257.私だって落ち込む事はありますよ。
「はぁ……」
「なんでえ、景気の悪い溜息なんぞついて」
いつも通りと言うか、数日ぶりにコッフェルさんのところに寄って、何時もの如く夕食を作りながら、昼間の事を思い出してしまい、つい憂鬱になり深い溜息を吐いてしまった。
とりあえずその辺りは後でコッフェルさんに愚痴を聞いてもらうとして、まずは目の前の事を片付ける。
片栗粉を振った鯰を油で揚げて、其処へ香草と胡麻を載せた上で、熱した唐辛子とネギの香油を掛けて、香ばしい香りと共にパチパチと食欲のそそる音が、部屋の中に僅かに響く。
それを改めてそっとシャキシャキの野菜の上に乗せれば、余分な油は下に落ちるし、油が絡んだ野菜はそのままでも美味しく食べれる。
他にも、ジュリとは楽しめない辛口の料理を数品。
要はお酒の進むおかずばかり。
今日はジュリは王都にいる実家に帰っているので不在で、明日の朝に迎えに行く事になっているので、今日は一人を満喫中。
そう言う訳で、コッフェルさんと夕食です。
本当はライラさんのところにお邪魔する予定だったけど、昼間あった件で私がそう言う気分じゃなくなり、勝手ながら予定を取り止めて此方にした。
ライラさんも旦那さんも残念そうにしていたけど、落ち込んだ顔をライラさんに見せたくなかったからね。
「そう言う訳で、コッフェルさん、愚痴らせてください」
「まぁ愚痴ぐらい聞いてやるが、俺なんぞに珍しいな」
「ええ、普段ならコッフェルさんなんかに愚痴りませんよ。
無神経で逆に酒の肴にされるだけですから」
「……おめえなぁ」
我ながら、今から愚痴ろうと言う相手にどうかと思うのだけど、誤魔化しようがない程に本当の事だから致し方がない。
「今日はジュリの誕生日で」
「おう、あの嬢ちゃんもとうとう十四か」
「それで、ジュリの実家というかベル君がお祝いしたがって、今日は実家にお泊まりなんですよ」
「ほー、それでまさか寂しいって、柄じゃあるめい」
「……人をなんだと思っているんですか。
寂しくないと言ったら嘘になりますが、数日くらいなら、むしろ解放感があるくらいですよ」
「……それを柄じゃねえと言うんじゃねえか?」
いいえ、違います。
コッフェルさんの鋼の心臓と、鉄パイプのような神経と同じにしないでください。
理由や過去はどうあれ、ベル君を理由にジュリと両親とジュリが向き合おうとしているのだから、祝福こそすれそれを寂しいだなんて思っていません。
元通りには決してなる事はないだろうけど、それでもジュリにとって家族と言う物が、心強い心の支えになれば良いと思っているのは、本当なんですから。
「それで買い物ついでに、外をぶらぶらと歩いていたんですけど、其処で小さな女の子がお花を売りに近づいてきて」
「また買ってやるから、抱きしめさせろとか言ったんじゃねえだろうな?」
「言いましたよ。だって可愛いんですもん」
別に変な意味はないし、普通にハグをするだけのつもりだったんですよ。
街中ではよくある光景の一つですし、あんな小さな子に花売りをさせるのも、親がそうやって子供の可愛さを武器に、一本でも多くの花を売る魂胆があるからこそ。
それに乗って何が悪いと言いたいだけ。
「ただ、優しくそっと抱きしめてあげたら、グサっといかれまして」
「ぶほっ! おめっ。それっ」
「まぁ、知っての通り、私の体表や服には結界が張ってありますから、髪の毛一筋ほども刺さりはしなかったんですけど、……とりあえず、汚いので口の周り拭いてください」
最近、慣れたので、とっさに結界をコッフェルさんの前にブロック魔法を展開して、私や料理への被害は食い止めれたけど、その分結界に反射した物がコッフェルさんを襲った訳で、収納の魔法から布巾を取り出しコッフェルさんに渡す。
「私、子供受けは良いと思っていたんですけど。
まさか刺されるほど嫌われているとは」
「そんな訳ねえだろっ!
どう考えても、刺客だろ刺客っ!」
「別に、刺客そのものは今回が最初と言う訳じゃないので」
「おめえな、そう言うとんでもねえ事を、どうでもいいような口調で普通言うか?」
実際、被害もないし、関わるだけ面倒なのでどうでもいいのだから、仕方ないじゃないですか。
此処一、二ヶ月で、狙われたのはこれで四件目。
前の三件も私が事前に気付いたけど、ジュリが割り込んで襲撃者の腹部に悶絶物の拳や蹴りを入れて、その場で襲撃者の胃の中のもの全てを吐かせた後、後頭部を蹴り付けて気絶させる動作は、まさに流れるような作業でしたね。
なんと言うか手加減具合が、私に比べえ遥かに巧い。
殺さず、大怪我させず、苦しませた上で、行動不能にさせるあたりが、私にはできない芸当。
己が吐瀉物に顔面を突っ込ませ、地面に平伏するように気絶した相手の後頭部に足を置くジュリの姿は、まさに女王様。
ええ、貴賓の意味でない方の女王様です。
……物凄く似合っていたけど。
「面倒なので、その場に放置していますけど、今回はその小さな女の子に、こう刺さらない事に不思議そうな目をされれて、何度も刃物をガッガッと脇腹にやられる姿は、ちょっと胸を抉る物があって」
「……まぁ確かに、其れは嬢ちゃんには辛れえだろうな」
ええ、あんな純粋無垢な子に、あんな真似をされるのは本当にキツかったです。
仕方ないので、魔法で空中の酸素濃度を少しだけ下げたものを吸わせて気絶させ。
あんな小さな子供に意味の分からないまま非道な事をさせて、離れた所で様子を伺っていた親を全力の身体強化で一気に近づき、速攻で癒しの獣扇で叩き倒しましたよ。
あの魔導具で攻撃した怪我は、痛みと衝撃はあっても怪我は瞬時に癒してしまう特性があり、痛みさえ我慢すれば、すぐに立ち上がって来れる。
もちろん、その度に何の遠慮もなく、何度も地面に叩き倒しましたけどね。
大の男が許しを乞おうが、そんなものは言葉だけなので、倒れた身体を魔法で引き起こしては、心の奥底から咽び泣くまで繰り返してやりましたよ。
「まぁ、殺されても文句は言えねえんだ、自業自得だな。
それで、今回もそのまま放置か?」
「まさか、小さな子供さえも巻き込んだんですよ。しかも自分の子供を。
街中を引き摺ってドルク様の所に預けてきました」
「……おめえな、空間移動があるだろうが。
また噂になるぞ」
そんな事を言われれも、基本的に街中での空間移動の魔法は禁止されている訳だし、私の場合は許可を得ているからと言っても、あの時は頭に血が上っていたんだから仕方がないじゃないですか。
とりあえず私としては噂が広がって、小さな子供達に怖いお姉ちゃんだから近寄っちゃ駄目と思われないかどうかの方が心配です。
だってね、私みたいな外観の女の子が、更に小さな女の子を片手で抱きながら、もう片方の手で泣き叫ぶ大人の男性を引き摺りながら、大通りを闊歩して領主様の屋敷に向かう姿なんてホラーものですよ。
あれを目撃していた小さな子供達が、私を怖い人だと勘違いしてもおかしくないかと思うと、悲しくなる訳で。
「オメエさんの子供好きは横に置いておいて」
「置かないでください、癒しなんですから」
「おけっ、今はっ!
とにかく、やっぱアレか? オメエさんの身体が原因の」
「魔導士ギルドは今更でしょうし、いずれの手口や動きが素人でしたからね」
「やっぱ、狂信者どもか」
最近分かった事だけど、私の病気の原因である魔力過多症候群と私が名付けている、魔力中毒症は、魔力を循環するための器官が欠損して生を受けた事が元々の原因らしい。
問題は、その事で聖オルミリアナ教の本殿にある病気を専門に扱う診察官が、成人する事は叶わず、おそらく十歳前後で亡くなるだろうと診断した事。
そして、魔法を使うのに必要不可欠の魔力神経がないのに魔法を使うと言う事実。
それが、聖オルミリアナ教の神の御技の体現者たる治癒術師や診察官の医療に逆らう事であり、私は神の意思に逆らう者で、其れを修復する事が神への信仰の一つだと信じる人達が、聖オルミリアナ教徒の中の極一部に居たりすると言う、私にとっては迷惑以外の何者でもない。
「実質、手立てはないでしょうけどね」
「そこが、奴等の厄介な所だが……。
言っておくが嬢ちゃん、次が例え子供でも、容赦なんぞするな」
「……そ、それは」
「今回は幼子だったみてえだが、十歳前後の子供なら、其れなりに武術を身につけている子供だっている。
他にも、七、八歳の歳に似合わぬ凄腕の坊主が、襲ってきた時、あの嬢ちゃんが己が弟に姿を重ねて下手を打たねえと言えるか?
狼狽えながら手加減できずに相手を殺しちまうって事だってあるし、その逆もあるぞ」
教会の情報網なら、私の従者であるジュリの家族の事なんて調べ上げるのは簡単だし、ベル君に似た雰囲気の子供を刺客に仕立て上げる事も、自分の子供を平気で刺客にする狂信者達なら十分にあり得る事。
「敵と判断した瞬間にヤレッ。
其れが刺客に対する鉄則だ。
あの嬢ちゃんに、人殺しをさせたくなければな」
……コッフェルさん、意地悪です。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【自 室】
「ふぅ〜、今日は歩いたわね。
でも良かったの、あんなので?」
「ええ、楽しかったでしたわ」
ジュリの誕生日プレゼント。
以前に何が良いか聞いたら、物ではなく一日付き合えと言うので、誕生日を過ぎた今日、ジュリの言う通り付き合ったのだけど。
なんと言うか、王都の観光名所を回ったり、ルシードやフォルスの観光地やお土産街を回ったりしただけで、何かをおねだりされる事もなく、通りかかったお店の装飾品でも贈ろうかと言っても断られて、そのまま、あちこち連れ回されただけの一日。
まぁジュリが楽しそうだったので私も楽しかったし、私もこう言う一日も偶には悪くないかと思いつつも、甘味の食べ歩きは流石に無理。
ジュリの分だけ買って、それを一口か二口だけ貰って終わり。
そうでなければ、とても最後まで保たなかった。
そう言う訳で、今夜はさすがに夕食は無理です。
ジュリも流石に、甘い物を食べ過ぎたかと自重。
ええ自重です。食べようと思えば食べれる辺りが凄い。
「お風呂も入ったし、今日はもう寝るだけね」
「あら、ユウさんにしては珍しいですわね」
狩猟と違って、身体強化無しで生身で一日歩き回れば、流石の私でも疲れます。
結構、階段も多かったし、もう、足がパンパン。
そもそも生来身体が弱いので、魔法の補助がなければ、私なんてこんなもの。
一応、治癒魔法を掛けたけど、疲労までは魔法では回復しないので、仕方がない。
「じゃあ、もう少しだけお付き合いください」
「え? まだどこか出かけるの?」
「まさか、此れですよ。
お父様から戴いたんです。
あと一年で成人だから、今の内に慣れておいた方が良いだろうって」
そう言ってジュリが自室から持ってきたのは、見た目からして作りの良い陶器の瓶。
話の流れからして、中身はワインか何かなのだろうけど。
「お父様が、これなら飲みやすい上に悪酔もせず楽しめるだろうって。
多分、結構な値段のものですわ」
こうして土産に持たせたことを考えると、ジュリと言うより、多分私に向けてなのだろうと思う。
彼女も其れが分かっているから、私と飲もうと言っているのだろうけど。
私としてはお酒は成人するまでは、と思ってはいる、……けど、今日は付き合うって言っちゃったしな。
変な酔い方をしても自室なら、おかしな事にはならないか。
「仕方ない、今日はとことんジュリに付き合うかな。
つまみは簡単にナッツとかでいい?」
「ではグラスを持ってきますわ」
そうしてワインをチビチビと飲みながら、雑談。
ジュリ自身はお酒は今日が初めてではないらしいけど、楽しいお酒は今日が初めてだと言っていたので、詳しくは聞かない。
たぶん、暗い話になるだろうからね。
私は前世ならともかく、今世では、味見用の小さなお猪口で舐めるぐらいだったので、まともに飲むのは今日が初めて。
お酒の味としては、……まぁ悪くない。
この世界のワインなら、こんな物だと思うし、十分に甘味の残した赤なので、このお子様の身体の私でも飲みやすく感じる。
ただ、やはり飲みやすいせいか酔いはその分早く、だいぶぼ〜〜とするし、話している事も支離滅裂な事を言っている自覚がある。
「うぐっ、うぐっ、だって私、そんな子供を問答無用に叩きのめすなんてできないよぉ」
うん、先日コッフェルさんに言われた事が、今になって堪えてきたのか、そんな愚痴を言いながら泣き上戸モードに突入。
でもね酔っ払っているから止めようがない。
その後は、お酒を飲みながらジュリに、そんな事を愚痴っていた記憶が僅かにある。
「大丈夫です。ユウさんは私が守ります
だって、ユウさんは私の大切な人ですもの」
「ひぐっ、ひぐっ、うん、わたしもジュリがすき〜・うぐっ」
その後は、何か唇を塞がれると共に、口の中に熱くて柔らかい何が私ん中に入ってきて……。




