281.なんで、前世でも今世でも無茶振りする上司に当たるんだろう。
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かちゃ。
食器の音が僅かに鳴る事はあっても、この席ではそれを指摘する人間はいない、気楽な場。
と、言っても、私もジュリも一応は貴族として厳しく教育されているので、前世の一般家庭のように賑やかに話すと言う事はないのだけど、それでも若い娘三人の食事となれば、それなりに会話が弾む。
勿論、もう一人であるエリシィーは貴族の出ではないものの、教会で礼儀作法は仕込まれているので問題はないし、そもそも礼儀がなっていなくとも問題にするような人間は此処にはいないからね。
「ふーん、今日も絞られたんだ」
「絞られると言うか、全然考え方が違うから戸惑っているだけかな。
厳しいけど丁寧に教えてくれるから、なんとか付いて行っているわ。
まぁ、向こうが私に合わせてくれているだけなんだけどね」
「どんな教え方されてるの?」
「うん、とにかく考えさせられるかな。
なんでそう思うのか、どうしたら良いと思うのかとか。
とにかく考えさせられて、なんとか答えを出すと、どうしてそう考えたのかを説明させられた後、色々な考え方や導き方がある事を丁寧に教えられて、また次を考えさせられるの繰り返し」
ふ〜ん、ゼルガディスはそう言う教え方をするんだ。
でもとにかく考える癖を付けるのは悪い事ではないし、ちゃんとフォローや実例を上げながらも、正しい方向へそれとなく導いて行くのは、中々に技術のいる教え方。
エリシィーの反応を見る限り、独善的で自己陶酔した物ではないようなので安心した。
私のやり方は前世のやり方をベースにした物が多いから、正直この世界の現状に合わない物が殆ど。
なので、この世界のスタンダードなやり方で、私をフォローし意見出来る人間がいると物凄く助かるので、エリシィーにはその立場に立ってもらおうと思っている。
無論、能力的エリシィーでは専門的な物は無理だろうけど、それこそ高度な判断が必要な時は専門家にお願いすれば良いだけの事。
私が求めているのは普段のステップの軽さだし、今の所はそこまで高度な判断を求められるような商売はしていない。
「私は只管待機室で待機しているか、ユウさんの後ろをついて歩いているだけでしたわ」
「従者ってそう言うものだし」
ジュリの方も実際は待機室で同席している人達と情報交換していたり、移動している時は周囲を警戒していたりと大変なお仕事。
そこに学習院の勉強に、従者としての勉強、おまけに魔導士としての鍛錬もあるから、本当に大変だと思う。
そう言う意味では、自分の好きな事をやっている私が、一番楽をしているのかもしれない。
「そう言えば、エリシィー、侍女としての教育はどんな感じ?」
「一応、基本は出来ていると言ってはくれたけど、色々と違いを指摘されている真っ最中。
と言うか求められている物が段違いな状態だから、少し困惑しているわ」
「侯爵家の侍女の能力を求められたら、そうなっちゃうか。
少しドルク様に手加減するようにお願いしようか?」
「別に問題ない。
上の事が出来れば、ユゥーリィに恥を掻かせる事も少なくなるもの」
そう言ってはくれるけど、当主、従者、侍女の三人しかいないシンフェリア子爵家に、侯爵家の教育はレベルが高すぎる気がするのだけど、ジュリもエリシィーも愚痴は言っても泣き言は言わないんだよね。
むしろ今みたいにやる気のある言葉を私に言うほど。
無理していなければいいのにと、心配になってしまう。
とまぁ、こんな感じの夕食タイムも終わり、入浴前の食後のティータイム。
「そう言えばエリシィー、今度、お客様を迎えるから、その時は侍女らしくよろしく。当然ながら、ジュリもねぇ〜」
「そうあらためて言われるからには相手は貴族なんでしょうけど、ユウさんが客を呼ばれるなんて珍しいですわね。
以前に討伐騎士団の二人がこの部屋に来た事があったとか言っていましたから、此方に遊びに来られるとかですか?」
今の私が客を迎えると言ったら、この宿舎の部屋だと思うだろうし、そうなると此処に来てもおかしくない交友のある貴族だと、ヴィーやジッタだと考えるのも分かる話。
うん、言いたくないなぁ。
正直、私も嘘だと言いたい心境だし。
「御迎えするのは陛下だったりして。てへっ♪」
「「ぶほっ!」」
二人とも汚いよ。
せめて口に手を当てようよ。
え? 冗談じゃないよ。
私としては、陛下に冗談だったと言って欲しいくらいなんだけど。
うん、本気で陛下。この国で一番偉い人。
場所は流石に此処じゃなくて、秘密基地の方。
なんでって、名目的には視察だって。
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【回想中】
「ははははっ、つまり迎えたくても、僕の環境に問題があるから無理だと」
「いえ、私の方に問題があります。
爵位と家格が足りませんし、人手も足りません」
いくら陛下が屁理屈を捏ねろうとも、こればかりは無理な話。
あの地の研究は、知らない者の目に晒す訳には行かないし、陛下の身の安全を考えると最初から無理な話。
あと、無茶を言う陛下が悪いなんてあまり口にしたくないので、あくまで私の家の都合で御勘弁くださいと言う形を取る。
「確かに君の言う事は正しいよ。
普通であれば、幾ら僕でも諦めざるを得ないだろう。
でも普通でないのであれば、可能だ」
いや無理でしょ。
もし陛下が無理やり私に命じて、あの地に空間移動したら、私が陛下を攫った重罪人になってしまうから、幾らなんでも聞きませんよ。
そんな命令を出されたら、他の人に泣きつくだけです。
陛下が無茶を言い過ぎて困っているので、どうにかなりませんかと。
命令拒否ではなく、命令を受託する前に撤回させるための行動を取るだけです。
「確かに、近衛が行けない所には僕は行けないし、あの地に普通の近衛程度を入れる訳には、まだいかないのも同意見だ。
そして安全をある程度確保出来ない場所にも、僕は行けないと言うのも理解している。
緊急時以外には、それを為す事は許されないと国法にも定められているからね」
そっかー、そんな国法まであったのか、知らなかった。
一度、国法を定めた本にも、目を通しておくべきかな。
「でもね、逆に言うとその三つなんだよね。
君、王太子の役職を全部知っているかい?」
「幾つも兼ねているのは知っていますが、流石に全部は把握していません。
陛下同様に凄くお偉い人で済む話ぐらい、私にとって雲の上のお方ですから」
そもそも、あまり知りたくないしね。
あっ、まさか。
「気がついたみたいだね。
そう、近衛騎士団の総師団長でもあるんだな。
名前だけだけど」
いやいや、名前だけの訳がないでしょ。
あの変態残念M王子を見ても、お飾りでない事は分かるし、引き締まった体格から、それなりの武を収めているって分かりますよ。
しかも魔力持ちでもありますし。
「いえ、ですが陛下の安全が確保出来ませんので」
「うん、だから君に命ずる。視察中は僕を守れ」
「はっ?」
「だって、君の側ほど安全な所はないでしょ。
特に怪しい人物どころか、人がいない土地で、脅威は魔物や野生動物だけとなれば、君を上回る人間はそうはいない。
それに、いざとなれば、空間移動の魔法で退避する事もできる訳だしね」
なに、その卓袱台返みたいな屁理屈は?
確かに筋だけは通るかもしれないけど、そもそもそんな許可が出る訳がないですよね?
「これは今後の国の政策を左右する、例の計画に対する重要で機密性の高い視察だ。
無論、既に現地を視察した事のある宰相の意見と、例の計画を知る一部の人間と相談した上で、略式ながらも正式な手続きが行われるだろう。
一刻ほど城内で待機していたまえ、それまでに結果を伝える」
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【現 在】
「と言う無茶振りがありまして、陛下と王太子殿下、それに宰相閣下であられるジル様も迎える事になってしまったので、各自頑張ってとしか」
「……どう考えても無茶すぎますわ」
「平民の私が、そんな国の重要人物を前に何をしろと?
顔を上げただけで、不敬罪で斬られそうで怖いんだけど」
私も無茶過ぎる思うから頭が痛いのよ。
あと、陛下にしろ王太子殿下にしろ、そこまで無茶な人じゃないから。
意地悪なところはあるけど、根は良いオジサンだから安心して。
「一応はジル様から、年寄り二人と小父さん一人が遊びに行く程度の気持ちで構わない、とお言葉を戴いてはいるけど……」
「言葉通りに取る人って普通はいないと思うけど」
「エリシィーさんの仰るとおりですわ」
「かと言って、彼処には関係ない人は一切連れて行けないから。
ドルク様やヴァルト様の家から、人手を借りると言う訳にはいかないの。
意味、分かるわよね?」
「分かるけど、分かりたくない」
「そう言うのはユウさんだけでお願いしたいですわ」
分かりたくなくても駄目。
あと、仮にも自分の主人を見捨てない。
とにかく当主として命じます。
当日まで、最低限の予定以外は取り止めにして、お迎えにする準備に全力を注ぐ事。
今月は、一話も書けませんでしたが、最初から読み直して280話まで誤字脱字修正を頑張りました。
さぁ、390話まで読み直しながら誤字脱字修正をしてから、続きを書きます。
四章からは更新速度を落とすかもしれません。




