頭でっかちで、実践では足手纏いの癖に』
口の悪い妹は、相変わらずだけどね。
そして本当の事なのもしかたがない、どうしても片手では両手ほど早く出来ないから。
でも、実践でも妹に勝るものはある。
それは護身術であり、暗殺術。
口の悪い妹が相手なら、ほぼ瞬殺である
無論、護身術は片腕であろうと関係ない、相手はそんな事は配慮してくれないからね。
『あんたみたいな片腕、誰にも仕えれないわよ。
お情けで此処にいられるって、いい加減に理解したらどうなの』
仮にも姉に向かって酷い事を言う妹だと思う。
悲しすぎて、思わず五度ほど気絶させてしまったじゃない。
この気付け薬ってよく効くよね。
『プシュケ、喜びなさい。
旦那様が、お前に左腕を与えてくださるとの事だ』
私と同じ片腕だったお爺様が、ある日突然そう言って両手で私を抱きしめてくれた。
冷たく硬い腕。
だけど、微かだけど確かに覚えている在りし日の記憶。
同情に塗れた何処か冷たい抱擁ではなく、私を心から抱きしめてくれる本当に暖かな抱擁。
『反応が悪すぎないか?』
『やり方が不味かったかのか? いや、この間の実験体は上手くいってた』
『だが、駄目だった場合も結構あっただろ、大旦那様達が正常に動いている以上、出来ない訳ではないはずなんだが』
『単純に俺等のやり方が悪いだけか?』
『あんな小娘に俺等が劣ると? 馬鹿な事を言うな』
『我等を馬鹿にするために、不良品を送ってきた可能性もあるな』
本当に大変だった。
最初は重くてしかたがない魔導具の手も、何とか動かせるようになった頃、それまでとまるで別物の腕に付け替えられてからは、大分、楽に動かせるようになった。
軽く頑丈で、綺麗な美術品のように思えるその手は、お爺様やレーギルドア様の物よりも立派なもので、私みたいな者がして良い物ではない気がしたのだけど、お爺様やレーギルドア様が、私のために特別に作らせたものだから大切になさいと言って下さった。
それに、血を垂らす事で私専用になってしまったので、私が使わなければレーギルドア様のお心遣いが無駄になってしまうとか。
でも、お値段に関しては聞くんじゃなかったと後悔しました。
何箇所か傷ついてしまっていたので、数日は怖くて眠れませんでしたよ。
とにかく動くと言っても、まだ動かせるだけでしかなく、指は親指と人差し指が動くだけで握り込む事はまだできない。
それでも左手で物を摘めるだけで以前よりも多くの事が楽にやれる様になり、やがて義手だけで物が持てる様になった頃、お爺様とレーギルドア様に言われた。
『お前が仕えるべき相手が決まった』
うん、ルーシャルド家を出る事になるけど、他の古き血筋の方々からの推薦を受けてとなれば、光栄な事だと言える。
両親も兄もその事に祝福してくれた。
でも、五家とは言え、それだけの数の古き血筋の方々の推薦となれば、決して裏切る事も主人の期待に応えられない執事になる事も許されないとも言える。
そんな気などサラサラないけど、結果的にと言う事はあるから、気をつけなければならない。
だから、今まで以上に頑張った。
今まで見えなかった出立点を、やっと見つけられたのだから。
『ふん、子爵家になんか落とされるのに随分と嬉しそうね。
そんな醜い左腕を持つ貴方にはお似合いかもね』
とりあえず、私はともかくとして、お爺様とレーギルドア様に対しても失礼な事を言った可哀想な妹を、思いっきり両手で抱きしめてあげた。
ええ、姉として愛情溢れる抱擁です。
ですから白目で泡なんて吹いてないで、きちんと味わってください。
それに子爵家が何だと言うのか、主人に仕えるのに爵位など関係がない。
自分が主人と認めた相手に仕えし事こそ、執事や侍従の喜びだと私は思う。
そう言う意味では主人は、素晴しい人物らしい。
レーギルドア様とお爺様の話を話半分にしても、厳しくも慈愛溢れる方だと。
レーギルドア様に右足を……。
お爺様に右腕を……。
そして、私に左腕を与えてくれた人。
これだけでも仕えし価値はある相手だと思う。
「ぐぅ、ぐっぅ」
でも、左腕を本物の手の様にするには、本当に大変だった。
お爺様は半年で、生身の手と変わらない様になったと言うのに、私は半年経ってもボタンを留めるぐらいしか出来なかった。
特に針に糸を通すのは難しい。
でも泣き言は言えない。
ここで諦めたら、それこそ妹の言う通りになってしまう。
だから右手で出来ていた事を、左手でも出来る様に頑張ったよ。
そして、お茶を淹れる事や刺繍をさす事等、いずれも妹より上手くなった頃、私は十五歳になり主人と初めて出会った。
『プシュケ様、私はまだ貴方方の主人になると決めた訳ではありませんよ。
そう呼ぶのは些か失礼では無いでしょうか』
でも最初の印象は最悪だった。
主人の言う通り、私はまだ主人の家に迎えられていないにも関わらず、主人と呼んでしまった事は失礼に値する。
これは私の過失、後でお爺様に叱責されても仕方がない失態。
お爺様は最後に、主人に仕える者として、この一年頑張って来たのだから仕方ないと……、やっと見つけれた主人なのだから気持ちは分かると、優しく笑ってくれたのは嬉しかった。
お爺様は、私だけでは不安だからと、長年支えてきたルーシャルド家の執事を、年齢を理由に引退し、老後の楽しみとして私と共に主人に仕える事になった。
『ひぐっ、ひぐっ、あんたなんか、あんたなんか、いなくなってひぐっ、せいせぜいする、するわよ』
そして家を出る時、妹は大号泣だった。
妹は妹で私を物凄く心配していたみたい。
私が落ち込まない様に、閉じ籠ってしまわない様に、ああ言う言葉で私を励ましていたみたいだけど……。
うん、できればもう少し分かりやすい方が良かった。
家を出るからと、妹のベッドの中に、モゾモゾと蠢く沢山の生き物を置いてきてしまった後では、どうしようもないじゃない。
『あんたの戻ってくる部屋なんて、もうないんだから。
あんたの荷物、全部、燃やしてやったわ』
後日、そう手紙が送られてきたけど、きっとこれも妹なりの励ましなのだろうと信じておく。
どうせ、戻る気は無いので、置いてきた荷物は不要だし未練はない。
私の主人は、レーギルドア様とお爺様が言われていた様に、素晴しい人だった。
厳しい所はあるけど、とても優しいお方。
ただ、物凄く変わった方。
同じ家人はヘンテコと言うけど、……すみません主人、否定できませんでした。
堅苦しい事は好まないので、周りもそれに合わせる様にされるのは、貴族としてどうかと思うものの、そう言うのが無い訳では無い。
少なくとも、そんなものが霞むぐらい驚きの毎日を過ごしている。
でも関係ない、私はやっと見つけた自分の居場所。
そして、主人は例え変わっていようとも、その本質は仕えしべき相手だと理解できる。
ええ、理解です。
それ以上でもそれ以下でも在りません。
でも、今はそれで十分。
これから、長い時間をかけて、私は主人に仕える本当の執事になれば良いのだから。




