263.夏季の長期休暇に入りましたので、引き籠ります。
稲の成長も、分けつや太さを具合を見る限り順調。
米の量を採る事が目的ではないから、稲と稲との間隔は広めなので、風の通りも良いようだし、旅行から帰ってくる頃には出穂も済んでいるかもしれないけど、大雑把な知識はあっても、いかんせん何事も初めての事で、これで良いのかどうかも不明なので、今は記録してゆくのみ。
飼育している魔物の今年二回目の孵化ラッシュも一段落付き、元々生命力の強い魔物なので、あとはご飯さえ上げておけば勝手に育ってゆくのは、一回目の子達で観察済み。
無論、中には亡くなってしまう子もいるけど、概ね殆どの子は順調な様子。
「旅行中、この子達の事はどういたしますの?」
「うん、一応は面倒をみるわよ。手抜きになっちゃうけど」
生き物を飼っている以上、面倒を見ないなんて真似は許されない。
かと言って、此処のお世話を誰かに任せるなんて事はできないため、今まで通り数日毎に戻ってくるつもり。
船が錨を下ろしている時なら、空間移動の魔法を使えば旅行中でも戻ってこれるし、様子見と御飯のお世話とかだけなら、三十分も掛からないので、ジル様達にさほど迷惑はかけないで済むだろうと考えての事。
「それにしても、本当に五日で建てちゃいましたわね。
普通、こんな短期間で家は建てれないですわよ。しかもこの規模の」
「出来たのは外見だけよ。
それに一応は三軒目だから、要領が分かって今迄より早いだけ。
あと早いと言っても、準備に三倍も日数が掛かっているし、設計はもっとよ」
この秘密基地、もとい秘密の研究所の建物は、砂漠クラゲの繁殖槽と、ペンペン鳥と群青半獅半鷲用の巨大な檻のゲージなどの研究用設備以外には、半露天風呂の入浴設備に他には、一番最初に立てたトイレと物置と休憩スペースを兼ねた掘っ立て小屋。
元々トイレと、日差しや風を避けた軽い休憩ができれば良いつもりで、適当に建てた物だったので、余裕が出来たらもっとしっかりした物を建てようねと、ジュリと二人でなんやかんや意見や要望を言い合いながら、忙しい日々を過ごしていたのだけど、お店のリニューアルオープンの騒動が一段落したあたりから、本格的に設計を初めて、時間を見つけて材料を集めて加工をし、夏の長期休暇に入ったので、一気に建て始めたのだけど、建坪が六百坪以上もあるのに、思った以上に楽だった。
何せ魔法を使えば、重機より身軽で細やかな作業が、同時に可能だもの。
更地するのも、転圧して地面を固めるのも【土】属性魔法で数分で終わってしまうし、土台である石垣積みも、前もって積みやすいように【土】属性魔法で加工してあったので、半日もせずに終了。
【風】属性魔法で乾燥して加工済みの無垢材を、後は力場魔法で設計通りに建てて積んでゆくだけなので、其れも半日作業。
後は内装を大雑把にだけど済ませれたので、とりあえずは完成と言える。
害獣対策に頑丈さを求めてログハウスみたいな物だから、施工が楽だと言うのもあるけど、やはり組み立てるだけと言う状態に、前もって加工しておいた事が一番早く完成した理由かな。
その分、設計で計算を何回も見直す事になったけど。
「ドアや窓は、既製品を買ってきて嵌めただけだし、中はトイレ以外は台所もないし、屋根も板を打っただけだから、ちゃんと完成するにはまだまだかかるわ」
「其れもそうですけど、この広さで高床式三階建を建てても、無駄に広いだけですわよね」
「ジュリが実家より大きな屋敷に、一度住んでみたいと言い出したんじゃない」
「ユウさんだって、なら二階建てより三階建てと言い出した訳でしょ。
しかも地下室付き」
「広い屋根裏部屋と地下室は男の浪漫」
「私達は女ですわ。
大体、根裏なんて夏は暑くて、冬は寒いだけですわよ。お手洗いも遠いですし」
まぁそうなんだけど、そこはそこ、秘密の基地の中の秘密基地という感じが私を暴走させたと言うか。
とにかくトイレは複数作ったので、もうジュリと取り合う事は無いけど、そろそろ前のトイレも含めて、溜まったものの処分を考えておかないと。
いつかは考えないといけないと思ってはいるけど、動物や魔物のそれに比べて人間のって匂いがキツいんですよね。
「家具は、サラさんに頼まれるんでしたわよね」
「うん、寸法と意匠図を見せて、豪華にならないようにお願いしてある。
本人は現場を見たいと言っていたけど、流石に此処には連れて来れないからね」
「多分、気絶されるだけですわ」
「そこまで酷く無いと思うけど」
普通の人は魔物に囲まれたら、例え無害級でも気絶するものですわ、とか言っているけど、私もジュリも気絶してませんよ?
……普通の人は魔物の領域に自ら入り込まないって。
狩人とか結構いますよ。私みたいに。
……その件について話すだけ無駄って、酷い。
あとは窓やドアを全部塞いで、家の中でのみ作業をしてもらう手段もあるけど、どう考えても怪しさが増すだけでしか無いので、そうそうに諦めた。
「さぁ、そろそろ戻って、旅行の準備をしちゃいましょう」
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【港街フォルス】
ドルク様の自慢の船は、以前に乗ったマスト四本タイプの帆船に比べたら、確かに小型に部類するかもしれないけど、個人所有の船としたら十分に大きいと思う。
その姿は、まさに船上の別荘という名に相応しいと思うのだけど、……これって、小型の船を二つ並べて繋げた双胴船では?
確かにこれなら、設水面積を減らしつつ、排水量を増やして安定した船にはなるけど。
「……これって、下の部分、そのままですよね?」
「そうとも言う」
「私、面白半分で、描いてみただけと言いましたよね?」
「元々、船として無いは形ではない。……が、この大きさでやるのは、おそらく初めてだろうな」
水流ジェット推進の魔導具は、その出力がその核となる魔法石の大きさと質に依存するため、手に入りやすい人災級までの魔石では大きめの釣船程度の小型船が限界で、それ以上の大きさの船に取り付けても、出力が足りずに帆で風を受けた方が速くなってしまうため、補助動力くらいにしか使えないのでコストや労力に合わない欠点があったし、水流の干渉の関係で、数をつければ良いと言う物でもなかった。
其処で、人と荷を運ぶためには、中型船とまではいかなくても、もう少し大きな船に乗せれないかと相談を受けた時、『じゃあ、船を横に並べて二隻くっつけたら?』と冗談まじりに図に書いてみただけなんですけどね。
まさか其れを実行されると、誰が思うと言うんですか。
多分、これ一隻に無茶苦茶お金かかってますよ。
……私の落書きが元で、白金貨単位の金が動くって。
うん、考えるの止めよう。私の責任じゃないし
「強度的に大丈夫なんですか?」
「急造とは言え、本当に小型船を繋げただけと言う訳ではないからな。
少なくとも、数年でどうにかなる様な作りはしておらんと聞いている」
其処は造船業を営んでいるアーカイブ公爵家が抱えている船大工の腕を信じるしかないのだけど。……うーん、一度作っているところを見てみたかった。
船の外観からして、きっと骨組みとか綺麗なんだろうなぁ。
ジル様、この船の骨格模型っていただけません?
……ジュリ、そんな物どうするのって、飾って、見て楽しむに決まっているじゃないですか。
意味が分からないって、そう言う物なんです。
ジュリの部屋に飾ってある絵と一緒です。
……一緒にするなって、其処、怒るところですか?
「見ての通り、基本は帆船のままだが、魔導具のみでの航行も可能だ」
「両方使える時は使った方が効率的ですし、使い方によっては安定した速度も出せますね」
「うむ、その辺りも含めて、今回の航海で試すのも目的の一つだ。
さて、ここで見てていても仕方あるまい。
乗船して船を出してから、のんびりと話でもすれば良かろう。
此処は些か日差しが強いからな」
そう言って乗船を促されるけど、この船の定員は十三名。
その内、四名は船員なので、乗客としては九名が定員。
私とジュリ、ジル様と従者のラッセンと、護衛の女性魔導士のタニヤ様、そしてジル様のお孫さんでリューセリア様と侍女のルヒャルダの七名に加え、何故かジル様直属の女性文官であるヘレナ様。
ちなみにリューセリア様、ジュリ同様に半年早いだけの同い年らしいけど、あまり此方を良い目で見ていない様子。
まぁ大好きなお爺様が、私に気を遣ってばかりで面白くないよね。
うんうん、分かる分かる。
船内は、まぁ狭いながらも一応は五つも客室があり、食堂兼リビングの部屋もあるほど。
当然船員のための部屋や荷室船員やもある訳だし、その上に台所や男女別れたレストルームまであるのだから、よくもまぁ詰め込んだ物だと思う。
ちなみに、誤解が無い様に言っておくけど、ジル様は愛妻家で有名らしいので、変な詮索をしない様に、分かったわねジュリ。
ブーブー言わない。
想像するだけなら自由って、……気持ちは分かるけど不敬だから駄目。
人の家の事を頭の中でも引っ掻き回さない。
其れと、予め言っておくけど、船旅中はそう言う事は一切しないからね。
大人しく清い夜を過ごすの。
ジュリは気が付かなかっただろうけど、夜の船室の壁って波音で消されがちだけど、結構、響くのよ。
例えば一人遊びの声が、まる聞こえだったりとか。
ぼふんっ。
私の言った意味が一年前の事を差しているのだと理解したのか、音を立てる様に一気に顔を赤く染めるジュリの姿に、可愛いと思う反面、流石に勘弁して欲しいとも思うのは本当の事。
この船旅で、少しは禁欲になってくれれば、ジュリに振り回され気味の私としては助かるし、この際、禁欲生活が身につく様に頑張って欲しい。
「さぁ、甲板に出て、出向の景色を楽しみましょう」
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「お爺様、思ったより揺れませんのね。
小さな船は、揺れると聞いていたのですが」
「船を二隻繋けば安定はするが、その分小回りと速さが犠牲になるからな」
「この船は、最新の魔導具を用いて、速さを優先した物ではなかったのですね。
楽しみにしておりましたのに」
「今、述べたのは一般的な話であって、この船にはその様な常識は当てはまらぬ。
確かに運搬能力を高めるために、この様な形の船にはなったが、同時に速さも両立させた最新型の船だ。
それはこの国だけではなく、世界中を含めた中でも最速の船でもある。
その初航海に、セリアは乗船しているのだ。誇りに思いなさい」
「はい、お友達に自慢ができますわ」
祖父と孫娘が楽しそうに話す甲板の上には、いつの間にか日除けの天幕が張られているけど、あれだけ目の荒い網に近い布なら、強風で吹き飛ばされる事も航行に影響を与える事も最小限で済むだろうと思う。
なにより、双胴船の構造を活かして、その影響の少ない場所に設けられているからね。
それに流石に風が強く吹く事のある船上では、日除けの傘という訳にはいかないし、風で飛んで行った日傘が誰かに直撃して、怪我をする可能性もあるから、多少日の光が零れ落ちても、最初からこう言うものを用意しておいた方が、被害もないと言う考え方かな。
この船を設計した人は、高位の貴族が旅客船としても使う事を最初から想定しているらしく、其処らかしこにその工夫が見られて面白い。
そう感心していると、ジル様が私達に気がついた様で、声を掛けてくださる。
「ふむ、てっきり君の事だから、出向を楽しみにしていると思ったのだが」
「少しばかしジュリと、旅の注意点を話していたのですが、……残念です。せっかくの良いところを見逃してしまいました」
「ふははっ、まだ、其れほど離れてはおらぬ故に、海から眺めるフォルスの港街の風景を楽しむが良い。
前回はギリギリまで客室に引き篭もっていたせいで、見逃しておろう」
ジル様の言葉に苦笑が浮かぶ。
なにせ昨年の船旅の最後の方は、厄介事を避けるために、部屋に引き篭もっていたので、風景を楽しむ余裕がなかった訳で。
しかも、特にジル様を避けてだった事は、今の会話を聞く限り、しっかりと見抜かれていたみたい。
「まぁ、あんな暗い部屋に閉じ籠るだなんて、まるで土竜ですわ」
「引き篭もってみれば意外に快適ですわよ」
何やらサクッと口撃されたので、ジル様が何か言い出すよりも先に、私もサクッと流しておく。
こう言う時、下手に祖父であるジル様が口を出すと、表面上は穏やかになっても実際には余計にややこしい事になり得るので怖いんだよね。
ただの祖父ラブで嫉妬されても困るのだけど、この頃の年頃って色々難しいんだよね。
ちなみに誤解があるかもしれないから言っておくけど、確かに船室は暗いかもしれないけど舷窓から光は差し込んでくるし、照明の魔導具がどの部屋にもあるので十分に明るい。
照明の魔導具がない今までの船にしたって、船室内にはどの部屋にも光石が置いてあるので、明かりに困る様な事はないし、私やジュリの様な魔導士には魔法があるから余計に関係がない。
「ジル様、此度はせっかくの家族水入らずの所を、お誘い戴き有り難うございます」
「気にする必要はない。むしろセリア達を連れてきたのは、ついでの事だ。
目障りであればいない者として扱ってくれて構わない」
いえ、無理ですから。
其れと貴族としての対応としては間違ってませんが、家族としての対応としては間違っていますので、そう言う言い方は止めて下さい。
むしろ私とジュリをいない者として扱って欲しいくらいです。
そう言う訳で、お孫さんとの時間を大切にして戴けた方が……、間が持たないと?
……孫とはいえ、若すぎる娘となると何を話して良いか分からないって、私もその若い娘ですよ。しかも年下です。年下。
……私は普通の若い娘に当て嵌らないって、……酷い。
それにしても、……ああ、……睨まれてる睨まれてる。
仕方ない。本丸に突撃するしかないですね。
あまりこう言う真似は嫌なんですけど、せめて船旅中くらいは良好な人間関係を築きたいですから。
と、その前に情報収集をしないとね。
伝声管の魔法を使って彼女に聞こえない様に……。
「……そのジル様、私の事はどの様にお伝えを?」
「ふむ、驚かすつもりでな、船旅中は一風変わった料理を食べさせてくれる相手と伝えてある。
討伐騎士団での噂は聞いているからな、儂自身も楽しみにしておるぞ」
ジル様としては何ら悪意もなく、純粋に驚かすための事なのだろうけど、其れ悪手です。
今回は半分顔見知りである事もあって、貴族間の挨拶がなかったのも悪かったのだけど、リューセリア様からしたら、見るからに年下の飯炊き女が、敬愛するお爺様に気安く話しかけ、更には大切にされていたら、そりゃあ面白くないに決まっている。
紹介、紹介をお願いします。
「うむ、まぁ良い機会だ。セリア、改めて紹介しよう。
此方はシンフェリア子爵当人で、我が家に魔導具の技術を齎してくれた方だ。
先程の様な失礼が無いようになさい。…と言いたいが、あまり堅苦しいのも嫌われる方故に、お前の友達と同じように気楽にし接すればよかろう」
「ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアです。
同じ船で旅をする者同士として、爵位など気にせずに接して頂けたら嬉しく思います」
公爵家の嫡男であっても、男爵当人の方が公の場では立場が上とはなるけど、逆にそれ以外の場となれば、普通は、子爵当人であろうとも公爵家所縁の人間であれば、爵位など関係なしに、それなりに気を使わなければいけない。
だけど、公爵家当主であられるジル様自身が、私にこういう接し方をされ、私にそれを許している以上は、ジル様より立場が下となるリューセリア様を恭しく扱うのは逆に失礼になってしまうので、この辺りが妥協点であり、私にとっても気楽な立ち位置となる。
もっともジル様がそうなるように、配慮されての言葉なんですけどね。 ……ただ、もう少し早く、こうしてもらえたらと思うだけで。
「ぇ? こんな子供…いえ、若い方が」
「ああ、こう見えて、陛下や古き血筋の方々も注目している優秀な方だ。
他にもお前やフィルナが夢中になっていた化粧の本の出していたり、最近のお前達が使っている化粧用品の製造と販売も手掛けている」
たぶん分かりやすいように例えを出したのでしょうけど、化粧の本を出したのはお姉様で、私は手先の不器用なお姉様にもできるように、分かりやすく細かな指示を書いた手記や手紙を書いただけです。
……アレだけの本を書くのにリップだけで、化粧をしていないって。
普段から化粧なんて面倒臭いですし、暑苦しいじゃないですか。
……一度、それが本当なのかを見て見たいって、揺れる船の上でですか?
幾ら揺れが少ないと言っても、其れは小型船の部類にしてはと言うだけで、大型船ほど揺れが少ない訳でもないのに。
でもまぁ、此れで気疲れする事なく心地良い船旅が得られるなら、安いものかと思いつつ。
「ジュリ~」
「お断りいたしますわ。
ユゥーリィさんのその目、絶対に私を玩具にする目ですもの」
いきなりこの子はなんて言い掛かりを。
……この間、この手のノリで化粧をされたまま、王都に住む魔法の先生に気付いて貰えなかったと。
それって王都で討伐騎士団のお姉様方相手に化粧講義を開いた時の事ですよね。
アレは変装を兼ねての化粧だから、そうでなくては困る訳で……。
その上、魔法を見せたら、もう弟子でも何でもないと言われたって。……追い抜いちゃったんですね。
もともとジュリの話からして、それ程優秀な魔導士の先生ではないと思ったけど、自分が教えていた頃に比べて、見違えているどころか追い抜かれていたら、そりゃあ凹むわね。
……でも、魔導士の友達として、何時でも遊びに来いと言われたって、結局、自慢ですかっ!?
それとも、ほぼボッチの私に対する嫌味!?
いえ、冗談ですからジュリは私に気にしなくていいから、ジュリはジュリで交友範囲を広げてください。
「とにかく、化粧の実験台をよろしく」
「実験台という言葉面が嫌ですわっ!」
「冗談はともかく、流石に船が揺れるから軽くよ軽く。私の腕は知っているでしょ。
終わったら、冷たいアイスを出してあげるから」
「三段で」
「二段まで」
「ではソフトクリームとジャムを上に」
「ソフトって、それ三段と同じだからジャムだけにしなさい。
ジャムもイチゴかブルーベリー何方かのみ」
「仕方ありませんわね、それで手を打ってあげますわ」
……ジル様、楽しそうって、そう見えます?
我儘な従者に振り回されているだけに見えません?
……いえ、こういうやり取りは、嫌いではないですけど。




