250.私のお店と、涙の意味。
「化粧品の【花の滴】は、本日、再出発にて開店いたします」
従業員一同と共に、店の前に並ぶお客様に向けて頭を下げて開店の挨拶をする。
子爵とは言え、貴族の当主が頭を下げるだなんて意見もあったけど、当主として此処にいる訳ではないので、そんな意見はサクッと却下。
私がやりたいんだから、好きな様にやらせてもらう。
なにせ王都に開店して、僅か数ヶ月で改装オープンですよ。
そもそも無理やり開かされたお店なので、仕方ないと言えば仕方ないし、プレオープンと思えば、前世でも十分にある話。
もっとも、アレは本来は計画的なものであって、今回の物とは別物と言える。
でも今回のリニューアルオープンは、私が押し切った。
木工職人のネルミさんに無理を言って、最初の分の木型を急ぎで作って貰い、その間にヨハンさんに探してきてくださった陶芸工房の職人の方達に、これまた特急料金を支払って作成を依頼。
時間のかかる乾燥工程を私が魔法でサクッと終わらせ焼成と仕上げ、その後、例の魔法石化と状態維持の魔法を掛けた魔導具化をする魔導具にする作業を、これまた魔導具師ギルドの人を雇って監督をしてもらいながら、貧困層街で昼から夕方までの作業を五日も掛ければ、日産で二百は余裕で魔導具の小瓶を作成できる。
でもこれだけ特急料金でやったら、ハッキリ言って大赤字です。
でも、やり切りました。
此れから紫外線が強くなる、この時期からの客層を逃したくなかったのもあるし、無茶苦茶に忙しいのは此処までで、あとは計画通り時間に余裕をもってに行える。
「此方は、以前の物と何が違うんですの?」
「はい、基本的に此方の小瓶入りの物で購入して頂く事になりますが、この小瓶自身に魔法が掛かっておりまして、毎日使って戴ければ、中の物が痛まずに最後まで使い切れます。
また、この小瓶を持って来てくだされば翌月の前半までは、中身だけの販売もしております。
小瓶は毎月違う意匠の物となりますし、それに合わせて中身の配合も微妙に変えており、今月はネレセレスの花の香りが優しく香るように配合しておりますので是非お試しください。
他にも会員、特別会員と言う制度がありまして……」
一般客は店員、そして少し位の高い家の使いの者には私や店長が対応しているけれど、初日の感触としてはまずまず。
客は聞いた事もない制度に戸惑ってはいるものの、分かりやすい値段表や、普通客、会員、特別会員の違いの差を、図を用いて分かりやすくした説明用の板は大いに役に立った。
もともと以前の時からの大口の客は、前もって特別会員になっていたりもするので、それを差し引いても、良い出だしと言える会員の入会数。
一応は多めに用意はしておいたけど、来月はもう少し増やしておこう。
最初の半年は、おそらく客の数がかなり変動するだろうからね。
噂を聞いて試してみたけれど思った程ではなかったとか、肌に合わないとかもあるだろうし、義理で商品を買って下さっている方もいると思う。
そういう人達はだいたい数ヶ月で、止めてしまわれると思うからね。
以前のお店の人気?
あまり参考にはしないようにしている。
あくまで、今日からが本当の意味で私のお店になるのだからね。
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「会長お疲れ様です」
「別にお疲れ様を言われる程、働いていないわよ」
この店の店長であるリーゼロッテ・シュターデンの言葉に、苦笑する。
結局、いくら会長とは言っても子供でしかない私はお飾りだからね。
一応は私も貴族だから、客もそれ相応で持って対応してくれただけに過ぎない。
「暫くは色々混乱するだろうし、制度を悪用しようとする輩も出てくるだろうから、よろしくお願いしますね」
「その辺りは万全に期して準備をしております」
今回の制度で一番悪用されやすいのは、特別会員制度。
中身の補充が特別会員で安い事を理由に悪用する人達がいて、別の容器に移し替えてすぐに再度補充する場合。
お金持ちの貴族がと思われるかもしれないけど、意外に貴族というのはお金がないものなの。
使うべき時の金額が大きいから、普段は節制している家が多いのだ。
そして化粧品の類は贅沢品の類になるので、節制が求められるもの。
特にウチの商会で扱っている物は、お手入れ商品であるため見た目には分かりにくいからね。
でも、お手入れは欠かせないので、ズルをする。
一応対策には、特別会員の控えと同時に、特別会員である証の容器自体に、シリアル番号が振ってあるから、逆照合が可能なため、前回いつ補充したかを分かるようにしてある。
そして割引と商品確保のみの普通会員も含め、希望者には別途料金で配達方式を採用。
これはこれで雇用を生み出すし、会員という特別性を生み出す要因にもなる。
ついでに言うなら、配達方式は記録に残るため、不正を防ぐ狙いもある。
あと容器を紛失した、割ったは基本的に対応しない。
買い直してくださいと、明文化してある。
「販売で忙しいのは基本的には月の前半で、後半は教室を開くから、その辺りの教育も任せたわ」
「最低でも月に一回は、会長も参加してもらわないと困りますが」
「もちろん。
なるべく二、三回は参加出来るようにはするわよ」
毎月変わる小瓶の制度をとる以上、その生産数は決まっているため、どうしても月初に売り上げは集中する。
じゃあ後は遊んでいて良いのかというと、それでは勿体ないので、月の後半は三日毎に化粧教室や、お肌のお手入れ教室などを開く予定。
この辺りはミレニアお姉様が、私が教えた化粧の本を出している事から、それなりに私はネームバリューがあるらしく、私の指導を受けたい人達が一定数いるらしい。
以前にライラさんに化粧を教えていた時も、そんな事を言っていた子達がいたしね。
まぁ、あれは、あくまでお姉様向けに書いた物を纏められた本なので、現在、別の化粧の本や、お肌のお手入れやお悩みの本を執筆中。
それの実践教室の場を、このお店でやる予定。
ちなみに教室で使う化粧品は、幾つかの有名な商会の品をタイアップで無料で提供してもらった品を使用する事で、お客様にその化粧品を宣伝する契約。
この辺りは私がお姉様の本を持って話を持ちかけ、目の前で実践して見せたら、だいたいOKしてくれた。
と言っても私の力というよりは、おそらくは私の後盾になってくださっている方達の影響だろうと思う。
貴族向けの化粧品を扱う有名な商会が、私みたいな小娘に、公爵家や侯爵家が後盾になっているだなんて噂は、それなりに広まり出しているみたいだしね。
最低でも、あのお店を開く際に積極的だった事や、一時的に貴族の窓口になった事もあった事から、王妹様であられるヴォルフィード夫人のお気に入りだという噂は、同じ化粧品関係を扱う商会からして、知らないはずがないからね。
そう言った家にお気に入りの子に、これだけ力を貸していますので買ってくださいねと言うアピールだろう。
「それで、来月はどのような小瓶で?」
「ん、基本意匠図は残っているから見てみます?」
木工職人のネルミさんは、すでに半年分は書き写しているので、ネルミさんの手元にある必要はないし、彼女自身感性も良いらしく、あっという間に私より完成度の高い花草をディフォルメした意匠を取り込んだ小瓶の図を書き上げた。
「へぇ〜、これまた可愛いですわね」
「大人の女性からしたら、可愛らし過ぎて恥ずかしいと言う意見は?」
「可愛らしいものは好きな人は好きですし、可愛らしくてもちゃんと大人びた可愛らしさが残っていますから、受け入れられやすい意匠かと」
結局、悩んだ末に動物シリーズを来年、魔物シリーズを再来年にする事に。
やはりいきなり魔物シリーズに行くより、受け入れられやすい花草の意匠、そもそもお店の名前からして、そちらの方が合っているしね。
なにより、年度の途中で始めたため、此方の意匠なら欠けても私的には惜しくない。
「収集したくは?」
「なりますね。
小瓶であれば、他の物を色々入れられますし」
「花の種を入れておくとか?」
「良いですわね。それ」
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【リズドの街の書店】
「ゆうちゃん、これ物凄く良いわ〜♪
肌のしっとりさが違うのよね。
なんで、もっと早く教えてくれなかったのよ〜」
先日、渡した試供品に良い反応してくれるライラさんだけど、どこかの公爵夫人と似たような笑みに、ああ、やっぱり黙っていて正解だったと思ってしまう。
「本当は、もう一年、試用をして販売は待つつもりだったんですが、その試用品を嗅ぎ付けた挙句に勝手に広めてしまった方がいて」
「……あぁ、なんとなく言いたい事が分かったわ。
私も伯母さんも、出入りしている貴族の家で問われたら、黙っていられる自信ないし」
「納得してくれたようでなによりです。
それで、どうします?
別に紹介はしましたが、義理で購入してもらわなくても良いですよ。
今のところ顧客は十分に掴まえてありますし」
「もちろん、通常会員で契約するわ、
伯母さんもそれでお願いするって」
本拠地であるコンフォードには、今のところ化粧品のお店はないけど、商会の本部があるので、そこで取り扱っているし、ドルク様の商会でも少しだけ取り扱っている。
此方は完全に噂と紹介による商売になるけど、人気が出るようであれば、お店を開く事も考えている。
「特別でなくても?」
「もちろん、ゆうちゃんの可愛い物系を集めたいし」
「整理整頓ができなくて、また旦那さんと喧嘩にならないようにしてくださいね」
「喧嘩になる程にはなっていないわよ。人聞きの悪い」
「やっぱり口論にはなっていたんですね」
「あっ、きたない、カマを掛けたわね」
「なんの事でしょう」
数ヶ月も一緒に住んでいれば分かる事なので、引っかけも何もない。
ライラさんの私物の整理整頓の出来なさは、十分に熟知していますからね。
お店の中は整理が出来ているのだから、出来ない訳ではないのだから、単純に怠けているだけの事。
まぁ、そう言うだらしなさを見せてくれるのも、身内ならではと思えば悪くはない。
実害さえなければですけど。
「……その、まだ引っ張ってます?」
「……うん、まぁね。
駄目になっちゃったから。
あの人は気にせずに、また頑張ろうと言ってはくれたけど」
春先には明るい話題が、ライラさんの周りを行き交っていたけど、先月からどうにも空気が重い。
だから少しでも明るい話題をと思って、先日試用品を持ってきたり、今日も正規の製品をお土産に持ってきた。
「産んであげれなかったと思うと、……どうしてもね」
「でも、欲しいんですよね?」
「ええ、あの人の子供を生みたいわ」
「なら、辛くても歩くしかないですよ。
今は立ち止まっていても良いですけどね」
「ゆうちゃんが言うと説得力あるわね」
「すみません。
生意気な事ばかり言って」
私は今世はもちろん、前世でも子供を持った事もないし、当然ながら流産した経験なんてない。
だからライラさんの気持ちは分からないし、結婚するつもりは欠片も無い私には、これからも分かる事はないだろうけど、それでも分かる事があるのは、歩み続けなければいけない事。
何時迄も立ち止まって行く訳にはいかない事。
「私、ライラさんが産んだ子供を、この手で抱くのが夢の一つなんですよ」
「貴女、子供好きだもんね。
そう思うなら、自分で産む事を考えれば良いのに」
「それは無理っ!」
「うわぁ〜、人には産めと言っておいて、自分は拒絶って」
「自分勝手ですから」
「はぁ…、もう、この子はっ。
……でも、そうね、私も夢よ。
あの人の子を産んで……。
この手で抱き上げて……。
いつか、こうしてゆうちゃんみたいに、楽しく会話をするの」
自分で言うのもなんだけど、私みたいな変な子供と楽しく会話と言うのも、どうかと思ってしまうけど、そこは言葉と顔には出さない。
少なくとも私自身、ライラさんとの会話は楽しいと思っているし、大切だとも思っているから。
「うん、そうね。
私、また頑張る事にする。
いつまでウジウジするっていうのも、私らしく無いし」
「では、その顔をまずは旦那さんに、見せてあげてくださいね」
目の端に涙を浮かばながらも、それでも力強い瞳と共に穏やかな微笑みを浮かべるライラさんに、少しでも幸あらん事を心の中で祈る。
私にできる事なんて、こうやってお店に顔を見せる事と、祈る事ぐらいしか無いから。




