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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
266/977

266.揺れる地面よ、さようなら。 あとジル様、裏切るなんて酷いです。





 幸いな事に早めでも無事に宿を取れたので、ドレスを着ずに済んだし、揺れない床でグッスリと眠る事が出来るため、船酔いの酷い二人のためと観光も兼ねてフォドールの街には二泊する予定。


「個室なんて酷い宿でしたわ」

「それが普通だから、あと、まだ朝早いから静かにね」


 一人で三部屋もある貴族向けの贅沢な個室を与えられていて、何が不満なのかと思う。

 それに個室じゃなかったら、ジュリは一体ナニをするつもりだったかは敢えて考えずにスルーをしておいて、陽が出てそれなりに経ってはいるとはいえ、夏は陽の出そのものが早いし、庶民はともかく貴族的には朝早い事には違いない。

 そしてそんな朝早い時間に、ジュリを無理やり起こして何処に行くかと言うと……。


「こんな朝早くに散歩かね?」

「「ぁっ」」

「ほらジュリが騒ぐから、ジル様が起きてきたじゃない」

「か、関係ないですわっ、……たぶん」


 実際、宿の庭に出てからなので、関係ないのだけど、其処は其処、こっそり出かけようとしていたところに、一番見つかりたくない人に見つかれば誰かのせいにしたくなるもの……。

 とりあえず話を誤魔化すように、朝の涼しい空気の内に散歩をと言うと。


「うむ、ならば儂も付き合おう。

 どうにも歳をとると、朝が早くなってな。

 儂もちょうど散歩でもしようとしていたところに、己が従者を叩き起こす声の後に、見覚えのある二人がコソコソと部屋から出ていくのを見かけたのだが、二人がそのつもりならば、年寄りの我が儘と思って付き合ってもらおう」


 うわぁ、其処からでしたか。

 ほらっ、やっぱりジュリがすぐに起きないからじゃない。

 ……朝は無理って、私の従者なんだから、そこは慣れなさい。

 それはそうと、ジル様の従者のラッセンは?

 ……朝早く起こすのは可哀想だから、特に用がない限りは普通に寝かせていると。

 ジュリ、視線が何か痛いよ。

 それに、ラッセンは用がないから許されているだけで、ジュリは仕事があるから許されないだけなの。


「仕事かね?」

「……今のはユウさんのせいだと思いますわ」

「そんなの言われなくても分かっているわよ」


 仕方ないので、空間転移の魔法で秘密の研究所まで、所用を済ませに行く所だった事を白状する。

 生き物を飼っている以上、最低限のお世話がいりますからとね。

 部屋から空間移動の魔法を使わずに、わざわざ宿の受付の前を通ったのは、受付の人間に姿を見せておけば、もし思いの外遅くなったとしても、散歩にでも出かけたのだろうと思わせれるため。

 そして、そんな事を話せば……。


「うむ、ならば儂も一度視察をさせてもらおうか」


 と、言い出しかねないと思ったから、こっそりと出かけようとしたのに。

 あの、視察となると従者を起こさないといけないのでは?

 それに護衛として来ているタニヤ様の立場もあります。

 ……船酔いで倒れている護衛など役に立たないし、【死の大地】の向こうは、護衛がいようがい居まいが関係ない土地だろうから、いなくても一緒だと。

 と言うか、引く気ないですよね?

 ……この機会を逃すと、今度は人が増えて機密を保てなくなるぞって、脅しじゃないですか。

 しかもバレて不味いのはジル様や陛下も一緒なのに。

 ……今、バレて一番不味いのは私と。

 いえ、確かにそうですけど。


「儂がこの目で一度確認したと言っておけば、他の五月蝿い連中も黙らせれるしな」


 本当に安全に魔物の繁殖が出来ているのかが、やはり問題になっていると言う話は分かりますし、機密は守ってくださるなら、御招待しても構いませんけど。

 ……技術的な事など見ても分からんって。

 まぁそうでしょうけどね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【断罪の高台にある秘密基地】




「ふむ、湯に入ると言うのは、なかなかに良いものだな」


 外見だけは出来ている新しい研究室のラウンジにあたる部屋で、優雅によく冷えたワインを片手に風呂上りのガウンを着て、満足げに外の景色を楽しむジル様に、こんなにゆっくりしていて良いのかと思ってしまうのだけど。

 ジル様が構わないと言う以上は、それ以上突っ込めない訳で。

 まぁ、そのお陰でチャチャッと手抜きのお世話をして戻るつもりだったけど、いつも以上に繁殖している魔物のお世話が出来たのだけど、本当に従者やお孫さん達を放っておいて良いのかと心配してしまう。

 なにせジル様、案内だけのつもりだったのに、なんやかんやとゆっくりした挙句に、温泉にまでじっくりと入ってしまいましたからね。

 着ているガウンはコッフェルさん用に用意したものなので、サイズは合ってはいないけど、ジル様本人は気にしていない様子。


「湯を沸かす手間はあるが、屋敷の方でも出来そうではあるな」

「……湯量が少ないと、すぐに冷めて風邪を引き兼ねませんよ」


 この世界というか、私の知るこの国の生活主観には、お湯に入ると言うお風呂の文化はなく、もっぱら沐浴か蒸し風呂の文化。

 この地には温泉が湧いているからいいし、リズドの街の宿舎にこっそり作ったお風呂は、湯船の岩自身を魔法で温めている上に、魔法でお湯を何時でも温め直せるから問題はない。

 でも前世の中世で使われたと言う、身体を浸かる事ができる程度の湯船に、バケツリレーでお湯を運ぶ形式のお風呂だと、直ぐにお湯が冷めてしまうし温め直しがしにくいため、風邪を引きやすい環境のお風呂はあまりお勧めではない。

 それに、人も薪代も凄い事になるしね。


「ならば、先程の建物のようなものに、湯を沸かさせる窯を設置させればよかろう」

「薪の匂いや火事の心配もありますし、清掃も大変ですよ」

「それこそ我が家には心配は不要だ」


 強気な発言だけど、そこはやはり公爵家なので、それくらいの手間とお金は余裕ではあるみたい。

 確かにジル様なら、公爵家の財力に物を言わせて、石や煉瓦造りの凄いのを作りそうだけど、其処までお風呂が気に入りましたか。

 いえ、私もこっそり作っているくらいお風呂は好きですけど。


「一番手っ取り早いのが、人が数人入れるぐらいの大釜を岩やレンガで囲んで、その下で火を焚く事ですね。

 無論、窯底で火傷しないように鍋底には木の板を敷きますけど」

「……理屈は分かるが、煮込まれていそうで嫌だな」


 まぁ五右衛門風呂と言うぐらいですから、煮込まれていると言う印象は決して間違いではないですが、貴族の優雅な入浴風景とほぼ遠い姿には違いないですね。

 一番理想的なのは、湯船まで水路を引いて、その水路の途中でお湯にできる事ですけど。

 うん、出来ない事は無いかな。

 収納の魔法から意匠図とペンを取り出し、頭に浮かんだ風呂小屋のイメージ図を外と内側を数枚。それとは別に、水路や排水路などを描いた図面を数枚描き、ジル様に見せる。


「こんな感じの離れを作っていただければ、比較的安全な湯沸かしの魔導具を作れますけど」

「うむ、悪く無いな。そして魔導具と言うのは?」

「既存の魔導具を改造するだけなので、試作品は数日もあれば出来ますが……その、既にある技術だけに……」

「当家には技術供与ができぬか。

 まぁそう言う事なら仕方あるまい。

 そちらに話を通した上で、魔導具の製作は依頼させてもらおう」


 頭に浮かんだのは、前世にあるガス湯沸かし器。

 細い胴の配管をガスの火で炙って、少ない火で効率よくお湯を沸かすシステム。

 携帯(かまど)を使えば、直ぐにでも作れるけど、生憎と携帯(かまど)はコンフォード家の利権になっているため、同じ技術を使った湯沸かし器をアーカイブ家に提供するのは色々と問題が起こりかねない。

 ……金額ですか? 白金貨(おく)を超えると、少しばかし奥様に文句を言われると。

 湯船の大きさによって、変わってきますけど。

 ……上の温泉の半分ぐらいのを作らせると。

 個人所有としては、かなり大きなお風呂だと思うので、単純計算で前世の実家にあったお風呂の十倍くらいと考えると、結構な規模の湯沸かし器を作らないと追いつかないか。

 ベースとなる携帯(かまど)の値段を考えますと、一般的な小さなお風呂なら金貨三〜四枚という所だけど、その大きさだと金板貨二〜三枚は必須かと。

 とにかく私個人の依頼なら問題ないのですが、譲渡した利権が関わっているので、詳しい事は商会と相談させてください。

 流石のヨハンさんも、白金貨を超える金額を請求しないとは思います。

 ……多分。


「しかし温泉とか言う施設といい、心配している連中が拍子抜けするぐらい、長閑な繁殖だったわい」

「魔物と言っても、生き物には違いませんから、食と住が満たされ、繁殖相手もいるとなれば、環境に慣れ親しむ事もあるかと」

「ふむ、あとは魔物の能力を封じる魔導具も大きいな」

「絶対では無いので、油断はできないのは変わりません」

「其処は牛の繁殖も同じだ。

 油断をすれば死に直結するのは、どの生き物であろうと同じであろう。

 あの程度の危険性など、むしろあって当然だ」


 長閑な景色に見える牛や羊の繁殖だって、それに関わる人達は、ちょっとした油断で、あっさりと死に至る事故に遭う事はある。

 巨体な身体と重い体重を持つ牛に突っ込まれれば、人間など簡単に吹き飛ばされるし、踏まれれば一溜りもない。

 羊だってあの数で突撃されて踏まれれば、全身打撲で済めば良いけど、身体中の骨が折れたりすれば死に至る事も珍しい事ではない。

 無論、馬だってそうだ。

 落馬したり、蹴られて命を失う人は、年間にしたらかなりいるみたいだからね。


「何方にしろ魔物の生態や繁殖には、まだまだ不明な事も多いですし、このまま繁殖を続けて問題が出ないかも見届けなければなりません」

「相手は生き物ゆえに、時間が掛かるのも理解できるし、そう考えるのも当然と言えよう。

 何方にしろ、我等の方も準備にまだまだ時間は掛かる。

 予定通り、今は時間をかけて研究を続けてくれたまえ。

 此方は此方で、儂と陛下の方で調整と説得はしておく。

 それと話は変わるが……」


 ……奥様との結婚記念日の祝いの席に出したいから、ペンペン鳥が一羽欲しいと。

 熟成済みのが、収納の魔法の中に何匹かいますけど、そういう理由であるなら、私の方からのお祝いの品という事で贈りますが……、なんでしたら白角兎(ホワイト・ラビット)もまだ在庫はありますけど。

 流石に白角兎(ホワイト・ラビット)は遣り過ぎになるし勿体ないと。


「お主に言うのもなんだが、普通は白角兎(ホワイト・ラビット)など狩るのは難しく危険故に、例え貴族の結婚式でも、そうそうお目に掛かれぬ物だ」


 庶民の結婚式で、まるっと二頭出した記憶は横に置いておいて、取り敢えず記念日の五日前ぐらいにお届けするという事で。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「せめて出かけるのであれば出かけると、言付けてもらいたかったものですな。

 我等がどれだけ心配し、周辺を探し回ったと御思いか」

「ぁ…、いえ、その……すみません」

「お爺様がいなくて、私がどれだけ心配した事か」

「おそらく主人(あるじ)が無理を言われたのでしょうが、宿の受付に言付けをする時間すらなかったとは思えませぬが」

「…こんな遅くなるつもりでは」

「少しはジル様のお立場を考えてくだされ。

 護衛として同行している私の立場はどうなると思っているんですか?」

「…それはそうと、船酔いの方はもう大丈夫で?」

「そんなものジル様が、失踪したと聞いて吹き飛びましたっ!」


 そして、遥か遠い秘密の研究所から、空間移動の魔法で宿に戻った私達に待っていたのは、陽が真上になっても、一向に戻ってこない私達を心配する面々で、あと半刻程戻らなければ、この地の領主のところに捜索の協力を願う所だったとか。

 そんな訳で私は、心配した面々に責められているのだけど、何故、私だけ?

 理不尽な思いを我慢しながら、無理やり私達についてきた挙句に、ゆっくりと温泉にまで使っていたジル様を横目に視線をやると。

 ……視線を逸らされましたよ。

 そうですか、そう言う態度をとりますか。

 じゃあ、私もバラしちゃいますね。

 大事な仕事の視察に行っていたので、詳しくは言えないとだけ前置きをし。


「従者のラッセルや、護衛のタニヤ様を不要と言ったのはジル様ですし。

 皆さんが待っているだろうからと、早く戻ろうとしていた私達を無視して、ジックリと視察は……百歩譲って良いとしても、途中でお腹が空いたと仰るので戻ろうとしたのに、私が収納の魔法持ちなのを理由にその場での食事の催促をし、ペンペン鳥を使った照り焼き丼を美味しそうにお代わりした挙句に、沐浴や蒸し風呂とは別の入浴という形式のお風呂を、ゆったりと堪能した後、ワイン片手に涼みながら身体を休まれていたのはジル様です。

 そもそも視察自身、予定していなかったところを、強い要望(きょうはく)を出されたのも当然ながらジル様です」


 私はジル様に敬意は払ってはいますけど、部下でも家臣でもない訳で、今回の件でアーカイブ家の面々やジル様の部下に責められる所以はない。

 そういう訳で、此処まで視察から戻るのが遅くなった原因をあっさりバラします。

 ……当初は何時までに戻る予定だったかですか?

 無論、朝食前には戻るつもりでしたよ。

 大した規模ではないですから、視察なんて眺める程度ならば四半刻も掛からずに済みますしからね。

 だいたい、こんなに遅くなる予定なら、普通は言付けを残すか、直接お断りを入れますよ、常識的にね。


「お爺様」

「「ジル様」」

主人(あるじ)

「お館様」


 ジル様、そんな恨めしげに目を向けられても、知らん顔をして御自分だけ逃げようとした人の事など知りません。

 御自分で解決してください。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 言われてみれば確かに、高々一使用人が子爵家とはいえ当主を問い詰めるのは不遜だよね。
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