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私、お嫁になんていきません  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
240/977

240.人体実験ありがとうございました。って違います。実用実験です。





「ふにぃ〜……」

「うぅぅ……ぅっ」

「無理っ無理っ無理っ!」


 身体が蕩けるイメージで脱力しながらの私と、背中を押され顔の表情が固まっているラキアと、そして同じく背中を押されて悲鳴を上げるセレナ。

 いえ、ただの柔軟運動ですから、そこまで悲鳴を上げなくても。

 開脚前屈運動で、早々に悲鳴を上げるセレナに少しばかし同情する。


「お前、硬かったんだなぁ」

「柔らかいわよ。十分に女の子の柔らかさよっ」

「いや、それ意味違うから」

「冗談は置いておいて、普通よ、普通っ。

 あの二人が異常なだけっ!」


 あっさりとラキアと私を売り払うセレナの言葉に、思わず小さな声で『ぉぃっ』と二人して呟くけど、…まぁいいや。

 実際、セレナの体の柔らかさは女の子としても普通だし、関節の柔らかさも、武道を嗜む女性としては普通。


「じゃあアドルやギモルもやってみなさいよ」

「いや俺は其処まで」

「無理すればラキアぐらいには」

「ギモルは変態だから例外っ」

「おいっ!」


 あまりと言えばあまりのセレナの言葉だけど、思わず納得しかけたのは秘密。

 そしてラキア、貴女は仮にも自分のお兄様なんだから、納得しちゃ駄目でしょ。

 あと、ギモルさん良い人で、けっして変態ではないですよ。

 時折、青少年特有の、生温かい粘着した視線を感じるだけで。

 本人はちゃんと駄目だって分かっていて、気をつけようとしていているのも分かっている。

 でも本能がそれを許さないと言うかなんと言うか、単純に馬鹿正直なだけです。

 そう言う点では、アドルさんの方が要領が良い(・・・・・)だけで。


「真面目な話、ラキアはともかく、ユゥーリィは柔らかいよな」

「継続の力です。

 六歳の頃からやってましたからね」


 病気に打ち勝つためには、まず体力と血行の良い身体をと思って、寝込んでいる時以外はほぼ毎日にやっていたおかげで、今や足は真横に開いた状態で、ピッタシと地面に付けれる程に体は柔らかくなっている上、話すだけの余裕すらある。

 なので体の柔軟性に関しては自信があり、Y字バランスで真上に足を向けれるし、頭の後ろにした手で、足首を掴めたりも出来るだけの柔軟さと体幹を身につけている。

 そんな私やラキアよりは硬いとは言っても、実際、セレナはもちろんアドルも一般人に比べたら、よほど柔らかい方だと思う。

 少なくとも前世の私に比べたら、比較の対象にならないほど柔らかい。

 運動不足の三十代のオッサンでしたから、比べる事自体が間違っている。

 とにかく柔らかくて、しなやかな身体は、武道を嗜む人や騎士団とかでは必須な事なので、アドルさんやセレナレベルの柔軟さは必要らしい。


「こう言う基本的な事をやっているなら、もう少し早く来ても良いかもな」

「無理っ!」

「眠いっ!」

「言うと思った」


 アドルさんの言葉に即座に反応するセレナとラキアにそれに呆れたような声を言うギモルだけど、二人の気持ちも分からないでもない。

 アドルとギモルは起きて顔を洗って着替えてくるだけど、男と違って女の子はそうはいかないため、二人は男性陣二人より早く起きているはずだから、これ以上は厳しいのだろう。

 私は……単に慣れかな。

 田舎の朝は早いから、陽の出と共に起きる習慣が出来ているし、冬の寒い朝にも暖かい布団と格闘せずに起き上がれる。

 ちなみにジュリは、おそらく未だ夢の中。

 あの子はもともと朝が遅い上に、寝起きの起動が遅いからね。

 従者としては失格なのだろうけど、ホプキンス達曰く、どちらかと言うと主人である私が失格らしい。

 屋敷で働く者達の睡眠時間を確保するため、主人やその家族は、皆が目を覚まし準備をある程度終えるまで寝台(ベッド)から出ないものなのだと。

 いえ、その理屈は分かるし納得が出来るけれど、長年の習慣だから無理です。

 流石に外泊としてお世話になっている時は気を付けはしているものの、そもそも普段は、そんな大層な生活していないので身に付く訳がないし、その必要性も感じていない。


「今日はたまたま夜中に思いついた事を試していて遅くなっただけで、私に合わせる必要はないですから」

「確かに一人でやれる事みたいだしな、ただ俺達にとっても基本といえば基本なだけで」

「夜の部でやるっ」

「これ以上、早起きしてまでやりたくない」

「だ、そうだ。

 まぁ、俺としては一緒にやる事に意味があるから、やりたい方に合わすだけだ」


 二人の反応にアドルさんはボリボリと頭を描くけど、最終的に折れてあげるあたり、優しいと言うか甘いと言うか、微笑まし光景。

 さてと、準備運動も終わったので、日課のトレーニングを……。




「…ぜぇ~……っ、ぜぇ~……っ」


 この人達、相変わらず鬼です。

 身体が少しでも慣れて来たら、少しずつ速度を上げたり、強弱をつけるようになったりと、体力と筋力の無い私の身体と心を虐めぬいてきます。

 おかげさまで、一年近く経っていると言うのにも係わらず、ランニングと基礎運動と舞踏を模した全身運動を終える度に、干からびたカエルの用にひっくり返る羽目になっていますよ。

 回復力のある若い身体と、回復魔法のおかげで何とかなってはいますが、前世の中年の身体だったら、半日は動けなくなるような疲労ですよ。

 しかも二日間ぐらい筋肉痛に苦しみながら、動きがロボット状態に陥ると言う。


「もうすぐ一年が経つって言うのに、相変わらず体力ないわね」

「筋力も両手を使っても、一番力の無い私に斗腕(アームレスリング)で勝てないし」

「一応は、体力も筋力も付いてきているぞ」

「幼児よりはマシになってはいるし」


 ぐわぁ~~んっ!

 私十三だから!

 前世ならJCだからっ!

 せめて見た目年齢並みの体力と筋力ぐらいはと言ってほしかった。

 じゃあ、見た目の年齢程度にはあるのかと問われれば、無いですけど。

 でも、一応はジュリの弟のベル君には魔法なしでも斗腕(アームレスリング)で、なんとか勝てているので、其処まで酷くは無いと思いたい。

 体力無くて、二回目は無理だけど……。

 因みに先日八歳になったばかりのベル君の姉であるジュリは、ラキアどころかセレナにも勝るとも劣らない筋力と体力を有しており、体術剣術共にそれなりだとアドルさん達も認める程の才媛。

 本職程ではなくとも、文武魔両道と言う辺りは、才色兼備のジュリらしいと言えばジュリらしいけど、……その代わり料理も裁縫も駄目なんだけどね。

 でもまぁ、幼児レベルを脱出したと思えば、成長と言えば成長なのかもしれない。

 体術の指導教官に、最初は幼児レベルだと言われていたからね。


「身体強化と盾の魔法を全開にされただけで、手に負えなくなるけどね」

「四人がかりでも、無理だし」

「ああ……、アレはなぁ……」

「本職でも無理なんじゃねぇ?」

「いえ、魔法ってそう言う物ですから」

「「「「・・・・・・」」」」


 うん、何故か四人とも目が絶対違うって言っているけど、知らんぷりする。

 アドルさん達四人を地面に平伏させると言う、セレナが今言った条件なら、片足が義足のルチアさんだって出来るだろうし、ジュリも……たぶん可能だと思う。

 もっともルチアさんの場合、魔法を使わなくてもやれそうだけどね……。

 でも幾ら強くても人間は群れで生きる動物だから、偶に強い個体が生まれたところで、全体を相手にしては敵わない。

 この世界には魔物という脅威があるから、こうして魔道士と魔道士でない人達と手を繋いで生きていられるけれど、前世のような環境であれば、間違い無く群れから弾かれて、社会的に排除されていただろうと思う。

 【弱肉強食】ではなく【強肉弱食】。

 強い者は弱い者達に異端として扱われ、その数に押し潰される。

 一時的には強者でいられても、そうなる事は歴史が示している。

 魔物が生態系の頂点に立つこの世界では、魔道士だろうと、ただの人間だろうと、本当の強者である魔物からしたら大差のない事。

 そしてこの世界の人達は、本能的にそれが分かっているから手を取り合って生きていけるのだと。

 私とジュリは【死の大地】で、何度もそれを実感している。

 昨年の夏に私が必死に倒したクラーケンが、災害級止まりである理由をもね。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・




「ふぅ…、ふぅ…」

「はぁ…、はぁ…」


 本日の早朝鍛錬の締めである模擬戦を終え、ちょっとした反省会。

 この数ヶ月で、アドルさんとギモルさんも新しい得物である武器にもすっかり慣れ、ブロック魔法無しでは、そこから放たれる重くて疾い攻撃に、私もそれなりに苦労させられているため、そろそろ問題点の洗い出しも終わりかな。

 でもその前に、もう少し休憩。

 今は呼吸するのが精一杯。

 最後に何故か舞踏で仕上げだと無理やりに踊らされて、今は息が絶え絶え状態なんです。

 地面と草をベッドに、回復魔法と酸素ボンベの魔法でなんとか呼吸を整え、ようやく復活。


「何度か細かい点を修正してもらって、手足のように馴染んだけど」

「組込時の重心の変化の差は大きいかな」

「ユゥーリィだから簡単に位置の微調整が効くけど、普通は難しいんじゃないか?」

「その辺りは経験と技術の蓄積で、これから解決されてゆく問題になると思うけど、それは鍛冶士側の問題であって、魔導具師側が解決すべき問題点はもう出そうもないようね」


 この数ヶ月で、アドルさん達からと、試用試験をしている部隊の人達からの両方から意見や改善点を洗い出して、幾つかの改良を加えたけれど、この一ヶ月は特に出ていない。

 群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)を素材にした武具と違って、寿命が段違いだろうからこそ、大切な初期開発。

 重く頑強な武具が求められてきたからこそ、魔法銀(ミスリル)を用いた頑強な武具は、余程無茶な使い方をしない限りは一生物の得物となるため、例え、魔導具の核である魔法石の寿命が尽きようとも、己が相棒にする人もそれなりにいるだろうと見ている。

 だけど、それもそろそろ終わりで良いかもしれない。

 ヴァルト様からもコッフェルさんからも、あとは長い時間をかけて解決してゆく問題で、そろそろ公開しても良いのではとも言われているから、纏めた物を書き起こすべき時期なのだろう。

 

「では、ただいまこの時をもって、実験は終わりとします。

 長い間、御協力ありがとうございました。

 これで、その二つの武具は、売ったり譲渡しない限りは、正真正銘、アドルさん達の物です」

「そうか、感謝する」

「ああ、大切にする。

 と言うか紅血設定で、自分専用にしているから、売れねえし」

「馬鹿お兄っ!

 ユゥーリィの作った魔導具だから、技術を盗もうとする人間だっているんだよ」

「だいたい、魔導具でない唯の武具にしたって、結構な技物だし。

 ギモルの言い方は油断を招くから、アドルもそのあたり自覚しておいて」

「「へいへい」」


 うーん、その辺りはどうなんだろう。

 魔導具師ギルドに所属する魔導具師には、対魔物用の武具の製法の一つとして公開する予定の技術だし、それに合わせて各街の武具職人や工房にも通達が行く事になっている。

 開発してから出た問題も含めて、その対策や注意点を含めた細かい事までね。

 だから、今更、私が作った魔導具に価値があるかと言うと、疑問が残るところ。

 ただ、ある程度技術が広がるまでは、そう言う契約に一応はしておかないと、半端な技術が出回ってしまう危険性もあるため、譲渡と売却を禁止にしているだけにすぎない。


「まぁ曲がったり折れたりする程度なら、私でも直せますから、気にせずに持ってきてくださいね。

 無論、試用期間と違って料金は取りますけど、作り直すよりは遥かに安い料金にしておきますから」


 協力して頂いたとはいえ、幾ら何でもそこまでは甘くはないです。

 試用期間は、敢えて無茶な使い方をしてもらったり、耐久試験と称して、硬岩塊に向かって全力で奮ってもらったり、勢いを流すなどを考えずに全力で打ち合ってもらったりなどをして、そう言う歪みや折れる等の事態が起きたりはしたけど、普通はそんな事態になれば、はっきり言ってスクラップ。

 直す事など出来ずに打ち直しになるけど、魔導具師であれば話は別。

 形状変化の魔法の応用で、簡単に修復できる。

 私の場合、やろうと思えば、前世の知識を生かして分子配列レベルでムラなく修復可能ですからね。

 ぶっちゃけ修復しすぎて、当初より頑丈な上に粘りのある状態へと仕上がっていたりするのは内緒。

 砕けたならともかく、折れたり曲がったりした程度なら修復時間五分未満で、料金は銀板貨四枚(よんじゅうまん)の美味しいお仕事です。

 まともに作り直したら、本体だけでも、その値段の倍ではすみませんからね。

 そもそもその本体からして魔法銀(ミスリル)を使った魔法剣なので、その性質上、普通に使えばその刃先は擦り減りはしても、身体強化の魔法の応用である物質強化の恩恵で欠けたり曲がったりは非常にしにくいので、その分ダメージは本体部分に集中してしまい、折れたりなどの大事になるのだけど、それもよほどの事。

 あきらかな無茶をして壊したのならば、料金をとって当然。


「……相場からしたら安いんだろうけど」

「作業の実態を知っていると、とてもそうは思えないよな」

「鼻歌気分で直してたし」

「歪んだのなんて、一撫でだったもんね」


 相場より安いなら、それで良いじゃん。

 早くて、安くて、巧い。

 それの何処が何が悪いのか。

 解せね……。






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