242.コレクター魂って、どの世界でもあるものなんですよ。
「そう言うわけで木材加工繋がりで、良い木工職人を知りませんか?」
「お嬢さん、それならウチでは駄目なんですかい?」
今日も禿頭が眩しいグラードさんの言葉に、どう断ろうかと頬を掻いてしまう。主要材料がおなじ木材ではあるから出来なくはないだろうけど、家具と木工では方向性が違う。
「ウチの工房はお嬢さんのおかげで、王家の御城に御納すると言う名誉を戴けたし、現在もその仕事を戴いている。
ウチ等で出来る事は、出来る限りの事はして、此の御恩をお返ししてえんだ」
例のFAXの魔導具の関係で、確かにグラードさんの工房は王家の城に品を納める栄誉と実績と泊が付いたおかげなのか、以前よりも活気が溢れている。
仕事が少ない時は一般家具や作り付けの家具を作っていた御弟子さん達や親族も、今や貴族向けの家具の仕事で手が一杯状態。
とは言っても陛下からの仕事は、今年は少なめなんだよね。とりあえず必要最低限は揃ったので、後は主要な拠点と高位貴族との連絡用になるので、予算の都合もあって急ぐ必要はないと言うのもあるけど。
『君、今、かなり仕事抱えてるみたいだね。
例の計画の件もあるし、子供にこれ以上無理をさせる気はないよ』
との事で、それなりに忙しいのを察してくださったのか、知っているのかはさておき、気を使っての事だと言うのは分かっている。
「いえ、作りたいのは木工は木工でも木の型で、粘土の型を取るための物なので家具工房ではちょっと」
「いや、出来んことは」
「お祖父ちゃんっ。ユゥーリィを困らせたら駄目でしょ。
専門の職人がいるなら専門に任せるのが一番って、お祖父ちゃんがよく言っている事でしょうが」
FAX魔導具の時には急遽な依頼だったにも拘らず、王城納品と言う名誉に恩義を感じてくれるのは良いけど、慣れない仕事でこれ以上負担を掛けたくないと思っている私に、天使の救済が入りました。
グラードさんの孫であり此の工房の若き天才家具職人でもあるサラは、艶やかな水色の髪を掻き上げながら、困った自分の祖父を呆れた目で見つめながら、熱意溢れるグラードさんを止めてくれる。
「ゔっ、だがっ」
「それで、どんなの作りたいの?
ボクも何人かは知っているけど、やはり得意分野があるから」
まだ何か言おうとするグラードさんを無視して、話を促してくれるサラに感謝しながら、今回の依頼の概要を話す。
「ふ〜ん、確かにウチより専門の職人の方が向いてるわね。
ボクも出来ない事はないけど、やっぱり専門の職人ほどではないし。
しかも定期的にとなると、尚更だと思うよ。
半端な仕事はできない、これもお祖父ちゃんがよく言っていた事だよね」
「……うるせえ」
「もう、すぐ拗ねるんだから」
そうは言うけど、グラードさん、拗ねる振りをして、サラさんを眩しそうに優しい瞳で横目で覗いているから、きっとサラの成長が嬉しいんだろうなと思う。
初めて会った時は、もっと自信満々で猪突猛進な所があったからね。
最近はだいぶ落ち着いたと思うけど、別に勢いがなくなった訳ではない。
自信と勢いを持ちながらも、落ち着いてきたと言った感じかな。
「とりあえず、大きさの規定のための木枠はボクでも出来るけど、木型でそう言う用途だと、ゲイルさんの所かネルミさんの所かな?
お祖父ちゃんは、どう思う?」
「女性向けの小物なら、同じ女のネルミの所だろ。
ゲイルの方が腕は良いが、やはり男性受けの物と言うより全般向けで、女性向けに限定するならネルミの方が感性が良い。
それにゲイルの奴は、仕事に余裕があまり無いはずだ」
やはり、この手の情報は、職人街で同じ木を扱う人達の方が詳しい。
商会【女神の翼】のヨハンさんも、大衆向けの職人となると探してみるであって、結局は聞いて回る事には違いないし、背景確認とか色々と手間をとりすぎる事になるしね。
基本的に高位の貴族向けの商談は別の所に丸投げするつもりなので、そこそこ余裕のある人達向けに重点をおきたい。
「そうだ。サラもスケッチ見てみる?
女性としての意見も聞きたいし」
「ん、別に良いけど、ボクで分かるかなぁ」
「色気のいの字も無いしな」
ガッ!
「お祖父ちゃん、何か言った?」
サラ、切れ端とは言え、木の塊を投げつけるのは、危ないから止めようよ。
いや、鑿や玄翁とかじゃないだけマシって問題じゃないから。
はいはい、照れ隠しでああいう事しか言えない男の人は放っておいて、これ見てこれ。
「ふわぁ~♡ 可愛い~♪」
意匠図と共にサンプル品を一つ出すと、サラの目が輝きだす。
小瓶そのものは、最初に作ったのと同じで小さな物だけど、用途を考えれば小さいもので十分。
例の魔導具で魔導具化を施すのも、此れより大きいぐらいまでが限界なので、このサイズで落ち着いたと言うのもある。
ただ、小瓶そのものは全体的に丸みを帯びていて、小瓶の蓋と本体で動物を模している。
取り敢えず見本で作ったのは、デフォルメしたデブ猫。
意匠図の中には、似たような意匠の動物達、他の項には花、更に蔓草、可愛くした魔物。
「コレってあれよね。
例の【でぃふぉるめ】とか言う、ユゥーリィお得意の可愛い物系の」
「得意と言うか、こう言うのってあまり出回ってないから狙い目かなって」
「へぇ〜、花や蔓草もこんな感じになるんだ。特徴は捉えてるし、良いわね」
「しかもこれ、月毎に販売する意匠を変える予定なの」
「え? 選べるんじゃなくて?」
「その月にしか手に入らないと言うのが売りの一つなの。
それに中に入れている物の期限の関係上って言うのもあるんだけどね」
基本的に小瓶販売だけど、多くの人達が少しでも長く使ってもらえるようにするため、空になった器を持って来た方には、中身のみの販売もする予定。
此処は家族で使ったり、皆んなでお金を出し合ってと言う人達もいるだろうから、魔導具化した容器の最大消費期限を二ヶ月とするため、店員の方も区別がつきやすいように、前の月の器までしか補充できないようにするための仕様。
化粧用の小瓶は、中身が出来るだけ空気が触れないようにしておけば、一月くらい保つはずだけど、生憎とこの世界ではその手の小瓶は未発達だし、再現するだけの技術もない。
口の小さめの小瓶を使うにしても、五日から十日で変質してしまう。
グリセリンはともかくとして、純度の高い精製したアルコールや蒸留水が一般的に手に入らないこの世界ではそれも仕方がない事だと思う。
なにせ香水を作るにしても、圧搾法が用いられているくらいだからね。
一応、水蒸気蒸留法に似たものもない事はないけど、理屈も禄に考えずに魔法で無理やり作っている物だから効率が悪い上に、そもそも化粧品用ではなく薬品の抽出方法として存在する物。
その辺りは、今後余裕があれば効率の良いものを開発するとして、状態維持の魔法を掛けた小瓶であれば、保存性を優先するあまりに、身体に合わない物を入れる必要がないため、保存性を考えずに、純粋に身体に良い物だけで効果を追求できる。
保存性や速乾性を持たせるためのアルコールも、肌に合わない人には合わないので注意が必要だからね。
とにかく、この魔導具の小瓶は一般購買層向けの商品として展開するつもり。
でも貴族の方、特に高位貴族や中位貴族の御家族の方達だと、魔導具とはいえ、外見的に安物の容器の小瓶なんて、と言う認識がある方も多いので、そう言う方達には特別会員という制度を使っていただく。
ええ、特別会員です。
無論、特別と感じるだけの御値段と共に、硝子と水晶製の容器を用いて、私自身が魔導具化を施す事で、小瓶とは比べ物にならない長期保管を可能とし、管理の諸注意を記した紙を渡す予定。
注意を書いた羊皮紙を板に張り付けて、高価な布で包んだだけの、無駄に高級感だけを漂わせた物を。
でも、実際この特別会員は、本当に一部の我儘な人向けの制度であり、メインはあくまで小瓶販売と、その人達向けの中身の販売。
「こう言うのって、揃えたくならない?」
「なるなる」
「しかも、今、見て貰ったとおり、数年は同じ意匠の物は出ないし、出しても微妙に違う意匠の物でしか出さない予定」
「ユゥーリィ、悪ど〜い。でも巧い手よね」
「一応は月毎に、中身もその月に応じた香りの物に変える予定だしね。
だいたい毎日使えば半月分の量で、中身のみの販売は値段を抑えた低価格。
月毎の香りの無い基礎版が欲しい人には、特別会員になってもらうと言うと言う手もあるし、要望が多ければ中身のみ販売にも、基礎版も考えても良いかなって思っている」
「へぇ〜、色々と考えているわね」
幾ら良い品でも高すぎたら意味はないし、大事にしすぎて中身が悪くなってしまっては意味がない。
儲けを確保しつつ、リピート率を高くして利益を出してゆく方法。
可愛い容器は欲しいけれど、そこまではお金に余裕はないと言う人は、最初に一回だけ値段が高めで後の一月半は、液のみの低価格販売で楽しんでもらう。
化粧水、日焼止め、美白乳液、全部形状が違うので、間違える事はないと思う。
「でも三種類揃えたら結構な金額じゃない?」
「そこはそこ、三種類の一括購入は一割引で販売して購入意欲を刺激するし、会員と言う手もあるしね」
会員には特別会員と、普通会員とがあり、普通会員は基本的には一般販売と大差はない。
ただ普通会員は、小瓶の在庫は最優先に確保する上に、中身の販売も二割引と言う特典付く。
そのかわり三年間の縛りを付けるので、定期的な長期リピーターと思えばそれなりの利益が出るため問題はない。
保険のため、中途解約は違約金が発生する契約になっているのは、前世での知識を持つ私からしたら当然組み込んである手法。
「結構な金額と言っても、今、売っている物よりは手間が少なくなるし、長い目で見れば安く収まるようになっているから、そう悪くない金額設定のはずよ」
無論、手間が減るのは店側もだし、消費期限が延びる分管理も楽になる。
レシピは今のところ公開していないので、毎回、私が大量に作ってはいるけれど、いずれ作業に限界を迎えるのは分かっていたから、例の魔導具が完成するまで販売を伸ばしていたのだけど、どこかのオバチャンに押し切られてしまった。
今回の商品の変更と共に、お店に置く状態維持の魔法を掛けた保管用の容器は、魔力さえ定期補充してあげれば数年は持つ特別な容器なので、中身を月に一、二度作れば良いだけになるため、私の作業量も大分減る。
「はぁ……、本当、ユゥーリィと一緒にいると色々勉強になるわね」
「と言ってもサラの場合、商売じゃなく職人じゃん」
「そうなんだけど、商売の知識もいずれ独立する時には必要になる知識だからさ」
「うん、その時は言ってね、力になるから」
「あはは、ユゥーリィが味方についてくれるなら、ボクも力強いや」
「駄目そうならアッサリ見捨てるけど」
「ひどっ!」
「当然っ」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【某工房】
「おい、お嬢さんから仕事の依頼だぞ」
「また硝子板の追加注文?」
「いや、テメエの職人魂が疼く仕事だぜ。
無論、俺のところにもな。ほれっ基本意匠図だ」
「おぉぉ〜〜っ、これは良いっ!
って言うか、お嬢さん、まだこんなに手を持っていたんだ。
あんなに沢山置いて行ったのにさ」
「おう、驚きだぜ。まだまだ商品としては十分の一も出していないっていうのにな。
とりあえず細部は任して下さるようだが、貴族向けの容器と言う注文だ。
あと、分かっているだろうが最高の物を作れよ」
「いや、それはそうなんだけど、……今、硝子ペンの販売前の最盛期で」
「ああっ!?
テメエの仕事は誰が与えてくれたものだ?」
「…ぉ、お嬢さんです」
「テメエが今まで作ってきた作品の原型を教えてくれたのは誰だ?」
「お嬢さんです」
「そして、テメエがたった今、作っていると言う、テメエが思いつかねえような物を教えてくれたのも誰だ?」
「全てお嬢様のお力と、残してくださった意匠図と販売計画のおかげです」
「なら、分かるな?」
「全力で作らせていただきます」
「おう、分かれば良いんだ。
恩を仇で返すな。
テメエも嫁を貰って一人前の漢になったのなら、キッチリ筋は通せ。
あと、もう一つ注文として、かなり高貴な方向けの硝子ペンを一式を五つ欲しいそうだ。
計画通りなら、そろそろ販売に向けて仕上げに入っている頃だろうから、今度、王都の城に行った時に売り込んで下さるだとよ。
此処までして下さっているって言うのに、此れでテメエのヒネタ根性が浮き出た作品を作った日には、本気でそのタマ引き抜くぞっ!」
「……」
「それと旦那の方には、俺の方から遅れると詫びを入れておく、気兼ねなく気張って作れ。
テメエが努力をし続け、そのレベルに達しているとお嬢さんは信じているんだ。
まったくお嬢さんはこんな奴に其処迄期待を掛けてくださって、甘いってもんだか、……まぁ、見せられるレベルにはなっているかもぐらいには、俺も期待をしてやらあ」




