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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第一章 〜幼少期編〜
27/976

27.姉妹二人、最後の夜。





「遠路遥々、ようこそいらっしゃいました。

 それにしても、聞き及んでいたよりも美しく可愛らしい方で、私としては…、あーっ、すまない感動しすぎて言葉が出てこない」

「私もお相手が頼り甲斐ありそうな殿方で、心より安心しております」


 なんと言うか、会う早々お父様とお母様をそっちのけに、感動ぶりを見せる金髪碧眼のナイスガイと言う言葉が似合いそうな男性は、一応は私のお義兄様に当たる方らしい。

 身長は百九十は超えているであろう長身の割に、細身に見えるものの、それは見えるだけ。

 私達が屋敷の門の前に着く前まで、玄関先で落ち着かなさそうに重い長剣を軽々と振るっていたのを、私は望遠鏡の魔法で見ていたため知っている。

 例のブロック魔法をレンズ型にして並べただけの簡易的な望遠鏡だけど、この人がお姉様との結婚を楽しみにしている事を知るには、十分過ぎるほどに役に立ったと思う。

 ……少なくとも望まれての結婚なのだと。

 あとお父様、挨拶の握手が空ぶったのですから、いい加減に手を下ろしたらどうですか?




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 シンフェリア領から馬車で南東に十日程の街。

 グットウェル子爵が管理する領地は、小さいながらも栄えた領地と言えるのは、主要街道が通っているせいなのだろう。

 その分、治安の管理が大変なのだろうけど、グットウェル家は代々武官を多く輩出している家のため、この辺りでは一番治安の良い街らしい。

 そんなグットウェル家に私達シンフェリア家は迎えられて、それぞれの家族を紹介しあった後、用意された部屋に案内される。

 本日の予定はこれで終了で、家同士の夜の会食も実はない。

 結婚式の前日の夕食は、それぞれの家族で済ますのがこの世界の一般的な慣わし。

 家族で過ごす最後の夜を大切にする、そう言う意味だそうだ。

 

「ユゥーリィ、眠れないの?」

「お姉様こそ早く寝ないと、化粧のノリが悪くなりますよ」

「そこはユゥーリィの腕を信じているから」

「年下の妹に何を求めているのですか、……やりますけど」

「ふふっ、ユゥーリィは優しいわね」

「お姉様には負けます」


 シンフェリアの家族として過ごす最後の夜を、お姉様は私と同じ寝台で眠る事を選んでくれた。

 この街までの間の宿でもずっと、私といてくれた。

 こうして掛け布団の下で手を繋いで夜を明かしたり、抱き合うようにお姉様の胸に顔を埋めたまま眠りについた事も。

 無論、眠れずに一晩中、たくさんのお話しした夜さえもあった。

 慣れない馬車の旅で痛むお尻や腰に文句を言いながらも、馬車の中で二人肩を並べてうたた寝した事も。

 お姉様は、私のために残った時間を使ってくれた。

 無論、お父様やお母様との時間を大切にしていたけど、私との時間を一番大切にしてくれた。


「明日、式を上げてからパーティーでお披露目、その後は……」

「私とお父様達は街の宿に泊まり」

「明後日には、顔を合わす事なく出てゆくのでしょ」

「そう言う慣わしですから……、寂しいですけど」

「そうね、寂しくて泣いてしまいそうだわ」

「……私もです」


 うん、実はすでに視界が滲んでいる。

 お姉様は幸せになる。そう言った。

 なら此処は泣くべき時ではないと、最後まで笑って見送るべきだと、そう決めていたはずなのに。


「もう、こうして一緒に眠る事が出来ないと思うと…。

 毎朝、当たり前のように顔を見れていたのに、もうそれがないと思うと……」

「……お姉様」

「……本当は怖い。

 ……良い人そうだって分かってはいるけど、全く知らなかった人と明日から夫婦だと言われても。

 何より、皆んなともう別の家の人間だって言うのが……」

「……」

「……ユゥーリィ、……怖いよ、……寂しいよ」


 ああ、お姉様も不安だったんだ。

 いくら毅然に振る舞っていても。

 貴族の娘として当然だと受け入れていても。

 そこに不安や怖さがない訳がなんてないんだ。

 七つも年下の妹に、こうして心の内の苦しみを吐露するのも、その証なのだろう。

 だから私はお姉様の頭をそっと抱える。

 いつかお姉様が私にやってくれたように、その長い髪をゆっくりと優しく撫で続ける。


「……私も怖くて寂しいです。

 お姉様とこうして触れ合えなくなる事が……。

 当たり前のように声を聞く事が出来なくなる事が……。

 私も……お姉様と、同じです」


 だから私もゆっくりと心の内を吐露する。

 お姉様が少しでも楽になるように……。

 苦しいのは、一人だけではないと分かってもらえるように……。

 やがて聞こえ始める嗚咽に、……それに重なってゆく声。

 そうして私達姉妹二人の最後の夜は、いつの間にか過ぎ去っていった。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「……ユゥーリィ、酷い顔」

「……お姉様もですよ」


 朝の第一声がそれと言うのは、お互いに酷いとは思うものの仕方がない。

 布巾を水で濡らしてから魔法で冷却。


「ひゃっ」

「我慢してください」


 目の周りを襲う冷たい感触に小さな悲鳴を上げるお姉様を、無理やり黙らせます。

 まったく、結婚式当日に花嫁が朝からこんなに目を腫らしていては、要らぬ誤解を与えるでしょうし、お姉様の魅力を皆に分かってもらえなくなる。


「あぁ〜、これ、慣れると気持ちいいわね」

「じゃあ自分で軽く押さえておいてくださいね」


 その間に、私はお姉様の首筋や足裏や脹脛(ふくらはぎ)をマッサージ。血行をよくして、少しでも顔の浮腫(むく)みとリラックス効果を。

 途中、目に当てた布を今度は温めた濡れ布巾にと、交互に何度も交換。

 これでだいぶ、マシになったはず。

 後は顔の化粧水をつけてマッサージをと思っていたところに。


「はい、今度はユゥーリィの番」

「……私よりも先に」

「ユゥーリィの番」

「……今日の主役は」

「ユゥーリィの番」


 駄目だ、お姉様、欠片も謙る気がない。

 こうなったら押し問答するだけ無駄だと知っているし、なにより時間が惜しい。

 この後、式の前に準備をしながら最後の打ち合わせ。

 私の準備など知れているけど、主役であるお姉様の準備は時間が掛かる、と言うか掛けたい。

 そんな訳で諦めてお姉様のさせたいようにさせる。

 お姉様の膝枕で冷たい布巾と温かい布巾を交互に当てられながら、首筋をマッサージ。

 本当に最後の姉妹の時間。

 もっとも、ゆっくりと出来たのはこの瞬間まで。

 この後は本当にどたばたと慌ただしかった。

 朝食代わりに腹持ちの良いクッキーを紅茶で流しこんだら、徹底的にお姉様を磨き上げ。

 手入れを施し、ええ、恥ずかしがっても無駄です。

 コルセットで時間を掛けて思いっきり締め上げ。

 え? 食べた物が戻ってくる?

 そこは我慢ですお姉様。

 ドレスを着せて化粧を施すのだけど……、ところでお姉様、もう化粧のやり方は覚えましたよね? なんで横を向くんですか?

 今度、お手紙に細かく図入りで書いておきますから、あとは練習あるのみです。

 はい、アレの続きです。

 雑な方でも、それなりに見栄えができるアレです。

 別にお姉様の事を言っているんではないですよ。

 ええ、本当ですってば。

 それに大丈夫です。

 あの旦那様ならきっと笑いを…いえ、何でもないです。気にしないでください。

 そうして髪を整え、仕上げのティアラを被せ。


「綺麗よ、ミレニア」

「ええ、自慢のお姉様です」

「……ありがとうございます。

 お母様、ユゥーリィ、私、絶対に幸せになって見せます」


 お姉様の決意の言葉。

 そして、心からのお姉様の笑顔に、私は魔力操作をして、お姉様のドレスや装飾品を煌めき揺らさせる。


「本当に綺麗よミレニア、幸せにおなりなさい」


 本当に綺麗です、お姉様。






2020/03/14 誤字脱字修正

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― 新着の感想 ―
[一言] ミレニアお姉さん、いっぱいの幸せを掴んで欲しいね。
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