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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
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29.お父様、少しばかり弛んでいませんか?





 冬が過ぎて暖かな春が訪れる頃、お姉様から三通目のお手紙が届いた。

 いつも通り日頃の様子や、彼方と此方の違いなど、たわいのない話の後に書かれた主題を読む限り、どうやらお姉様は御目出度らしい。

 この世界の貴族同士の結婚では、結婚後一年程は手を出さないらしいんだけど、これは絶対ではない。

 グットウィル家の長子でありお姉様の旦那様であるグラードお義兄様は、シンフォニア王国軍北方領域辺境師団に所属する軍人。

 本来は国境付近の砦や演習場などにいる事が多いけど、貴族の後継者が結婚する場合、有事がない限りは特例で二年間は領地での警備任務に就く事になっている。

 理由は、まぁ……、一族の繁栄と存続のためとだけ。

 そう言う意味では、まだマシな理由とも言えるし、お姉様のお手紙には、新しい生活にまだ慣れていないけど、それなりに幸せだと言うような事が書かれている。

 主に旦那さんが優しいとか、こう言う事してくれたとか。

 うん、恨みはないけど、どこかの金髪碧眼のナイスガイに向かってモゲロと思ってもバチは当たるまい。

 お姉様が御目出度になった事から、特例解除で砦に戻る事になったみたいだから、遠い地で思うだけにしておく。

 確かにお姉様の字で書かれた手紙を見る限り、幸いと言うか今のところ、あの家に仕掛けておいたマーキングの魔法は無駄に終わっている。

 ついでに、お姉様に教えておいた手紙に秘密のメッセージを仕込む方法も。


「お姉様、おめでとうございます」


 ならば、素直にそう口にする。

 たとえお姉様の耳に届かなくても、この想いが同じ空の下にいるお姉様に届く事を願って。

 それで一息をついてから、先程の作業の続きをする。

 やっているのは一般的な製法で出来る光石の結晶化の実験。

 あれからこっそりと実験を繰り返しながら確認できたのが、光石の粉末を一度ゆっくりと融解させてから冷やし、再度粉末にした後、水で比重分配で最初に浮く粉末が、光石の成分だという事。

 このゆっくり融解させ、ある温度で冷却するのがポイント。

 灰吹方とかでは巧く行かなかったけど、逆に気をつけさえすれば、此方の方が手間が少ない分安く作れる。

 そして、この粉末の状態だけで、今までの光石とは比べ物にはならない強い輝きを出す事が、前回までの実験で分かった事。

 今日は、これを再融解して固体化する方法と、粉末を圧縮固形化する方法を試す予定。


「此処も随分と物が増えたなぁ」


 実験等を屋敷の敷地で隠れてやるのも限界を感じたので、冬の頭から領内の廃坑を再利用させてもらってる。

 むろん、こっそりとだけどね。

 山陰の崖から続く廃坑だから、まず気が付かれないので安心。

 空間移動の魔法様々である。

 え、アルベルトさんが寝ていた洞窟を使わなかったのかって?

 あそこは遠いですし、なにより事故物件は使わなくて済むならそれで良いと思います。

 と言うか生理的に使いたくありません。

 ええ、その話はそれでおしまいです。

 そんな事はともかくとして。


「圧縮成型は、やはり何か薬品を使わないと駄目か」


 手作りの簡易であっても、それっぽい設備さえあれば、魔法を使えば直ぐに試せるのでやってみたけど、圧縮成型による固形化は、ちょっとした衝撃で簡単に崩れたり欠けたりしてしまう。

 圧縮だけで済むならコストを安く出来たんだけど、繋ぎとなる薬品等を見つけるのが大変と言えば大変か。

 やはり一度溶かして固体化の方が実用性からして確実かな。

 問題点を棚に置いておけば、共に既存の光石より格段に明るい事。

 圧縮成型製法の方は程良い柔らかな白い灯火で、大きめのランプくらいの照射範囲がある。

 融解固体化製法の方はかなり明るく、広間の明かりなどに使えそうな程だ。

 試作品は共に一握り程の大きさはあるけど、既存の光石程度の魔力消費と明るい割に省エネ。


「こう長所を並べると、両方共とも商品化したいな」


 圧縮成型は、目に痛くない光だから一般光源として。

 融解成型はホール等の光源として良いし、ウチの特産物の水晶と合わせて、新たなシャンデリアを作ってみるとか。

 作られるであろう製品を想像して見ると、うん、悪くない。

 使用条件を考えると色々と問題はあるけど、それは今後の課題として置いておくべき事。


「……でも、やっぱり融解圧縮成形に比べるとな」


 この二つでも十分に魅力的な商品を開発できると思う。

 でも、一度あの試作品を見てしまうと、もっと簡単に再現できないかと考えてしまう。

 問題は融解した状態での圧縮か。

 そこで、ふと、思いつく。

 持ち込んでいたレンガ積んで、魔法で削って孔を掘り、更に別のレンガをその孔に合わせて棒状に加工。

 共に力場(フィールド)魔法で表面を薄っすらと包んで強化する。


「此処に溶解した光石の精製粉を容れて棒で圧縮」


 魔法を使ってはいるけど、あくまで通常技術の再現。

 圧縮もこの方法では限度はあるけど、試してみるだけの価値はあると思う。

 そうして出来上がった融解圧縮で結晶化された光石は、いつかの試作品程の輝きはないものの、他の二つとはまったく別物の眩しい光を放つ。

 これなら何とか普通の人達でも、作れるレベルの物だ。


「名前が光石では紛らわしいから……」


 光石から冶金した粉を輝浮砂

 圧縮成型した物を輝石。

 融解成型の物を輝結晶。

 結晶化させた物を黒水晶では紛らわしいから、光水晶としよう。

 別物と思わせた方が外部には色々都合がいいだろうし、見た目的にもこっちの方があってるでしょうし。

 問題は此処からか……。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「そんな訳でお父様、お力とお金を出してください」


 部屋に入るなりの私の言葉に、お父様は苦笑し。


「いきなり藪から棒だな。

 いくら可愛い娘の頼みでも、理由も言わずに突然それはないだろう」

「ミレニアお姉様は、黙って叶えて下さいましたけど」

「あのなー、ミレニアはミレニアだし………」

「私がお父様にそう言われる気持ち、少しは判ってもらえましたか?」


 お父様の渋面が顔に、私は満面の笑みでもって返してあげます。

 ええ、あれから何度、同じ様な事を言われたか。

 まぁ、いいです。

 別にお父様を苛めたい訳ではないので、これ以上話を蒸し返すのは止めてあげます。


「ほんの冗談です」

「心臓に悪い冗談だ。

 ……それで本当は何の話だね?

 まさか本当に蒸し返しに来た訳ではないのであろう?」

「ええ、冗談はさておいて、お父様のお力とお金を借りに来ました。

 あっ、むろん、お小遣いを要求している訳ではないですよ」

「……今度のは本気か?」

「こんな冗談を言うほど、悪趣味のつもりはないですが」


 先程のは悪趣味ではないのか? と言いたそうな顔をするお父様を無視して、概略を説明する。

 光石を使った新製品になりそうな物を思いついたので、材料や器具が欲しいと。

 必要な材料や器具のリストや仕様書と共に、試作品の輝石と輝結晶の二つだけを見せ。


「現状では幾ら明るくても、使い勝手そのものは従来の光石と変わりませんので、使用用途が限られてしまいます」

「随分とあるな。

 此れ等があると、それが何とかなると?」

「いいえ、可能性があるだけです。

 なにせ初めての事ですから試行錯誤が必要ですし、無駄に終わる可能性もあります」

「確実性が無い事に金を出せと?」

「ええ。これは投資です。

 今まで大して需要の無かった光石が、高額な商品になる機会を得れるかどうかの投資です」


 化粧品や装飾品で使われる光石の量は元々少量だし。

 いくら大量発注され長期に渡っての需要があったとしても、光石の予測される埋蔵量からしたら、たかが知れている。

 既に大量の発注が来てはいても、私が冬の間に溜めておいた程度の量があれば、夏の終わりまでは十分賄える予定で、足りないのは、そこから加工に入る職人や、領外から仕入れる材料だけと言う状態。

 私がお父様の力を借りたいのは、商品開発だけをしたい訳ではない。

 魔法に頼らなくても、作れる商品の開発をしたいから。

 そのためには、十一歳で魔法使いの成りそこないの立場にいる私の力だけでは不可能な事。


「ふむ、前回の件でアレだけの実績のあるユゥーリィであれば、これくらいの出費を無駄にしたところで誰も文句は言うまい」


 お父様が言っているのは、光石を使ったお姉様の結婚式の時に発表した化粧品などの新商品の事。

 でも、あれは私は思い付きの試作品と発想を出しただけで、実際に商品開発をした訳ではないので、あれを実績と言われても実感はないし、実際に商品開発した人達に申し訳ないのだけど。


「結論を出す前に、一つ聞いておこう。

 ユゥーリィは、我が家の力になりたいからなのか?

 それとも商売をしたいからか?」


 お父様の今までにないくらい真面目な顔と声に、私は一瞬息を呑んでしまう。

 こんな雰囲気のお父様を見るのは初めてだから。

 きっとこれが領主としてのお父様の顔なのだろう。

 だから私も正直に答える。


「家のために力になりたい、確かにそれはあります。

 ですが、それ以上に私は試したいんです。

 今まで私が学んできた事と、身に着けてきた事を。

 光石の可能性を使って、私の可能性を試したいからです」


 開発を楽しんでいる事を否定する気はないけど、結局はそこに行きつく。

 私は魔法使いだけど、魔法使い(・・・・)に頼らなくても出来る事があると言う事を試したい。

 残された時間(・・・・・・)が少ない私にとって、私がいなければ出来ない事を残したところで、それは意味が無い事だから。


「……そうか、分かった。

 用意させておこう」

「ありが「本当は断るつもりだったのだが」…え?」


 私の感謝の言葉を遮って言うお父様の言葉に私は少しだけ驚く。


「家のためとか、大人に混じって商売をしたいとか言うのであれば、そのつもりだったし、場合によっては叱るつもりだった」

「……」

「貴族と言う物に限らず商売と言う物は、誰かの為等と言う気持ちでやるものではないし、やってはいけないものだ。

 何故だと思う?」


 問いかけられた言葉を私は心の中で落ち着いて思慮する。

 貴族にしろ商売にしろそれ以外にしろ、自分の信条に反する事を強いられる事など多々ある事。

 だけど、だからと言って必要ではないものではない。


「己が内から発したものこそが、己が信念となりえるからです」

「そうだ、己が言動の責任などと言う曖昧な物は、所詮は飾りに過ぎん。

 誰かの為と言う偽善も結構、時には必要な事だ。

 だが真の苦難に立たされた時、苦渋の判断に迫られた時、最後の最後にものを言うのは己の内から発したものだけだ。

 その覚悟が無い者など邪魔なだけだ」


 シンフェリア家という貴族の世界。

 多くの大人達の生活が掛かっている商会。

 多くの責任と共に、沢山の人達の命が掛かっている。

 だからお手伝いなどと言う軽い気持ちや、商売の真似事などと言う気持ちで入ってきて貰いたくないと。

 少なくともそれ等を率いるお父様の娘という立場で、そんな軽率な気持ちで関わって良い物ではないと、お父様はそう問いかけていた。

 表に出ない帳簿の確認や領主の家族として、領民と関わり時には纏める程度の事ならともかく、私が踏み込もうとしたのは、もうそう言ったレベルの話ではなくなっていた。


 以前までの事は、思い付きや子供の遊びの延長が偶々採用された。

 極論を言えば、そう言う事。

 だからあの時も、今までも、お父様は判断を迫られた時は『此方で再度検討してみよう』と言って、私と切り離してきた。

 でも今回は全く意味が違う。

 材料や機器を欲するぐらいならば、領主の娘の我が儘で通ったかもしれない。

 けど、同時に断られる事も十二分にあったから、私は投資だとお父様に言った。

 でもそれは同時に、完全にシンフェリア領の運営に関わる事。

 お父様が真剣になるのも当然の事。

 そこに家族や娘だから、などと言う甘い考えで判断すべき世界ではないのだから。


「正直、甘く考えていました」

「だろうな。だが気がついた」

「お父様が導いてくださったからです」

「儂は娘の想いに応えはしたが、それでも領主として問いかけ、そして判断したにすぎん。

 勝ち得たのはユゥーリィ自身の力だ。

 まだまだ小さな子供だとばかり思っていたのに、いつの間にかこんなに成長しおってからに」

「まだまだ小さい子供です」

「そうであって欲しいものだ。

 ほれ、領主としての時間は終わりだ」


 まだまだ知らないこの世界の当たり前。

 そう言う意味では、まだまだ私は子供だとは思う。

 例え前世の記憶があろうとも、それは前世での常識や考え方に過ぎないのだから。


「ん♪  お父様、ありがとうございます」

「うむ、(はげ)むが良い。

 そして結果をしっかりと出す事だ」


 お父様に感謝の気持ちを込めて、お父様に思いっきりハグして、そのお腹に頭をグリグリ押し付ける。

 何かしっかりと釘を刺されたけど、それは当然の事なので、この際は聞かなかった事にしてあげる。

 (はた)から見れば、きっと娘が思いっきり、父親に甘えているように見えるだろう光景だろうけど、まぁお父様への御褒美なので、そこは我慢する。

 それにしても……。


「お父様、太りました?」

「……少しな。

 ほら冬はどうしても屋内に篭りがちだからな」

「去年は、そのような事はなかったと記憶していますが」

「……そ、そうだったかな?」

「うん、ぷにぷに」

「……ぅぅっ」


 私の言葉にお父様は何も応えず、視線は何故か遠い何処か見ている気がする。

 なんか気まずい空気が流れたので、私は部屋を後にしたのだけど。

 翌朝から何故かお父様とお兄様が鍛錬に励んでいるのを三ヶ月以上見かける様になったのは、……多分、関係ない事だと信じたい。




 ……傷つけちゃったかな?

 反省。






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