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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
249/977

249.あ〜〜♪ びばのんの♪





 ぱしゃっ。

 ぱしゃっ。


「ああ……、なかなかに悪くねえな」


 聞こえてくる水音と呟きの声に、これでまた一人、お風呂の良さを理解してもらえる人が増えた事に、素直に小さな笑みが自然と浮かべながら、脱衣所と湯場との間の扉を開け。


「気に入って貰えてなによりです」


 ばしゃっ!

「おまっ、おまっ、なに入ってきてんだ。

 こっちは男専用だと言ったのは、テメエだろうが」

「別に、コッフェルさんの裸なんか見てもなにも思いませんし、御湯の中に入っているなら関係ないじゃないですか。

 はい、冷やしたお酒と飲み物を此処に置いておきますから、景色を眺めながら楽しんでくださいね」


 秘密基地から少し離れた所に作ってある温泉は、薄っすらと乳白色の温泉なので、湯船の中にいるコッフェルさんの裸なんて、離れた場所からなら欠片も見えないし、最初から興味はない。


「あのなぁ、オメエさんも女なら少しくらい恥じらいってものをだな」

「別に私が裸を見せる訳ではないですし、男の人の上半身の裸なんて今更でしょう」


 騎士団の人達だって、激しい鍛錬直後では、男の人達は上半身を脱いで汗を拭きながらクールダウンしている事もあるのだから、街中の働く男の人達なんて言うまでもない事。

 そもそも少し下町に行けば、井戸のある広場で、男女関係なく行水をしている姿なんて珍しくもない光景。

 貧困街に行けば、それこそ着る物すら無くて、素っ裸で道端で寝ている人もいるのだから、それこそ今更だと思う。

 でも、コッフェルさんが恥ずかしがる気持ちも分かるので、用が済んだ以上は早々に退散。


「じゃあ、私も入って来ますから上にまで来ちゃ駄目ですよ。

 コッフェルさんがやると洒落になりませんから」

「するかっ!

 そう言う事は、せめてもっと成長してから言いやがれっ!」


 コッフェルさんの罵声を背中に受けながら、早々に坂道を上がって、上の棚台の地形にある女湯に向かうと、ジュリが信じられないものでも見る様な目で……。


「しんっ、じられませんわ。

 殿方が湯浴みしている場に自ら行くだなんて」


 何故かプンスコのジュリが、待ち構えていた。

 いえ、別にコッフェルさんが、私をどうこうするとは思っていませんし、私からどうこうする気もないですから、純粋に信頼してお酒を届けに行っただけですよ。

 ……それでも男の人にはもしもと言う事があると。

 コッフェルさんが? ないないっ。

 そもそもジュリ相手ならともかく、普通は私みたいなお子様体型相手に役に立たないでしょうし、素っ裸で無防備の状態のコッフェルさんを相手に、流石に負ける気はしませんよ。

 こうモギ取れますっ。


「とにかく二度としないでくださいっ!

 どうしても言うのなら、次からは、わ、わたしが、い、いきますから」


 うん、どう見ても無理して言っているのが分かる。

 でもジュリの様子から本気なのも分かるので、流石に此処は素直に頷いておく。

 元とは言えば私が、前もって飲み物を渡し忘れた事が原因ですしね。

 男性に対して、嫌な思い出のあるジュリにそんな無理はさせられない。


「分かったから、私達もお風呂に入っちゃいましょう。

 私はともかく、ジュリ、また髪に匂いが絡みついているわよ」

「えっ?」

「結界の設定が甘いから、匂いが絡みつくの。

 その辺りの細かい設定を、結界に付加させる事はまだまだね」

「ユウさんの様にはいきませんわ」

「言い訳をしない、努力あるのみ。

 さぁ今回も洗ってあげるから、とっとと入ろう。

 お酒を渡した所で、コッフェルさんの方が早くお風呂から出ちゃうだろうから、あまり待たせる訳にはいかないし」


 そうして、ジュリと共に御風呂に入りながら、眼下に見える田園風景に目を向ける。

 水田には水が張られ、植えられた稲が順調に成長はしてはいるけど、まだ季節的に緑よりも、風によって揺れる水面に陽の光が反射する光景に、自然と頬が緩む。

 美味しく育ってくれると良いなぁ。

 稲作の経験はないけど、正直、成功したらラッキーのつもりでやっている。

 畑の方は、リズドの街では手に入らない野菜や香辛料などの他にも、研究に使う薬草類がメイン。

 そして、田畑とは違う方向にある研究所。

 例の会議らしい打ち合わせで私のやっている事を知ったコッフェルさんが、ぜひ見せろと凄むので、特別に御招待。

 まぁコッフェルさんなら、ノウハウを盗んで悪用する様な事はないと信じているのと、元々、もう少し形になったら招待する気ではあったからね。

 そうして、此の地を一通り簡単に見せた後。


『ふぅ……、思ったよりしっかりとしているから、安心したぜ』


 どうやら、私が魔力任せで、雑な飼育をしていないか心配だったみたいです。

 これに関しては、流石の私も文句を言いましたよ。

 私がしっかりとデータを取りながら、理論立てて研究するタイプだと言う事は、以前の携帯(かまど)の魔導具開発を手伝った時に知っているはずなのにと。

 ……いえ、確かに思いつきで試す事はありますけど。

 それでも大抵は、一応は頭の中で整理してからやっていますよ。

 ……偶に、本当に思いつきだけで動く事があるから、それが一番怖いって

 ジュリがいるのに、そんな真似できませんよ。

 ……その嬢ちゃんを何度泣かせたかって。

 と、まぁそんなやり取りした後、いつもどおり軽く田畑を見た後、現在に至る訳だけど。

 コッフェルさんとしては、本当に心配だったのだと言うのは伝わって来た。

 おまけに此処で見た事は、公開するその時までは秘密としておくと、態々口にして言ってくれるあたり、かなり気を使って下さっている事も。


「良かったですわね、分かって貰えて」

「うん、まあね。

 分かってくれるとは思ってはいたけど、やはり実際に分かってもらえると、違うかな」


 それに一番心配だった、黙っていた理由を理解して貰えた事が一番嬉しかった。


『怒られるとか、止められるとかでなく、それが必要な事だと判断した上での事だろうが。

 一人前の魔導具師がそう判断して、周りに迷惑を掛けない様に動いていた結果なら俺が言うべき事じゃねえ。

 だか、それと心配する事は別だ。

 乳臭えガキが無茶をするのは、昔からよくある事だからな』


 本当に素直じゃないなと思いつつも、大人としての面子がある事も理解できるから、そこは黙って素直にその心配する気持ちを受けとる事にした。

 

「口も態度も性格も悪いけど、良い人だよコッフェルさんは」

「最初は物凄く気難しくて、怖い人だと思っていましたけど、なんとなくユウさんが信頼を寄せる理由が分かって来ましたわ」

「優しいからこそ、人に厳しいだけよ。

 ジュリにいつか最前線の討伐遠征の実態を教えたのもその表れだし、力の無い未熟な人にコッフェルさんのような力のある魔導具を売らないのも、それを自分達の力と誤解させて無茶な討伐に参加させないため。

 一見意地悪で偏屈な行動でも、ちゃんとその裏に意味や、経験から基づく知恵がある事が多いから」

「そう言えば、そんな事がありましたわね。

 今思えばあの方のあの言葉が、私がより必死になる切っ掛けでしたわ」

「……まぁ、ただの意地悪である事も多いけどね」

「……台無しですわよね」


 うん、本当にそう思うけど。

 多分、これもコッフェルさんなりに、意味のある事だと思う。

 力がある者だからこそ、その宿命に巻き込まないために、人を遠ざけている。

 アルベルトさんと言い、コッフェルさんと言い、私は本当に良い人に出会えたと思う。

 二人の偉大な魔導具師の背中と生き様が、私に多くの事を教えてくれているのだから。





 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【ダントン】視点:



 ばしゃばしゃっ


 今日の作業を終え、疲れた目と手の痺れを癒すために、顔を洗い手を腕まで冷たい水で洗う。

 この後、暖かな湯に浸した布と、冷たい井戸水で浸した布を、交互に目に当てて目を休めると、自然と目の疲れが引いてくるし、手の痺れの方も温かな湯に浸した布を手首に巻いておくと大分楽になる。

 いずれもお嬢さんが教えてくれたやり方だが、本当に有り難いと今でも思っている。

 幾つもの商品の水晶細工を取り扱う中で、流石に教会からの依頼は他の奴には任せられないし、お嬢さんからの依頼も任せられん。

 目の疲れや手の痺れを気にしていたら、良い作品は出来ねえからな。

 幸いな事に他の連中や弟子も腕を上げて来ているため、大分、他の仕事を任せれるようになった事も大きい。

 それと言うのも、商会の内規で決められた就業時間のおかげで、睡眠時間を確保できた結果、皆の集中力をが上がり作品の品質が上がっただけでなく、時間が決まっているからこそ、集中力が最後まで保つようになった。

 コギットの爺いに最初に話を聞いた時は眉唾物だったが、こうしてハッキリと差が出て来れば認めない訳にはいかないし、それ以上に此処で働く者達の顔が良くなったのだから感謝の言葉しかない。

 商会で働く者達の誰もが、家族と過ごす時間が増えた事によって、生きがいの再確認ができた。

 自分がなんのために働き、何を背負っているのかを自覚させられる。


「さてっ。

 あの馬鹿息子を休ませるのも今日までだ。

 そろそろ、次の仕事の話をしておくか」


 ガイルはお嬢さんからの仕事も、何とか俺を納得させるだけの物を仕上げ、その上で貴族の花見の場をお借りした硝子ペンのお披露目も無事に乗り切った御褒美として、旦那から休みとちょっとした小旅行を戴いた。

 と言っても、お披露目をした隣の領の街にそのまま新妻と残り、観光をしてから戻るだけの物だが、それなりの小遣いまで戴いたのだから、嫁さんに良い思いもさせられただろう。

 そして帰って来たのが昨日で、今日は旅の疲れを癒しているはず。


「……全くあの馬鹿、これで嫁を悲しませるような真似をしたら、本気で勘当ものだな」


 あの馬鹿息子の嫁は、あの馬鹿にはもったいないくらい出来た女だし、仕事の覚えも良い上に、作る物には良い物を持っている。

 問題なのは、五つも年下ぐらいは許せるとして、色薄だと言う事。

 生まれつきお嬢さんのように色なし(アルビノ)とまではいかなくとも、色のかなり薄い娘。

 隣の領の街の工房街にある装身具専門工房の娘だが、よりにもよってあの娘を選ぶあたり、未練タラタラも良いところだ。

 どことなくお嬢さんに似た雰囲気もあるからな。

 まぁあの娘自身、お嬢さんの噂は聞いていて、気にしていないと言ってくれているから、まぁ若い二人に任せる事にしているが、一度決めた以上は中途半端な事をした日には、例え息子であろうと関係ねえ。

 あの娘を我が家で預かった以上は、本気で泣かすような真似は許す訳にはいかねえからな。

 ましてや、お嬢さんに何処か似た雰囲気があるのであれば、尚更の事だ。


 コンコン、コンコン。


「俺だ」

「親父? どうしたんだ?」

「新居に邪魔して悪いな」

「いや、構わないけど、今、リンの奴は出かけていて、…すぐに戻ると思うけど」


 どうやら行き違いで俺の家に行ったらしいが、数軒隣だから、まぁウチの奴と話し込んでいるのかもしれん。

 女同士の話は長えからな、放っておくに限るか。

 明日からの仕事の話だとだけ告げ、中に入り適当に座らせてもらった所に。


「何か飲むか?」

「あたりめえだ。

 こちとら、さっきまで働いていたんだぞ」


 出されたのは、麦酒ではなく林檎を使った酒。

 むぅ……、まぁ若えんだ、こう言う洒落た酒を飲む気持ちも分からんでもねえな。

 特に新婚三ヶ月となれば、互いの事が少しずつ見えてくる頃だ。

 酒でも飲んで、互いに踏み込み合うのにも丁度良い月日と言える。

 とりあえず最初の一杯はぐいっと飲んで、二杯目から少しずつ酒の味を楽しみながら……。


「硝子ペンの依頼だが」

「思った以上に注文が来たとか?

 まぁあんなに休ませてもらった上に、小遣いまで貰って楽しませてもらった以上は、しっかりと働かせてもらうさ」

「まぁそうなんだがな。

 とりあえず急ぎでやって貰いたいのがあってな」

「ふーん、どんなの?」

「貴族向けだが実務一点張りのそこそこの物が三百八十」

「ぶっ、げほっげほっ」

「汚ねぇなぁ。

 高い酒なんだろうがもってえねえ」

「いや、今の言い方だと、纏めてでなくて一件でだろ?

 どんな相手だよ」


 まぁ、全部で百や二百ならあり得ねえ話ではないが、一件でそれだけの大量注文を想定していなかったのは、俺は勿論だが、商会や旦那も同じだ。

 実務向けの安価な品と言っても、それなりの値段はするからな、普通は思いもしねえ。


「まぁ王都からだ」

「ああ、もしかしてお嬢さんが」

「そうなんだがな」

「ありがたいと言えばありがたい話だね」

「それで問題なのが、この間お嬢さんに送ったくらいの品質の物が三十に、王族向けにそれ以上の物を六つだ。内三つは婦人向けだそうだ」

「……げほっ」

 ぼたぼたぼたっ。


 やっぱり固まりやがったか。

 しかも高え酒を瓶ごと零しやがって、もってええねぇ。

 まぁ無理もねえか、俺も最初に話を聞いた時には固まったからな。

 旦那自身も、早馬で王都から依頼が来た時に、固まったとか言っていたから、馬鹿息子がこうなるのも無理もない。

 そしてそこに短いながらも、お嬢さんからの伝言も含まれており、恐れ多くも陛下が、此の馬鹿の作った品の出来に不満を抱きながらも、道具としては優れているため使って戴いているだとか。

 ついでに、前回と同じ程度の物を四つほど大至急だとか。

 お嬢さんの追加注文はともかくとして、どこをどうやったら、お嬢さんが陛下にアレを売り込む事になっているのかが想像がつかねえ。


「王宮からのありがてえ依頼だ。

 最優先で王家、お嬢さん、王城内で使う大量品の順で仕上げろ。

 旦那も人も設備も増やすよう、頑張ってくださるそうだ」


 王家向けの品はまだ十年は早えと思うが、いつぞやとは別の意味で踏ん張り時だ。

 この馬鹿は、追い詰められれば追い詰められるほど、良い成長をするからな。

 そう言う意味では、この馬鹿息子は根っからの職人だ。

 不出来な馬鹿息子だが、其処だけは認めてやらあ。






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