24.私、男の子に戻りました。ええ、残念ながら違います。
気配を殺す。
なんて真似はまだ出来ないので、なるべく音を出さないように慎重に獲物に近づく。
枯れ葉や枯れ枝のたてる僅かな音で相手に気取られてしまうのは、今までに何度もあった失敗。
山奥の木々の切れ目からの向こうに見えるのは、二羽の鳥。
何処からか咥えてきた大きな果実を一生懸命に啄んでいるその姿は、……大きなペンギン。
ええ、ペンギンです。
この世界ではともかくとして、前世ではペンギンと言われるあの鳥に似ています。
しかも、肥満で丸々したヌイグルミのようなペンギン。
元々こう言う丸々とした形状の鳥らしいんだけど、実はこの鳥、魔物に分類される魔鳥。
魔物ではあるけど比較的安全な魔物。
生息域が比較的広く、温暖な気候を好むため、南方ではあちこちで見かける鳥らしい。
しゃくしゃく。
比較的無警戒に、果実啄むその鳥型の魔物の名はペンペン鳥。
硬い翼と言うか手を叩いての求愛行動の音が、ペンペンと鳴るからと言う説がある。
巫山戯た名前と外観とは裏腹に、その肉は頬が落ちそうなぐらい美味な魔物としては有名な鳥。
ただし、滅多に人の口に上がる事はない鳥としても有名。
実はこの鳥類の努力を馬鹿にした外観と重い体重に反して、逃げ足が恐ろしく速い鳥。
あの分厚い板のような手、というか一応は羽から風魔法を操り、高速飛行が出来るため、その飛ぶ姿はまるでジェット戦闘機。
当然、そんな高速で飛んでいる魔鳥に対して弓矢などは届かないし、そもそも狙える速さではない。
おまけに、あり得ない飛翔速度と重量に加え、硬いクチバシはちょっとした木すらも貫通させる。
まさにフォルムと言い、能力と言い、突っ込みどころ満載の魔物。
よし、……展開完了
「わっ!」
私の上げた声に驚いたペンペン鳥は、その身体を向けていた方向に風魔法を使って一瞬で飛び立ったものの。
ゴゴンっ!
鈍い衝撃音を出したと同時に、そのまま反対方向に放射線を描いて吹き飛ぶ二匹。
やがて重力に負けて地面へと激突する前に、私の魔力の紐がペンペン鳥を捕獲する。
予想だにしなかった壁にぶつかった衝撃のためか、それともその時に首の骨が折れたかをして、既に息をしていないため、魔力の紐が崩れる事なく、私の手元に魔鳥は引き寄せられる。
「うわっ、ミッチリとしてて重い」
種明かしとしては簡単。
魚にしろ鳥にしろ、大抵は逃げ始める時は体が向いている方向に逃げる。
追い込み漁などは、その先に網を仕掛けたりするんだけど、このペンペン鳥は、野生を舐めたフォルムをしてはいても立派な魔鳥。
その風魔法と自重の威力の前には網など何ら意味がない。
だから仕掛けたのは、ブロック魔法。
見えないブロックを、魔力の紐でゆっくりと遠回りにペンペン鳥の近くに仕掛け。
後は夫婦鳥であろうその二匹が、罠を仕掛けた方向に体を向けた瞬間を狙って声を上げただけ。
ペンペン鳥は、哀れにも見えない壁にぶつかって自爆。
二匹の魔鳥を仕留めたのは、魔鳥の能力そのものと言う皮肉な結果。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「またお願いします」
「おう、いつでも来な」
マチの深い帽子を目深に被り、取引用の裏口から意気揚々としてお店を出る。
リズドの街の近くにある山で取れた獲物を現金化を終えたところで、想像以上に高く売れた今日の獲物にどうしても頬が緩む。
鹿は銀貨一枚だったけど、例のペンペン鳥は腐っても魔鳥。
一匹あたり銀板貨一枚と銀貨五枚で売れた。
前世の感覚で言うと二匹で三十万円。
どうやらお肉だけでなく、羽根と言って良いか迷うものの、分厚い手や皮が魔法の素材として高く売れるらしい。
本当はこういう魔物は、いつか神父様がお話ししてくれた冒険者ギルドで取引しないといけないのだけど、あそこは基本的に成人してからでないと取引してくれない。
そうでないと未熟な子供が魔物を狩ろうとして、その若い命を落としてしまうから、その予防も込めての決まり事らしい。
ただし、ペンペン鳥のような幾つかの比較的安全な魔物は例外として、街のお肉屋さんでも引き取ってくれる。
理由としては、やはりその美味しさかららしいけど、その事を以前持ち込んだ時に教えてもらった。
ちなみにこのペンペン鳥、持ち込まれる時の大半は、大木や岩や壁を相手に自爆した時らしく、私が持ち込んでも不審がられはしなかった。
まぁ、末端価格がどうなるかは知らないけど、きっとすごい値段で売れるんだろうな。
入荷するのは年に数度とか言ってたし。
「次は本屋かな、探している本があると良いけど」
流石は都市と言うだけあって、この街はかなり広く、それに比例してお店の数も多く、そんな中、この街に来て何軒目かの本屋で、目的の本を発見。
【魔導具入門 〜魔導具師を目指す者に告ぐ〜】
魔法の入門書があったから、もしかしてないかなぁと言う程度の思いだったけど、本当にあるとは。
とりあえず表紙をめくってみると。
『魔導具師になりたいのであれば、こんな本など手にせずに、何処かに弟子入りするのが一番の早道である』
思わず、本を床に叩きつけたくなる衝動に駆られた。
うん、私は悪くない、叩きつけなかっただけ偉いと褒めて貰いたいくらいだ。
きっとこの本を手にした人間は誰しも、私の意見に賛同してくれると思う。
その一文だけが、丸々一ページの真ん中に書かれているから、余計に性質が悪い。
本を棚に戻したくなる衝動に耐えて何とか次のページをめくると。
『警告を無視するなら、それでもいいだろう。
だが、今一度、考えてみるがいい。
魔導具を作るには努力だけでは限界がある。
魔導具の材料の入手、魔導具の売り先やその伝手、君はそれを持っているのか?
高額な材料を入手出来るだけの資金はあるのか?
魔導具師は魔法と違って、天賦の才や想像だけでは成り立たない領域だぞ。
それでも良いのならば指を進めるが良い。
ただ、知識を手にしたいだけだと言うのならば、これ以上は何も言うまい』
またもやこれだけが書かれていた。何と言うか挑戦的な著者だと思う。
そして何処かで感じた既視感に首を傾げてしまう。
「ごほんっ!」
聞こえてくるわざとらしい咳に顔をあげれば、店奥から店主が此方を睨んでいる。
確かに、本屋からしたら立ち読みは嬉しくないだろうが、中身ぐらいの確認はさせて欲しい。
流石に気まずいのでパラパラとページを捲ると、意外にもこの後は真面目に書かれている様子なのは分かる。
そしてページの最後には……。
著 者:アルべルト・ラル・ガザルフィルド。
写本者:ルゥドリア。
胸が熱くなる。
まさかこんなところで、見る名前だとは思わなかったからだ。
そしてそれ以上に、この本に興味が湧く。
店の奥の店主に、この本を持って値段を聞くと。
「銀板貨二枚だ」
「ぐはっ!」
前世換算で二十万円って、本の値段じゃねえっ!
いくらこの世界の本が貴重で、しかも専門書だからって……。よく考えたらそんなものかもしれない。
前世でも専門性の高い学術書は高価だったし、手書きが基本のこの世界ならなおさらの事。
「一割の銀貨二枚で半年は確保しておけるが、坊主相手に聞くまでもないか」
「いえ買います」
幸いな事に即金で買えるだけの金額が偶々手に入ったため、買えない本ではないしアルべルトさんの本なら買う価値はある。
魔導具関連の本は、アルベルトさんの所有する本の中にもあったが、専門性が高すぎて、今の私ではとてもではないけど理解はできないものだった。
だけど、この本を読んでその領域に近づけば見えてくる物があるかもしれない。
ふとそこで気になって、店主にアルベルトさんが所有していた本のタイトルと著者を伝えて聞いてみると、……写本で金貨三枚半、原本なら金貨五枚だとか。
高い! 高すぎるよ! この世界の学術書っ!
前世換算で三百五十万と五百万って……、内容以前にお値段だけ見ても意味不明の本でした。
改めて購入した本が入門書レベルなのだと、変なところで実感する。
「まいどあり」
お店を後にして、路地に入ってから本を収納の鞄にしまう。
小物ならともかく、明らかにサイズの違う物を出し入れしている所は見られない方が良いだろうから、その用心のためだ。
ちなみに用心と言えば、私がお店のおじさんに坊主と呼ばれたのも、用心の一つ。
私の目立つ白い髪を帽子の中にしまい、立ち寄った別の街で購入した平民の男の子用の古着を着ているため。
少なくとも、知らない街を十歳の女の子が一人で歩いている事を思えば、幾らかは安全だろうと思う。
ちなみに着替えは人気のない山の中。
こんな格好を家でしているのを見つかったら、お母様辺りは卒倒してしまいかねないからね。
もっともこんな事で誤魔化せるのは今のうちだけだろうな。
もう数年したら、男と女では身体付きに差がもっと出てくるだろうし、お母様やお姉様を見れば、私も【約束された勝利の胸】だろうから次第に誤魔化せなくなると思うもの。
「今のうちに男の子の気安さを利用して、伝手を作れるだけ作らないと」
【豆知識】=========================
【こ の 世 界 の 貨 幣 価 値 換 算 表】
銅 貨 一枚 百円
銅板貨 一枚(銅 貨 十枚分) 千円
銀 貨 一枚(銅板貨 十枚分) 一万円
銀板貨 一枚(銀 貨 十枚分) 十万円
金 貨 一枚(銀板貨 十枚分) 百万円
金板貨 一枚(金 貨 十枚分) 一千万円
白金貨 一枚(金板貨 十枚分) 一 億 円




