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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
262/977

262.頑張る人にはご褒美です。間違った頑張りをする人には……どうしようか?





 口紅の後のグロスを塗り終え、おさえ紙で余分な油とテカリを抑えて自然な感じにする。

 この世界の化粧は、種類こそあるものの、どれも前世の物に比べてかなり未発達の原始的な物なので、塗る段階で調整が難しいものもあったりする。


「このようにある程度の修正や補正は可能です。

 紙の抑え方も其れなりに技術が要りますが、慣れれば見ての通り自然な風合いにもなりますし、塗りムラが出てしまっても目立たなくする事が出来ます」


 そう説明しながら、周りを見渡してから、手間取っている受講生にアドバイスをしてゆく。

 本日は、【花の滴】(フラワー・ドロップ)で無料講座の日。

 私は此れで数回目だけど、お店自体としては既に十回以上の講座を開いているけど、どれも評判は良い模様。

 見た感じ、貴族の子女が多いのだけど、その殆どが何方かと言うと女中(メイド)として仕事に役に立てようと言う受講生が多い。

 女中(メイド)女中(メイド)で、仕事として此処に来ているらしく、仕事で身につけた技術が、そのまま自分にも使えると、二つ美味しい状態らしい。

 ……同僚の女中(メイド)が逢引の時に頼られて化粧を施すと、お小遣いやお土産を期待できるから三つ美味しいと。

 しっかりしていらっしゃる。


「先生は、どうやってその技術を身につけたんですか?」


 先生と言われるのは慣れないけど、こう言う講座の場合は仕方ないので受け入れているけど、どうにも気恥ずかしい。

 さて、どう答えるかな。

 まさか前世で、彼女のコスプレに付き合って、身につけた技術なんて言えないないので、やっぱりあれよね。


「ぶっちゃけ、お絵かきです」

「「「「「え゛っ」」」」」

「紙だろうと、自分の顔だろうと、仕えしお嬢様の顔だろうと、塗るのは一緒です。

 寧ろ塗る場所が決まっているだけ楽ですよ。額に目を描くなら話は別ですけどね」


 クスクスと彼方此方から聞こえる笑い声。

 中には、自分の仕えし主人で想像してしまった人もいたみたいで……。


「ぷっ、……駄目、くくっ……笑っちゃ駄目なのに、……無理、あははっ」


 抑えようとしているのか分からないほど声を上げている子もいたりするけど、随分と沸点の低い子だなぁと思いつつも言葉を続ける。


「今のは極端な例えですが、お絵描きを楽しむように、肩の力を抜いて化粧を楽しむのが一番ですね。

 技術や流行りも大切ですが、やはりその人が何が一番似合うかは、お仕えする皆様方の方が良く知っていられると思うます。

 ですので、まずは仕える人が、どんな感じが一番輝いて見えるかを想像してみてください。

 あとはそれに向けて、皆さんが身につけてきた物で工夫と練習あるのみです」


 そう言い終えた所で、壁にあるオイル時計で時間を見て、今日使った化粧品の説明と購入先を今一度宣伝しておく。

 もはや気分はテレビショッピングですよ。

 これが前世なら、胸の下辺りに指を差して、お申し込みは此方の電話番号までとか言っていそうなノリです。

 こう言うのはノリですからねノリ。

 なんとなく、前世の彼女がコスプレに嵌った気分が分かります。


「今月の私の講座はこれで最後になります。其れと申し訳ありませんが、来月の私の講座は所用のため別の者が他の講座を行う事になります。

 再来月の講座は、お肌の手入れについて行う予定ですので、気になる方々は是非ともお越しください」

「「「「「え〜〜〜〜っ」」」」」


 え〜、と言われても、もうそう言う予定で決めちゃたので御理解くださいとしか。

 ……自分達の事を放っておいて遊びにでも行くんですかって。

 まぁその通りですけど、学習院が長期休暇に入るので、少し旅行でもと思っているんですよ。


「え゛っ、学習院に通っているんですか?」

「学習院で勉強しながらお店って……」

「そう言えば商会長とか聞いた覚えが、と言う事は他にもお店を?」

「主人が魔導具師として活躍しているとか言っていた気が」

「もしかして、もの凄く忙しい人? あの年齢で?」

「私達も遊んでいたとは言わないけど、其れでも遊んでいた方ですわよね」


 なぜか物凄く不憫そうな目で見られた挙句、しっかりと遊んでくるように言われてしまう。

 いえ、その通りなんだけど、うん、何か違う気がする。

 私、ちゃんと休む時は休んでいるのに、……解せぬ。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




 店長室の一角をお借りして、新規の顧客票や帳簿、他にも日報や提案書等に目を通しながら、客があまり離れていない事に安堵する。

 利益としては、まぁ其れなりにあるけど、リニューアルオープンした際の赤字分を考えると、まだ取り戻すには一、二ヶ月掛かりそうではあるけど、其れで済むなら順調だと言えるかな。


「はぁ……。

 そうやって休むと言いながら仕事をしているから、同情されるんですよ」

「こんなの眺めているだけよ」


 お茶を淹れに行っていた店長のリーゼが部屋に戻ってくるなり、呆れたように溜息を吐いてくれたので、一応は反論しておく。

 別にアレは同情というより、同情する振りのノリだもの。

 私の年齢で朝から晩まで、汗水垂らして仕事している子供なんて、この世界には幾らでもいる。

 其れを考えたら、私はのんびりさせてもらっている方だ。


「でも、よく此処まで従業員を教育してくれたわ、心から感謝します」

「指導教本がしっかりしていたのもありますし、最初に会長が見本として実践してみた事も大きいですわ。

 普通は、商会長自らあんな真似はしませんから」

「言葉や教本なんかより、実際を見た方が一番伝わりやすいから其れをするだけの事よ。

 教本はあくまで補助的な物でしかないわ。

 人と人の触れ合いを学ぶのは人同士が一番なのは当たり前の事でしょ」

「其れが本当の意味で分かっている者など、そうはいませんよ」


 単純に、私が用いたマニュアルの下地と言うべき、常識や考え方が、まだこの世界に無いだけの問題だと思うけどなぁ。

 あと私がトップで疑問に思おうとも、従うしかないので従がったけど、やってみたら意外にこのやり方良いんじゃない? と言うの本当のところだと思う。

 でもそう思ってもらえるのも、リーゼが私の言う通り皆を指導し教育してくれたからこそ言える事。

 この店の成功は、間違い無くリーゼと、此処で働く皆んなの力があっての事。

 私は、用意していた書類をリーゼに渡し。


「来月の頭に、そこの記載に書いてある金額を、給金とは別に与えて頂戴。

 無論リーゼの分もよ」

「……別に、……ですか?」


 彼女が眉を顰めるのも分かるけど、私としては当然のもの。

 経営的概念で言えば、出しても出さなくても良いものだけど、より良い仕事をしてもらうためには英気も必要。


「夏と冬に、売り上げに応じて特別手当を出します。

 此方の想定している売り上げを大幅に超えていれば、その利益に応じて手当を出します。

 今回は、以前のお店も含めても数ヶ月でしかないので、その程度ですが、この調子で売り上げが伸びるようであれば、倍は出せるでしょう。

 無論、全体的に売り上げが下がっていたりすれば、特別手当はありませんので、各自、接客と勉強を頑張るようにお伝えください」


 単純に言えば半年毎の賞与。

 夏は、私のような学習院生ほど長くはないけど、貴族の間でも休暇や遠出をする事も多いため、富裕層も其れに倣って旅行する人達も多いので、色々と物入りでもあるし、冬は冬で社交シーズンも終えて公の催しも無いので、家族で小さな催しをしたり短い旅行に行く事もある。

 金額にしたって前世ほどではなく、多めのお小遣い程度だけど、其れでも小旅行をするための背中を押すには十分な金額だろう。

 旅行か家族で使う事を推奨するけど、貯金するのも仕送りするのも本人の自由。

 ただし、売り上げを伸ばすための工作や、不正操作は厳罰に処する事も伝えるようにお願いする。

 お店の宣伝は、社交界や人伝の噂に任せて、お店の関係者は、純粋に接客とサービスで客を掴み、リピーターを増やす事に専念してもらう。

 くだらない事をさせるためにお給金を払っている訳ではないと、今一度言い聞かせてもらうように伝える。

 接客やサービスの劣化が、客離れの原因である事が多いからね。

 むろん、製品の品質は維持では無く、向上させてゆく事が前提の話だけど。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【学習院宿舎・自室】



「お帰りなさいませ、ご主人様」

 ちゅっ


 空間移動の魔法で、王都のお店からリズドの街へ戻ると、従者教育から戻っていたジュリが従者らしく仰々しく言葉と共に迎えてくれるのだけど、ご主人様は止めてもらいたい。

 時折、思い出すかのように、ジュリはこうやって巫山戯て私を揶揄う事がある。

 いえ、従者としては合ってはいるのだろうけど、当家では当家のルールで間違っていると言う事で。

 あと、普段の親愛のキスは唇じゃなくて、頬か額にね。


「えー、良いじゃありませんか」

「駄〜目っ」


 まぁ、なんと言うか、ジュリとはその……、押し切られました。

 なんと無くそんな気はしていたのだけど、作戦を切り替えて、以前のように触れ合いながら私を安心させて、押して押しての突っ張り相撲。

 一応、私も説得したり、必死に心の中では抵抗したりはしたんですよ。

 ……でも、ジュリを嫌いになる事も、ましてや追い出す事も出来る訳がなく。

 嫌いか好きかで聞かれたら間違いなく好きな訳で、むしろずっと側に居て欲しいとさえ思っているのは自分でも自覚していた。

 そこへ想いと言葉を、ああも素直にぶつけられ続けらたら悪い気がしないのも、前世が男である私としては仕方ないとも思いません?

 結果的に言えば、条件付きでの仮のお付き合い。

 ごく普通の彼女が、異性で無く同性である私を求めるのは、彼女の過去の一件に原因があるからだろうし、その内に彼女の心の傷が言えるかもしれないのを理由にして、ジュリが二十三歳まで、誰か結婚しても良いと思う人が現れなかったら、ジュリの保護者として責任を取ると言う事で。

 逆に私が誰かと結婚する事になっても、このお付き合いはお終いとも言ってある。

 もっとも私が結婚する事なんて、百パーセントありえない事だけどね。


「それと、何度も言うけど、人が寝ている時に寝台に潜り込んでくるのは本気で止めて。

 次にやったら問答無用で攻撃するからね」

「ぶぅ〜」


 いくら可愛く膨れても、三度目はないから。

 彼女との二回目の時もそうだったけど、気がついた時は本気で怖かったんだからね。

 とっさにジュリだと気がついて戸惑っている隙をついて、毎回、毎回、キスと甘い言葉でで私を無力化して、気が付いたら頷かされていて、その結果……まぁ、そのね、そう言う訳です。

 本人は言葉通り添い寝のつもりだったらしいのだけど、我慢できなくなったって、……私もジュリだからと油断していたのも事実な訳で、懲りないと言うか警戒心がなかったと言うか……。

 なので、お酒に酔った一度目とは違って、先日の二度目の夜這いに怒った私は、ジュリとの部屋を結ぶ扉には内鍵を付けたし、一度目のような失敗を起こさないように、飲んだお酒のアルコールを分解する魔導具も開発した。


 魔導具:酒精殺し


 チョーカー型の魔導具で、装飾品になるので、幾つかのパターンの物を作ってある。

 私としては一つで良いのだけど、今後、貴族の方々のお酒の席に呼ばれる事もあるだろうし、最低限出ないといけない催しもあるため、その時の服に合うような物を持っていないと意味が無いからね。

 一応は極細の物も作って、その上に被せる方式のもあるけど、首飾りその物が持ってないため今後使う事があるかもしれない。


「では、今夜・」

「しない、この間したばかりでしょ。

 あと、せめてもう少し雰囲気を大切にして」


 もう、男の子みたいにガッついて。

 別に甘え、甘えられるのが嫌いな訳では無いし、むしろ、もっと甘えろと言うぐらい、その手の甘い雰囲気は好きではあるけど、ジュリの場合、何か焦っているような気がするんだよね。

 それを些細な所で感じるし、もしこのまま本気で付き合う事になったとしても、私もジュリも、まだまだ子供と言える年なんだから、もう少しのんびり想いを育みたい。

 それにジュリの場合、夜が激しいから翌朝疲れが取れないし、アレそのものも私は好きになれないので消極的。

 何度も言うけど、男女の関係では無くちょっとだけ激しい女性同士のスキンシップ&擽り合いは、前世が男だったせいと言うのもあるかもしれないけど、頭が真っ白で何も考えられなくなるのが怖いし、身体が力が入らなくなる上、勝手にビクビクと反応するのも怖い。

 なにより、アレは私をおかしくする。


「だって、ユウさん、ちっとも誘いに乗ってくれないんですもの」

「毎日毎日乗ってられないわよ、正真正銘、身も心も壊すわ。

 月に数回で十分だから、それまでは、おやすみのキスで我慢して頂戴」

「ふふっ、なら其れで我慢しますわ」


 巧い事、妥協点を引出されたと思いつつも、アレと違って大人のキスは嫌いではない。

 耳元で囁かれながらの其れは、頭の中まで蕩かせる程気持ち良いし、なんと言うか気持ちと気持ちが繋がる感じがするのが一番好き。




『……ユゥーリィ、好きよ』




 心の奥底から、懐かしい声と共に、そんな言葉が聞こえるようで。

 ……うん、私って酷い男だよね。





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