269.誰ですか、変な噂を流しているのは。
「うわぁ綺麗♪」
「ですわね、これは?」
「ゼリーというお菓子で、果実水をゼムチンで固めたものです」
午前中、ちょっと怖い思いをさせてしまったお詫びに頑張りました。
季節に関係なく収納の魔法から、彩の良い完熟した果物を取り出して、その果汁から幾つもの彩の良いゼリーを作り、宝石に見立ててシザーズカット。
硝子製の深い器に、パンナコッタを敷き、その上に彩良くゼリーを並べ、ミントの葉を添えて完成。
ゼリーをカッティングした時に出た切り屑は、別の器で色事に詰め込みレインボーゼリーにして、その上に同じようにミントの葉を添えてみました。
何気に一番上に乗せた、猫型のゼリーがアクセントで自信作ですよ、中身は【死の大地】産のマンゴに似た果物の果汁です。
「大人の方達には、こちらのアルコールのゼリーで。
ブルーベリー酒ベースのものと、白ワインベースのものを」
ゼムチンを混ぜる際に、結界に包んで魔法で温度を上げてあるので、アルコールを一切飛ばさずに作れるのは、この世界の魔法ならではの一品。
これは、これで自信ありますよ。
なにせグラスの半分より上は、魔法でシェイクして泡ゼリーにしてあります。
まぁ、子供組に比べたら手間は掛かってはいないですけどね。
「はい、ジュリの好きな方を選んでくれて良いから」
「な、悩みますわね」
「言っておくけど両方は無しよ。
盛り付けが違うだけで、基本的に同じものだからね」
「其処まで意地汚くありませんわ。もうっ」
「くすす。
でもあまり悩んでいると、冷えているのが温くなっちゃうわよ」
悩む姿が可愛いなぁと思いつつ、結局、宝石ゼリーを選ぶあたりが、やっぱり女の子だなぁ暖かい目で微笑む。
ジル様のお孫さんであるセリア様も、やっぱり宝石ゼリーを選び、一粒一粒口に入れる姿は、公爵令嬢であろうとも年相応で可愛いとも思う。
まぁ、私相手に公爵家としての見栄を張っても仕方がない、と思ってくれての事なのか、其れとも気兼ねなく接せれるお友達としてなのかは、言うまでもない事だけどね。
「そういえばシンフェリア様は、ポンパドールに着いた後は、歩いて北上されるとか」
「ええ、色々と世界を見て勉強しようかと。
もっとも半月程ですけどね」
「とても私と同い年に見えませんわ」
「見た目的にも?」
「もう、シンフェリア様は、意外に意地悪なんですわね」
「ごめんなさい。
でも、私がこうやって自由に出来るのは魔法があるから出来るだけで、魔法が無かったら何も出来ない子供だったでしょうね」
魔法がなかったら、私は……【ユゥーリィ】はどうなっていたのだろうか。
魔力過多による中毒症状で苦しまなければ、生死を彷徨う事なく【相沢ゆう】が目覚める事なかっただろうから、ごく普通の男爵令嬢として育ち、それなりの人生を送っていたかもしれない。
少なくとも、今のような陛下やジル様の様な高貴な方々に関わるような人生は送っていないと言い切れる。
「魔法が使えて羨ましいですか?」
「いえ、不思議と思いませんわ。
魔法が使えていたら、確かに自由に屋敷の外には出れたでしょうけど、魔導士としての責務もついてきますから」
魔物が生態系の頂点であるこの世界では、力のある魔導士の多くは、魔物と戦う事を求められる。
決まりや法律でそうなっているのではなく、無意識下による集団的要求による圧力として。
私もリズドの街に来てから散々言われた事だし、ジュリが嘗て魔物討伐騎士団を目指していたのも、そう言った社会的風潮があったからこそ。
無論、其れは絶対ではないし、私みたいに無視する人もいれば、貴族の立場的に其れを許される魔導士もいる。
結局は個人の意思が尊重はされるけど、なかなかに世間の目は厳しい。
魔力の弱すぎて魔導士と言えない人や、ポーニャみたいに明らかに戦闘向きで無い性格の魔導士は別だし。
私みたいに若くして魔導具師として、其方の方を求められているのは、例外中の例外であり、世間一般では、魔導士イコール魔物と戦う宿命と言うのが世間の常識と化していたりする。
「ですので他人を羨ましがる事なく、私は公爵家の娘として、その責務を果たすのみです」
「セリアお嬢様、御立派です」
だからセリア様の言っている事は何一つ間違っていないし、貴族の令嬢としてはごく当たり前の考え方なのだと思う。
お母様も、ミレニアお姉様も、そうだったからね。
それだけに私は、自分が人間としてだけでなく、貴族の令嬢としても如何に歪んだ存在なのかを実感させられてしまう。
……今更と言えば、今更なんだけどね。
「と言う事は、既に何処かの家に嫁ぎ先がお決まりで?」
「いえ、…その…」
「グリニッチ侯爵家から、三男のリヒャルド様を婿養子として迎える話が、夏前に決まりまして」
「其れはおめでとうございます」
「……その、素敵な方で、…ぽっ」
うん、頬を赤く染めて照れながらも、嬉しそうに決まったばかりの婚約者の話をするセリア様の姿は、可愛くて尊いのだけど、……うん、これ、話が終わらないパターンだ。
お茶会が済んだら、部屋に篭って日課の魔力鍛錬に励もうと思っていたけど、周りに分からないように魔力鍛錬しながら、話に適当に合わせて相槌を打つする事にする。
この年の子のこの手の話って、本当に終わりがないからね。
でも、こうやって恋に夢見てないと、躾や教育の厳しい貴族令嬢なんてやってられないのだろうなぁ。
グリニッチ侯爵家か……、確か、あの変態残念M王子の苦労性従者が、その家の出だった記憶があるかな。
古き血筋の五公爵七侯爵には入らないけど、其れなりの歴史と優秀な人材を多く輩出している侯爵家。
もともと子供の頃から家族ぐるみの付き合いで、その婚約者のリヒャルド君、一つ年下らしいけど、真面目で可愛らしくて、それでいて小まめに手紙と花を贈ってくれると言う話からも、流石は苦労性従者の弟君だと人物像がなんとなく窺える。
そして半刻も経つ頃には、脳裏に会った事もないリヒャルド君の人物像が完成するのだけど。
もうね、どんな完璧な王子様なの、と突っ込みたくなる程だったので、とりあえず出来上がった人物像は綺麗さっぱりリセット。
そんな少女漫画に出てくるような王子様は、実在しないと言う事で。
「そういえば、シンフェリア様はヴォルフィード家の御次男と、お付き合いされているとか?」
その瞳は、自分も話をしたのだから、私にも話せと言う期待に満ちた瞳なのだけど、残念ながらそんな事実は存在しないし、今後もあり得ない事。
「……どう言った経緯で、そのようなお話になっているかは知りませんが、友人として付き合っているだけで、御期待に応えれるようなお付き合いはありません」
「えっ? ……御謙遜や、付き合いを隠してとかではなく」
「いえ、本当に友人としての付き合いのみです」
ヴィー達とは拳で語り合う、漢同士の友情を育んでいるので、そう言う勘違いは本当に勘弁してほしい。
……令嬢の間では有名な話だと。
あの、ヴィーには確かレティシア様と言う素敵な婚約者がいるはずですけど。
……第二夫人、又はレティシア様を第二夫人にして、私を本妻にすると言う噂もあると。
それってレティシア様にしても相手の家にしても、大変失礼な話ですよね。
だいたい、そんな出鱈目な噂、何処でされているんですか。
……貴族の夫人や、令嬢達のお茶会やサロンと。
「ユウさん、そう言うのには、義理以外には顔を出しませんからね」
「いいの、引き篭りが性に合っているんだから。
ジュリはジュリで行って来ても構わないのだけど」
「……私は、そのちょっと」
「ごめんなさい、今のは私が迂闊だったわ」
ジュリがペルシア家の令嬢として、そう言うお茶会やサロンに参加しても、彼女の過去の件で格好の噂の餌食にされるだけだったのを、失念していた。
「でも、引き篭もられていると仰られている割には、よく王都の城下街で逢引をされている御姿を見たと言う話を聞いていますし、お仕事の場にもよく顔を出されていると言う話も」
とりあえず此方が一瞬き不味い空気が流れたのを流すかのように、話を続けてくれたのはありがたいのだけど、話してくれた内容としては、少しも嬉しくない内容。
「ルメザヴィア様の所属している魔物討伐騎士団とは、仕事上のお付き合いもありますし。
騎士団長を勤められているガスチーニ様には、色々と良くしていただいて、王都にいる間は護衛の騎士を派遣していただいておりまして、ルメザヴィア様とはその時に派遣される騎士として一緒にいるだけで他意はありません」
「よくヴォルフィード様のために、お料理をされると言う話もありますが」
「感謝の意を込めて作る事はありますが、それも部隊全体に作っているだけですし、彼とだけで食事をした事もありません」
お茶ぐらいはしているけど、以前に学習院で御令嬢達の嫉妬と妬みで懲りているので、王都でヴィーやジッタとだけで食事をしたら、どんな噂を立てられるか分からないし、そんな噂を立てられたら、ヴィー達が迷惑をすると思って昔から注意はしていたと言うのに、なんでそんな曲解した噂が立っているのかと問いたいけど、噂と言う物はそう言うものだから仕方がない。
「交際している事を隠されているため、とかではなくですか?」
面倒くさがり屋の私が、なんでそんな面倒くさい事をしないといけないと言うのか。
そもそも、中身が男の私がヴィー達とそう言う仲になる事自体がありえない。
うんっ面倒臭いし、あまりこう言う遣り取りをしていると、仮にも付き合っている事になっているジュリが暴走しかねないので……。
「こう言っては相手に失礼になるのかもしれませんが、ルメザヴィア様にしろジッタガルト様にしろ、恋愛感情は一切ありません。
私が、そう言う対象として見れませんので」
この際はっきりと言っておく、できればこの言葉をお茶会やサロンで噂として流してほしいなあと言う狙いもあるので、あくまで私の都合という事を強調しておく。
そうでないとヴォルフィード家やノンターク家に対して失礼だからね。
ただ、ヴィーにしろジッタにしろ、世間一般的に見たら顔も良いし、性格も多少失礼なところはあっても、あの変態残念M王子を見た後ではないに等しいので、温厚で思いやりのある人間だと評価できる。
家柄も二人とも其れなりに良いし、家柄的に次男であっても其れなりに優遇された生活が保証されているので、長男の嫁として厳しい目で見られない分、華やかな社交界に夢を見ていないのであれば、貴族令嬢達が我先にと争う程の有料物件だと言う事は理解できる。
だから、ヴィー達を男性として見れないなんて噂が広がったら、其れこそ私に対してパッシングされるだろうけど、まだその方がマシだし、引き篭りの私はそもそも、そんなお茶会やサロンに出る事はほぼないので問題はないし、義理で出るお茶会やサロンで影口を叩かれても、何か囀っていると無視するだけの事。
『成り上がりの子爵が生意気な事を』
そんな噂が立つかもしれないけど、ヴィー達との噂が立つ事を思えば、私は此方の方を選ぶ。
前世で男だったときの価値観を持つ私には、例え今世が年頃の女の子であろうとも、男の子より女の子の方が良いと断言できる。
と言うか、男に抱かれるの前提で付き合うだなんて、悪夢以外の何物でもない。
あくまで私側の都合という事に何ら嘘はないから、そう噂されても自業自得でしかないからね。
「もしかして、もう心に決められた方が?」
セリア様の言葉に、ふと脳裏に彼女の影が浮かぶけど、そんなはずはない。
彼女は大切な親友だし、私と一緒で子供なのだから、そもそもそんな対象になるはずがない。
何があっても守りたい相手であって、私の歪んだ価値観に巻き込んで良い相手じゃないもの。
私が彼女に願うのは、彼女の幸せだから。
……其れに、仮初とはいえ、私はもうジュリと付き合っているのだから。
そう思いながらも、手は自然と服の下の首飾りに手が伸びてしまう。
そこに確かにある彼女との絆を信じて。




