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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
296/977

296.あの後どうなったかですか?





「コレで設置は終わりですが、ジル様」

「うむ、分かっておる。

 毎日、一度は湯は抜いて掃除は徹底させるし、泥酔している者は入れぬ。

 湯沸かしの魔導具も必ず二人で体調を確認し合いながらであろう」

「泥酔ではなく、酔っている方は駄目です、溺死しますよ」

「見張りの者は多めにつけよう」


 高位貴族である以上、その手の催しは頻繁にあるし、お客様に使わせる事を前提にしている以上、酒を一切飲んでいない者にしか使わせない、と言うのは無理なのは分かってはいるので、その辺りが妥協点なのかもしれない。

 結局、この家の決まりを決めるのは、当主であるジル様であって、私ではないのだから。


「庭園の方はまだのようですが、先に湯船だけでもと言う訳ですか」

「一度アレを味わうとな、内風呂では満足し難い。

 それに内風呂は女共に占領された状態でな、なかなかゆっくりと入っておれん」

「それは御愁傷様としか」


 完成したら今度は此方が占領されるのでは?

 と思わないまでもないけど、流石にそれはないか。

 今度は男湯を占領しなくても、充分な広さがあるしね。


「それはそうと、あの男、予想通り、罠に喰い付いたようだ」

「何方の罠の方で?」

「全部に決まっておろう」

「……はぁ、全部(・・)ですか」

「神の身に仕える者が、何とも欲深い者だな」


 二つぐらい引っ掛かってくれれば良いかなぁと思っていたけど、全部とは呆れるばかり。

 ジル様の話の様子から、引っ掛かっている振りではないのは明らか。

 そんなので、よくも枢機卿でいられると思うのだけど、あの男が自慢げに話していたオルミリアナ侯爵家は、代々大司教か枢機卿しかいないと言うのは逆に言うと、そうなっているだけなのだろうと改めて実感する。


「なら尻尾も掴まれたと言う事ですね。

 陛下はなんと?」

「やるからには徹底的にだそうだ」


 つまり作戦は続行ですか。

 と言っても基本的に何もしないですけどね。

 少なくとも陛下が動かれないのであれば、私が例の三つ目の魔導具を完成させないと動きようがないのだけど、最悪、未完成のまま動かざるを得ない事になる

 ……研究の進捗状況ですか?

 結果は芳しくはありませんが、予定は進んではいます。

 もともと時間が掛かる研究ですからね。


「そう言えば噂には聞いたのだが、コンフォードも似たような物を作っておると」

「……えぇ、…まぁ」

「どうせ見栄を張って、文字通り金を湯水のように掛けているのであろう」

「……こちらは街屋敷ですから、どうしても敷地的に限界がありますから」

「腹立たしくはあるが、お主に言っても詮無し事だったな」


 貴族間の角の突き合いに人を巻き込まないでほしい。

 それに、コンフォード家は私の貴族後見人になっているので、私の立場としてはコンフォード家に付かなければならない訳でして。


「ですがこの王都に、そしてシンフォニア王国に新たな文化を齎したのは、アーカイブ家である事には違いません」

「そう思えば、腹の虫が収まりはするが、広めたのはお主であろう」

「いえ、文化は貴族が作り、社交界で広めるべきもの。

 私は元となる物を作っただけです。

 それを貴族に通用する文化として作り直されたのは、間違いなくジル様で間違いありません」

「口が上手くなったものだな」

「でも事実ですよ。

 私のは所詮は庶民が楽しめる程度の物ですから」


 せいぜい、こう言って収める事ぐらいが関の山です。

 それに嘘は言っていません、間違いなく本当の事ですからね。

 流行りも文化も貴族の社交界が作り出すべき物だし、私が作り出せるのは二流品ばかりで一級品は作れないのも本当のこと。


「まったく、相変わらずおぬし自身が広げる気はないということか」

「ふふっ、お戯れを。

 私に社交界など、とても務まりません。

 皆様方におんぶに抱っこをさせて戴きます」


 社交界なんて面倒臭い事、誰もやりたくないですよ。

 華やかかもしれないけど、それに付随するものが面倒臭すぎる。

 それに碌に知らない人を相手にしているより、本や物を相手にしている方が楽しいですから。


「……ふぅ、おぬしをおんぶしたり、手を引くのは、まぁ確かに悪くないがな」

「甘えてばかりで申し訳ありません」

「甘えているのは、むしろ儂等の方ではあるがな」

「うん?」


 どう見ても私の方が甘えているでしょう。

 社交界丸投げ〜。

 魔導具の量産と販売丸投げ〜。

 貴族間の面倒毎や調整も丸投げ〜。

 その上で色々と教えてもらったり、助けてもらったりとしている訳ですからね。


「まあ良い、…孫のセリアを覚えておるかな?」

「ええ、一緒の船旅は楽しく、私のような御転婆娘に良くしてくれましたので、覚えていますし、お手紙のやり取りをさせて戴いております」

「おぬしの事は、色々と衝撃だったみたいでな」


 そんな面白そうに笑われなくても、私が貴族令嬢としておかしいのは、自分がよく分かっています。

 そもそも公爵家の御令嬢からしたら、男爵家や子爵家の令嬢とは、令嬢として次元が違います。

 セリア様は本当の深窓の令嬢ですからね。

 私のように山を歩き回る猿とは、比べ物にならないのは確かですよ。


「旅から帰ってきて、色々と勉学に励むようになってな。

 アレに付けている教師が、別人のように集中するようになったと感心しておった」


 どうやらセリア様、今までお勉強はお嫌いだったみたいです。

 ジル様曰く、どうにも流行り廃りや貴族の子女で流れる噂ばかり追っていて、その辺りの事が一時期無関心だったみたい。

 普通の公爵令嬢であるなら、それでも良いかもしれないけど、将来のアーカイブ家の女主人として婿養子として入ってくる夫を支えるべく(コントロール)、学ぶ事は山程あるらしいので、何時迄も甘やかす訳にはいかないらしい。


「儂とおぬしが、普通に国内外の貿易や社会情勢の話をしていたり、儂の仕事を歳の同じおぬしが手伝ってくれる姿は、思うところがあったようだ」


 それって、大好きなお爺様が私に取られて面白くないから、負けぬように頑張っているだけでは?

 セリア様、側から見ていても、お爺様大好きなお孫さんですもの。

 それに歳が同じと言っても、私の場合は前世で男性としての記憶と経験を持つ半ばチート仕様ですからね。

 魔力制御を覚えなければ、中毒に苦しみながら衰弱死するぞ。

 家を出なければ、男にいずれ抱かれて孕まされるぞ。

 そんな嫌すぎる仕様とセットですから、良かったのか悪かったのか。


「外国の言葉も覚えたいと、新しい教師もせがまれたものだ」

「ふふっ、嬉しそうですね」

「ふん」


 お孫さんが頑張っている姿が、嬉しくない訳ないですからね。

 セリア様が公爵令嬢として頑張るのは、公爵家当主であるジル様からしたら当然の事。

 でも将来の彼女にアーカイブ公爵家を背負わせるのは、ジル様達のエゴでしかない。

 養子を取るなり、男のお孫さんが生まれるまで待つなり、貴族としての手は幾らでもあるはず。

 なのにそれをしないのは、直系の血を大切にしているのと、セリア様御自身を家族として愛してらっしゃるからこそ。

 もしかするとあの旅行自体、セリア様にとって分水嶺だったのかもしれない。

 ただの公爵令嬢として過ごすのか、それとも公爵家を背負う女主人として歩むのかのね。


「願わくは、おぬしのような御転婆だけは、真似てもらいたくはないがな」

「……ジル様、酷い」


 私が御転婆なのは、今更です、仕様です。

 中身が男なんですから、これくらいは普通です。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【王城内】



「問題がないのであらば問題ない、引き続き励みたまえ」


 それでジル様と、なんであんな所で情報交換をしていたかと言うと、今月の陛下への報告は歩きながらするため、危険な会話は厳禁。

 口頭で簡潔な物にするためでもある。

 幾ら陛下が私のために時間をとってくれると言っても、そこは大国の王である陛下にはそれほど自由になる時間がないため、今回はこう言う形になっているだけ。


「それで、この部屋を使うらしいが、どのようになる予定だ?」

「細部に関しては他の者が行いますが、全体としては、このような感じにしようと考えております」


 陛下に意匠図を見せながら、現場の部屋と照らし合わせるのだけど、要は陛下の我が儘で作るお風呂の下見を兼ねて、なるべく陛下の要望を反映させるため。


「ふむ、やや狭いな」

「壁があるのでそう感じるだけで、湯船の大きさとしてはあの地にあった物の三分の一くらいの物が出来ると思います」


 壁一面を白水晶壁にする事で陽の光と景色を取り込み、外壁側の一部を大きな窓にするため。開放感はかなり変わって来るはずだし、あの地の温泉は前世の温泉施設をイメージして作ったので、かなり大きい。


「バルコニーの部分を、露天にするのか、それとも風で涼む場所にするかですが」

「どちらも欲しいな」

「そうすると半端な物になりかねませんが」


 幾ら広いお城と言っても、使える部屋の大きさそのものは変えれないので、そこは我慢してもらうしかない。

 当然、浴室に付けれる設備も限定されてしまうので、解放感を取るか、それともゴチャゴチャしながらも色々楽しめるようにするかになる。


「では、別に壺風呂と言うものを作っては如何でしょうか?

 これなら浴槽を広げる必要もありませんし、涼む場所も確保できます」

「壺か、なにやら狭苦しそうだな」

「いえいえ、こう手足を投げ出して、涼しみながら入るものです」


 意匠図帳の何も書かれていない部分に、シャシャッと簡易的な意匠図を描いて説明する。

 本当は手足を投げ出すためだけの物ではないけど、そうすると陛下からしたら狭苦しいだけの物になってしまうので、手足を外に放り出す形状に特化した物。


「うむ、なかなかに面白いな、こう下品でみっともない姿を晒すのが良い」

「さ、晒すんですか?」

「例えの話だよ、せいぜい側付きの者だけで、僕にそう言う趣味はない」


 ふぅ〜、良かった。

 露出癖がある訳ではないんですね。

 前世で露天風呂が好きな人の中には、そう言うのが好きな人もいるとか聞いた事があるので、一瞬心配しました。

 なにせ、この世界で以前に泊まった宿の中にも、部屋から浴室が丸見えなんて所もありましたしね。

 それはともかく、細かい形状は専門の方にお任せするとして


「お身体を洗うのは陛下が? それとも・」

「無論、自分の事は自分で・」

「側の者がおこないますので、その辺りは後程、御相談させて戴きます」


 打ち合わせのために後ろに控えていた、王宮付きの侍従長さんの言葉に陛下は渋面顔をするけど、こう言うところは侍従長さんも仕事上引く事はないみたい。

 そして陛下もその事は分かってらっしゃるようで、渋々引く姿をアピールをされる。

 うん、考えてみれば聞くまでもない事だったので、反省。

 他にも隣のかつて待機室だった小部屋の壁を取り払った部分に、私の提案で蒸し風呂と水風呂。

 元々ある奴は何方かと言うと、洗い場的な意味合いが強いので、木の香り豊かな物をと勧めてみたり、浴槽の一部を坐湯の部分を作ったりしてはどうかと、短いながらも濃密な打ち合わせが出来たと思うけど、どうやら時間切れ。

 次の予定が迫って来たのか、近衛の方が迎えに来たので、私は侍従の方と残って細かい部分の話し合い。

 でも、それもあまり時間が取れないんだよね、なにせこの後に、後宮の方でも打ち合わせがあるから、今日は王城で一日が終わっちゃうと思う。

 でも、王宮や後宮の改装の打ち合わせなんて、十三歳の仕事内容じゃないと思わない?

 うん、今更か。





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