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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
273/977

273.親友の想い。…そして、私の思い?





「荷物は適当に置いておいて」

「ふわぁ〜、あの人から宿舎と聞いていたけど、思っていた以上に広いわね」


 以前にエリシィーとおばさんが住んでいた部屋が三つぐらいは入りそうな部屋だからね。

 ただ話に聞くに、この宿舎の部屋は小さい方らしいけど、無駄に広くても仕方ないと思うんだけどね。


「そして相変わらず荷物があまりないわね」

「……はははっ、ほとんどが収納の魔法の中に入っちゃっているから」

「その、なんとかと言う魔法を覚える前から、ユゥーリィの部屋って荷物が少なかったわよね」


 シンフェリア領のでの私の部屋は、基本的に寝るだけの部屋だけだったとは言え、着替えを収めるためのチェストや机や鏡や小物など、其れなりの荷物はあったけど、其処は男爵家とは言え貴族の家だったから、生活に必要な荷物は別の部屋に収められていて、私の部屋には私の物しか(・・・・・)置いていなかったため、荷物が少なく見えただけ。

 ……ミレニアお姉様やマリヤお姉様の部屋と比べてと。

 其処は生きていた時間の差と言う事で。

 今は兄妹の中で間違いなく荷物持ちですから、……食品関係が大半ですけどね。


「でも、ユゥーリィの部屋って感じがするわ」

「そう?」

「うん、ユゥーリィの匂いが染み込んだ部屋」


 体臭と言う意味ではないと分かってはいても、その言い方に恥ずかしくなってしまう。

 こらっ、其処で意味ありげに笑みを浮かべながら、深呼吸しないの。

 もう、見た目は成長した癖に、そう言うところは変わっていないんだから。


「そう言うユゥーリィは、ほとんど変わってなくて驚いたわよ」

「ゔっ…、一応は成長しているもん」


 この一年半で、オーダーメイドの下着が合わなくなって作り直しているし、無理やり作り直させられた服だって、微妙に大きくなっているんだもん。

 ……以前より益々見下ろせるって、其れ、エリシィーが大きくなっただけだから。


「分かってる分かってるちゃんとユゥーリィ成長はしているよ。

 ……ゆっくりなだけで」

「その何気な気遣いが、尚更、傷付くんだけど」

「はいはい、ゴメンねユゥーリィ。

 ほら、久しぶりに甘えさせてあげるから」


 ベットの縁に腰掛けて、スカート越しに太腿の上のぽんぽんと叩きながら誘うエリシィーの姿に、私、もう其処まで子供じゃないんだけどと思いつつも、つい足が進んでしまう。

 だって、しょうがないじゃない。

 エリシィーに甘えるの嫌いじゃないんだもん。


 す〜〜っ、はぁ〜〜〜〜〜っ。

「……うん、エリシィーシイの匂いだ」

「もう、人の事、言えないじゃない」

「私は良いの」

「そう言うところは、相変わらずね」


 そうして始まる、心地良くも苦しい時間。

 シンフェリアを離れてから、この街でライラさんに助けられた事。

 たくさん迷惑を掛けながらも、多くの人に助けられた事。

 エリシィーに話せない事も沢山あるけど……。

 寂しくても辛くても、自分で選んだ事だから、ただ走るしかなくて。

 本当は貴族になんてなりたくなかったけど、それでもひたすら走るしかなくて。

 どんどん、責任だけは重く伸し掛かって……。

 でも自分で選んだ事だから、泣き言なんて言えるわけがなくて……。

 其れでこの夏、やっと少しだけ一息つけるようになって……。

 うん、心の中に溜まっていた物を、次から次へと吐き出す。

 エリシィーに聞かせても仕方ないと分かってはいるけど……。

 其れでも聞いてもらいたくて。


「うん、大丈夫だから、今だけは甘やかせてあげるから」


 そう優しく髪を梳いてくれる彼女の言葉に、自然と心が落ち着いて行くのが分かる。

 胸の奥にあった冷たくてドロドロした物が、ポカポカと暖かい物に変わって行く。


「…ぅん、……ありがとう」


 彼女の膝の温もりを感じながらも、どれくらいそうしていただろうか。

 心が少しだけ落ち着き、まだまだこうしていたいなぁと考え始めた頃。


「はい、おしまい」

 ごろんっ


 突然起き上がったエリシィーの膝から転がり落ちるどころか、ベットからも転がり落ちる私を、物凄く良い笑顔で見下ろしながらも手を差し伸べる姿は、本当に彼女らしい。

 私を甘やかせながらも、決して甘やかせ過ぎない、彼女らしい優しさに溢れた姿。


「じゃあ、今度はエリシィーの番」

「う〜ん、少し長くなりそうだから、後でね」

「別に今でも良いけど」

「あ〜とっ」


 まぁエリシィーがそう言うなら、後でね。

 きっと彼女は彼女で、色々と溜め込んでいて、心の準備がいるんだと思う。

 そう言う点では私はお気楽だな。

 今みたいになし崩しに言いたい放題だもの。

 中身が中年のオジサンと思うと、実に情けないとは思うけどね。


「そう言えば、お父様とお兄様が王都に行ったって」

「アルフィード様に、爵位を譲るための手続きなんだって」

「ああ、やっぱりね。

 男爵と子爵だと、やれる事が大きく違うらしいから」


 私は、いきなり子爵になっちゃったから関係ないけど、男爵では高位の貴族とは直接取引ができない事が多い。

 特に王族や国との商談なんて事は男爵では不可能な例の一つ。

 他にも国外との貿易とか関税とか色々と、手続きとかも変わってくるらしい。

 その点、子爵になるとその辺りの決まり事が、一気に緩まるから、お父様が持つ商会を大きくしようと思ったら、子爵位は必須。

 ただ、慎重なお父様の事だから、もう四、五年は動かないと思っていたけど、……私が思っている以上に、今が商機なのかな?


「それにしても話を聞くに、本当に入れ違いでやって来て、入れ違いに帰って行ったのね」

「コギット小父さん、ユゥーリィに会えなくて物凄く残念がっていたよ」

「うん、私も会えなくて残念」


 だけど、もし旅行に行ってなかったとしても、お父様は私に会おうとはしなかっただろうと思う。

 貴族の当主として、家の期待を拒絶した私を許す訳にはいかないから。

 シンフェリアの領主として、領民の未来のためという想いを裏切って、領を出た私を許す訳にはいかないから……。

 たとえ、赦しの手紙を私に与えようとも、其れは私の爵位に対して与えられた物で、私自身にではないから……。

 其れが己が娘に対して、出て行けと言わざるを得なかった、お父様のケジメでもあるし、私も其れが痛いほど分かっているから、あの土地に足を踏み入れる訳にはいかない。

 全てを犠牲にしても出て行った私のケジメだし、其れがあるからこそ、必死に走ってこれたと分かってもいるからね。

 その支えを、私は失う訳にはいかない。

 私を守り、受け入れてくれた人達のためにも。


「明日あたりに、身の回りの物を色々買いに行かなきゃ」

「ん〜、着替えもあるし、特に必要ないと思うけど。

「最低限の着替えしかないでしょ。

 名目上、エリシィーは私の身の回りをお世話をするために、この宿舎に寝泊りするという事で申請を出した訳だし、其れに相応しい服装を求められるのよ、此処はね。

 其れに部屋もなんとかしないといけないし」


 この部屋は広いから、エリシィーと寝泊まりしても良いのだけど、多分ジュリが何かを言うだろうし、ドルク様あたりも良い顔をしないと思う。

 家臣であるジュリが個室で、当主である私が侍女と相部屋だというのはおかしいだろうとね。

 かと言ってジュリとエリシィーを相部屋というのも、色々不味いと思う。

 私は気にしていないけど、ジュリはああ見えてれっきとした子爵令嬢なのだから、庶民であるエリシィーと相部屋というのも世間的に問題があるかもしれない。

 私やジュリが気にしなくても、そういう事を気にする人達がこの学習院には多くいて、そうなった場合、エリシィーを守りきれない可能性がある。


「部屋って、一階の良い部屋なのに?」

「貴族の間では、一階より上の皆の方が良い部屋なの」


 前世と違って、文明が未発達なこの世界では、水やトイレがあるのは一階なため、便利な一階で広い部屋というのは、良い部屋という認識があるのだけど、其れは庶民での話。

 貴族の世界では、景色の良い屋根裏以外の上の階が良い部屋とされている。

 トイレは、お金を掛けて配管をすれば良いだけの話だし、水は人を雇って持ってこさせれば良いだけの事だから、高い階に住む貴族当人は、水やトイレという苦労をする事はないので、景色が良く防犯性の高い階が好まれる。

 ましてや、手押しポンプが一部で普及しだしている今、その傾向は尚更に強くなって来ているらしいと、ヨハンさんからも聞いている。

 この学習院にも、一部の宿舎には早速屋上まで手押しポンプが導入され、配管処理がなされたしね。


「反対なんだ」

「そうよ、他にも色々と常識が違ったり、ややこしい決まり事があるのよ、面倒くさい事に」

「本当、ユゥーリィって面倒くさがりね」

「当然」


 なんやかんやと相談しながらも、半分以上は雑談だったため、あっという間に時間は過ぎて行く。

 エリシィーは私の料理の味に驚きながらも、それ以上に魔法で調理する私に、面倒くさがりも此処まで来たら芸術ねと言うあたり、私の本質をしっかりと見抜かれている。

 いえいえ、魔法の鍛錬と言うのも決して嘘ではないですよ。

 半分が魔法を使った方が楽だからと言う理由なだけで。

 だって、フライパンも鍋もマナ板も洗う必要ないのに、それを使わない選択なんて私からしたらあり得ないもの。


「甘いもの、何か食べる?」

「夜に食べると太っちゃうから止めとくわ」

「エリシィー、今は(・・)太ってないよね」

「胸が大きいと、太って見られるのよ。

 あと一言余分」


 エリシィーも、昔から体重を気にする子だったけど、其れは今も継続中らしい。

 それにしても、胸があると太って見えるのか……。


 ぷにぷにっ。


 うん、未だ私の約束された勝利の胸(エクスカリバー)は何処にも見つからない。

 多少のクビレはあるものの、其れは女性特有のクビレでしかない。

 対してエリシィーは、もうぼんっきゅんっぽんと、メリハリのある悩ましボディー。

 前世の日本人に比べれば、この世界というかこの国の人は西洋系のだから、十四歳でも其れなりに成長はしている人の方が多いけど、其れでもエリシィーやジュリは成長している方だと思う。

 まぁミレニアお姉様はその中でも例外だったけどね。

 並べてみると。


 お姉様(十四歳時) >> ジュリ >> エリシィー > 普通 >(超えられない壁)> 私


 ……うん、なにか悲しくなってきた。

 とりあえず、胸に苦労しているなら、明日は真っ先に下着かな。

 他にもベットと寝具も必要だけど、とりあえずジュリに相談してからか。

 そう言う訳で、今日は魔力鍛錬だけでお仕事はお休みして、エリシィーとおやすみしよ。

 無論、ただ眠るだけですよ。

 エリシィーは大切な親友なんだし、いつかのパジャマパーティーみたいに、楽しく眠るだけです。

 あっ、エリシィーそのパジャマ可愛いね。

 ……ライラさんが買ってくれたと。

 本当、ライラさんには頭上がらないな。

 後日、改めてお礼にいかなきゃ。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【深 夜】



「……ねぇ、まだ起きてる?」

「ん……うん、眠れないの?」

「ユゥーリィと会えたから嬉しくて」

「うん、私もエリシィーと会えて嬉しいのかな、ちょっと神経が昂っているみたい」


 ずっと会いたいと思っても会えなくて……。

 会いに行く訳にはいかなくて……。

 そんな彼女が今こうして、横にいてくれる事が嬉しくて……。

 この同じ時を少しでも味わいたくて、なんとなく眠れないでいるのかも。

 だから、つい聞いてしまう。

 手を繋いで良いかと。

 そんな私の言葉にエリシィーは、小さく笑ってからそっと私の左手に右手を重ねてくれる。

 うん、暖かい。

 エリシィーの温もりが伝わってくる。

 これなら眠れそうだと、彼女の温もりと匂いに包まれて、眠気を覚え始める私に、エリシィーは……。


「ねぇ今度は私の番」


 其れが、手を繋いだ事に対してではなく、昼間の続きだとなんとなく理解できるので、私は身体を横に向けて、暗くて薄らとしか見えないけど、彼女の顔を確かに見つめる。

 カーテンの隙間から僅かに差し込む月の灯の中で、エリシィーの瞳は何処か泣きそうで、それでいて暗い何かを秘めた目をしていた。

 そして目が合ったのを合図に、ゆっくりと彼女は言葉を紡いでゆく。

 昔は、シンフェリア領より南東の街に住んでいた事を。

 其処で家族三人で住んでいたけど、お父さんが仕事上のトラブルで相手に怪我を負わせてしまった事。

 その事で重い刑を受けて、離れて過ごさなくなった事。

 母親と生きるために教会にお世話になり、やがてシンフェリア領に移り住んできたのだけど、其れはお父様が私の遊び相手とさせるために、教会を通して引き寄せた事。

 ただ、この辺りは、なんとなく想像はしていた。

 そうでなければ、エリシィーとあんなに仲良くなれる訳がないからね。


「最初は、どんな我が儘な貴族の令嬢なのだろうと思っていたんだけどね。

 お母さんから、どんなに意地悪されても耐えなさいと言い付かっていたし」

「ぐはっ!」


 ユゥーリィは、体力と精神力に666ポイントのダメージを受けた。

 ええ、其れくらいショックでしたよ。

 …いえ、そう思われるのも分からない話ではないよ、わざわざ遠くの領から引き寄せるだなんて、普通はないからね。

 単純に、シンフェリアが田舎過ぎて、私と同い年の女の子で、条件に合う子がいなかっただけ、と言うのが真相なんだろうけど。


「其れで実際に会ってみたら、意地悪ではないけど、かなり変わった子で」

「ぐふっ!」


 精神力に999ポイントのダメージを受けた。

 変わった子って、私、普通のつもりだったんだけど。

 ……それは無理があると、酷いっ!


「でもそれだけで、あとはユゥーリィも知っての通り、こうして仲良くなれたと思っている。

 ユゥーリィは違う?」

「違わない。エリシィーは大切な親友だもの」


 うん、これは間違いなく即答できるし、自信を持って頷ける。

 私にとって、エリシィーはいなくてはならない親友。


「だから慣れない土地と生活で大変だけど、そんな楽しい日々がずっと続くと思っていた」

「うん、私も成人するまでは続くと思っていた」

「ううん、違うの、ユゥーリィが考えている事とは全く別の話」


 ゾクリッ。


 そう言ったエリシィーの瞳を見た時、そう背筋に寒気が走った。

 暗く淀んだ瞳の彼女の姿に、其れはなんの事かと問う前に。


「ねえ、昼間に言ったカルノって修道士の事、覚えている?」

「うん、エリシィーに言われてなんとなく、そんな人が居たなぁとしか」


 ただ思い返してみれば、私が顔を出した時に、何かと神父様が指示を出していたのは覚えている。

 そのせいでほとんど顔を合わせる事がなかった訳だし、ミサの時は其れこそ大勢の人がいて、居たかどうかすらも覚えていないので、多分ミサを行うために裏方に徹していたのだと思う。


「私ね、十歳の頃からアイツに汚されていたの。

 ユゥーリィ、貴女の代わりにね」


 ……ぇ?

 彼女が……。

 エリシィーが……。

 いったい何を言っているのか理解できなかった。

 け…が…され?

 じゅう…さい…から?

 だれ…が?


 ぎちっ!


 彼女の言葉の意味を理解した途端、視界が真っ赤に染まった。

 噛み締めた歯が鳴り部屋に鳴り響く。

 多分、今、私はエリシィーに決して見せたくない程、怖い顔をしていると思うけど、駄目だ止められそうもない。

 今すぐにでもこのベットから抜け出して、そのカルノとか言う男を見つけ出して八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られる。

 でも、こんな暗い瞳をしたエリシィーを……。

 辛い思いを口にして教えてくれた彼女を、一人、放っておく事などできなくて……。


「ふふっ、そんなに怒ってくれるんだ。嬉しい。

 でもいいの、あんな奴のためにユゥーリィが心を乱す事なんてない。

 あんな奴のために、ユゥーリィの心に刺一つ分の傷跡も付けて欲しくないの。

 昼間、ユゥーリィがアイツの事を欠片も覚えていなかった事を知ってね、物凄く爽快だったわ」


 いつの間にか、私の頬を撫でる彼女の左手が、怒りに沸騰し暗い感情に囚われた私を優しく解して行く。

 其処から伝わる温もりと、重ね合わせた手から伝わる温もりとで、何度も何度も撫でられながら、心が落ち着いて行くのが分かる。

 ううん、怒りは少しも収まってはいない。

 ただ冷静に怒りが渦巻いているだけで。


「アイツね、ず〜〜っと、ユゥーリィに懸想していたの。

 幼い貴女をずうっとね。

 神に使える者とか以前に、人間としておかしいって言うの。

 笑っちゃうでしょ」


 ごめん、其れは流石に笑えないけど、エリシィーが言いたい事は分かる。


「アイツにとって、肝心のユゥーリィが、覚えていないって聞いて、ああ、これがアイツにとって最高の復讐だって思えたわ。

 何処で手に入れたか知らないけど、白いカツラを私に被せたり。

 ユゥーリィの名前を呼びながら、愛しているとか気持ち悪い事を言いながら、私をユゥーリィに見たてて何度も汚したけど。

 裏を返せば、それだけアイツの想いは本物だった訳だからね。

 だから余計にザマーミロって思ったのよ」


 話を聞いていて、カルノって男の妄執に全身の肌が粟立ち、総毛立つ。

 でも、それ以上に、エリシィーの事が気になる。

 ただでさえ好きでもない男の汚されるだなんて最悪なのに、其れが誰かの身代わりだなんて、……しかも、其れが私の身代わりだなんて…。


「うん、私が心配?

 大丈夫よ、もう終わった事だし、今頃、何処かの崖の下みだいだしね」


 ……言葉の最後の意味は敢えて突っ込まないし、同情する気は欠片もないけど。

 少なくとも、私が怒りをぶつける相手は、もうこの世にはいないらしい。


「ただ、アイツは色々な意味で本当に最悪だったけど、一つだけ助かった事があったわね」

「……ええと」

「ユゥーリィが、出て行った年の春先ぐらいかな。

 私に月の物が来てから、ピタッと収まったのよ。

 おかげで、あんな気持ち悪い奴の子供を産む恐怖はなかったわね」


 ……其れは其れで色々と最悪だと思う。

 でも、もういなくなった相手の事なんて、どうでもいい。

 私にとって大切なのはエリシィーで、……その、正直、なんて言っていいのか分からない。


「それとね、私がユゥーリィを守れたんだなって思うと、幾らでも耐えられた。

 月日と共に、どんどん素敵になって行く貴女を守れたんだって……。

 そう思うとね、あんな奴に与えられた傷なんて、どうでも良いの」

「そ、そんなこと」

「ううん、本当のこと。

 ユゥーリィ、貴女に置いて行かれた事を思ったら、たいした傷じゃないわ」

「……ぁっ」


 その彼女の言葉に、私の心と身体が軋みを上げる。

 私が彼女を深く傷つけてしまったって。

 どうしたら償えるか分からない。

 どうしたら、彼女の此処を少しでも癒せるのか分からない。

 エリシィーを苦しみから助けたいのに、其れが分からない自分が悔しい。

 前世の記憶や経験があったって、知らない出来事には何も役に立たない。

 当然、魔法など論外だ。

 ああ、私は無力だ。

 親友が……。

 守りたい人が……。

 心の奥底で涙を流しているのに……。

 ただ、涙する事しかできない、小さな子供だと実感させられる。


「ユゥーリィ、私を好き?」

「……うん、…好き」

「そう、私もユゥーリィが好きよ。

 お父さんや、お母さんよりも、ううん、誰よりも貴女の事が好き」


 だからだろうか。

 其れとも、私が無意識でそう望んでいたのだろうか。

 何方か分からないし、何方であったとしても意味がない。

 ただ、近寄ってくるエリシィーを……。


「…んっ…」

「……ぅん」


 重ねられる唇を……。

 少しも拒もうと言う気は起きず……。

 ただ、そっと目を閉じてしまう。





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― 新着の感想 ―
[一言]明日の朝、終わりの始まり
[良い点] さぁ!修羅場が待てますぞぉ! それにしてもこの世界の男気持ち悪いやつしかおらんのか
2023/12/10 19:59 退会済み
管理
[一言] (修羅場展開が)見える見える
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