279.秘密基地、紹介しちゃいます。その弐。
【断罪の高台にて】
コトッ。
コトッ。
コトッ。
収納の魔法の中から、家具職人のサラから受け取った幾つもの家具を取り出し、たいした家具もなく、伽藍としている部屋の中に置いて並べてゆく。
実用重視でシンプルで良いと言ったのに、其処はやはり高級家具職人の意地があったのか、シンプルながらも洗練された装飾が施されており、材質もかなり良い物が使われていた。
「まったくもう」
出来栄えが良すぎる事に、次から予算を言って作らせようと愚痴りつつも、なにかコギットさんの時のように、材料費のみとか言われそうなので怖い。
実際、使っている材料や品質の割に安すぎたからね。
他にもカーテンやシーツ等の布物類や、食器やフォーク等の台所用品とかをどんどん出して。
「適当に並べて仕舞っておいて、私は屋根をやって来るから」
「分かりましたわ」
「じゃあ私は掃除を、結構、砂埃が積もってるし」
三十人以上は余裕で個室を与えられる屋敷など、どう見ても二人や三人で使うには過剰ともいえる家の大きさに驚くエリシィーだけど、生憎とまだ完成しておらず、色々と途中だったりする。
その一つが屋根で、まだ板を打ちつけただけの状態なので、まずは防水シートを貼るんだけど、これは砂漠クラゲを使った防水布の魔導具ではなく、帆布に腐沼水と陶器屑の粉末を混ぜた物を塗りつけた物。
防水布と違って鉱物系の天然素材なので、寿命が比べ物にならないくらい長い。
欠点としては、硬くて重いので一般向けの物ではないし、衝撃にもそれほど強くない事。
もともと別の目的で使われているのを、私が前世の知識を利用して屋根の下地材の一つとして使うだけの話だから、比較しようがないんだけどね。
後は桟木を打ち付けて、この間来た時に魔法で焼き上げた素焼きの瓦を、順番に打ち付けて行くだけ。
重い瓦も屋根の上で収納の魔法から出すから、材料を運ぶために地上と屋根の間を往復する必要もないし、並べて行くのも、釘打ちして行くのも魔法なので、私自身は屋根の上を左右に往復するだけの簡単作業。
「問題は縁と棟と繋ぎ部分か」
流石に細かいところは、微調整しながらの作業になるので時間が掛かる。
歪みやサイズの調整は、形状変化の魔法で。高さが合わない所で、形状変化で追いつかない箇所は、粘土を下に敷き調整。
素人なので実用一点張りの装飾がない屋根だけど、別に見せる人がいる訳でもないし、居たとしても私は気にしないので、これで問題なし。
「ふう〜……、あっと言う間に半分だけど、その前に下に降りてちょっと休憩」
魔法で真夏の暑さと紫外線対策をしているとはいえ、直射日光による消耗と水分の消失は免れる事はできない。
なんやかんやと二時間近く作業をしているので、日陰で日焼け対策の帽子と手袋を脱いでから休憩。
森の中と違って、街中や平地は強い陽の光から逃れれないからね。
もう慣れはしたけど、それでもこう言う時は色なしだと、大変だなぁと思う。
私が屋根から降りて来た事で、二人も休憩する事にしたようなので、エリシィーにお茶を用意してもらって、私はその間にお茶請けと言うか、水分補給と塩分補給を兼ねたライム風味の濃い目のスポドリを作って氷結。
それを魔法でカキ氷にしてから小さく切ったフルーツを混ぜ込み、その上に小さめのソフトクリーム。
もうこの夏で何度目かはともかくとして、こう言う作業をした後では食べたくなる氷菓子。
それを大きく張り出した軒の縁側に腰掛けて戴く。
「ある意味、最高の贅沢よね」
「この氷菓子なんて十分に贅沢だと思うけど」
「ユウさんに掛かると、高価な物でもありふれた物に変わってしまいますね」
「意味が違うからね、大袈裟に捉えないのっ」
せっかく、前世の日本の夏の気分を満喫していたのに、空気を読まない二人のおかげで台無しです。
二人とも、ちょっと俗物的だよ。
「でも、冷たい食べ物で身体を冷やして、その後に温かい飲み物で、冷えすぎた体の中を温めるのですから、贅沢と言えば贅沢ですわよね」
「この広い屋敷を三人だけで寛ぐのも贅沢な話よね。
……お掃除が大変だけど」
まだ意味が違うけど、私的にはもうどうでも良くなったので、気にするのは止めた。
それに掃除は大変かもしれないけど、床は大分地面から上げて、玄関と土間以外は土足厳禁なので、それ程、砂埃は堪らないはず。
今まで作業の途中で本格的に掃除をしていないのと、作業中でまだ土足厳禁になっていないのが原因なだけで……。
「掃除が終わったら、土足厳禁にしようか。
もう、中では大きな作業もあまりないしね」
「屋敷の中とはいえ、靴を履かないなんてなにか慣れませんけど、そう言う決まりならそうしますわ」
「ユゥーリィって偶に変な事を言い出すからね。
まぁ掃除が楽になるなら私としては助かるけど」
土足厳禁はこの世界にない文化だからね、戸惑うのも分からない話ではない。
ちなみに家具はきちんと収まった?
……収まったと。
何か足りない物とか気がついたら、教えてね。
単純に私が出し忘れている可能性が高いってだけだけど。
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【断罪の高台の温泉施設】
「はぁ〜、労働の後のお風呂は気持ち良いわね」
「ユウさんの作業を労働と言って良いのか、疑問には思いますけどね」
「魔法を使っていようとも、労働は労働よ」
「まさか本当に一日で、あの広い屋根に瓦を葺き終えるとは思いませんでしたわ」
「魔法があるからね」
「なんでも魔法と言えば誤魔化せると思っていません?」
「うん、思っている♪」
ジュリとの冗談はさておき、高い所での作業はそれなりに怖いし、集中力も使うから、温泉の湯が心地良く感じる事には違いない。
「あれ? エリシィー、そんなところで固まってどうしたの?」
「う、うん、まぁ…、ちょっと驚いていただけ」
「こんなに大きなお風呂なんて、まずないからね。
しかも展望露天風呂だもの。景色の良さに驚きだよね」
「そっちも驚きなんだけど……、ジュリさん、ユゥーリィと同じなんだと思って、それだけ大きいのに」
ざばっ!
エリシィーの言葉と視線に、湯船の淵に腰掛けて、涼んでいたジュリは慌てて湯船の中に身を沈める。
まぁ布巾で隠しておかなかったジュリも悪いけど、エリシィーもエリシィーだと思う。
そう言えば、最初にエリシィーとお風呂に入った時も、しっかりと人の恥部に視線をやって指摘してくれたっけ。
「エ、エリシィーさんっ!」
「ごめんなさい、つい大ぴらにしていたから気がついちゃって」
ジュリの名誉のために言っておくけど、ジュリのは私と違って天然ではなく人の手によるものです。
もともとジュリは脇毛などの無駄毛は、こまめに手入れをしていたのだけど、私がそう言う心配が一切ないので、その事を羨ましがって、時折、ブーブー愚痴を言って煩かったので、前世の知識を使って永久脱毛処理できないかと研究し、その結果が今のジュリと言うだけの事。
流石に細かな作業なので、毛根に当てるだけと言う魔導具を作ったのだけど、まだ経過観察中の状態。
「へぇ〜、そんな事までできるんだ」
「まだ検証中の魔導具だから、なんとも言えないけどね」
この魔導具は【火】属性と【聖】属性があれば使えるので、例の教会との取引用にと考えている魔導具の一つで、もう一つペアで予定している物がある。
……エリシィーもしたいと。
別にエリシィー濃くはないと思うけど。
「ユゥーリィと同じが良いから」
「くはっ」
うん、今のは効いた。
ジュリの時にも同じような事を言われたけど、もうね、こう言う可愛い事を言われて嬉しくならない訳ないじゃない。
でも、ジュリの時は嬉しくてそのままやっちゃったけど、反省がない訳ではない。
永久脱毛しちゃったら、もう生えてこないよ。
それに、そう言う理由で永久脱毛したら、私が生え来た時に同じじゃなくなっちゃうし。
「大丈夫。
その時はユゥーリィが同じになれば良いだけだから」
ゾクリッ……。
うん、なんだろう、嬉しいんだけど、何か違う気がする。
……いえ、同じは嫌かと言われたら、嫌じゃないです。
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【翌 朝】
「うん、うん、良い感じに出穂している」
「みたいですけど、初めてなのに、よくお分かりになりますわね。
エリシィーさん分かります?」
「さすがに聞いた事もないのに分かる訳ないでしょう」
「春に植えて秋に収穫と分かっていて、文献に載っていた図と、似たような期間の植物と比較して逆算すれば、大体の植物の成長過程は想像できるわ」
無論、大嘘です。
確かに、今、言った事でも大体は分かるけど、前世の知識です。
「ただ、病気や虫害に関しては、よく分からないから、手探りなのは一緒だけどね」
「ふーん、もっと分かっている作物を作れば良いのに」
「それだと、つまらないでしょ。
それにこれって、大陸の東の果てからの輸入だから、買うと物凄く高いのよ」
「確かに、調理の仕方しだいでは美味しいですけど、そこまでする程とは思えないのですが」
エリシィーもジュリも、お米の素晴らしさが分かっていないなぁ。
まだ食べていないエリシィーはともかく、ジュリはあれだけ、オニギリや丼物の素晴らしさを味わっておいて、それはないと思うけど。
「水が豊富な土地でないと栽培できない欠点はあるんだけど、同じ土地で連続して育てても、問題のない穀物なのよね。
シンフェリアとか山奥で使える土地が限られていても、水が豊富なら安定して作れる穀物があるなら、お腹を空かす人が減らせれるんじゃないかなって思って」
無論、口からの出まかせです。
連作障害が無いとかは嘘ではないけど、唯の口実です。
私、そこまで聖人君子ではありません。
ただ、安くて美味しいお米が食べたいなと思うだけですよ。
だってね、昨年買ったお米の一部に黒カビが生えていたんだもの。
お米のカビって、毒だから精米しなおして食べるなんて訳にはいかないし、解毒の魔法で解毒をしてもカビ臭さは消えないんですよ。
気分的に食べたくもないですし。
「半分くらいは食い意地ですわよね」
「八割だと思うけど」
……理解ありすぎる親友達の言葉が、心に痛いです。




