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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
246/977

246.できればお店を一からやりたかったです。





「これと、これと、これっ、在庫と帳簿の再確認と関係者の話を聞いておいて」


 帳簿の幾つかを確認して、引っ掛かった所を改めて別の帳簿と比較して、それでもおかしいところにチェックを入れてゆく。

 少なくとも誤差で済む金額と量ではないからね。


「あと、帳簿関係は再来月から、仕訳帳、出納簿、総勘定元帳と此方の三種の書式で統一。

 今月と来月は移行期間として混在は可。

 ジュリは使い方は復習を兼ねて、貴女が教えておいて」

「畏まりました」


 商会【森の滴】の副商会長であるゼルガディス・ヘルマンが、恭しく頭を小さく下げ、隣に立つ女性、リーゼロッテ・シュターデンも一緒になって頭を下げる。

 二人は商会【女神の翼】のヨハンさんの企みによって、私の商会になったこの商会の実質的な代表者であり、新しく立ち上げた店の店長でもある。

 もともとある肉屋の方は、実質は独自路線と言うか今まで通りで半ば放置状態。

 彼処は最初から誠実な商売をしているお店なので、販路さえ保持してあれば、商売は続けられるし勝手に利益を出してくれる。

 今や私の狩ってくる魔物のお肉の処分場兼熟成庫と化していたりもするけどね。


「それで合格かしら?」

「何をでしょうか?」

「意味が分かりかねますが?」


 私の言葉にシレッと言う、二人の目から視線を外さずに私は言葉を続ける。


「貴方達に、今程度の帳簿の改竄や不正が見抜けないとは思えないのだけど。

 私を試したんじゃないの?

 あと泳がせておくためもあるでしょうけど、そろそろ裏も取れた頃だろうから、帳簿を再度確認してみたの」


 嫌な話、私は一部の貴族達から目を付けられている。

 そんな私が商会を持ち、新たにお店を開くとなれば、当然ながらチョッカイを掛けてきたり、何か情報を得るために潜り込ませてくると人達がいるだろう事は、子供であっても容易く想像が出来る。

 そしてヨハンさんも言っていたけど、この商会の主要人物は、国や私の後ろ盾になっている家から送り込まれている人達が何人かおり、当然ながらそんな人達がいて、副商会長や店長たるポストにいる人達が、只の一般人だなんて事は考えられない。


「御明察通りで」

「流石と言いたいですけど。

 私としては、本当に目の前であれだけの帳簿を、あっと言う間に目を通してしまわれた事の方が驚きですよ」

「短い期間ながらも、一応は領の帳簿監査を担っていましたから、これくらいなら慣れています」


 そんな言葉の後、大体調べ終わった事が私の机の二番目の引き出しに入っていると告げられたので、それに目を通しながら二人の話を聞くと、どうやら二人は陛下の手の者らしく、本来の所属まで名乗られてしまう。

 そんなにあっさりとバラしても良いのかと思うけど、陛下からもバレていると感づかれたと思ったら、バラしてしまっても良いと言われているそうだ。

 その辺りは陛下らしいと言えば陛下らしけど、事前にあれだけ情報をもらっていたら、分からない訳がないと思うのだけど。


「なるほどね。ではこの案通りで」

「よろしいので?」

「商会に置いておく必要があるのでしょ。

 なら貴方の責任でもって、監視しておきなさいとしか言えないわ」

「ご理解があって助かります」


 何人かは解雇。

 でも何人かは注意した上で、それ以上は求めていない処分案は、不公平な処分。

 だけど世の中と言う物は、不公平で出来ている物だから仕方がない。

 そしてこの場合の不公平というのは、利用価値があるかないかだ。

 飼い主が分かっていて、それが無害な相手や利用価値のある相手であれば、置いておく事で貸を作り、敵対する可能性の高い相手の者であれば放り出す。

 ごくごく当たり前の事だと思う。

 何の紐も付いていない一般人は商会規定通りに処分をすれば良いし、真面目な人間は大切に育ててゆけば良い。


「と、言っても最終的に被害を食うのは、私とお客と言うのだから笑えないんだけどね」

「御理解されているようで助かります」


 先程とは似た言葉の響きであっても、その意味は全く別物。

 本当、陛下といい、この人達といい、人を食ったような人達が集まるのは、何故だろうと思いつつ。


「あと、化粧関係のお店ですが、来月をもって一度閉めます」

「「そ、それは…」」

「十日間ほど店を閉めた後に改めて、開店しますので、客への説明を。

 此方の紙に、その詳細を記載してあります」


 何処かの貴族の小母さん(ヴォルフィード)の、脅迫めいたお話によって、碌に準備も整わない内に開店せざるを得なかったけれど、漸く従来の考えていたお店の準備が整ってきたし、陛下の許可も得れた。

 ならば本来私が思い浮かべるお店の形へとするために、一時の閉店は必要な作業。

 ここ数ヶ月はプレオープンみたいなものと思えば、なんら不思議ではない。

 少なくとも旧態依然のお店よりも新しいお店の方が、お客にとってもお店にとっても合理的なシステムになるし、私もかなり楽になる。

 なにせ今までのやり方だと、腐って無駄にしてしまう商品も結構あったし、それはお客側にとっても同じ事。


「ヘルマン、シュターデン、貴方達の教育の手腕楽しみにしているわ」


 無論、私も店員の教育には力を入れるつもり。

 この教育が私のお店の基準になるんだから、力を入れるのは寧ろ当然の事。

 だけど私もジュリも学生の身だし、秘密基地、もとい研究所のお世話もあるため、毎日顔を出せるとは限らない。

 なら結局、人の手を借りるしかないわけだし、元々私は人の手を借りなければ大した事はできない。

 この商会に人を送り込んだ人達の思惑がどうあれ、力と人手がいるのならば、素直に頭を下げて力を貸してもらうだけの話。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

【ヨハン・コットウ】視点:



「それで先輩、そろそろ三ヶ月になりますが、新しい職場はどうですか?」


 我ながら意地が悪いと思いつつも、嘗ての上司が私と同じ目に遭っているかと思うと、過去の無茶な命令に腹が立った事も、忘れる事ができると言うもの。

 むしろヘルマン先輩の方が、私より置かれた立場が過酷かもしれない。


「お前な、分かっていてそういう事を聞くか、普通?」

「いえいえ、確認ですよ。

 先輩からよく言われた事ですよ」

「それは同じ職場にいたからこそだ」

「似たようなものでしょう。

 あのお嬢さんのお守りという点では」


 我ながら、お守などとはよく言うと思いつつも、それは先輩も同じ思いだったらしく顔を僅かに歪め。


「視ていたのは我々でなく商会長だと、実感させられた」

「私、あの子をもう子供だと思うのは止める事にしたわ。

 あれ、子供の皮を被った別の生き物よ」


 先輩だけでなく、後輩であるリーゼも、今やすっかりと貫禄のある婦人にはなっているが、華やかで嫋やかな雰囲気は当時のままだと言える。

 ただし、その根と葉には猛毒を持っていたりするがね。


「歳の割に大人びた雰囲気を持つ従者が隣にいるから、余計に知らぬ者は油断するだろうな。

 あの従者の選定はお前が?」

「元々お嬢さんの知人だったと言うのもありましたが、条件にもぴったりでしたからね。

 多少、彼方此方の方にお力沿いを戴いて、そう仕向はしましたが、彼女自身の意思によるものです」

「抜け抜けとよくも言う。

 仕向けているのは、あの少女だけではあるまい」

「おや、気が付かれていましたか。

 でもお嬢さんにはまだ内緒ですよ」

「ふん、お前が気が付かれて、どうこうなるような仕掛けをする訳があるまい」


 いえ、確かに今の段階でバレても結果は同じでしょうけど、その場合、私が酷く恨まれる事になるので、それは勘弁してもらいたい。

 もう少し後であるなら、その責任は私以外の人に向けられるので構わないのですが。


「あの四人も哀れな」

「既に自分達の道に向けて、歩み始めていますからね。

 でも、此方の道も決して悪い選択ではないはずですよ」

「【死の大地】に足を踏み入れる事もありえる選択がか?」


 それは本気で勘弁してもらいたいと思うが、おそらくお嬢さんは、あの四人にはそこまで望まないはずだろうし、従者であるペルシア家の娘とは使い道が違うと考えられるはず。

 まぁ、何かの思いつきや弾みで、竜種や龍種が眠るあの地への足を踏み込まされる可能性は無きにもあらずではあるがね。


「私なら、その可能性があるのであれば、全力で逃げ出します」

「よくも言えたものだ」

「言うだけですからね。

 それにそう言う意味では、お嬢さんの側にいる事自体似たようなものでしょう」

「確かにな、竜を扱うように扱えだったか?

 あの小さな外見に災害級をも倒す力があると思えば、そう覚悟をせねばならないと言うのも理解出来る話だ」


 まぁ、あのお嬢さん自身は温厚な性格ではあるが、それに胡座を掻いても良い相手ではないし、お嬢さんの行動力を舐めて掛かると、とんだしっぺ返しを喰らう事になる。


「うーん、そうなんだけど、それとは別に、あの子の考える商売は素直に面白いとは思うわよ。

 新しいお店の計画書を見せてもらったけど、なんと言うか、良い意味でどうなるんだろうと楽しみでもあるのよね」


 ほう、そんな計画が?

 どんな計画なのかと尋ねたのだが、生憎と商売上の秘密だと言われてしまう。

 つまり純粋に商売上のものでしかないと言う事か。

 ならば深く突っ込むのはマナー違反か。


「でも、これが巧く行くと、前のお店が如何に損していたかハッキリするから、そうせざるを得なかった原因であるレギット先輩に、損害賠償請求したいと言っていたわよ」

「確かに、あれは画期的な方法と言える。

 店に関わる者全てに、意識改革が必要ではあるが」


 いや……、あれは、まぁ……、あっと言う間だった。

 婦人の情報網の広さで、想像以上に噂が広がってしいましたからね。

 私の妻もその一旦を担っている以上は強くは言えないのですが、間違いなく止めを刺したのはヴォルフィード家の王妹様である事には違いないので、あまり責任云々を言われても困る。

 ところで、それは?


「会長の従者が使っていたのでな、便利そうなので欲しいと言ったら戴けた。

 算盤(そろばん)と言う計算道具だそうだ」


 使い方を聞くと、……なるほど、確かに慣れれば便利そうな道具だ。

 ああ、これをウチの商会の登録にしておくと。

 確かにコレは売れそうですね。

 専用の職人を何人か育て、薄利多売で行けば、全体的には悪くはない利益が出るでしょう。

 治具に関しては、お嬢さんに相談すれば、何時もの様にすぐに用意してくださるはず。

 でも良いんですか、そちらで扱わなくて?

 魔導具以外は、そちらで扱う事になっているはずでは?

 ……ウチで作らせて、そのまま原価で卸してもらって小売として扱うと。

 それって面倒ごとは全部ウチでと言いませんか?

 ……いいから黙ってやれって。

 そう言う所は相変わらずですね、先輩は。

 実際は、まだ人手が足りないからだとは理解していますけど。





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