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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
283/977

283.この中年親父、いい加減にしないと怒りますよ。




 シンフォニア王国国王。

【ジュードリア・フォル・シンフォニア】視点:




 ちょろちょろちょろ。


 湯船から、湯が零れ落ちて流れる水音と、心地の良い風に身を任せながら、暑い真夏に入る湯と言うのも中々に良いね。

 脱衣所とは別の屋根が大きく張り出した四阿(あずまや)のおかげで陽の光は遮っているから、それほど暑さは感じないし、棚状になっている山の地形のためか、風が程よく吹いているため、暑苦しさもそう感じる事はない。

 ただ、心地良い暑さが此処にあるだけだ。


「いやぁ、心休まる景色だねぇ。

 ジルが嬉しそうに話した気持ちが分かるよ」

「ですね。私も妻に自慢したくなりましたよ」

「カイル、分かっているだろうが」

「言いませんよ。

 連れて行けなんて騒がれたら、堪りませんからね」

「だから、ジルは屋敷に作ったのだろうけど」

「陛下、今年度も来年度も、そのような余分な予算などありません」


 せめて却下するなら、最後まで言わせてくれても良いと思うのに、こう言う事は空気の読めない男だ。

 生憎と彼女との約束である街道計画のおかげもあって、金が無いからね。

 彼女のおかげで現時点だけでも、ある程度の潤いが約束されているとは言え、それが廻り廻って国の予算に大きく反映されるまでには、まだ数年は掛かる。


「じゃあ私費でなら構わないだろ。

 王家専用と言う事にしておけば、さほど予算はいらないだろうし」

「はぁ……王妃様達が黙っておられると、お思いですか?」


 言われてみれば、確かに黙っていないだろうね。

 後宮にも作れと言い出すに決まっている。

 しかも、慣例的にも三つは必要となる。

 王妃専用、王母専用、そして王族の女性専用と。

 僕や息子達は一つで済むと言うのに、全部で四つも作らないといけなくなる上、予算は四倍では効かない。

 そして、当然ながら、この手の設備関係となると、女に金を出させないのが昔からの慣わしだ。


「カイル、妻と母上の分は僕がなんとかしよう」

「ある意味、愛を試されるような気がするんですが」

「君の愛を愛すべき妻に示す良い機会だ、夫の偉大さと優しさを見せてやるが良い」

「はぁ…分かりました。

 当分は良い酒は控えましょう」


 まぁ妻達には、僕等の魂胆なんて見透かされるだろうけど、それでも喜んでくれる事には違いない。


「ああ、そう言えば良い酒といえば、脱衣所に冷えた酒が置いてあるとか言っていたね」


 僕の言葉にジルが動いてくれるので、大変にありがたい。

 不便さを楽しみたいとは思ってはいても、この心地良さをこのまま楽しみたいと、今は思ってしまっているからね。


 持って来たのは、無骨な取手の付いた木の器だが、まぁこんな濡れた場所だ。

 手を滑らせぬようにと言う配慮なのだろう。

 中には細かな泡がたった液体が入っており、泡水で割った物なのだろうと推測できる。

 冷えているためか香りが少ないが。


「ほう……」

「なんと……」

「信じられませんな」


 各々、酒を口にし、驚きの声を上げるが、その声音に含まれているのは呆れ。

 高価と言う言葉では済まない紅皇蜂(クレムゾン・ビー)の蒸留酒。

 それをベースにして果実酒を作るなど、酒を商いにする物からすれば、冒涜以外の何者でも無いだろう。

 

「だが悪くは無い。

 何を漬けたかは分からぬが、良い香りと味わいだ」

「多少甘いのは気になりますが、泡水のおかげで飲みやすいですね」

「冷えている酒を、こうして熱い風呂に入りながら飲むなど、贅沢な話には違いありませんな」


 泡水で薄まっているせいか、弱い酒になってしまっているが、湯で熱った身体を冷やすには丁度良い。

 代わりは? ……無いと。

 【うめさけ】と表示が書かれていた物以外は、水と果実水の類いの物ばかりと。

 ああ、そう言えば君が家に風呂を作った際に、泥酔状態での入浴は駄目だと説明されたと言っていたね。

 なら喉を潤す程度しか置かれていないのも当然か。

 うん、どうした? そんな所に寝転がって。

 ……寝風呂と言う物だと。

 それは、浅い故に飾りだと思っていたが、そうではなかったのか…、どれ、僕も試してみよう。

 成る程、枕のような石は中に冷水が流れていて、心地良いな。

 ふむ、一層のこと設計毎、彼女に依頼すべきか。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【入浴後】




「では今度こそ、そろそろ王都へ」

「今夜は泊まって行くぞ」


 うん、彼女の言葉を遮るように言った僕の言葉に、彼女達は面白い程に固まってくれた。

 しかも、口をぽかんと開けた間抜け面は、叙爵の時以来だけど、いやあ、あの時と今とでは、また受ける感激が違うね。

 この顔と反応が見たくて、今まで黙っていた甲斐があったと言うもの。

 カイルも表情には出さないけど、目が面白がっている。

 まぁ僕は隠さないけどね。


「ぇっ…、あ、あの…、その…じゅんびが……」

「構わないさ。

 始めに言っただろ、近所の小父さんが遊びに来たと思って、気を使う必要ないと。

 出来る物で構わないし、なくても文句を言ったりはしない」


 いやぁ、良い反応するね。

 でも、……まぁ、そろそろかな。


「つまり、招かれぬ客は蹴り出しても構わないと?」


 うん、やっと調子を取り戻してくれたようだ。

 アタフタとする彼女を見ているのも楽しいいけど、僕としては此方の彼女の方が好みだね。


「いや、流石にそれは困るかな。

 僕等としては歓待されるより、ぞんざいに扱われた方が助かる。

 歓待など、僕等にとって慣れ過ぎて退屈でしかないからね。

 それに今の君等じゃ、どう頑張ってもそんな真似は無理だし、普段通りでいてくれた方が僕等としては新鮮だ。

 なにより、城では味わえない刺激を楽しめると言うもの」


 屋敷周りからは出ずに勝手にさせて貰うから、気にせずに勝手にしてくれと伝えておく。

 ここまで言っておけば彼女の事だ、やっと開き直ってジルとの旅行の時のように肩の力を抜いて、僕の真意に気がついてくれるはずだ。

 別に僕も王太子もジルも、彼女達を困らせるために此処に泊まる訳ではないし、そこまで暇ではない。

 確かに、疲れた身体を休める意味合いはあるが、主な目的は今回の視察に説得力を持たせるため。

 ただ見て帰って来たではなく、魔物の繁殖場の近くにある屋敷で、一晩過ごしても大丈夫だったと言う事実を得るためさ。

 魔物の繁殖における安全性を示すのに、これほど説得力のある事実はない。

 なにせ国王である僕に、王太子であるカイル、そして宰相でジルと国の頂点である三人がそれを体験して証明したとなれば、誰もその言葉に疑念の言葉を口にする事などできないからね。

 まぁ、国の最重要人物が三人揃って、何をやっているんだと言う文句は出るだろうが、そう言う物だとして、動かなければならなくなる。


 水の大改革。


 これは国として、なんとしても成功させねばならない政策だ。

 だから、成功の可能性を少しでも上げるためなら、これくらいの事はする。

 ジルの報告で、ある程度の安全が確保されているのは分かっていた、というのも大きな要因の一つだ。


「部屋は二階の空いている所を適当に使わせて貰うよ。

 これだけ広い屋敷ならば、空いているだろうしね」


 その後は、もう早かったねぇ。

 彼女、もう僕に何を言っても無駄だと思ったのか、二階の東の部屋を三つ準備するよう従者や侍女の子に告げた後、本人は庭に出て何をし始めるかと思ったら、いきなり寝台を作り始めたから驚きだよ。

 収納の魔法から、この屋敷を作った時の余りなのだろうか、製材済みの木材を取り出すと魔法で加工を始め、あっという間に脚付きの木枠を作り出した。

 そして次に縄を取り出して、魔法で縄を操作しながら木枠の間に細かく編み込みを始めるのだけど、一本が切れても大丈なように、数本を同時にやっているから早い早い。

 四半刻もしない家に三人分のベッドを二階の部屋に運んで、拭き掃除と布団を敷くように指示を出しているのが聞こえてくる。


「いやぁ、こんな屋敷があっという間に建つのも分かるね」

「宮廷魔導士達に学んで貰いたいものです。

 攻撃魔法を放つ事だけが、戦力だと勘違いしていますからね」

「前線基地や要塞の建設に防壁の構築。

 まぁそんな事をされて、開戦派を刺激されても困りますがな」


 本当に、彼女が常識がある人間でなによりだよ。

 一年も掛からずにこの地を開拓し、これだけの物を築き上げた能力だけを見ても彼女の恐ろしさが分かるというもの。

 もっとも、本人は自分が如何に危険な人間かだなんて、気が付いていないみたいに振る舞っているけどね。

 まぁ振る舞っているだけだろうね。

 気が付かないわけがない。

 自分が小さな島国程度なら、気分次第で滅せれる力をある事をね。

 でも、こう振る舞っている事こそが、彼女の答えなのだと言うのも分かる。

 願う事なら、生ある限りその姿勢を貫いて欲しい物だね。

 僕も、彼女を失う事にはなりたくはないからさ。


「陛下、何か食べたいような物はありますでしょうか?」

「貴族が食べないような物がいいねぇ。無論、美味しい物で」


 二階から降りてくるなり、そう聞いてきた彼女に、僕は当然のように答える。

 豪華な料理なんて食べ飽きているからね。

 話に聞く彼女の手料理を食べるいい機会だし、それならば、当然城や招待された家で食べれないような物が良い。

 そう言って屋敷の奥の方に向かう彼女だけど、多分台所にでも向かったのだろう。

 正直、魔法を駆使して料理を作ると言うその光景を見てみたいのだけど、見に行ったら邪魔だと怒られそうなので止めておく。

 今の彼女、物凄く不機嫌な奥さんと同じ空気纏っているからね。

 僕は空気が読めるから、興味があるからと言って、そんな愚かな真似はしないさ。

 おっと、気を抜いて安心していたら、当人が再びやって来て……。

 部屋の隅に温泉施設で見かけた、屋内用の新型の糧食箱らしき物を床に置き。


「此方の中に、幾つかの飲み物と、簡単なツマミが入っておりますので、どうか好き勝手に(・・・・・)手にし、夕食までお寛ぎください」


 そう言い残して、再び屋敷の奥に戻って行く姿を見送る。

 うん、やっぱり行かなくて正解だったようだ。

 彼女だいぶ怒っている。


「ジル、任せた」

「お断りいたします。

 陛下が撒いた種ですので、陛下が刈り取られるのが筋かと」

「じゃあカイル」

「父上、妹の機嫌一つ取れない私に、どうしろと?」


 まったく、二人とも役に立たないから、困ったものだ。

 仕方ない、夕食の時にでも、それとなく謝っておくか。

 まったく、ジルは例外として、王である僕に謝罪させるだなんて、奥さんと彼女くらいだよ。





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