289.夢の魔導具とDIY計画?
「はい、確かに戴きました」
「でも本当にそれだけでいいんですか?
ちゃんと相場通り払いますよ」
「ほめえ、ぐぅぃっ! ほはふあはかっ!」
「相場の六掛けだけど、ちゃんと儲けはそれなりに出ているよ」
戴いたお屋敷の家具一揃えと、その前に寸法通り作るだけの安い仕事の料金を払いに、顔馴染みの家具工房に足を運んだのだけど、憮然とした顔のグラードさんは話にならないので、ボクっ子のサラと話している。
だって何故かフサフサ髪になっているグラードさん、料金は要らないとか巫山戯た事を言い張っているので、申し訳ないけど魔法で簀巻きになってもらっている。
「流石にそれは、お祖父ちゃんじゃないけど、うちの工房として譲れない。
ユゥーリィのおかげで王宮に品を納めると言う名誉が貰えた訳だし、一緒に仕事をするようになってから、うちの工房は大忙しでかなりの利益を出しているんだよ。
なのに、ユゥーリィの屋敷の家具一式を頼まれて相場通りに売っただなんて知れ渡ったら、うちの工房は恩知らずの恥知らずと叩かれるだけだよ」
うん、まぁそうなのかもしれないけど。
今まで散々無茶な仕事や、納期が鬼の仕事もして貰っているし、今回は頼んではいないけど特急で作って貰ってもいる。
なにより、満足いく品を収めてくれている訳だから、そんな素晴らしい家具を作ってくれた職人の人達に敬意を払いたいとも思う訳で。
「正直、お祖父ちゃんの言う通り、全て無料は行き過ぎかもしれないけど、材料費だけでも全然おかしくないんだよ。
だから此処はボクの顔を立てて、ね」
「う〜ん、サラがそこまで言うなら、今回は私の方で引くけど、次回から普通に相場通りでお願いね」
「うん、その代わり気合入れて作らせてもらう」
「その気合の分は、普通はお値段に転嫁する物では?」
「そこはお友達価格と言う事で」
「その言葉を使うの逆だから。
もうっ、私、サラやグラードさんの作る物って好きですよ。
だからちゃんとした正統な報酬を支払いたいのに」
「ユゥーリィは、正統な報酬以上のものを、うちの工房に払ってくれた。
それだけの事だよ」
サラの眩しいばかりの良い笑顔に、これ以上は説得できないし、サラの気持ちを受け取らない選択肢も存在しない。
なら、私はせいぜい良い仕事を持ってきて、返すぐらいしかないかな。
パチンッ。
そう言う訳でグラードさん、突然縛ってしまってすみませんでした。
無事に会計処理も終わりましたので開放しますけど、何処か痛いところはないですか?
……無いと。
あと、サラを怒っちゃ駄目ですよ。
サラはサラで一生懸命グラードさんの意思を尊重した上で、私が妥協できるギリギリの所を探ってくれた訳ですから、此処はお孫さんの成長を喜ぶべき所でしょ。
はい、納得して戴けたのならなによりです。
「それはそうと、何故か突然生え始めた髪は、その後どうですか?
体調崩されたとかはありませんか?」
「ああ、何故か突然、再び生え始めた髪や体調に変わりはねえな。
知り合い連中も驚いているが、俺は何も知らねえ。
理由は知らねえけど勝手に生えてきたとしか、説明しようがねえから困っているぐらいだ」
「それは御愁傷様としか言えませんね」
まぁ、まだ公には出来ないけど、禿頭だったグラードさんの髪が、突然再び生えるようになった原因が分かったら、大騒ぎになるに決まっていますからね。
言うまでもなく私が作った魔導具が原因です。
グラードさんには、他言無用と言う契約書を書いて貰った上で、実験台になって戴きました。
夏の長期休暇に入る少し前に、永久脱毛する魔導具と共に作った、髪の毛を生やす魔導具。
髪と体毛は生える仕組みが違うらしいので、永久脱毛してしまった毛を復活させる事はできないので、完全に髪の毛専用の魔導具。
もしかすると眉や睫毛にも効くかもしれないけど、試した事がないので効果があるかは不明と言う事で。
「若え頃とまではいかねえが、しっかりと張りのある髪に、神に感謝だな。髪だけに」
「「……」」
とりあえず変なテンションに入ったグラードさんは放っておいて、先端は尖ったペンの様な二つの魔導具は、効果こそ正反対だけど、共に【聖】属性を用いた魔法陣が組み込んである。
この二つの魔導具を、もう少し様子を見てから、オルミリアナ侯爵家を経由して教会に【髪の毛再生】と【ムダ毛の永久脱毛】のサービスを行うための魔導具として渡すつもり。
間違いなく、この二つの魔導具は一部の貴族を中心に、教会に莫大な利益を与えるもの。
取り敢えずこれで、私や私の家の関係者へのチョッカイは収まるはず。
「それはそうと、また簡単なお仕事で申し訳ないんだけど、この間納めて貰った簡素に見えて無茶苦茶意匠に凝ったベッドとチェストなんだけど、また七つ程お願い。
意匠を揃えたいから、あのままでお願いね」
「うん、いいけど、四つじゃないんだ」
「あの四人の分も含まれているけど、お客様用も必要だと思って」
「それは確かに必要だね。しかしユゥーリィも変わっているよね。
本宅の前に別荘を用意するだなんて」
秘密基地の屋敷で使っている家具の事は、サラ達には別荘と言って誤魔化してある。
趣味の狩猟をしやすい場所に建てた物で、お客が来る事は想定していないとね。
ええ、想定していないような客でしたよ。
「ただお客様用のは、棘が出ないように表面はしっかりしておいてね」
「そこはお客様用とか関係なしに、全部丁寧に作ってるから大丈夫」
「そう、ならいいけど。
また陛下がいきなり泊まりに来たら困るし、この間みたいな急造の物に寝かせるのも気が引けるから」
「「……はっ?」」
いえね、この間、いきなり陛下だけでなく、王太子殿下のカイル様と宰相のジル様まで泊まると言い出して、大変だったの。
まぁ、もう二度とあんな国の重鎮が揃って泊まりに来る、なんて事は無いだろうけど、あの時は心臓に悪かったなぁ。
……私の言葉の方が心臓に悪いって、何も変な事を言ってないじゃ無いですか。
……意匠と材料をもっと良いものにって、必要ないですよあんな田舎に、普通は誰も泊まりに来ませんから。
とにかく、今まで通りでお願いしますね。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「ようこそおいで下さいました、ラジェンヌ・サチェンコ侍従長様、そしてベネデッタ・チェーザリー統括侍女長様」
学習院が始まってしばらくした頃、手紙通り王都からお客様が来られた。
片方はよく覚えていないけど、もう片方はよく覚えていますよ。
ええ、以前にドルク様とコッフェルさんのおかげで私まで怒られた統括侍女長様です。
まぁ、私みたいな小娘なんて、向こうは覚えていないでしょうけどね。
「以前お会いしました時は、また随分と騒がしい方が貴族になられましたと思いましたが、どうやら周囲の環境が悪かっただけのようで、とても安心いたしましたわ」
しっかりと覚えられていました。
私、そんな覚えられやすい人間ですか?
何か白いので片付きません?
「ベネッタ、若い者を虐めるのはそれくらいになさい。子爵に失礼ですよ。
それとシンフェリア様、こうして言葉を交わすのは二度目ですが、貴方様の御活躍は色々とお聞きしておりますので、どうか気楽にお話しください。
陛下の御親友でもあられるシンフェリア様に、畏まられるなど恐れ多い事ですので、どうかよしなに」
一体、何を色々と聞いているのか大変興味があるけど、それはそれで聞くのが怖いので聞きたくありません。
あと、陛下の名前を出してよしなにも何もないと思いますよ。
それほぼ堅苦しくなるなって事ですよね?
まあ取り敢えず玄関で話していても仕方ないので、話をしやすいように広間に案内するのだけど……。
すみません、土足厳禁なので、此処からは此方の内履きに履き直しください。
ええ、驚きかもしれませんが、この屋敷はそう言う仕様です。
「まだ改装中という事は聞いておりましたが、此処に来るまでだけで驚きの連続ですね」
「靴を脱がせて柔らかい物に履き替えさせる事で、踏み込みを誤らせたり逃亡を防ぐ狙いがあるのであれば、外の地面はもう少し尖った小石等を使った方が宜しい気が」
乾いた喉を潤すためのお茶を吸う口飲んだ後に発せられた言葉は、なんと言うか土足厳禁が此方が意図していない解釈をされてしまった。
取り敢えずそういう意図ではなく、単純に窮屈な靴から解放するためだと言っておく。
それに屋敷内が砂埃が入る事を防げるので、清潔に保たれやすいと言う事も。
それはともかくとして、お仕事の話を進めましょう。
「こちらが城の図面になりますが……」
「ジュリ、エリシィー、部屋の外に待機していて」
以前に陛下に話した、城の改装案の話である以上、城の図面は必須。
そして、そんな城の図面は需要な部分が抜け落ちていたとしても、部外者には機密なのは当然なので、悪いけど城にとって完全な部外者である二人には外に出て貰った。
その方がお互いのためだからね。
「でも、そのような重要な物を私には見せても宜しいので?」
「陛下から、シンフェリア様は今回の仕事以外に興味がないから、大丈夫だと言われましたので」
まぁ、陛下にそう言われたら頷くしかないよね。
取り敢えず陛下から概略は聞いているようなので、改めて改装案を説明。
勿体なさすぎて使用されずに保管されている巨大な魔石がある王宮だからこそできる壮大な改装案。
「なるほど、確かに陛下が即断されるだけの価値のある内容ですね」
「以前のランプや蝋燭に掛かる人手や手間よりは良くなりましたが、明かりを点けているためだけに、只管に座っているか立っているだけも辛いという声が多かったですからね」
「そのための人間は別の仕事に回せるでしょうし、その方が仕事の遣り甲斐もあるでしょうね。
正直、蝋燭官などと揶揄され、人気がありませんでしたから」
ああ、やっぱり普通の貴族の屋敷と違って、不夜城とも言える王城ともなると、そう言う問題が発生していましたかぁ。
点灯を切り替えるための装置は、そちらの壁にある物がそうですが、中の仕組みさえそのままなら、装飾は自由にして頂ければ宜しいかと。
あっ、早速弄ってみますか? どうぞ。
「素晴らしいですが、城では誤って切り替わらぬような物にした方が宜しいですね」
「見本さえあれば、此方の方で作らせましょう。
この辺りの利権は何方に?」
うん、実はその事で困っている。
照明関係なので、出来れば実家に譲渡したいのだけど。
実家とは表面上は和解したとはいえ、色々と難しい関係なので。
……陛下に相談して、良いようにしてもらうよう働きかけて戴くと。
いいんですか、そんな事をお頼みしても?
……城の改装に必要な事なら、陛下が働きかけてもなんらおかしくはないと。
では、実家にくれぐれも迷惑が掛からないようにお願いします。
「それで肝心の入浴設備なのですが」
「こちらに、もともと蒸し風呂や行水をする部屋がありますが」
「残しておいた方が良いと考えていますので、できれば別の場所が良いと考えています。
陛下から開放感のある施設が望ましいと聞いておりますし」
でしょうね。
必ずしも受け入れられる訳ではないでしょうし、日によっては蒸し風呂や行水の方が良いという場合も有り得ますから。
私は図面を見ながら、印の付けてある幾つかの部屋を見比べる。
印は、この改装のために空けれる部屋らしいけど、流石に屋上庭園はないな。広すぎる。
となるとバルコニー付きの部屋かな?
その中で水路を考えると限られてくるので。
「此方と此方と此方の部屋の景色と風通りは?」
「景色は良いですが、風通りは決して良いとは」
「壁はどうなっています? 穴をあけちゃっても大丈夫ですか?」
「「……あ、穴ですか?」」
「ええ、魔法で周りを固定して切り取った後、崩れないように枠を入れて窓にすれば風通りも良くなるでしょうし、外の景色も良く見えます」
石造りの城だからこそ、その辺りは魔法があれば簡単に出来る。
外の景色にしたって、もともと王城は高い場所に建っているので、窓からの景色が良いのと同時に覗かれる心配も少ない。
勿論、覗き対策はしますけどね。
「そのような事が可能であれば、こちらの部屋の方が良いかと。
厚みがこちらの方がありますし、景色も共に良いです」
「なら、こちらの部屋も出来ます」
なんやかんやと相談の結果、候補に上がった部屋の写生図を見せてもらう。
この辺りの用意の良さは流石だと思う。
「白水晶なのですが、魔法で加工しますので、其処まで等級が高い物でなくて構いませんが、私の実家以外の所からでお願いいたします」
「優遇されなくても宜しいのですか?」
「城には空間移動持ちの魔法使いもいますので、距離の事は考えなくても構いませんよ」
「いえ、この図面を見る限り、照明の魔導具だけでもかなりの数が入っているように思えます。
これらが納入された頃は、直接の取引ではなかったとはいえ、あまり一つの家から城に納める事になるのは、軋轢を生む原因になりかねますので」
「おっしゃる通りです。
もしシンフェリア様が優遇されるような事を申し出されたのならば、そう進言しようと考えていた所です」
その辺りは公共事業の鉄則ですからね。
公共事業は、経済に回すためにも行うから、当然それが一社に偏るのは不味い。
大きな工事は、なるべくたくさんの会社が関わるようにするのが常識。
例えその結果、金額が膨らむ事になってもね。
「それに実家からは、別の物を仕入れて貰わねければなりませんから」
「それは?」
「通常型と強化型の魔力の伝達紐です。
城中の天井裏などに引き回す事になるので、かなりの量になると思います」
「確かにそれは必要ですな。
他の家からは仕入れる事ができない品ですから、他所の家からの不満の声は出はしないでしょう」
その後、大型の湯沸器の魔導具や、魔力貯蔵庫用の魔法石をおく部屋、水路の確認など細々とした事を相談してゆき。
「失礼ですが、魔力の供給は魔法使いでなければ、いけないのでしょうか?」
「必ずと言う訳ではありませんが、何か問題でも?」
どうやら、魔法使いの中には傲慢になっている方が多いらしく、今回の改装の要を魔法使いに頼ると、城は魔法使い達のおかげで保っていると増長するのではと危惧しているとか。
叙爵の際に見た魔法使い、宮廷魔導師長を思い出すと、確かにあり得る話かも。
城に働いている人達が一番多く出入りする場所は?
……食堂で、給仕式ではなく、取りにいく形式が多いと。
詳しく話を聞くと、人数の少ない城の王宮外にある騎士団の詰所などの食堂は給仕式と言うかテーブルの上に予め用意しておく形式だけど、人数が多い王宮内やその周りの行政区域は取りに行く形式だとか。
その形式の所を使う人数は……三千人以上だけど、実質食堂を使うのは二千五百人ほど。
あれだけ大きな不夜城ですから、それくらいは居ますよね。
「では食堂で食事を受け取る場所に、魔力を吸い取る仕掛を施しましょう」
「そのような事をして、体調を崩しませんでしょうか?」
「吸い取るのはごく少量ですので、何度もやらない限りは大丈夫でしょう。
その代わり人数が必要となりますし、なんでしたら、魔力持ちの方達が協力できるような物を別に設けても良いかもしれませんね。
それだけ人が使う食堂ならば、陰湿な苛めで、魔力のない者に無理やり使わせるなんて真似もしにくいでしょうし」
ごく少量だけど、一定量の魔力を吸い取る仕掛けと、任意の魔力を吸い取らせる仕掛けの両方を設置する事を提案。
もともと強制的に魔力を吸い取る仕掛けは、少量しか吸い取れないので、それを応用した技術なので、小瓶の魔導具や魔導具を作る魔導具などに使っている。
安全性は今のところ問題ない。
「それならば、なお安心ですね」
「魔法使いの中で協力したい者は、そちらでやって戴ければ良い訳ですし、城で働く者達皆が協力しているのであれば、戯言を言う気にもなれないでしょう」
入浴施設にしたって、王族用と言っても、この手の施設はなんやかんやと他の者が使う事が多い。
特に後宮の方は、例えば王妃専用であれば王妃が使った後は、王妃付きの侍女達が使えるし、王母専用であれば王母付きの者達。
そして王族の女性専用となれば、王族の方が使用した後はそれ以外の後宮に勤める人達が使う事ができる。
逆に、王宮の方の王族専用は、本気で王族しか使えなかったりするから、変な話なんだよね。
「欠点としては、部屋が複数に別れる分、予算が上がる事ですが」
「これぐらいであれば許容範囲でしょう」
「あの者達に傲慢な顔をされる事を思えば、これくらいの出費など安いものです」
陛下、本気で魔法使い達をなんとかした方が良くないですか?
と言うか、これでまた私が恨まれて、狙われるなんて事になりませんよね?
「話は変わりますが、参考までに当家の湯に入って行かれませんか?
アーカイブ家の物ほど豪華な作りにはなっていませんが、新しい設備もありますので」
「それは施設を知るためにも必要な事かもしれませんね」
「仕事ですから、致し方ありませんね」
はい、今すぐに用意させます
エリシィー、準備をお願いね〜。
あっ、もう出来ていると。
さすがは私の可愛い侍女です




