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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
243/977

243.いえ、それ誤解です。誘ってませんから。





【ジュリエッタ・シャル・ペルシア】視点:




 贔屓にしている著者の新作に目を通していると、ユウさんが作ってくれた刻を知らせる魔導具が光って、刻を知らせてくれる。

 確か【試しの砂時計】とか言っていたけど、学習院生達の間では、ただの砂時計、又は、水時計と言う名で広がっていると聞いている。

 あの人の作る魔導具はどれも凄い物が多いけれど、付ける名前もある意味凄い。

 名付けた意味も、そう名付けたい思いも分かるけど、その名前を口にするにはどうにも憚れるような恥ずかしい名前と言う意味で凄いですわ。

 それはともかくとして、まだ途中ではあるけど、先程まで目を通していた本の余韻の方が私には大切。

 ええ、今回も凄い。

 この著者の凄いところは、その話の構築や演出や、誤字脱字が少ない事もさる事ながら、物語や登場人物の背景の濃密な設定を、それを違和感なく作品の中に取り込んでいるため、読んでいてその世界に入り込んでいるような錯覚を受けるところ。

 それだけに、余計に話の中に意識が没頭でき、空想を掻き立てられるところ。

 そう、話の中に敢えて書き上げられていないだろうところまで、自然と濃密に想像できてしまう。

 匂いや呼吸の音までも、浮かんでくるほどに。

 でも、あくまで想像でしかない。

 実在する男だなんて、下劣で卑怯で汚らわしい事を、私は身をもって知っているし、今だにあの時の事を考えると、身体が震え、吐き気が催すほど。

 下品な笑みを浮かべながら、薬で動けない私を一方的に嬲り続け、更には知り合いと言う男達を呼び込んで……。


「止め……、忘れるって決めたのだから……」


 少なくとも下らない事を考えるために、読書を止めた訳ではない事を思い出し、私はそっと、音を立てないように足を進め、殆ど使っていない台所と物置を挟んだ隣室のドアを、そっと静かに開ける。


(……やっぱり)


 部屋は魔法の灯りで照らされてはいるものの、作業台に突っ伏して寝てしまっているユウさんの姿に、またかと呆れてしまう。

 眠ったまま魔法を維持できるところは、何度見ても物凄いとは思うけれど、こう言うところを見ると凄いを通り過ぎて呆れてしまう。

 生まれつき魔力を循環させるための神経が欠損しているユウさんが、生き残るために身につけた技術の一つとは聞いてはいる。

 でも、同時にそれはユウさんを稀代の魔導士にし、同時に稀代の魔導具師としてユウさんの小さな身体に、大きすぎる期待がのし掛かってしまう結果を齎している。

 学習院生として、基礎的な知識と技術を身につけるために、そこそこ予定の入っている日々を送る中、それだけでは飽き足らずに書籍棟の書物や、いつぞやの王都での騒動の際に取り引きで送られてくる資料を読んでは知識を溜め込み。

 更には月に数度とはいえ、当主や貴婦人としての勉強をコンフォード家で学んだり、付き合い程度の舞踏会用の舞踏の練習までしている。

 それらは魔導士としての鍛錬や魔導具師としての研究を日々欠かさずに行っている上、魔導具師としての仕事を抱え込んでやっているのだから、大人でも目が回る忙しさだと思う。


「ユウさん、眠るなら着替えてベッドにいきましょう」

「ん、ん〜……」


 私の声に反応はするものの、どうやら眠気の方が優ってしまっていて、勝てないらしい。

 小さくため息をつきながら、ユウさんが手にしている道具や枕がわりになってしまっている硝子の板をそっと、作業机の隅に置いて、彼女の体を優しく抱き起こす。

 うっすらと意識がありはするものの、そのまま私に身を任せてくれるユウさんに、しょうがないと思う気持ちと、見た目通り可愛らしいと思う気持ちと沸いてしまうし、同時に信頼されている事が嬉しくもある。

 ええ、だから、眠い、身体が重い、着替えさせてという、あまりないユウさんの我儘にも応えてあげる。

 此処までの事は、本当に滅多にはないけど、無い訳ではない。

 それだけユウさんが疲れていると言う証し。

 今日は、販売用の魔法の小瓶の件で、リズドの街から離れた村にある窯元の所まで行った上に、大人を相手に商売としての交渉や確認などの契約を行っただけでなく、更にはそのまま見学を兼ねて、製造のお手伝いまでして来たから疲れて当然だろう。

 彼女は職人の振るう作品に敬意を払うと同時に、その作業や工程を見るのが好きだし、使う道具にすら、その工夫とその形に至った経緯に感心し敬意まで払う変わり者。

 自分の主人であり、友人ではあるけど、本当に変わった人だと思う。


「はい、袖を通すから手を上に伸ばしててくださいね」

「……うにゅ〜」


 ユウさんが大切にしている首飾りに気をつけながら、テキパキと着替えさせた後、髪の毛を梳き直して纏めておく事だけは忘れない。

 私はこの白いユウさんの髪が好き。

 一本一本が白絹のような輝きと柔らかさがある髪質が、本当にユウさんに似合っていると思うし、彼女の毎日変える髪型も見ていて楽しい。

 本人は小さい頃からの習慣で、女の子らしくない自分を少しでも女の子らしく見せたい両親に、半ば強制的に身に付けられたものだと言ってはいたけど、どう見ても楽しんでもいると思う。

 そうでなければ、あれだけ髪型を書いた板が増えるわけがない。

 今日など『猫耳〜♪』とか言って、髪の一部を動物の耳に似せた形にして周りを驚かせていたけど、不思議と似合うので周りに浮かんでいたのは優しい笑みが多かった。

 むろん、ユウさんの成功に妬む人達もいるから、その限りではないけれど、少なくとも表立って動くような愚かな人達は、此処半年ですっかりと目にしなくなった。

 ホプキンスさん曰く、格の差だそうです。


『学習院の中なら、コンフォード家や王家の手の者が動くまでもなく、ユゥーリィ様にきちんとした貴族としての立場があり、その実力を隠す事なく自分の足で立たれたら、そうなって当然でしょう。

 実力の差は明らかの上、その実力に慢心する事なく日々の努力を怠らず磨き続けているため、半数は認めるか己の怠惰を恥じるかになりますし、ユゥーリィ様はもともと貴族の生まれでありながらも、謙虚で控えめでしたから、よほどの事がない限り、その立場を使う事がない姿勢も受け入れられやすい。

 まぁ、何も考えていない自尊心だけの馬鹿は、既に知っての通り自滅するだけです。

 馬鹿の取り巻き達は、周りの目と空気を読む能力だけはありますから、幾ら利用しやすい高位貴族の子女であっても、馬鹿と共に自滅するほど馬鹿ではありませんから、のらりくらりと交わす取り巻きに業を煮やして自ら動いて自滅。

 ユゥーリィ様を、魔法と魔導具だけの人間と侮る事自体、愚かで見る視が無いと喧伝しているような物ですから、そんな馬鹿は貴族としては長生きできません。

 これで懲りて改心しなければ、何方にしても将来はないでしょうな』


 結局はユウさん自身が、積極的に誰かと関わりを持とうとしていないのが大きいらしい。

 内心、ユウさんの事が目障りであったとしても、関わってこなければ無視も出来るし、好き好んで、演習場を使い物にならなくする事が出来る魔導士を相手に、喧嘩を売りたくないと言うのが本音だろうと。

 そもそも問題を引き起こして表沙汰(・・・)になれば、たとえ侯爵家の子息であろうと、子爵当人であるユウさんの言葉と立場が優遇されてしまうのが貴族社会。


「……すぅ、……すぴ〜…」

「ふふっ」


 小さく寝息を立て始めるユウさんの姿に、自然と笑みが浮かび上がる。

 まだ空中に浮いているユウさんの魔法の光球は、私の魔力の盾の魔法の干渉で魔法として維持できなくなり、その温かな光を次第に失ってゆき消滅する。

 普通、明かりの魔法といえば、【火】属性の火の魔法による明かりが多いのだけど、ユウさんの場合は光球。

 私も最近では火による明かりではなく、光石を想像した光球になっているのは光石を用いた魔力制御の鍛錬をし始めてしばらく経った頃。

 光石とずっと触れていたと言うのもあるし、慣れれば此方の方が便利で火事の心配がない。


(熱は……ないわね)


 顔色と寝顔からその心配はないとは思っていたけれど、こうして作業中に寝てしまっている時には、必ず確かめる事にしている。

 この人は、すぐに無茶をしでかす。

 本人は無茶ではないと言ってはいるけど、誰が見ても無茶だし、もう少し自分の身体を慈愛してほしい。

 災害級だけでなく、大災害級や災厄級が住むという【死の大地】を突っ切るなんて、今、思い出しても冷や汗どころか脂汗が出始める様な事を、足手纏いである私を引き連れて行っただけでなく、本当に自分の身体を壊すような真似も平気でしでかす。


『そろそろ、ジュリの魔力回路を増やしましょう』


 ユウさんが魔力回路と呼ぶ、魔力神経(かいろ)を自分の意識でもって構築する技術は、ある程度熟練した魔導士でなければ出来ないとされる技術。

 ユウさんの場合は生まれ持った病気のため、それを身に付けないと死んでしまう事態だったから、若くして身に付けている理由は分からないまでもない。

 でも私はユウさんの指導を受けてはいるとは言っても、そこまで才能豊かとは言えない。


『要は魔力回路を使う感覚が分からないから、その感覚をどのように掴めば分からないだけです。

 ならば、実際に経験をすれば感覚が掴めるはずです。

 よ〜く、体内の魔力の流れに気をつけていて下さいね』


 そう言ってユウさんが行ったのは、私の体内にある魔力を直接操作するという驚きのもの。

 そして、ユウさんの言葉通りに私の中に想像で作られたな魔力神経(かいろ)の感覚に戸惑いながらも、その感覚に意識を集中させていると、作り物の魔力神経(かいろ)に流れる魔力と、そこから発動される光球の魔法。

 時間にしては、小さな薬缶で湯を沸かす事もできないほど短い時間。

 だけど、それだけでユウさんは五日も寝込む事になった。

 熱が上がり、下がらないまま身体中から汗が止まらず、手足を震えさせながらも、慣れていると言って薬を飲み、自ら吸い口で水分を取りながら、自分で自分を看病しようとする彼女の姿に、私は本気で彼女を怒った。

 涙で揺れる視界の中、破茶滅茶な言葉で、こんな無理は二度としないでほしいと懇願した。

 後から思えば、熱で魘されているユウさんにするべき事ではなく、容体が落ち着いてからすべき事だったと反省して、彼女が回復し、起き上がれるようになってから改めてユウさんを叱った。

 私を大切にしてくれるのは嬉しいけど、私にとってユウさんの健康の方が大切だと。

 あの時あれだけ言ったにも関わらず、コッフェル様を相手にあのような自慢話などをして、反省しているのかと疑っても当然の事。


(まったく、罪悪感で接してもらっても、私は少しも嬉しくありませんわ)


 ユウさんは、私に対して罪悪感を持ってしまっている。

 私が元々彼女と仲が良い事を理由の一つとして上の方々に利用され、私の人生を変えてしまったからと。

 別にそんな事で罪悪感など持たなくても良いと言うのに、それが彼女の良い所であり、弱点でもある所ではあるけれど、だとしても彼女が私に対して罪悪感を持つ必要など何一つない。

 私の実家であるペルシア家の借金は無くなったし、地に落ちた信頼も……、ユウさんの貴族後見人であるコンフォード家の寄子になる事で、少なくとも弟のベルとその子供の世代まではペルシア家は安泰だろう。

 私も入れるかどうかも分からなかったけれど、地に落ちたペルシア家の信頼でも入れる可能性のある魔物討伐騎士団辺境師団には入らずに済んだ。

 なにせ給与は良い分、死ぬ危険も高い事で有名ですからね。

 あぁ……、でも、危険性に関しては、現状でも大差はない気はするわね。

 けれど、ユウさんが本当の意味で私を危険な目に合わせた事は、数える程しかない。

 何時も何処かで、彼女の優しい目で無茶を見守られていたわ。

 その事に色々と言いたい事はあるし、どれだけ失敗をして着替える羽目になった事には、多少なりとも恨みがない訳ではないけれど、全体的には彼女には感謝の言葉しかありませんわ。


「おやすみなさい。良い夢を」

「……ん、……ィ、……私も……好き」


 彼女がよく使う言葉。

 それを私は眠っている彼女に耳元で囁きながら、その柔らかな頬にそっと唇を当てて部屋を後にする。

 返ってきた言葉は寝言で、関係ない言葉だったけど、それはそれで彼女らしいと感じる。

 やっぱり、恐れていた通りになってしまった。

 でも、その事に後悔はないし、この想いはますます強くなるだろうと言う確信が私にはある。

 自分勝手で……。

 時折、物凄く強引で……。

 魔法の使い方どころか、考え方も変わっていて……。

 可憐な見た目とは裏腹に、時折男の子みたいに燥いだり行動をして驚かされたり……。

 本当に側にいて心が休む暇はないけど、それでも彼女の側にいられる事を私は選んで良かったと思っている。

 ユウさんの優しさと思いやりに、これだけ大切にされていて、惹かれない理由がない。

 たとえ、後ろ指を差されるような想いであろうとも、私はその事を恥じる気はないし、そもそも当たり前の恋など、あんな過去を持つ私には到底無理な話。

 なら、想いのままに想う事くらいは許されたい。


「……ふぅ」


 よし、今日も耐えられた。

 自室に戻るなり、大きく息を吐き、自らの自制心を称える。

 ユウさん、本当に無防備すぎ。

 しかもあんな寝言まで。

 本人は無意識なのだろうけど、最近は幼い外見に反して、年相応の色艶が出始めているし、今も首筋に当たる吐息が色々と拙ずかったですわ。

 時間が少し経っているとはいえ、湯上りの良い香りがする上に、寝ぼけて無意識に抱きついてくる。

 しかも着替えをさせるためにとはいえ、無防備に下着姿と白く眩しい肌を多く晒して、同性だと思って油断しすぎですわ。

 思わず無茶苦茶に、悪戯をしたくなってしまいたくなる衝動に駆られてしまう所でした。


「大体、ユウさんもユウさんです。

 男と結婚なんて考えられないなんて言葉、誘っているとしか思えません」






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― 新着の感想 ―
[一言]どろどろの展開になりそうやなぁ
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