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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
256/977

256.何か勝手に財産が増えてゆくんですが。





「ふわぁ〜〜〜。

 ふっふっふっふっ♪

 むふぅ〜〜〜♡


 名前的には隣室とは言え、扉が三つもあり、物置と台所を挟んでいると言うのに、ジュリの部屋から聞こえてくる嬌声は、別にジュリのストレス発散の声と言う訳ではなく、純粋に歓喜の声。

 彼女がお気に入りの例の著者の新作が出た時は、だいたいあんな感じなのだけど、その内に近所迷惑でクレームが来ないかと思うのだけど。

 ……ジュリと同じ穴の狢は、この棟にもいる訳で、此処まで大きな声なのは、だいたい新作が出た時だけと生暖かい目で見守っているらしい。

 中には、この声を聞いて慌てて本屋に走る人もいるとか……、そう思うと、世の中、腐ってやがると感じてしまうのは、気のせいではないと思ってしまう。


「まぁ、元凶の私が思うのも変なんだけどね」


 素直に飯の種、私に実害がない限り、毎度ありと感謝するつもりです。

 とりあえず、ジュリが元気に趣味に勤しんでいるのなら、私としては安心できる訳で、一ヶ月前の事で気落ちしている様子がないのなら、私としては新作を早く書き上げた甲斐があったと胸を撫で下ろせるだけの事。

 相変わらず、撫で下ろせる程の胸はないですけどね。

 とりあえず、ちっとも発動しない約束された勝利の胸(エクスカリバー)の件はさておき。私は私で、今、取り掛かっている魔導具の研究を進める。

 ……ん? あれ? 静かになった?

 読み終わったのなら、しばらくは読んだ内容を反芻で静かになるかな。

 ええ、反芻です。牛です。胸の大きさだけなら、其方に近いです。

 ただ挙句に静かになるだけで、悶えている姿は、ちょっと引くものがあるのし、ちょっと泣けます。


 バンっ!

「ユウさん、聞いてください」


 だと、思ったのに、いきなりドアを開けて鼻息を荒げて入ってきたジュリは、人が戸惑うのも構わず、今読んでいた本がいかに素晴らしいとか、こう言うところが良かったとか、熱く語りかかってくる。


「もうね、凄いんですよ。

 今回は今までにない部類の人が主人公で、王子なのに情けないと言うか、愚鈍すぎると言うか、それでいて、王子としての能力は高いのに、実は変態と言うその差が激しくて。

 でも、その差が面白くてですね」

「はいはい」

「で、そんな王子を側で見守りながら、王子を補佐して必死に王子の失態を陰ながら支えながらも、王子を想い続けるんです。

 まぁ其処はこの手のお話のお約束で、二人は結ばれるんですが、此処で更に一波乱。

 王子のドン引きの性癖が発覚して、それに苦悩するも、それを必死に受け入れようと悩む姿が、もう〜〜〜、熱くなりますわ」


 ……うわぁ、我ながら聞いていてドン引きする内容なんだけど、それを熱く語るジュリってどうなのとも思わないでもないけど、本を届けた時に軽く読んだライラさんは別に批判らしい事は言っていなかったし、むしろ……。


『ゆうちゃん、新たな扉を開いたわね』


 なんて、良い笑顔でこれも人気出るわよぉ〜。なんて言ってくれた程なのだから、むしろジュリの反応は正常なのかもしれない。

 ちなみに、開いてませんから、扉。

 勝手に相手が開けただけです。

 私にはなんの咎はありません。


「ユウさん、反応が薄いですわ」

「うん、まぁ、あまり興味ないと言うか。

 私、娯楽系の本ってあまり読まないから」

「そんなの、人生の損失ですわよ。

 豊かな感情を育む良いお話ですわよ」


 いえいえ、そう言うのは想像と妄想を書き連ねるだけで十分です。

 そもそも、この世界の書物は、添削があまりなされていないため読みにくいものが多いし、中にはそのまま斜線を引いて、その後にその続きを書かれている(ページ)もあったりする。

 ようは原稿そのままに近いので、中には写本の方が読み易かったりもする訳で、これが、写本の値段がそれなりに高い理由でもあったりする。

 何より、その男女の違いはあれど、その手の本は前世の学生時代に散々読み漁ったので、それに比べると、この世界のその手の物語の書物は内容が何段も落ちるので、いまいち読む気になれないのもある。


「私は、今、別のを読んでいるから、読み終わったら、またお互いの本の内容を報告しあおうっか」

「また何処か研究日誌とか言いませんわよね?」

「あれは、たまたまその前から読んだ本が少なかっただけで、今度はまともな本よ」

「ユウさん読む本は偏っていますわ」


 偏っているのは、ジュリの方な気がするけど、其処は突っ込まないでおく。

 ええ、突っ込んだら、偏っている本の内容が如何に良いかを語り出すし、下手をすると膨れる。

 しかもその膨れた可愛い頬をツンツンするとキレる事は学習済みなので、そうなる事態その物を回避です。

 え? ツンツンしないと言う選択肢はありませんよ。頬が膨れるとセットです。

 とりあえず、どこかの変態残念M王子をモデルに、舞台と背景を変えて妄想を叩きつけた本の話を、他人の口から語られるのは色々とグサグサとくる物があるので、なるべく時間をおいてダメージの軽減化を計る方向へとジュリを誘導。


「それで、せっかくの休息日なのにお仕事をなさって、またこの間のようになりますわよ」

「体調には気をつけるけど、私の場合、魔法の開発と魔導具弄りは趣味みたいな物だから、五月蝿い事は言わないで」


 この間と言うのは、何時ぞやの疲れが溜まって、ドルク様とコッフェルさんを王宮に送り届けた後、半日ほど屋根の上でお昼寝した時の事なのだけど。

 あれは【花の滴】(フラワー・ドロップ)のリニューアルオープンの関係など、他の仕事や作業が色々と重なっただけの結果で、今はあの頃に比べれば、だいぶ作業量は減っている。


「それで、今度は何しておりますの?」

「ん、新しい香水や化粧水を原料を作る道具」

「それも新たに売り出しますのね」

「売り出しはするけど、原料を買い取って加工と言う形かな」

「ああ、あまりお金にもならないのに、ユウさんはお人好しですわ」

「お金も大事だけど、それ以上の物をもらう事になるから問題なし」


 これが、お世話になっている貴族の家への利権譲渡用だと察してくれたジュリの言葉に、少しだけ苦笑してしまうけど、言わんとする事も分かる。

 作っているのは、グットウィル家に利権譲渡をする予定の魔法で高効率化を図った蒸留窯。

 これで通常の水蒸気蒸留法による製法と、魔法による水蒸気蒸留とでは、精油された香油も芳香蒸留水の採れる量が三割ほど多い上に、香りが澄んだ上に豊かになる。

 あとは、それを魔導具化するだけなのだけど、機械的な部分もある以上、其処には効果的な形状などもあるので、色々と試行錯誤中。

 あと、貴族として立身出世してしまっている以上は、その恩恵を親族や、後ろ盾になってくださった方へある程度分け隔てるのは、貴族としては当然の義務であると同時に、お互い相互援助でもある。

 それに私は魔導具の開発力はあるけど、それを多くの人に売り込むには多くの人の力を必要とする。

 情報の流れが人伝か書物ぐらいで、その流れもゆったりとした物である以上、作った物の良さを広げるには組織力が物を言う。

 元々、私が魔導具師として成功したのは、ライラさんから書籍ギルド、コッフェルさんからコンフォード侯爵家といった感じに組織に伝わり、その組織の力があっての今だし、王都にあるお店【花の滴】(フラワー・ドロップ)にしたって、私の後盾になってくださっている家の御婦人方が、社交界で宣伝してくださっているからこそ、あれだけの人気を誇っている。

 この世界の物の価値を決めて、世に広げるのは貴族達だし、基本的にボッチで引き篭りがちの私ではそれだけの社交力がない。


「それに全く利益がない訳じゃないわよ。

 譲渡した利権にしたって、一定の割合の利益は貰っている訳だし、ジュリだって帳簿でその額を確認しているから分かるでしょ」

「……ですわね。

 あれ、下手な貴族の収入よりありますわよね?」

「塵も積もればみたい。

 少なくともあの金額を私が真面に稼ごうと思ったら、こんなノンビリなんてしていられないわね」


 ジュリや私が驚く程以上の収益を各家は得ているけど、其処には経費も掛かっている。

 人件費に、宣伝費に、設備投資費など意外にも、数多くの労力と時間。

 それを、代わりにしてくださっていると思えば、むしろ恩恵は私の方が受けているとさえ言える。

 ただドルク様曰く、貴族社会的には私が一方的に各家に貸しを作っている事になるらしい。

 しかも私一代で終わらないレベルの貸しを。


「特に貴族相手は利益幅が大きいから、私の所に転がり込んでくる収入も大きいだけよ。

 おまけに私の場合、収入は多くても支出は少ないから溜まる一方だし」

「収入からしたら、支出していないに等しいですわね」

「私的には、散財しているつもりなんだけどね」


 ジュリの服を作ったり、彼方此方で旬の食材や高価な香辛料を山程買ったり、そしてその買った食材で、討伐騎士団の皆さんに時折食事を差し入れしたり。

 まぁ服を作るったって季節毎だから、何処かの夫人や令嬢のように、一度袖を通した服は着ない上に、専用の職人を何人も抱えているなんてしていないので、高が知れているけどね。

 一度、ジュリにそう言うのいる? と聞いたら逆に怒られました。

 自分よりも、私の方をなんとかしろと。

 だって、ジュリと違って去年の服が着れるし、常時結界を張ってあるから、あまり傷んでいないのに、新しい服を作る意味が分からない。

 服は着れれば良し、そう言ったら何故か後日にライラさんとラフェルさんがやってきて、お説教をされた挙句に服飾店に拉致られてしまった。

 食材にしても、結局、普通の貴族の家と違って私の場合、御用商人とか使わずに直接買いに行ってしまうから安いし、空間移動の魔法があるので、遠くの食材でも安く買えてしまう。

 なにより、所詮は食材、幾ら私とジュリだけでは、数年分を買おうとも値段は知れている。

 そもそもこの世界の最高級食材の類の物は、魔物のお肉だったり、魔物の領域にある果物や山菜だったりする訳で、私の場合その辺りは趣味の狩猟で無料で手に入ってしまう。

 偶に獲り過ぎたり、採り過ぎたりして、彼方此方にお裾分けする程ですよ。

 そう言う訳で、今年も先日、紅皇蜂(クレムゾン・ビー)の巣を半壊させて漁ってきて大量の蜂蜜と幼虫が、収納の魔法の中に収まっているので、また時間を見てお裾分けをしに行かないといけない。


「おまけに私の場合、陛下から色々特権を戴いているから、関税が掛からないし。

 ……まだ一度も使った事ないけどね」

「普通ならそれだけで、一財産を築けますわよ」


 本来であれば、収納の魔法を使っていようとも、大量の物資を街から街に運ぶには、それなりに関税がかかるのだけど、私の場合は例の研究で大量の物資を運ぶ事もあるだろうからと、国内であれば免除されている。

 ほとんどは現地調達で、大量に運ぶのは飼料となる野菜や果物や雑穀ぐらいの上、これらには関税は掛からない品目だったりする。

 ほとんどの特権が、私の代に限りと言う条件がついているあたり、陛下としては私に対する御褒美の一つなのだろうけど、あまり恩恵は受けていなかったりする。

 もっとも、陛下の事だから、逆にそう言う私だからこそ渡した特権かも知れないけど。


「そう言う訳で上手くいったら、来年度から、お店の方で其方の商品も扱う事になると思うから、その前にコンフォード家の女中(メイド)の方々に試用をお願いするかも知れないとお伝えしておいて」

「また取り合いになりません?」

「其処は丸投げで」

「酷いですわね」


 水蒸気蒸留によって精油した香油は濃度が高いとそれなりに注意事項が多いけど、芳香蒸留水は制限がほとんどないので、そのままでも化粧水として使えるし、油やグリセリンを少し混ぜればローションとしても使える。

 部屋の芳香剤にしても品が良いので、苦手な客人が来ても嫌な顔はされにくい。


「そう言う訳で、ジュリも使ってみる?

 いつもの化粧水にセージの芳香蒸留水を混ぜた物と、薔薇の香油から作った香水」

「……良い匂いですわね。それに香りが広がる感じで」

「ついでに、こんな噴霧器も作ってみました」

「なんですのこれ?」

「此処をこうやって押すと、霧状になって液が噴出されるの。

 手首や首筋に手で塗るんじゃなく、香りを纏う感じにね」


 構造が少し複雑だけど、その辺りは貴族向けの商品という事で職人に頑張ってもらうとして、一緒に販売できるように、早めにヨハンさんに職人を探してもらおうと思う。

 多分、小瓶の時と同様に、工房毎雇う事になると思うから。


「そう言う訳で、また収入が増えたら税金の計算は任せたから」

「そんなの従者の仕事では無いと思いますわ」

「目指せ万能従者っ。と言う訳で、これ命令ね」

「あんまりですわっ!」






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