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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
28/976

28.お菓子とドレスに笑顔を。





「白っぽくなって角が立ったら、砂糖を、あーっだめ!

 一度に入れたら甘いのが偏っちゃうから、茶漉し器で振るいながら三回くらいに分けて」


 自分は自分の作業をしながら、エリシィーがやらかしそうになったのを止める。

 砂糖を一息に入れようとしたからだけど、うん、知らないのだから仕方がない。

 彼女と一緒に作っているのはパウンドケーキは、比較的簡単な焼き菓子。

 シンプルな味わいが決めてだけに、ちょっとした事が味を大きく左右する菓子でもある。


「ユゥーリィ、それってもしかして?」

「うん、ワイン」


 正確にはワインを魔法で蒸留した物なので、正確にはブランデーだけどね。

 そのままワインの入っていた容れ物を使っているし、元はワインである事には変わらない。


「お菓子にお酒なんて使うの?」

「結構、使う事は多いわよ。

 エリシィーの方に入れる予定の桃だって、ワイン煮で保管してた奴だし、香り付けや風味付けに良いの」


 まぁ十歳の子供が、いきなりお酒の瓶を取り出せば驚くかも。

 キルシュヴァッサーやラム酒があれば良かったけど、この世界にあるかどうかも分からないので、代用できそうな物を使用。

 ワインやブランデーも前世では私が使わなかっただけで、使うような事を聞いた事があるので問題はないはず。

 

「バニラビーンズは入れすぎないでよ、凄い事になるから」

「そんなに凄いの?」

「うん、凄いらしい」

「試した事は?」

「指についたのを舐めて試したぐらい」


 私の言葉に試してみるエリシィー。

 なかなかのチャレンジャーだ。そして、いきなりケーキの生地に大量投入しなかった事は褒めておく。

 結果は眉間に皴を寄せまくった彼女の表情を見れば、聞かなくても分かるので放置。

 流石に止めを刺すのは気の毒だからね。

 そんな事を互いに言いあいながらも、楽しく作業を進めていけば、あっと言う間にほぼ完成♪

 後は焼くだけなので、お手伝いのリリィナさんにお任せ。


「ちょっと休憩」

「だ~め、洗い物が先」

「お嬢様、私がやっておきますので、お友達とあちらで休まれてはどうでしょうか」

「焼きあがる香りも楽しみだから、此処にいる」


 お菓子作りの、それも焼き菓子の楽しみは、このオーブンの中で焼き上がるまでの一時。

 これを楽しまなくては噓だろうとさえ私は思っている。

 エリシィーに洗い物をしながら話をしましょうと言うと、彼女も一緒に片付けを手伝ってくれる。

 別に彼女自身、片付けが嫌なだけではなく、休憩をねだったのは別の理由がある。


「本当に綺麗だったわよ、お姉様、きらきらと輝いていて」

「ウチの教会でも見るけど、結婚式ってやっぱり特別なんだって思う」

「うん、いつも綺麗だけど、ああ言う場だと特別に綺麗に見える」


 彼女の本日の一番の目的は一にケーキ、二にお姉様の結婚式の時の話。

 シンフェリア領のような田舎町と違って、グットウィル領の街では立派な結婚式となった。

 こう言っては何だけど、お兄様の時とは雲泥の差と言っていい。

 ある意味、私の代わりにお留守番となったのは、お兄様夫妻にとって正解だったのかも。


「天気はあいにくの曇りだったけど、それだけに際立ったわ」

「曇りなのに?」

「うん、曇りだからこそ、新商品がお姉様を一層映させたのよ。

 お姉様、披露宴では大人気だったもの」


 参加していた女性陣の目の輝きが、もう色々と違っていて凄かった。

 ついでに招かれていた、彼方此方の商会の関係者達の目も凄かった。

 あまりの熱気に、披露宴がついでのようになってしまった気がしないでもないけど、お姉様をグットウィル家の跡取りの妻として顔を売る、と言う意味では大成功だったと言える。

 むろん化粧品は持って行った物の半分を、グットウィル家に納めて先方を立てる事を忘れない。

 むしろ相手が望むなら、今回は全部を納めても良いぐらいだと、お父様に言っておいたのだけど、それは先方から断られた。

 取り合いで血を見かねない、と笑われながら。

 

「……化粧品で血を見るって」

「どうやら見るらしいわ、……よくは知らないけど」


 逆に言うと販売分や商会分はウチに任せるから、受け取った分は販売分に回わさずに身内用に回したいと言う事なんだろう。

 他にも用意しておいた装飾品十セットは、まさに奪い合いの様態を見せていた。

 三セット分を、まずはグットウィル家の貴族後見人である伯爵様が即金で倍額で購入。

 新商品の初物と言う事で御祝儀価格だったのに、倍額購入ってどうなのかと思ったのだけど、その後の商会の人達の熱心な交渉を見る限り、あれで正解だったのだろう。

 ちなみに伯爵様、細身の渋い小父様でした。

 購入分は愛娘達に、新たに奥様方達用にお父様に製作依頼をしていた処を見ると、義理購入ではなく本気購入だったみたい。


「化粧品にしろ装飾品にしろ、予約分だけで春まで工房はフル回転状態」

「領主様達、春までは忙しいんだ」

「早く職人を確保しないと、春からは過労で死人が出かねないわね」

「え?」


 冬の間は、シンフェリア領は深い雪に埋もれている事もあって、この手の作業には余裕がある。

 でも春になれば兼業職人の人達は、本業である農作業の方に取られてしまう。

 しかも、ウチみたいな山奥の男爵家では縁がほぼないけど、春になれば王都での国主催の催しを皮切りに、貴族社会で社交界の華が咲きだす。

 当然ながら、そこでウチの新製品が話題になるはず。

 顔を程よく艶やかに、そして明るく見せる化粧品。

 それが話題にならない理由がない。


「ん、良い香りがしてきた♪」

「窯を開けた時が一番、凄いんだよね」

「確かにあれは良いよね」

「お嬢様方は、本当の楽しみ方を知っていますね」

「ふふ、食い意地が張ってるだけよ」


 これだけ香ってきたなら、あと少しかな。

 粗熱が取れただけの状態のサクサク感は、作った者だけの特権。

 それを楽しみに、もう少しだけ会話に華を咲かせる。


「もう少し時間が掛かりそうね。

 工房の件は、一応、教会経由で職人を探してもらっているわ」

「ふーん、それで神父様、お手紙をいっぱい書かれているんだ」


 教会経由で人を探してもらった場合、色々と問題が出てくる。

 此方の都合で簡単に解雇する事はできないし、その場合もそれなりに面倒を見なければならない。

 むろん紹介される側も同様に、そう簡単に雇用者を裏切れない。

 神の代弁者である教会の下での契約になるからだ。

 大抵は教会関係者に縁の深い方が紹介される事が多いのが実情だけど、それだけに裏切れば、教会の力が強いこの世界ではあまり洒落にならない事になる。


「そう言えば、あの時のユゥーリィは別人に見えて怖かった」

「……一応、これでも貴族の端くれだから。

 神父様はああやって、私に貴族としての考え方を教えて下さっただけよ」


 彼女の言っているのは、以前に教会で神父様とやり合った時の事。

 実際はやり合ったと言う程ではないけど、正直、そのやり口にはムカついたのは本当の事。

 だけど冷静に考えれば、神父様は神父様で教会関係者として当然の事をしただけ。

 王都で司祭として仕事をしていただけあって、今回の商品が齎す影響を神父様は予測出来ていた。

 貴族はもちろん、貴族との関わりが深い教会関係者内でも話題が広がるだろうし、これが一時的な流行り商品ではなく、長期に渡って一定以上の収益をもたらす商品になると。

 そこに関われるのならば、教会としては当然関わろうとするのは当然の考え。

 教会とて人が関わる団体である以上、その運営にはお金が必須だし、聖職者だって美味しいご飯を食べたいし、お酒だって飲みたいに決まっている。

 この世界の聖職者は結婚もするから、当然家族を養わなければならない。

 幸せな生活をするためには、寄付やお布施だけでは成り立たないし、成り立つようではいけない。


「あの時は、持って回した言い方だったけど。

 結局は、困った時には教会が助けてくださる、そう言う話なの」

「……どれだけ面倒なの、貴族って」

「ええ、私もそう思う」


 前にも言ったけど、教会は熱心な信徒と言うか、味方には比較的寛容だ。

 ましてや教会に利益を齎す様な味方であれば、教会はその巨大な組織の力を使う事も厭わない。

 実際には派閥や色々な力関係が左右されるけど、大きくはそう言ったもの。

 ウチみたいな山奥の弱小男爵家は、多少の利益が減っても教会に保護されていた方が賢明だろう。

 互いに利用しあう良い関係を結びましょう。

 あの時の神父様は、半分は(・・・)そう言っていただけに過ぎない。

 貴族社会的な持って回した言い方でね。

 エリシィーの言葉が本当だとすれば、きっと神父様は、その言葉通り春から訪れるであろう狂乱に向けて対策をされているのだと思う。


「さぁ焼けた頃ですから、開けますよ」

「「うわぁ〜〜♪」」


 リリィナさんの言葉と共に開けられたオーブンからは、甘い香りが調理場いっぱいに広がり漂ってきた。

 その甘い香りと香ばしい香りに、私達は歓声を上げる。

 串を差して生焼けでない事を確認してから、中身を取り出し。


 サクッサクッ♪


 生地の表面が、焼きたて限定の心地良い音を奏でる。

 断面も綺麗。少なくとも見た目は完璧ね♪

 そこからは、流石にリリィナさんに調理場を追い出される。

 焼き立てパウンドケーキと煎れたての紅茶を持って行くから、いつものラウンジで待つようにと。

 このまま此処にいたら、熱々すぎるパウンドケーキを口に入れて、火傷されると思われたのかも。

 それを否定しきれない事を自覚しているので、もちろん素直に従ます。


「それにしても残念だったなぁ」

「焼き立てほやほやが?」

「違うわよ。

 いったいユゥーリィの中での私は、どれだけ食い意地が張っているのか、一度聞きたいんだけど」

「少なくとも私ぐらいは」

「無い、半分も無いからっ」

「酷いなぁ、否定はしないけど」


 多少、食い意地が張っている自覚はあるから否定はしないけど、エリシィーこそ私を一体どう思っているのか、一度とことん聞いてみたい気もする。


「残念なのは、ユゥーリィのドレス姿よ。

 ミレニア様も綺麗だったろうけど、私としては身近なユゥーリィのドレス姿の方に興味が湧くもの」

「えー、そんなの見て誰得なのよ」

「それは私も見てみたいですわ。

 あとお待たせしました、お嬢様方が作られた焼き立てのケーキと紅茶で、今日は以前お嬢様から教えられたオレンジの皮を干した物を少しだけ混ぜた物です」

「ケーキの甘味と重ならない程度にですね、流石です」

「両方とも、良い香り」


 まぁエリシィーとリリィナさんの冗談はさて置いて。


「うん、美味しい♪」

「本当、美味しい♪」


 互いに自分が作った方を一口づつ食べ、今度はお互いに相手が作った方を。


「桃が甘くて、香りも良いわね」

「美味しいんだけど、香りが……、これ酔っちゃわない?」

「大丈夫、お酒ってある程度火を通せば、酔うようなものは全部なくなってしまうから」

「なら、これはこれでありかも。

 それにしても、さくふわなのに、中はしっとりとしていて、これは病みつきになりそう」

「でしょう。

 作った者だけの特権だもの」

「ん、何が特権なんだ?

 こうして横からありつければ問題ない」


 そうして何時の間にかやって来ていたお兄様が、椅子の後ろから手を伸ばして一切れ掻っさらって行く。

 しかも人の食べ掛けを。

 なんてデリカシーのない。


「お兄様、それはあんまりです」

「いやいや、それこそ兄の特権と言うやつだ。

 むしろ可愛い妹の作ったケーキを食べられなかったら、俺は悲しみの海に沈むぞ」

「そう言うのはいいですから。

 と言うか沈んでもらって結構です」

「冷たいなぁ」

「冷たくされる事をするからです」


 少しむくれる私を他所に、リリィナさんに自分の分のお茶とケーキ。ついでに私から奪った分のおかわりを頼んで、断りもなく空いている椅子に座る太々しさ。


「それで、今日はケーキ作りをしていたのは分かったけど、どんなお話をしていたんだい?」

「お兄様、女同士の会話に口を挟むのはどうかと思うのですが」


 そう言ってしまってから、前世の自分が自宅に遊びに来ていた妹の友達と妹の会話に同じように混ざろうとして、怒られたのを思い出す。

 あの時は別に変な意味はなく、楽しそうにしている妹とその友達に混ざってみたかっただけなんだけど、こう言う事だったんだと今更ながらに反省。

 

「いや、邪魔なら大人しく退散させてもらうさ」

「別に構いません。

 お姉様の結婚式の時のお話をしていただけですから」


 だから今度は私から声を掛ける。

 別にお兄様の事を嫌っている訳ではないし、邪魔と思っている訳でもないから。

 ただ気軽に話せる友達との会話を聴かれるのが、少しだけ恥ずかしかっただけ。


「ああ、凄かったって話だね。

 俺もミレニアの結婚式には出たかったのに、本当に残念だよ」

「それで、ユゥーリィのドレス姿を見たかったと言う話で」

「それ、終わった話だから」

「いえいえ、少しも終わっていませんよ。

 はい若旦那様、お待たせしました」


 まだ覚えていたのかと思ったところに、リリィナさんがタイミングよく戻ってくる。

 しかも丁度帰って来たのか、マリヤお義姉様まで連れて。


「あなた、こんな若い子達に囲まれて何のお話しを?」

「うん、ユゥーリィのドレス姿を、是非とも見たいと言う話をだな」

「してないですから。

 ミレニアお姉様の結婚式のお話です」

「それは私も見たいですわね」

「いえ、お義姉様は一応は見ているじゃないですか」

「それは仮縫いの時の話でしょ。

 あの時は着飾っていた訳でもない試化粧も施していなかった時でしょ。

 あれを見たとは言いません」


 本当に、いったいそんな物を見て誰得だと言いたくなる。

 そもそも私が着たくないと言うのが本音。

 あんな如何にも乙女チックなドレスを、何が悲しくて元男の私が着なくてはならないのか。

 それに、お姉様の時程ではないけど、コルセットの締め付けもキツイから嫌だし、ヒールも足が震えそうになるから履きたくない。

 と言うか、子供にピンヒールを履かせるなと言いたい。


「あれは結婚式という一度きりのものだから、意味があるものなんです。

 それに今回はベールガールと言う事で着ましたが、純白のドレスは本来は花嫁衣装の意味合いが強い物ですから」


 ええ、もっともらしい事を言って逃げます。

 言外に嫁入り前にの花嫁衣装を着るのは婚期を遅らせると、そう言ってみせる。

 無論、こんな事で本当に結婚を回避できるなら、喜んで毎日でも着させて戴きますけどね。

 なのに、この程度の常識を知らないのか、それとも天然なのか


「いや俺には見る権利がある。

 夜中に何度も使いに走らさせられたんだからな」

「それはお姉様のドレスであって」

「その結果、ユゥーリィのも作り直しになっているからな」

「ゔっ……」


 いや、確かにそうだし、それに関しては申し訳ないとは思っていますよ。

 でも、それは私のせいという訳では……。


「でもベールガールの衣装であって、ウェディングドレスではないと言う事ですよね」

「気がつかなくても良いのに」

「あーっ、やっぱりそう言うつもりだったんだ。

 何時か私を着せ替え人形にしておいて、流石にそれはないと思う」


 お兄様の空気を読まない発言と、エリシィーが余計な事に気がついたおかげで一気に形勢が悪くなった。


「どうやら決まりのようね。

 リリィナさん、準備をお願いします。

 あとセイジさんにも声を掛けておいて」

「畏まりました」

「俺は?」

「……あなた、いくら兄でもまさか妹の着替えを手伝いたい、とか言うつもりではないでしょうね?」

「それこそまさかだ。

 ただ待っているのもどうかと思って、声を掛けただけだ。

 いくらお前でもそう言う誤解は勘弁してくれ」

「なら黙って居間でお待ちください。

 その内にお父義様達もお帰りになられるでしょうから、御説明と準備ができるまでの御相手を」

「分かった、説明しておく」


 なにか人の意見など欠片も気にした様子もなく、勝手に話を進めていかれている気がするのは気のせいだろうか?


「ところでエリシィー、なんで腕を絡めてくるのかな?」

「もちろん、ユゥーリィを逃さないため♪」


 この時のエリシィーの笑顔は、今までで一番の笑顔だった気がするのは、私の気のせいだろうか?

 ただこの笑顔のために、あの拘束服のようなドレスを着るのも、そう悪くないと思ってしまう辺り、我ながら業が深いと思う。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] スープは美味しくないのに砂糖やバニラビーンズがあるところが気になりました 材料はあるけど腕がないのでしょうか? 材料もユーリィが遠くの街で買ってきたとかでしょうか?
[気になる点] まぁエリシィーとリリィなさんの冗談はさて置いて。 ここなのですが、リリィナがリリィなになってました。 「うん、美味しい♪」 「本当、美味しい♪ あと、ここなのですが、本当、美味…
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