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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
272/977

272.再会、……そして、はじまり。





「ただいま帰りました〜」


 ライラさんのお店に入るなり、旅行から戻った事を含めて帰宅の挨拶。

 夏季の長期休暇を利用した旅行は、色々と(・・・)あったけど、其れなりに得られる物が多い旅で、休みながらも充実した休暇だったと言える。

 残念なのは、ちょっと紛争している地域に差し掛かったので、予定していた日数より数日早めて空間移動の魔法で帰宅。

 予定していた数日分を、旅の疲れを癒す意味も込めて、秘密基地で飼っている魔物と田畑のお世話をしながら、温泉三昧。

 そう言う訳で、リズドの街には予定通りの帰宅になったかな。

 ちなみにジュリには、明日の朝までお休みを与えて王都に送ってあげたので、今頃は弟のベル君に、お土産と土産話に華を咲かせている頃かもしれない。


「おかえりなさい。

 楽しい良い旅だったみたいね」

「ええ、色々と勉強になりましたし、楽しかったですよ。

 後、これお土産です」

「ありがとう、荷物になるから、そう気にしなくても良いのにって、ゆうちゃんの場合、関係がなかったわね」

「要望があれば、家ぐらいの大きさの神像だって持ち帰れますよ」

「邪魔なだけだから、その手の物は遠慮するわ」


 お土産と言っても、ライラさんが気にするので、地元のお菓子と珊瑚とかを使った装飾品程度で、其れほど高価な物ではない。

 とりあえずライラさんに似合いそうな物をと、選んで買ってきただけ。

 この後は土産話という名の雑談を楽しもうと思うのだけど、……あれ? お店閉めるんですか?

 別に、今までみたいに、話しながらで良いんでは?

 お客様が来たら、大人しくしていますよ。


「ん〜、ちょっと、ゆうちゃんに会わせたい子がいるから」

「はぁ?」

「それと家の方まで来てくれるかな、今頃は掃除でもしているはずだから」


 そうして家の玄関ではなく、そのままお店側から、渡り廊下を通って新居側にお邪魔した先。

 其処に、ライラさんが合わせたいと言う子の姿を見つけ、私は言葉を失う。


「……ぇ」

「……ぁ」


 いるはずのない彼女の姿に、頭が真っ白になる。

 記憶にある彼女の姿から、あきらかに大きく成長した姿をしていようとも、私が彼女を見間違えるはずがない。

 たとえ姿形が変わっていようとも、彼女は彼女だ。

 そして、何より首から下げた首飾りに魔力を込めると、その首飾りの持つ魔法石が放つ薄い輝きは真っ直ぐと、目の前の人物を指し示している。

 それでも、何も言葉が出てこない。

 感情が湧き上がってこない。

 ……ただ、溢れてくるだけ。

 ぼたぼたと、みっともなく両の目から涙が溢れてくる。

 その事で目が痛くなり、目を閉じたくなるのだけど、閉じたくない。

 一瞬たりとも、この瞳に映る彼女の姿を失いたくなくて……。

 たとえ、その姿が涙で歪んしまおうとも失いたくなくて……。

 ただ、最後に会った時にまともに見れなかった彼女の姿を、心に刻みたくて……。

 私は、ただ目の前の彼女の姿を見る事しかできない。


「……はぁ、もうユゥーリィは相変わらずね」


 ぺち。


 気がつけば、彼女はそんな言葉と共に、私の頬を軽く手を当てる。

 その事で、私の固まっていた感情がゆっくりと溶け出して行き、やっと彼女の名前が口から自然と溢れでる。


「……エリシィー」

「本当は、思いっきり引っ叩いてあげようと思ったけど、ユゥーリィの情けない顔を見たら怒る気も伏せたわ」


 ああ、エリシィーだ。

 間違いなくエリシィーだ。

 例え、二回り以上も背が伸びていようと。

 私を差し置いて、かなり成長した胸をしていようとも。

 彼女の声、彼女の匂い、そして頬から伝わる彼女の温もり。

 間違いようもなくエリシィーだ。

 ……ああ、駄目だ。

 ……これ、我慢できない。


「…ひぐっ、……エリシィー。

 エリシィーっ」

「うん、ユゥーリィ」


 ……やっぱり、無理。

 こんな懐かしい声で名前を呼ばれたら、我慢などしようがない。


「うぐっ…、ひぐっ…、エリシィーだっ。…エリシィーだっ」


 うん、もう、頭に何も浮かばない。

 ただ只管彼女の名前を呼んで……。

 彼女に抱きつくように床に崩れ落ちて……。

 それでも、彼女の服から指を離す事などできなくて……。

 幼い子供のように、わんわんと泣き叫びながら、彼女の温もりを求める事しか出来なかった。

 彼女に酷い事をしたと言うのに、自分勝手に一人泣き叫ぶなんて最低な事を。

 其れが分かっていながら、止める事などできなかった。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 ことっ…。


「少しは落ち着いた?」

「すみません、お恥ずかしいところを」

「ん、別に良いわよ。それに以前みたいに自暴自棄で自分を傷つけた訳じゃないし」

「ゔっ、それは」


 お茶を淹れてくれたライラさんの言葉に、私は呻くしかない。

 あの時はすごく心配をかけたのは分かっているし、反省もしているけど、よりにもよってエリシィーの前では話して欲しくなかった訳で…、ゔっ、エリシィーの視線が痛い。

 ……既にエリシィーには話済みと。

 ライラさん……酷い。


「エリシィー、その、あの…」

約束したのに(・・・・・・)置いて行かれた事に関しては、怒ってはいるけど、仕方ないと理解もしているわよ。

 私もユゥーリィも子供なのだから、ユゥーリィの判断は正しいと理性で納得しているわ」


 うん、エリシィーの言葉がザクザクと突き刺さるけど、其れがエリシィーなりの私に対する心遣いであり、許してくれてるための言葉だと言うのが分かるので、その突き刺さる言葉が嬉しいと言う、ある意味変態的な状態なのだけど、こればかりは仕方ないので黙って甘んじる。


「それで、その、なんでまだ子供のエリシィーが此処に?」

「あら、迷惑だった?」

 ブルブル。


 彼女の言葉に、ほぼ反射的に全身で否定する。

 迷惑なんて欠片も思っていないし、むしろ敢えて嬉しいとしか言いようがない。

 ただ、同い歳の私が言うのもなんだけど、彼女が言ったように、エリシィーはまだ未成年。

 私より誕生日が早く、今月で十四歳になってはいるとは言え、この世界の成人までまだ一年ある。

 少なくとも、シンフェリアから遠いこのリズド街で、一人で来てよい歳ではない。


「まぁユゥーリィを虐めるのは此れ位にして、真面目な話、ユゥーリィを頼って来たの」

「えっ、まさか小母さんの身に何か?」

「ううん、お母さんは元気よ。

 お父さんが半年早く戻って来れたから、今頃二人で時間を取り戻そうとしているんじゃないかな」


 言葉を濁したけど、多分、恩赦で早く刑期を終えたのだと思う。

 真面目にしていれば、模範生として数ヶ月から一年くらいの恩赦があると言う話は聞いた事があるから、エリシィーのお父さんもその例に漏れずに真面目にお勤めを果たしたのだろう。

 ただ、それだけに余計に疑問に思ってしまう。

 なら、なぜ其処にエリシィーも含まれていないのかと。

 そんな私の当たり前の疑問に答えるかのように、彼女は言葉を続ける。


「そうね、何処から話そうかしら。

 うん、そうね、……一年ぐらい前にね、オーフェン神父様が亡くなられたの」


 夏の疲労からか、朝、起こしに行ったら、既に亡くなられていたとか。

 もともと高齢だった事もあるし、不審な所はなく粛々と葬儀が挙げられたのだけど、その後に来た神父様が色々問題がある人だったみたい。

 決して悪い人ではなく、清廉潔白な人らしいのだけど、清廉潔白すぎたらしい。


「神父様の日誌にね、カルノのしていた事が書かれていて」

「ごめん、カルノって?」

「えっ? 教会にいた修道士の事だけど」

「ああ、あの人そんな名前だったんだ。

 言われてみれば、そんな名前だったかもしれない。

 話を止めてゴメンね、続けて」


 確かダルダックお兄様ぐらいの人の記憶があるけど、ハッキリ言って印象が薄くてすっかりと忘れていたし、シンフェリアに居た時も存在を意識した事はほとんどなかった。

 だけどそんな私の言葉に、エリシィーは心底面白そうに。


「あはははっ、認識すらされていなかったなんて、いい気味よっ」


 何時かエリシィーに感じた時のような、暗い何かを含んだ顔で彼女は笑い出す。

 狂気を含んだ笑いと言葉を吐いた後、大きく息を吸って吐いた後、スッキリした顔で何時もの彼女の顔に戻り話を続けようとするのだけど、そのカルノとか言う修道士と何かあったのだろうかと思う私を、ライラさんの視線が遮る。

 ……軽々しく踏み込む事ではないと。


「まぁオーフェン神父自身、カルノを使って色々やっていたけど、その事は書いてなくて、日誌にはカルノが犯した罪だけ書いてあったの。

 其れで新しく来た神父様が、あの教会は汚れていると言ってカルノを追放。

 その煽りで、私とお母さんも追い出されてしまってね」

「そんなっ」

「大丈夫よ。

 領主様、ユゥーリィのお父様が、すぐに商会のお仕事と新しい家を用意してくれたから」


 その言葉にホッとすると同時に、お父様に心から感謝する。

 小母さんもエリシィーも、読み書きが出来て簡単な帳簿も付けれるから、重宝されたらしい。


「領主様や商会の人達には、色々と仕事を教えて貰えたから本当に感謝はしているわ。

 其れで、春先にお父さんが戻って来る手紙が来た時に、お父さんとお母さんに商会の地方にある支部で働かないかと言う話が出て、其れを受けたんだけど」

「エリシィーは其れに付いて行かなかったの?」

「うん、ちょっと私の方にも問題があってね。

 私が側にいると、お母さん幸せになれそうもないから」


 自分がいると幸せになれないなんて、物凄く悲しい事を、エリシィーは困ったような顔で口にするエリシィーは、多分心の中で泣いているのだと感じる。

 私がシンフェリアにいない間に何があったのかは知らないし、あの地を勝手に出た私がその事に対して何かを言う権利はないのは、痛いほど分かっているけど、それでもエリシィーの手を握る事ぐらいは許してほしい。

 エリシィーのてから伝わる温もりのように、私の温もりも彼女に伝わって欲しいと願いながら、エリシィーに話の続きを促す。


「其れで、ユゥーリィが貴族になったのは聞いていたし、ユゥーリィとの約束に甘えさせてもらおうと思って。

 貴族の当主なら、身元保証人としては申し分ない訳だし。

 だから領主様が王都に行くと聞いて、この街まで連れて来て貰ったの」


 実際、お父様達はこの街を通り過ぎただけで、コギットさんがエリシィーの付き添いとして、ライラさんやコッフェルさんの所に顔を出したらしい。

 コギットさんとしてはエリシィーと魔力伝達コードの仕事を口実に私の顔を見に来たらしのだけど。

 お父様が王都からこの街に戻ってきた際に、そのままエリシィーをライラさんに預けてシンフェリアに戻ったとの事。

 私が断ったら、コッフェルさんが責任を持って、シンフェリアの町に送り届けると言って。

 うん、コッフェルさんには、今度、美味しい物と美味しいお酒をたっぷりと用意して、御礼に行こう。


「其れでユゥーリィ、お願いなんだけど」

「もちろん、エリシィーの事は責任もって預かるよ。

 エリシィーが自分の夢を見つけて、自立できるまで幾らでも居てくれて良いから。其れこそ何年でもね」

「有り難う。

 今も昔もユゥーリィの事は好きよ」

「うん、私もエリシィーの事は好き」


 エリシィーの言葉が嬉しくて、私も反射的にそう返す。

 素直な真っ直ぐな想いには違いないけど、この時の私は、エリシィーとの再会が嬉しくて、色々と大切な事を忘れている事に気がつかなかった。

 彼女の、所々、不自然に抜かされた説明の意味にも。






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