245.私が色々と溜め込んでいる理由? そんなの決まっています。
シンフェリア領からの態々高い追加料金を払って、早荷で送られて来た荷物と一緒に、お父様からお手紙が送られて来た。
要約としては、此方の事は気にせずに自分の生きたいように生きれば良い、と言う内容であり、ああ言う形でしか私を守れなかった自分を許してほしいと言う謝罪の内容。
うん、泣いて良いよね?
だって、何時でもシンフェリアの家に、遊びに来てくれれば良いと書いてあったんだもの。
あんな家の出方をして迷惑を掛けた私を許し、遊びに来て構わないとまで言ってくださっているんだもの。
また、お父様とお母様、お兄様達、……そしてエリシィーに会えるのだと思うと、涙くらい流したところで罰は当たらないと思う。
うん……そう、思う。
分かっている。
いくら私がスチャラカな不良娘であっても、それは出来ない。
私はお父様の……、シンフェリア領主の娘としてあの地に住み、そしてその責務を背負っていながらも、領民を裏切って家を出た以上、それは許されるべき事ではないと分かっている。
今はお父様の想いを素直に受け取り、浸らせてもらっているだけ。
馬鹿な娘を許して戴き、有り難うございます。
ただ、お姉様には会いに行ったのに、自分には会いに来てくれないのかのかと、拗ねたような文句を書くのは止めてください。
えぇ……色々と台無しです。
せめて別の手紙で送るなどの配慮をしてくださると嬉しかったです。
もっとも実際にそれをやられたら、別の意味で文句を言っただろうと言う自覚はありますけど……。
ただ、それでも久しぶりに見たお父様に手紙と筆跡に……。
そこに書かれた想いと、温もりのある言葉に……。
涙腺が緩む事が止めれるわけもなく。
私は本当に久しぶりに感情のままに涙を流し、淺ましく泣き叫ぶ。
家族の優しさと温もり伝える手紙に……。
それでもあの地に土を踏む訳にはいかない事に……。
例えどんなに頑張り認められようとも、二度とあの日に戻れる事はないのだと。
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「はぁ、昨日は泣いた泣いた」
「そのように朗らかに言われても、私としては、いきなり隣から大きな声で泣き叫ぶ声が聞こえて、驚いたなんてものじゃありませんでしたわ。
肝心のユウさんは声を掛けても肩を揺すっても、泣き叫んでいて反応が返ってきませんでしたし」
そりゃあ従者でもあるジュリからしたら、さぞ対応に困った事だと思う。
だって私がジュリの立場だったら、随分困ったと思うと断言できるからね。
結局、あの後、泣き疲れて寝てしまった私を、ジュリはベッドに寝かせてくれた上、寝むらずにそのまま私が起き出してくるのを待っていたらしい。
とりあえず健康にも美容にも悪いので、次があってもちゃんと眠るようにお願いして、朝食を食べたら、眠るようにジュリの主人として命令する。
幸いな事に今日はジュリは学院の講義が無い日なので、従者教育を休んでしまう件は、私がホプキンスに謝罪の手紙を書いておくと伝える。
「それでいったいどうしたんですの?」
「ん〜〜、まぁ私が家を出た件で、一応は実家とも和解と言う形で済んだって事で、少しばかし溜め込んでいたものが爆発しただけ。
ごめんねぇ、心配かけて」
「……だけって」
うん、ジュリが心配しているのも分かるけど、こればかりは幾らジュリが友人で従者であっても、分かち合えれない物だから仕方がない。
ただ、落ち着いたら、少しだけ愚痴を聞いてねと言って、少しだけ安心させる。
私自身もそうする事で、少しだけ自分の中の色々を整理できると思う。
そもそも考えても起こった事実は変えられないし、辛いから敢えて考えてこなかった事が、感情が爆発した原因だしね。
この際、色々と考える良い機会と思っておこう。
そう言う訳で後日落ち着いたら、甘い物を片手に愚痴に付き合ってくださいね。
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【王都、ルグスブルク】
「これが、魔導具で作った魔導具か。
これを成す上で、得た経験や問題点を例の計画で活かせると」
「誤解があるようですが、私としては、此方が本来研究していた物です」
化粧品などを長期保管するための魔導具を、安価に大量に生産する方法。
これは魔導具の勉強をし始めていた頃からの命題であり、他人には意味のない魔法陣の図化もその結果の一つだし、この魔導具を作る魔導具もその答えの一つ。
陛下が手にしているのは、魔導具の小瓶と同じく水を出す魔法石、そして机の上には防水布を用いたレインコートの試作品。
「桶を」
「花瓶で良ければ其処に」
「試せればなんでも良いか」
「お待ちを」
早速、水を出す魔法石を試そうとする陛下を止める。
そのまま使うのは推奨出来ない。
使えない訳でも、実際に試しで作った水を使う事はないので問題はないけれど、なるべくなら実用に面した使い方をしてほしい。
私は収納の魔法の中から取り出したものを陛下に渡し、魔法石をその中に入れた形で使うようにお願いする。
「なるほど、手に直接触れる必要はないと言うのは、用途が多いとも取れるね」
「それもありますが、使う人によっては、汚れた手のまま使う場合も有り得ますので」
確かに陛下の言うように、用途を求めて色々考えて試作してはいるけど、大本の発想はトイレに行った後に、手を洗わずにこれで飲み水を作られたら堪らないなぁと言う、まぁ下品ではあるけど、あり得そうな切実な話を思いついてしまったから。
そんな話に、陛下ではなくジル様が十二分にあり得る話だと仰ってくださったし、使い方や管理の仕方の必要性を理解してもらえたので、お耳汚しな話をした甲斐があったと言うもの。
しゃーーーっ。
手にした魔導具から勢いよく、装飾用の花瓶の中へと水が吹き出る。
勢いが良いのは、狭い筒の中で水が発生したため出口を求めて吹き出しているだけで、そう言う水の発生の仕方をするものではない。
「一回で桶一杯分出るため、桶型や水筒型など幾つか考えられますが、発生する量は刻む魔法陣で変えられますので、容器の形状もそれに合わせて変える事になると思います。
あと魔力制御に長けた人間であれば、流す魔力の量を抑えれば少しずつ水を出す事も可能です」
「なるほど、本気で応用範囲が高いね。
それでこの一個で井戸桶に四、五十杯近くの水を作る事が可能と、これが本当に安価に作れるのならば、確かに世間の認識を変える価値はあると思うが、ジル、カイル、君等はどう思う?」
世間の認識を変える。
そんな事をあっさりと言ってのける陛下は、実際にそのために動かれる宰相であるジル様と、次代の王であるカイル王太子殿下に、その意見を求める。
「遠征だけでなく、通常の旅や船旅に欠かせない物になり得ましょうな」
「既に手押しポンプと言う道具によって、街中の水問題は解決の見込みはありますが、場所によっては、水路を作る必要のない此方の方が便利かもしれませんね」
「だろうね。
貴族の一部には狩猟や、観光の遠乗りにも使いたがるだろうし、遠征部隊にしろ商隊にしろ、水の問題は大きいから、その事で動く経費や人も大きく変わってくる。
実用まで最低、二、三年は掛かると言うのは良い時間だろうね。
その間に試作品を少しずつ回してやれば、対策も説得もしやすいだろう」
魔物の繁殖などと言う世論を黙らせ、認識を変えさせる問題もあれば、物事が楽になれば、その事で生活が成り立っている人達が逆に困る事になる。
世間の認識よりも、むしろ問題なのはそう言う人達だから。
「ウチは少ししかないから良いけど、砂漠の多い南の国は喉から手が欲しい技術だろうね。
それこそ戦を仕掛けても欲しがる技術だろうさ」
どくんっ。
陛下の言葉に、息が詰まり心臓が跳ね上がる。
前世の知識を持つ私は、その危険性を全く考えなかったと言えば嘘になるけど、それでも必要な技術だと割り切って開発した技術。
ただ、その覚悟が足りていないだけで……。
「国内がある程度落ちついたら、国外への水の魔法石の販売も考えるべきであろうな。
カイル、君の子供の時代くらいには、金型の魔導具その物を提供する考えを匂わせておけ。
それで戦が防げるなら安い物だし、無料で譲ってやる必要もない」
「随分と先の話になりますが、それくらいが伸ばせる限界かな。
これだけの魔導具の複製ともなると、魔導具師達の方が追いつかないでしょうし」
「魔導具師ギルドには、魔導具師の選定と教育を改めて通達しておきましょう」
時間にしておよそ半世紀、それくらいの長い年月を掛けた予定を、こうもあっさりと決める事に驚きつつも、あくまで決めたのは方針なので、詳細はこれから詰めてゆくつもりだろう。
変わってゆく世の中で、あまり詳細を決めても意味がない事。
方針を決めて随時修正して行かなければ、世の中には対応出来ないから。
ただ言えるのは、私の作った魔導具にしろ、魔物の繁殖と言うとんでもない計画にしろ、今、正式に認められて、それを下に国自体が動くと決まった事。
後世に水の大改革と呼ばれる時代の節目に立ち会っているのだけど、そんな後世の話など今の私に知る由もなく、私自身は、なにか大事になっているなぁ、でもあまり私を巻き込まないで欲しいなぁ、と見当違いな事を考えていたりする訳で。
「なにか他人事のような顔をしているね、君は」
「だって他人事ですから」
「「「……」」」
なので、陛下からの言葉につい本音が漏れてしまい、冷たい視線を浴びる結果に。
……話の元凶が何を他人事だと思っているって。
ジル様、元凶違います、根元です。
いえ、確かに言葉のニュアンス的には一緒ですけど、国同士の話や、国内の世論操作や関係各所の調整などは、私、完全に部外者ですから。
私が出来る事は如何に安全に繁殖できるかの研究と、用途に即した道具の開発ぐらいですよ。
あとは暇を見つけて、適当に魔導具の開発とか、色々とやるぐらいですから。
まぁ今は、学習院生らしく学問が最優先ですけどね。
「「「……」」」
なんですか、その目は?
私、嘘は言ってませんし、国政に拘れって言ったって絶対やりませんよ、そんな面倒そうな事。
そもそも政なんて、私みたいな子供の仕事じゃありませんから。
「本当、君と関わっていると、時折君が子供だっていう事を忘れそうになるから不思議だよね」
「私とした事が、一瞬とはいえ、小さな淑女である事を忘れるだなんて、私もまだまだだな」
「少なくとも考え方や能力が大人顔負けである以上、それ相応と対応ができる柔軟な頭の持ち主という事では間違った対応ではなかったかと」
どうやら、私がまだ十三歳の子供だという事を、本気で忘れられていたようだ。……酷い。
まぁ、中身は実はオジサンですと言えないので、深くは突っ込まないけど、それはそれとして、もう一つの要件を忘れるところだった。
「ジル様、宜しかったら、此方の方を一度お試しになって見ては如何でしょうか?」
「ふむ、これは?」
「簡単に言えば、硝子で出来た羽ペンです」
新たに収納の魔法から出したのは、シンフェリア領のガイルさんに頼んでおいた硝子ペン。
先端の細かいシワのような溝に、毛細血管現象を利用してインクを吸い上げ溜め込んでくれるため、普通の羽ペンよりも、多くのインク溜め込む事ができる。
「なるほど、途中で一々インクを付け足す手間が減ると言う訳か」
「はい、それに特殊な処理をしているため、先端が通常の硝子よりも硬く、羽ペンのように擦れる事もありませんし、何方の方向からも描きやすい書き味になります」
早速、書き味を確かめるように、紙にサインや幾つかの単語を次々と並べて書き連ねてゆくジル様に、一度のインクで、だいたい手紙一枚を書き切るくらいはあるとお伝えする。
「なるほど、確かにこれは書きやすいし、太さも程よい。
太さを調整するための軸もあるが、ペン先が掠れて削り直す度に調整するのも面倒だしな。
これは仕事が捗りそうだ。
有り難く使わせて戴こう」
どうやら気に入って戴けた様で、もう少し試して使い心地が良ければ、追加を頼むとまで仰ってくださるので、私ではなく実家の商会の方へとお願いしているところに、少しだけ苛立ちを含んだような声で。
「あのねぇ、君、普通そはう言う物は、最初に僕のところに持って来るべきではないかね?
僕、こう見えても、結構、書類仕事が多いんだよ」
何処かの陛下が苦言を申してくるけど、どう見てもこの中で一番書類仕事が多いのは、宰相であられるジル様だろうし、陛下の場合、書類仕事でも一番多いのはサインをする事のはず。
「恐れながら、陛下に直接、物を贈るのは恐れ多いです」
「何を今更、僕と君との関係じゃないか」
「……ただの主従の関係ですので、誤解を招く表現はお止め下さい」
「ただのじゃないよ。
少なくとも僕は君の事は全面的に信頼している」
毎回毎回、この陛下は、すぐそう言う事を言って私を揶揄う。
正直言って、いくら美丈夫であろうとも、四十の小父さんが十三の小娘に何を言っているのだろうかと呆れてしまう。
間違ってもその言葉に、何処かの令嬢のように、頬を赤く染めるだなんて事はない。
それに全面的に信頼していると言う言葉は、敵対しないと言う意味でしょと突っ込みたくなる。
誰がしますか、そんな面倒くさい事。
「この硝子ペンは滑らかな描き心地ではありますが、サインをした時に羽ペンほど特徴が出にくいと言う欠点があります。
国の最重要書類にサインをする際には、それが問題になるかもしれないと考えた故であります」
硝子ペンは羽ペンに比べたら確かに書きやすいけど、しなりがペン自身に無いため、どうしても平坦になってしまう。
万年筆のようなペン先でも作れれば良いのだけど、この世界にはあれを大量生産するための基礎技術やイリジウムのような超硬の金属が発見されていないため、一品物を私が魔法で作っても意味がない。
「いやいや、これだけ出れば十分使えるよ。
それにサインするだけが僕の書類仕事じゃないからね。手紙も山程あるんだよ」
「最後にサインをするだけの手紙が多いと窺っていましたが」
「いや確かにそれも多いけど、流石に他国の王族に向けた手紙とかは全部直筆だからね」
ぁぁ……うん、確かに、言われてみればそうかもしれない。
前世でも、基本パソコンやスマホで処理していたから、そうそう手書きの手紙を書く事なんて少ないから、せいぜいが年賀状の宛名書きぐらいだったからなぁ。
今世でも、そこまで手紙書く事が多い訳ではない。
その反面、小説は山ほど書いているけどね。
「まったく、君は一体どう言う教育を受けてきたのだか」
「辺境の男爵家の娘が、それほど手紙に触れる事があるとお思いですか?」
「……それもそうだね。
本当に君と話していると、そう言う事を不思議と忘れるよ」
仕方ないので、陛下と王太子殿下の分も収納の魔法から出してお渡しする。
本当は、私が爵位を拝命した際に、後盾になってくださった家の方に御贈りして、宣伝してもらおうと考えていたのだけど、陛下と王太子殿下であるならば、文句なしの広告塔だろう。
「なかなか美麗な品だね。
僕が使うには品格がもう少しって感じだけど、悪くはないし良い物を作ろうとする意気込みを感じる。
さて、ジルがあれほど熱心に書き心地を確かめるほどの手応えは……、ふむ、確かに羽ペンとは段違いの書き心地だね。
でも確かに最重要書類のサインには、不向きと考えるのも分からないまでもないが、ちょっとした物はこれで十分であろう。
もともと書類の山は重要度と期限で分けられているから、ペンの使い分けもさほど問題はないし、羽ペンを儀式用や重要書類のサイン用として位置付けてやれば、羽ペン職人が急に食べるに困る事も少ないだろう」
ガイルさん、まだ修行が足りないそうですよ。
でも、ちゃんと羽ペン職人の方の事を考えておられる辺りは流石だと思う。
……もっとないのかって、
なんですか、そのチンピラみたいな物言いは?
……いいから、あるなら出せって。
あと二つありますけど。
「財務局長と庶務部長に贈っとくよ。
気にいれば、安価な物を大量購入してくれるだろう。
どちらも書類仕事が多い部署だから、きっと欲しがるだろうからね」
「……えーと、ありがたい申し出なのですが、実家の商会ですと家格が足りなくて王家や国との直接の取引は」
「そんなものは建前だし、此方から言い出す分にはそれほど問題はない。
なにより、君の実家は次代には陞爵して子爵になるんだから、家格は足りているさ」
うん、私としては物凄くありがたい事なんだけど、どうにも素直に頭を下げる気にはなりにくいのは、きっと、陛下が『ほら感謝しても良いんだよ』とか言わんばかりのドヤ顔でいるからだと思う。
絶対に態とで、私が心の中で葛藤するのを楽しんでいる顔だと分かってはいても、やはり最終的には人として、素直に感謝の言葉を口にする。
ええ、たとえ其処に私を揶揄う口実が含まれていようとも、陛下が成そうとしている事には感謝しかない訳ですから。
「なぁ彼女面白いだろ?
こう揶揄われているのが分かっていながらも、手の端を僅かにプルプル震わせながら、こうして素直に頭を下げる姿が」
「父上、その趣味はどうかと思いますが」
「困った顔が可愛いと思わない?」
「それは分かりますね」
分かるんかいっ!
敢えて口にして人を揶揄う陛下を咎めようとする王太子殿下に、一瞬でも王家の良心だと思った私の感動を返せっ!
って、陛下、その顔はまさか今のを見たかったとか?
問うまでもなく、そのまさかですよね。
本当に、この陛下は……。
あと殿下、先程の言葉の後で今更取り繕っても、……本当に今更なんで。




