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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
259/977

259.これで元通り……ですよ……ね?





 カリカリカリカリッ。

 ピカッ、ピカッ、……ピカッ、ピカッ。


 いつも通り使っている書籍棟で、いつも通り役に立ちそうな知識を帳面に書き纏めていると、砂時計の魔導具が時間を知らせてくれたので、首の周りを解して、背筋を伸ばしてからから、もう一度砂時計をひっくり返して続きをする。

 その動作に田舎臭いだの、品がないだの何処かから聞こえてくるけど、気にしない。

 長時間同じ姿勢でいる時のストレッチングは必要な動作だし、少しでも効率を良くして数日ぶんの遅れを取り戻したいのもある。

 ちょっと前まで、気持ち的に不調だったのだけど、数日前から元通りになったので、遅れを取り戻そうと頑張っているだけですけどね。

 理由としては、我ながら単純なのだけど、ジュリの態度が元通りになった事。

 まるであの晩の前のような(・・・・・・)雰囲気と接し方をしてくれるようになった。

 その事を疑問に思って聞いてもはぐらすだけで答えてくれないし、かと言ってあまり深く突っ込んで気不味い雰囲気にしたくもない訳で……。

 ジュリとのギクシャクした期間は時間にして五日程の事だったけど、私としては結構キツかったので、元のジュリに戻ってくれるのであればなんだって良い訳で、深く突っ込む事はしない。

 なにやら事ある事に軽く抱きついてきたり手を繋いできたりと、多少スキンシップが強くなったりぐらいは許す。

 魔力の巡回制御の鍛錬で、ジュリを落ち着けるために始めた、私の心臓を音を聞かせる時に以前以上により掛かってきていたり、何やら深く呼吸をされているような気はするけど、多少の事は関係ないし、今までも無い訳ではなかったしね。

 昨日だって……。


『ホプキンスさん達に新しい事を学んだのですが、試させてもらって良ろしいでしょうか?』

『ん? 何を?』

『主人の疲れを解すものですわ』


 と、ジュリがとりあえず従者を辞める気がないような事を言っているので、それが嬉しくて了承したのだけど、要はマッサージだった。

 ホプキンスが教えるくらいなので、簡易的な物でも主人に触れるのは最低限のもの。

 手足を軽く揉み解すものだったけど。

 確かに気持ち良かった。

 変な意味ではなく、純粋に気持ち良かったのだけど、……何か背筋を走るのもあったのも事実だったり。

 なんにしろ、やっている事は見た目的にも唯のマッサージで、効果がありそうなのは確かなので。


『明日もしてあげますわね』


 と言う言葉と、あまりにもやり切ったと言う感じの良い笑顔に、思わず変な声が出そうになるから、いいですとは言えず。

 一晩たった今は、とりあえず従者教育の一環の実践のお手伝いと思えば、断る理由もない。

 何せ私の研究には、散々付き合わせている訳だから、それくらい付き合うのもジュリが誰のために頑張っているのかと思えば仕方がないとも思えるもの。

 とりあえず、今度、領主様のお屋敷に行った時に、ホプキンスに確認しておこうとだけ心に決めてはいるけどね。




 ピカッ、ピカッ、……ピカッ、ピカッ。


 と、色々考えながらも作業をしていたら、砂時計の魔導具が三回目の合図を知らせてくれる。

 うん、とりあえず、今日はある物凄く気になる草の情報があったので、その辺りを私の方でも調べてみようかな。

 旅行記に書かれていた物だけど、蛍草と呼ばれる雑草で、魔力に反応してうっすらと光り、魔力を消しても、しばらくの間は光を保っていたとか。

 時間が長いものの、光その物は凄く弱いため使い道がないので、雑草扱いされているとか。

 著者は、夜中に風の魔法を放つと、その魔法の軌跡の下の草が薄らと光るので、態々群生地に行って一晩中遊んでいたとか言うので、子供心に溢れた大人の魔導師なのだと思う。

 とりあえず本を閉じてペン等の文具を片付けをしていると。


「あら、まさか貴族ともあろうものが炭なんか使ってますの?

 嫌ですわ、流石は田舎の成り上がり者と言ったところですわね、ほほほほっ」


 何かドリルが通りすがりざまに言い残してフェードアウトして行く。

 私としてはそんな言葉よりも、あのゲームやアニメの世界にでも出てくるような見事なドリル、毎朝どれだけ時間を掛けて、あの髪形をセットしているのだろうかと言う事の方が気になる。

 ちなみに、あのドリルが言い残した炭と言うのは正確には木炭筆と言って、硬木の小枝を炭にして紙か布に包んで使う庶民の子供向けのペンの事だけど、紙に書かれた感じが似ているから、勘違いしたのだと思う。

 羽ペンやインクに比べたら安価なのだけど、欠点は使っていると手や周りが黒く汚れていく上、脆く減りも早いため、貧乏人が使うものと言うのが、一般的な貴族の認識らしい。

 木炭筆は私も子供の頃使っていたけど、魔法が上手くなってからは、炭を空気を遮断した状態で高熱処理した物で作り出した物を主材料に、粘土を混ぜて成形し焼き固めた物を木で覆った手作りの鉛筆を使っている。

 インクと羽ペンが主体のこの世界においては、正式の書類とか手紙ならともかく、普段使いはこれで十分と言うか、此方の方が使い勝手がいい。

 因みに粘土に顔料を混ぜると色鉛筆になるので、私は黒以外に八色ほどを持っている。

 それ以上の色があっても私では使いこなせないし、一々持ち返るのが面倒臭く、濃淡は筆圧や手で擦れば十分だからね。

 ちなみにこの鉛筆、インクに比べて雨に濡れても滲みにくいので、軍事用に取り入れたいと言う申し出があったので、近々販売される予定。


「あの子、言いふらさないと良いけど」


 だとしても恥を掻くはあの子なので、私の知った事ではないけどね。

 まぁ販売されるのは安価な黒鉛鉱石を原料にした物らしいので、全く同じと言う訳ではないか。

 あと、主要目的が軍事利用なので、当然製造販売を管理できる家がと言う事で、何やら上の方の相談の結果、領地持ちの某侯爵家の一つに利権譲渡をして、利益の内、一定の割合を私が受け取る事になっている。

 でも聞いている工房の規模から、最初から軍事利用など関係なく販売される事は想像に難ない。

 おそらく製造販売の管理という事自体が、国の上層部で利益共有をするための口実なのだろうね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【書籍ギルド、コンフォード支部】



「はい、確かに、これで追加注文分の最後の品を受け取りました。

 今回は無理を言って本当に申し訳ありませんでした」

「最初の八十以外は、此方も少し余裕が生まれましたので、其れほどでもなかったのですが、其れでも今日まで時間が掛かってしまい申し訳ありません」


 最初の三十と五十は、お店のリニューアルの件や、FAXの魔導具の台座部分が出来上がって来たり、秘密基地の飼育している魔物の産卵ラッシュで孵化器の魔導具を急遽増やしたり、他にも色々あって忙しかったんですよね。

 お店のリニューアルの後は、お客が落ち着いたら少し楽になったとはいえ、秘密基地で生き物を扱っていたり田畑があるので、五十ぐらいづつ納めながら、今日やっと最後の五十を納めに来たところ。

 こうして細かく分割納品が出来たのも八十を納めたところで、少しゆっくりしてくれて良いとラフェルさんが言ってくれたからこそなので、感謝です。

 でも、この仕事のおかげで此処数ヶ月は、月に三、四回は行っている狩猟が、半分に減ってしまっていた程、忙しかったのも事実で、ジュリにそんな物に行くくらいなら、身体を休ませなさいと言われてはいたけど、ストレス発散も立派な休暇なので却下。


「いえ、本当に助かりました。

 多分、今後も少しずつ頼む事になるとは思いますが、今回ほど急を要する事はないでしょうから御安心ください」

「其れを聞いて安心しましたが、管理の方は大丈夫なんですか?」

「ええ、その辺りは国からも言われていますし、ユゥーリィさんが管理番号を魔導具本体にも刻んでいてくださっているので、管理しやすいのもあります」


 トレース台の魔導具は、魔力伝達ケーブルを長くすれば、短距離型のFAXの魔導具になるし、魔力伝達ケーブルそのものを無くして無線にする事も理論上は可能。

 まぁ其れでは大した距離は稼げないけど、悪用する分には使い方次第で十分に使える。

 一応、FAXの魔導具を作ってからは、そう言う事ができないように改良してあるけど、その前までの製品が悪用されないか心配ではある。

 多分、今の話の流れだと旧型は回収して、新型に入れ替えて行くのだろうと言うのがなんとなく分かるけど、その辺りの損失をどうしているのか、今度、こそっとジル様あたりに聞いてみようかな。

 陛下に聞くと、ややこしい事になるからね。


「あと、ライラを色々気にしてくれてありがとう。

 あの子、すっかりと元気になったから、私もほっとしているの」

「いえ、ライラさんが自分で立ち直っただけです。

 私は何も……できませんから」

「そんな事はないわよ。

 あの子、ユゥーリィさんに感謝していたもの。

 ユゥーリィさんを見ていると、歩かないといけないって思わせられるって」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、私の場合は、歩き続けないといけないと言う事情があるのと、ライラさんのような事態を経験した事がないと言うだけの話し。

 其れに、そう思い実際に歩き始めたのは、間違い無くライラさんの意志と力。

 私は其れを見ていただけに過ぎない。

 ただ、これだけは言える。

 ライラさんが立ち直って良かったと。


「其れで、相談なのだけど、いつかの干物ってまだ残っていないかしら?」


 いつかの干物というのは、多分クラーケンの足の干物の事で、一番傷ついていた足の一本の一部を干物にした事があったけど、魔物のサイズがサイズだけに一時期大量に所有していた。

 ただ彼方此方に配ったのと、……その効果の一部がアレ用の精力剤になっていると聞いたので、残りもとっとと処分してしまったため、既に手元にはない。

 ただ、国の倉庫に大量に残っているはずなので、ジル様に聞いてみるかな。

 ……国家を背負う宰相に何を聞くつもりなのかと思わないでもないけど、其れくらいの話はできる関係にはなっているし、買い取られたクラーケンの一部を、干物に加工するのを手伝わされたので、おそらく快く安く分けてもらえると思うけど。


「手元にはありませんが、心当たりはあるので聞いてみます」

「そう、お願いね」

「……でも、ライラさんも旦那さんも、まだ必要ないくらい若いと思うんですが」

「ユゥーリィさん、其れは甘いわ。

 確かに二人とも若いから必要はないかもしれないけど、アレを食すのと食さないのとでは濃さが違うのよ。

 しかも連戦も大丈夫なのっ! これ、大事な事だからね」


 すみません、そういう生々しい事は言わないでください。

 あと其れ、どう聞いても体験談ですよね。

 具合から違うって、それ以上の詳細は良いですからっ!

 効果の体験談は不要ですっ!

 ……いつか役に立つって。

 要りませんっ!

 不要な知識ですっ!





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