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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
284/977

284.余計な一言さえなければ、モテる人だと思うんですよ。





「すぅ〜〜〜、はぁ〜〜〜〜」


 朝の涼しい空気をゆっくりと吸っては、同じようにゆっくりと吐き出ながら柔軟運動を繰り返す。

 筋や筋肉を痛めないように、脳裏にイメージをしながら身体を動かし続ける。

 最近は旅行だの、エリシィーとの再会だのと色々あって、サボリ気味だった朝の鍛錬を、何時もより早く目が覚めたの事もあって、しっかりと行う。

 身体は温まったし、柔軟も終わったので基本運動。

 髪は邪魔なので、三つ編みして後ろで縛ってあるので、安心して動ける。

 うん、この間も感じたけど、やっぱり少し鈍っているかな。

 なんとか今月中に取り戻さないと。


「ぜぇ…はぁ…、ぜぇ…はぁ…」


 基本運動の後、前世の舞踏を用いた全身運動もなんとか踊り切ったけど、指先にまで意識が回らないし、動きのキレが悪い。

 うん、此処一月で体力が落ちている。

 もともと踊り切るのがギリギリだっただけに、ハッキリと違いが出て来た。

 水分補給をして呼吸が落ち着いたら、もう一セット。


 カタッ。


「ぁ…」

「こんなに早く早朝鍛錬とは精が出るね」


 ラフな服装ではあっても、気品に溢れた陛下の姿に、起こしてしまったと反省。

 王族だから、起きてくるのはもっと後だと思っていたので、音を出さないように気をつけてはいたのだけど、こうして姿を見せているのがその答えみたいなもの。


「申し訳ありません、起こしてしまいましたか」

「いや、昨日はあれだけ早く寝たんだ、早く目も覚めると言うもの。

 屋敷の者を起こしては悪いと窓の外を眺めていたら、何処かの誰かが運動を始めていてね、悪いけど暇潰しに覗かせてもらっていたところさ」

「素人の鍛錬など、見ていて楽しい物ではないと思いますけど」

 

 ぶっきらぼうに答えはするけど、別に昨日の事ではもう怒ってはいない。

 たしかに昨日の突然の宿泊宣言に、頭が沸騰しかけたけど、料理を作っていたら次第に落ち着いた。

 美味しい食材に、怒りを打つけるのは失礼だからね。

 そうなると、陛下がなんであんな事を言い出したのかを、考える余裕が出来たので怒る理由は殆どない。

 殆どと言うのは、ギリギリまで黙っていたのは間違いなく陛下の趣味だからと言う一点。

 まぁそれもかなり遠回しの言葉と態度であっても、陛下に謝罪されれば許さない訳にはいかないので、その時点ですっかり忘れる事にしている。

 ぶっきらぼうなのは、単純にまだ息が上がっているので、それだけの余裕がないだけの話。

 今のも必死に呼吸を整えて、話しているくらいなんですからって。

 …あっ、やばいっ。


 ぺたりっ。


 息絶え絶えの所を無理して立っていたのに、呼吸まで無理したから、酸欠で膝から力が抜けてしまう。

 よくよく、考えれば身体強化の魔法で姿勢を保つなり、酸素ボンベの魔法で体力の回復を早くするなり、手はあったのだけど、そこは酸欠で頭が上手く働かなかったのと、体力と筋力の鍛錬だから魔法は禁止という、自分で決めた制約が正常の判断を奪っていたみたい。

 おかげで陛下の前で、みっともない姿を晒してしまい、顔が少しだけ熱くなる。

 あれだけ普段大口を叩いておいて、魔法が無ければこんな情けない小娘だと知られる事が恥ずかしく感じる。

 感じるのだけど、陛下はどこか優しい瞳で私に手を差し伸べ。


「何を恥ずかしがる必要がある。

 魔法を使わない君がこの手の事が苦手なのは、その小さな身体を見れば誰もが分かる事だ。

 でも、君はそれに嘆く事なくこうして鍛え続けている。

 あの程度でこんなにヘロヘロになるのでは、自慢は出来ないだろうけど、自信を持って前を見ればいい。

 その方が君には似合っているしね。

 いやぁ、自信を持って暴走する君の姿は、僕も楽しいしね」


 うん、やっぱり陛下は性格が悪い。

 この七日間の準備は、その最たる物。

 彼処まで必要もない準備に、ジュリやエリシィーを巻き込んでしまったのだもの。

 最後の一言さえなければ素直に感激出来たのに、最後の一言で全部台無しです。

 一瞬の感激を返してください。

 ええ、態とだとしても、関係ありません。


「ふぅ……、ふぅ…、もう大丈夫…です」


 だけど強がりだけど強がりできるくらいには回復したし、酸欠で働かなかった頭も動いて来た。

 私の強がりに呆れながらも、支えてくれていた手を離してくれる陛下に感謝しながら、膝と腰を操作型の身体強化の魔法で固定し、同時に酸素ボンベの魔法で一回分呼吸。

 しばらく経ったら、もう一回するとして。


「何か飲む物を用意いたしましょうか?」

「では茶でも頼もうか」


 収納の魔法から、作り置きのお手製の冷えたスポドリとは別に、陛下用に同じく作り置きの暖かいお茶を出す。


「ん、まだ変わった味だな」

「大豆を炒って淹れたお茶です」


 陛下は城では味わえない物を所望のようなので、まず飲まないような物を渡す。

 そもそもこの世界で大豆は基本的に家畜の飼料なので、平民ですら好んで食べる食物では無い。

 でも前世の記憶がある私は普通に食べるし、ジュリも最初は驚いていたけど、今や慣れているとは言え、それでも普通は陛下に家畜の餌を出したりしないだろうから、城の人にバレたら大事になるかも。

 うん、その時はその時で、陛下と殿下とジル様を巻き込むだけの話。


「昨夜の麻婆豆腐丼とか言うものも美味かったが、これも悪くないな」

「ツマミの燻製も瓶詰めしておきましたけど」

「ついでだ、今、貰っておこう」


 言葉に含ませた催促に、瓶詰めした豆腐の燻製以外に、お皿に数個載せた物をテーブルの上に置く。

 プレーン、トマト味、香草入り、香辛料入り等をサイコロ状にした物。

 チーズのように濃厚な味なのに後味は良いので、気に入ってくれたらしいけど、傷む前に食べきって欲しい。


「家畜の飼料がこうも化けるとはね」

「元が家畜の飼料では、世間体が悪いですから、流石に広め難いですけどね」

「魔物の繁殖と違って、此方は力付くと言う訳にはいかないね」

「そこは隠れた珍味という事で、少しずつ」

「なかなかに擽る言葉だね」


 美容関係で豆乳を売り出す手もあるけど、意外に傷みやすいから、冷蔵庫がないこの世界では食中毒が怖い。

 取り敢えずは、来年から味噌と醤油を売り出す予定なので、そちらから攻めてゆく計画ですけどね。


「朝食だが、何を用意しているのかね?」

「お粥、味噌汁、川魚の塩焼き、山菜の煮物、大根の塩漬け、法蓮草のおひたし、ビーツの金平、卵焼きですが、実際は見てのお楽しみという事で」

「君の作る物だから美味しいのだろうが、カインの奴のは少し多めにしてやってくれ。

 若いアイツには昨日は少なかったと見える」

「……すみません、気がつきませんで」


 確かにヴィー達ほどではないとは言え、殿下もまだ二十代半ばなんだから、陛下達に合わせた量では不足だったかもしれない。

 うん、焼きオニギリでも追加しておこう。

 好きなだけ食べれる感じで。


「それと昨夜の相談の件だが、オルミリアナに例の条件で技術を提供をする事は許可しよう。

 三人で相談したが、十中八九嵌まるだろうと意見が一致した」

「本当に宜しいので? 古き血筋ですよ」

「十分に挽回の機会は含まれている。

 古き血筋の誇りと国の事を思うのなら、そうなる事はなかろうし、真に神に仕えているのであれば、神がオルミリアナを見放す事はない」


 鬱陶しい教会の狂信者の襲撃や、エリシィーの件で教会を黙らせるため、教会に提供する魔導具を以前から考えていた。

 ただ国としては、教会に必要以上に力を付けて貰いたくない以上、その辺りの匙加減が微妙だったので、昨夜の内に陛下の相談。

 私が睨んでいた通り、あの天辺ハゲの枢機卿が影で狂信者達の糸を操っているらしいのだけど、糸を辿ろうとすると不思議とその先は切れているらしい。

 枢機卿が相手ともなると、流石に証言だけでは動けないらしいので、陛下も頭の痛い話だったようだ。


「ただ、これは三つ目の魔導具が完成しなければ、意味を為さないものです」

「試作品であの出来となれば信じるに値する。

 それに、君はオルミリアナや、あの侍女の子の件がなくとも、アレを完成させるつもりだったのだろ?

 ならアレは完成する、例え時間が掛かろうともね」


 うん、こういう信頼は、素直に嬉しく思ってしまうと同時に、流石は人の上に立つ人だけあって上手いとも思ってしまうのは、私が捻くれているからなのかもとも思ってしまう。

 三つ目の魔導具、これはある意味、水の魔法石以上に世界を変えるかもしれない代物。

 陛下だけでなく殿下やジル様も、教会に力を与える事になるとしても、完成させ世に広める価値があると認めてくれた物でもある。

 まだまだ、未完成で不安定な物だけど、私自身が必ず完成させたいと心から願う物。

 たとえ、教会の力無くして広める事のできない魔導具だとしても、その想いは変わらない。





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